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論考シリーズ | No.85 | 2021.3.8
アメリカ現状モニター

「静かすぎる」バイデンケア

山岸 敬和
南山大学国際教養学部教授

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 1月20日に行われた大統領就任演説で、ジョー・バイデン氏は、アメリカの結束、民主主義の修復、そしてCOVID-19への対策を強く訴えた。他方で医療保険制度に関しては、一箇所「全ての人々に医療を保障したい」と述べるに留まった1。またバイデン政権は2月に上下両院合同議会での演説を予定し、そこで新政権の優先政策とその具体的内容が発表される予定であった。しかし、トランプ前大統領への弾劾裁判やCOVID-19対策の関係で、その日程が3月にずれ込んだ。選挙戦中は重要政策の一つであった医療保険制度改革であるが、新政権の具体的な方策はまだ明らかになっていない。

 

 その一方、バイデン新大統領は政権発足後に多くの大統領令を出した。COVID-19対策や、移民政策などトランプ前政権の方針を覆すためのものが多く含まれるが、医療保険制度に関するものもあった2。このコラムではその詳細を述べるとともに、バイデン政権の今後の動きを見通す。

新たな保険加入期間の設定

 COVID-19は、患者保護および医療費適正化法(通称オバマケア)をもってしてもなお残るアメリカ医療保険制度の欠陥を浮かび上がらせた。問題の一つは、保険の加入が一年で決められた期間(11〜12月)でしか行えないということである。それを逃すと次の加入期間まで待たなければならない。

 

 COVID-19が拡大した時に、臨時の加入期間を設けるべきだという声が高まったが、トランプ政権はそれを拒否した3。COVID-19に対しては、保険制度を変更するのではなくその他の手段で対応すべきというのがトランプ政権の論理ではあったが、無保険者の存在が感染拡大の一つの要因になっていることは明らかであった。1月28日にバイデン氏が署名した大統領令では、2月15日から3ヶ月間の臨時の加入期間を設けるとした4。

 

 しかしこれには反対論もあった。臨時の加入期間を設けると、「逆選択」の問題が生じるというのが反対派の主張である。すなわち、すでに何らかの疾患を持つ人の加入を促し、その結果そのほかの人々の保険料も引き上げてしまうという議論である。しかし、昨年春に州単位で臨時加入期間を設けた経験からは、新たな加入者には健康な若者が予想よりも多いことが分かっており、反対派が心配するような事態にはなっていない5。

 

 連邦政府が臨時の保険加入期間を設定するのは今回が初めてであり、今回の経験で、日本のように条件を満たせばいつでも公的保険に加入できるようにすべきだという動きが今後強まることが予想される。

 

 バイデン政権はこの動きと合わせて、オバマケアのアウトリーチプログラムを拡大する姿勢を示した。テレビなどでの広告に加えて、保険加入をサポートするナビゲーターの予算も増やした。オバマケアの受給資格があるにも関わらずそれを知らない者、その他オバマケアの申請が困難である者などを助けるためである6。トランプ前政権は、この予算を大幅に削減していた。

 

 このようなバイデン政権の初動は、オバマケアを継続し、その枠組みの中で保険加入することを積極的に奨励していきたいとする姿勢が反映されたものであった。

バイデン政権が目指す改革

 ホワイトハウスのウェブサイトに「バイデン=ハリス政権の当面の優先政策」というページがある。COVID-19、気候変動、人種、経済、移民、対外政策と並んで、医療が挙げられている。その中でバイデン大統領は、「質が高くまた適性価格の医療サービスへの、アメリカ人のアクセスを守り拡大させる取り組みを新たにする。また、パンデミックによる医療ニーズに応えること、医療費を削減すること、そして医療保険システムをより簡素化して人々がアクセスしやすくすることを目標とする。そのために、オバマケアを基礎にしてそれに改良を加える7」と述べている。

 前回のコラム8で書いたように、バイデンが選挙戦から主張してきたのは「パブリック・オプション」である。オバマケアを通じて保険に加入する人々に対して、従来の民間保険に加え高齢者と障害者を対象としたメディケアに類似した公的保険も購入できるようにしよう、というものである。また、バイデンはメディケアの支給開始年齢を65歳から60歳に引き下げることも提唱している。しかし、これは政治的に難しい9。

 今回の選挙で下院では民主党と共和党の議席数の差が選挙前よりも縮まっている。上院についても民主党が議席数を伸ばしたが議席数は民主・共和同数である。上院議長を務めるハリス副大統領が同票の時には賛成票を投じれば法案は通過するが、共和党から支持を得ることが難しいことが予想される中、民主党から造反が一人でも出ると否決される状況となっている10。

 このような中でバイデン政権は、パブリック・オプションやメディケアの受給年齢の引き下げのような大掛かりな政策ではなく、より継ぎ接ぎ的な方策をとる可能性が高い。例えば、医療保険取引所で保険を購入する際に支給される補助金の増額である。今まではそこに提示される一番安いプランを想定した額を設定していたが、それでは4割負担であることに加え、高い免責額のために、かなりの自己負担を迫られる。バイデン政権は、その問題を解消したいとしている。また、補助金の対象者の年収の引き上げなども議論されている。

