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オーシャンニューズレター

第114号(2005.05.05発行)

第114号(2005.05.05 発行)

海洋の浮遊ゴミ

東海大学海洋学部教授◆久保田雅久

人間活動の結果、自然界では分解されることのないプラスチックのようなゴミが、急激に増加している。海洋に浮遊しているゴミの多くもプラスチック製品であり、時間と共に増加するだけで、決して減少することはない。
海洋の浮遊ゴミの移動・集積について、衛星データを利用して作成された海面での流速場を用いてシミュレーションを行った。
その結果、1年足らずの期間に浮遊ゴミは中緯度の特定の海域にその分布が集中することがわかった。

人間活動とゴミ

「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとゞまりたるためしなし」というのは方丈記の最初に出てくる有名な文章である。そして、この言葉が本質的に意味しているのは諸行無常の概念であることを古文の時間に学んだ方も多いだろう。ところで、諸行無常という考え方の根本には、変化という概念があげられる。自然界では、変化が当たり前のことであり、昔は人間にとってもこの考えは当たり前のことだったと言えよう。しかしながら、変化には、形を変えたり、壊れたり、することも含んでいる。短期的に見ると、これは困ったこととして、人間には思えるだろう。そこで、人間はより頑丈で壊れないものを作ることを目指すことになるのだが、これは自然の流れに逆らうことを意味する。

例えば、プラスチックは丈夫で長持ちする、人間にとっては素晴らしい素材であるが、いつまでもなくならないという意味では、諸行無常の概念とは相容れない存在である。そして、いつまでもなくならないということは、時間と共に常に増加していくということを意味する。それが人間活動の中で有効に利用されている間は、壊れないという性質は正の概念であるが、それが人間にとって不必要なもの、いわゆるゴミとなった瞬間から、負の概念と変化する。

一方、昔から「水に流す」という言葉があるが、それは水に流すことによってすべてがクリアーされ元の状態に戻るという意味が込められている。しかしながら、流したものはどこに行くのだろうか? それが川に流されれば、最終的には海に流入することになるだろう。かつては、われわれが水に流したすべてのものを、母なる海がその包容力で何とかしてくれるだろうと考えられてきた。しかしながら、母なる海がすべてを受け入れてくれるのは、いつかはなくなっていくことが可能なものだけだったのである。そこで、プラスチックのようなものは、母なる海にとっても、時間と共に増加するだけの受け入れがたい存在ということになる。

海面での大規模な流れ

■図1 浮遊ゴミの分布
初期位置
初期位置
1年後
1年後
3年後
3年後
5年後
5年後
北太平洋全体にわたって1度格子ごとに初めに配置した浮遊ゴミの分布の時間変化。人工衛星データを用いて推定した海面での流れに乗って浮遊ゴミは移動する。

海洋の浮遊ゴミの実態については、直接、外洋域で観測することは非常に難しいので、多くの場合は海岸に漂着するゴミの実態から推察するしかない。その結果、ゴミの70%程度はプラスチックの類だと言われている。ところで、海洋の浮遊ゴミは、どのようなメカニズムで移動、集積するのだろうか? 浮遊ゴミ自体には、遊泳機能がないので、その移動は流れによって左右されることになる。すなわち、海面での流れがわかれば、海洋の浮遊ゴミの移動や集積に関する実態が推定できる。

海面での大規模な流れは、主に、エクマン流と地衡流の合成流だと考えられる。どちらの名前も聞き慣れない方が多いだろうが、地球が回転していることに密接に関連した大規模な流れである。前者は主に風によって起きる流れであり、自転の効果によって北(南)半球では右(左)45度の方向に流れることが理論的にわかっている。一方、地衡流は自転の効果によって生じる見かけ上の力であるコリオリ力と圧力勾配力がつりあった状態での流れである※。

それではエクマン流と地衡流はどうやって観測できるのだろうか? 広い範囲でのエクマン流と地衡流を船舶で観測することは、海の広さを考えれば技術的に不可能であると容易に理解できる。しかしながら、最近は人工衛星によって、全球でのエクマン流や地衡流を短時間に観測することが可能になってきた。エクマン流は、海上風を観測することによって理論的に推定できる。一方、地衡流は圧力分布がわかれば推定できる流れであり、海面の高さの分布が観測できれば、推定できることになる。最近では、海面高度計とよばれる人工衛星に搭載された測器によって、海面の高度は驚くほどの精度で観測できるのである。

北太平洋における浮遊ゴミの移動・集積

海面の流れの場によって浮遊ゴミはどのような移動・集積をするだろうか? そこで、北太平洋の1度格子ごとに1つの浮遊ゴミを置き、時間と共にどのように動くか、どのような分布形態をとるのかをシミュレーションによって調べてみた。シミュレーションには、人工衛星データを用いて推定されたエクマン流と地衡流とを合成することによって得られた海面流速場を用いた。図1は、初期分布と1、3、5年後の浮遊ゴミの分布を示したものである。最初は均等に分布していた浮遊ゴミが時間と共に特定の海域に集積している様子が良くわかるだろう。わずか1年後には、ほとんどの浮遊ゴミが中緯度に分布し、低緯度や高緯度における密度は非常に低くなっている。

この特徴の原因は、偏西風と貿易風によって構成される海上風の南北分布にあり、偏西風にともなうエクマン流によって高緯度の浮遊ゴミは南に、低緯度の浮遊ゴミは北に運ばれる結果、中緯度に浮遊ゴミが集中するのである。また、日本の東方には黒潮や黒潮続流のような非常に強い西向きの流れが存在するため、浮遊ゴミはすぐに流されてしまい、ほとんど存在しないこともわかる。また、ハワイの北東には、非常に多くのゴミが集積する海域が存在することも特徴的である。ここで大事なことは、ゴミの分布は決して一様ではないことである。本来ならば、人口も少なくてゴミがそれほど存在するはずのない海域にあるミッドウェー諸島に、大量のゴミが流れついているそうである。

重要なことは、プラスチックのような浮遊ゴミは、減少することは絶対になく、必ず増加すること、そして、特定の海域ではゴミの密度が急激に高くなる可能性があることだろう。この問題を解決するためには、生物によって分解されるプラスチックを利用することを積極的に推進するとともに、浮遊ゴミの回収システムの開発が必要である。(了)

※ 宇野木早苗・久保田雅久(1996):海洋の波と流れの科学、東海大学出版会、356pp.

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