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オーシャンニュースレター

第120号(2005.08.05発行)

第120号(2005.08.05 発行)

アマモ場の再生により、豊かな東京湾の復活をめざして

「金沢八景-東京湾アマモ場再生会議」代表、横浜市立大学教授◆林 しん治 (「しん」は糸へんに眞)

2003年6月に正式発足した「金沢八景-東京湾アマモ場再生会議」は多くの主体が緩やかな連合体を構成し、それぞれの持ち味を活かした協働によって、東京湾の水質環境の改善をめざしている。
会合を催す毎に参加者が増え、東京湾を身近なものにしたいという市民の共感が伝わってくる。
豊かな江戸前の海を再度われわれの手元に取り戻すことは、地球全体の海洋環境の改善と方向性を同じにするものと考えている。

アマモ場の復活へ

横浜地区で海に親しんでいる「海をつくる会」のダイバーたちが、横浜市にわずか500mだけ残された自然海岸の野島海岸で、海浜清掃、定点観察などを始めたのは1992年である。東京湾を何とかきれいな海にしたいという彼らの思いの中から、東京湾にアマモ場を復活したいという機運が芽生えてきたのは当然でもあったろう。かつての東京湾には多くの干潟があり、その先にはアマモ場が拡がり、これらが沿岸域からの過剰な窒素とリンとを吸収固定し、アマモが放出する酸素は、そこに棲む小さな動物たちに豊かで穏やかな生活の場所を与えていたに違いなかった。また、かつての東京湾には江戸前と呼ばれる豊かな漁業が存在していた。大都市を後背地とした内湾に漁業を成立させることは、生活の中で常に海と接している人々を残すという極めて大切な意味を持っている。垂直な岸壁や、滑りやすい消波ブロックによって人々から隔てられた海ではなく、子どもでも歩いて海水に触れることができる磯や浜があり、そこには多くの生き物たちが棲んでいることを実感できる海を残したい。そのためには、海のゆりかごであるアマモ場を再生し、誰でもが気軽に海に親しむ機会を持つようにしたい。そのようなことを、多様な立場の人々で、協働して作り上げていこうという運動を開始し、緩やかな連携組織である「金沢八景-東京湾アマモ場再生会議」が正式に発足したのは、2003年6月である。

「金沢八景-東京湾アマモ場再生会議」の活動

「金沢八景-東京湾アマモ場再生会議」の1年の活動※1は5月後半のアマモ花枝採取で始まる。これは、横須賀市走水海岸に残っている天然のアマモ場で実を付けだしたアマモの花枝を刈り取る作業である。大潮の干潮時に海面に顔を出した花枝を集めて、数十本ずつ束にしていく。この行事には多くの小学生や大学生も参加する。アマモの茂る海は暖かく、アマモの蔭には多くの小さな動物たちがいる。小魚も群れをなして泳いでいるし、運が良ければ泳ぐイカにもあえる。採取したアマモの花枝は切り花のようにして城ヶ島の神奈川県水産技術センターに運び、大きな海水槽に移して種子を熟成させる。種子を包んでいた花枝や葉は熟成する間に腐って水槽の床に沈んで泥の層を作る。

2005年の花枝採取記念写真。第25回全国豊かな海づくり大会(みなとみらい会場)のキャラクターである「ウーミイ」も参加した。

7月の終わりにはこの泥の中からアマモの種子を選り分ける作業がある。これにも子どもたちが参加する。作業が終わると子どもたちを近くの海岸に連れ出して箱めがねなどで海底を見てもらう。天然のアマモが海水にそよぎ、その間を魚たちが縫うようにして泳いでいるのを見る。10月にはアマモの播種を行う。これは横浜市金沢区の横浜市漁協の作業場を利用して行う。アマモの効率的な播種技術はすでにいくつかの企業が開発しているので彼らの持つノウハウは極めて有効である。企業レベルで行う手法のうちで、一般市民や小学生でも手を貸すことができる作業については、積極的に皆さんに手伝ってもらう。播種・苗床つくり・苗移植などの作業があるが、ダイバーが行う作業については、小舟の上から箱めがねでその様子を見学してもらったりする。今年は、初めての試みとして、5月の大潮を利用してアマモ苗をダイバーでなく、自分たちで直接植えた。苗の中には子どもたちが10月に持ち帰って学校や自宅で育ててきたものもあった。

このような一連の行事を2002年から繰り返してきた※2のであるが、苗は順調に生育し、ある時はアマモの根本にアオリイカが卵を産んでいたりした。アマモ場再生の作業は、多くの人々に呼びかけて行ってきた。回を重ねるにしたがって参加者数も増え、最近では100人を越す人数が集まり、それぞれが楽しそうに作業をしてくれる。われわれが当初意図していた、市民が海に親しむ場が形成されてきたことになるのであろう。

移植したアマモにアオリイカが卵を産んだ

多様な主体による協働は順調に進んでいるように見える。行政側からの参加について述べれば、まず、前述の神奈川県水産技術センターの協力がないとこの事業は実施できない。横浜市環境保全局(現、環境創造局)からは、協働モデル事業の一つとして負担金を頂いており、これからいろいろなイベントの開催を広報するポスターなどの費用をまかなっている。野島と金沢海の公園でのアマモ場再生は農水省のモデル事業の一環であり、ベイサイドマリーナでの再生事業は国土交通省関連の事業である。さらに、事業調整会議を年に数回開催し、担当する省庁や自治体が絡んでいる港湾地域や漁港地域での調整に力を貸してもらっている。また、横浜市の小学校長会等と連絡を取り、海の大切さと楽しさとを子どもたちに知ってもらうための出前授業を年に数回開催している。最近では、金沢海の公園内でのジョレンという大型の熊手を使ったアサリの大量採取に伴い、せっかく再生し始めたアマモを根こそぎ抜いてしまうことがないように、地元の人たちの理解を得る活動も強めている。

江戸前の海の再生に向けて

東京湾の環境を再生しようという動きは、現在沛然(はいぜん)として湧き上がっている。アマモ場再生の試みは横浜だけでなく、千葉・三番瀬や、東京都台場などで始まっている。また、過去10年間にわたって、東京湾の海洋環境について学問的な立場から考え、連続してシンポジウムを開催してきた学会連合である、東京湾海洋環境研究委員会(19学会と2つの関連団体が参加している)が最終的な提言をまとめる準備を進めている。12月にはそのためのシンポジウムを開催する予定であると聞いている。われわれも、横浜市立大学が中心になり、11月25-26日には、横浜で東京湾の生態系再生に関する国際ワークショップを開催し、外国の例を学ぶとともに、日本からの発信をしたいと準備している。このように、市民・企業・学校・行政など、多くの主体の連携による活動が東京湾の自然を再生し、大都市との共存の方策を探し、また、世界の海洋環境の改善にも結びついていくということを心から望んでいる。

50年後の東京湾では、かなりの範囲にわたってアマモが茂り、たくさんの魚が泳ぎ、多くの市民が海辺で海水に触れることができるようになっていることは決して夢ではない。(了)

【参考文献】

※1 林しん治「東京湾にアマモを植える」雑誌港湾、82(4)22-25, 2005

※2 工藤孝浩「ボトムアップ型の環境回復とその課題」月刊海洋、35 (7) 488-494,2003

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