 これらの比較的穏健な政策に対しても共和党からはCOVID-19を理由とした火事場泥棒だという批判がなされている11。バイデン政権にとってみても、これらを実現させるために政治的資源を投入したところで、政治的に得られるものがその投入資源を超えることはない。これらの受益者がかなり限定的でありオバマケアのように大幅に無保険者を削減するような政策ではないからである。

 バイデン政権の喫緊の内政課題がCOVID-19の収束であることは明らかである。オバマケアをどのように改良していくかというよりも、ワクチンをどのように普及させ、どのように経済活動や教育活動を再開するかに注目が集まらざるを得ない。政治的な反発を招く急進的だと取られかねない改革を行うことはできないのが現状である。まさに「静かすぎる」と思えるバイデンケアをめぐる動きにはこのような背景がある。民主党内の急進左派は、現在のCOVID-19の状況は彼らが主張するメディケア・フォー・オール案を実現するための滅多に訪れない機会だと見ている。さらに彼らにとって「静かすぎる」バイデンケアでは2022年の中間選挙も戦いにくい。しかし実際には、バイデン大統領はこのままオバマケアの実質的な改良に終始せざるを得ないのではないだろうか。議会相手に語る医療保険制度改革案はかなりトーンを落としたものになるであろう。

(了)

  1. The White House, “Inaugural Address by President Joseph R. Biden, Jr.,” January 20, 2021, <https://www.whitehouse.gov/briefing-room/speeches-remarks/2021/01/20/inaugural-address-by-president-joseph-r-biden-jr/> accessed on March 4, 2021.
  2. Christopher Hickey et al., “Here Are the Executive Actions Biden Has Signed So Far,” CNN, February 25, 2021, <https://edition.cnn.com/interactive/2021/politics/biden-executive-orders/> accessed on March 4, 2021.
  3. 山岸敬和「新型コロナウイルス感染症とトランプ的アメリカ」『国際問題』第695号(2020年10月)。
  4. 州独自の医療保険取引所を運営している12州はこの決定によって拘束されない。ただこれらの州はリベラル色が強い州が多いこともあり独自に臨時加入期間を設けている。
  5. Rachel Schwab, Sabrina Corlette, and Kevin Lucia, “Many States with COVID-19 Special Enrollment Periods See Increase in Younger Enrollees,” Commonwealth Fund, January 28, 2021, <https://www.commonwealthfund.org/blog/2021/many-states-covid-19-special-enrollment-periods-see-increase-younger-enrollees> accessed on March 4, 2021.
  6. Centers for Medicare & Medicaid Services, “2021 Special Enrollment Period in Response to the COVID-19 Emergency,” <https://www.cms.gov/newsroom/fact-sheets/2021-special-enrollment-period-response-covid-19-emergency> accessed on March 6, 2021. メディケア・メディケイド・サービスセンターは5000億ドルをアウトリーチプログラムのために使用するとしている。
  7. The White House, “The Biden-Harris Administration Immediate Priorities,” <https://www.whitehouse.gov/priorities/> accessed on March 4, 2021.
  8. 山岸敬和「茨の道を進む『バイデンケア』」(SPFアメリカ現状モニター 2020年12月24日<https://www.spf.org/jpus-insights/spf-america-monitor/spf-america-monitor-document-detail_84.html> accessed on March 6, 2021.
  9. Drew Altman, “Joe Biden’s New Health Care Agenda (and CMS’s Big Role In It),” The Kaiser Family Foundation <https://www.kff.org/health-reform/perspective/joe-bidens-new-health-care-agenda-and-cmss-big-role-in-it/> accessed on March 6, 2021.
  10. さらには議事妨害行為ができない財政調整法の形を取らないとならない。
  11.  Sarah Kliff and Margot Sanger-Katz, “At Last, Democrats Get Chance to Engineer Obamacare 2.0,” The New York Times, February 27, 2021, <https://www.nytimes.com/2021/02/27/upshot/biden-health-plan-obamacare.html> accessed on March 4, 2021.

「SPFアメリカ現状モニター」シリーズにおける関連論考

  • 山岸敬和「茨の道を進む『バイデンケア』」
  • 中山俊宏「バイデン の政治家としての気質とその可能性」
  • 山岸敬和「トランプ vs. バイデン、最後の戦い」
  • 西山隆行「警察予算を打ち切れ!」
  • 山岸敬和「アメリカを揺さぶるオピオイド危機③ 新型コロナ感染症 vs. オピオイド依存症」
  • 西山隆行「新型コロナウィルス禍とアメリカのマイノリティ」
  • 山岸敬和「新型コロナ、治療代が820万円!?試されるアメリカ医療保険制度」
  • 山岸敬和「討論会で見た民主党の苦境―医療保険改革のジレンマ―」
  • 山岸敬和「民主党版『オバマケア廃止(Repeal Obamacare)』」
  • 山岸敬和「アメリカを揺さぶるオピオイド危機②」
  • 山岸敬和「アメリカを揺さぶるオピオイド危機①」
  • 山岸敬和「オバマケア、"low politics"へ」
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