討論会で見た民主党の苦境
―医療保険改革のジレンマ―
山岸 敬和
民主党が2020年大統領選挙で勝利するためには、「拳」だけでは難しく、「しなやかさ、寛大さ」をどのように示すかが必要であろう。
民主党はかつてブルーカラー労働者を守るための政党だと自認していた。民主党はその後、黒人の政党となり、フェミニズムの政党となり、ラティーノの政党となり、性的マイノリティーの政党となっていった。政党という傘の下に様々な集団が入り支持連合を作るのは、アメリカの二大政党制の特徴である。
雑多な支持連合を維持するのには、いわば懐が深くなければならない。しかし経済成長が鈍化し、それをつなぎとめるための利益誘導が困難になった。そしてグローバリゼーションの深化が追い打ちをかける中で、一番割りを食ったと思ったのがブルーカラー労働者である。
景気が回復期に入っても、彼らの収入は改善しなかった。かつては工場の生産ラインで働いているだけで子供を大学に行かせることができたが、減額された給料ではなかなか難しい。そこに「チェンジ」を託されたオバマ政権が8年。それでも彼らの生活は上向かなかった。
それを他所に民主党政権はアイデンティティー・ポリティクスにかまけているように彼らには映った。労働者の味方だった民主党の姿はその影が薄くなってしまった。労働者は、彼らの苦しさや怒りを代弁してくれる者がいないことに苛立ち、そこに登場したのがトランプだった。
そもそも不法移民がダメなのだ、そもそもグローバリゼーションがダメなのだ、そもそも他国がアメリカを利用しているからダメなのだ、そもそもオバマケアは社会主義だからダメなのだと、そもそも民主党はエリートの一部に成り果てたからダメなのだ、労働者が苦しむ原因をシンプルで、さらに怒りに満ちたトーンでトランプは彼らに語りかけた。そして多くの労働者がこれに呼応した。
民主党は、その足元から生まれた「トランプ的怒り」にどのように対応したら良いのか。一つの道は、問題に対してよりシンプルな解決策を提示し、怒りに満ちたトーンでトランプにやり返すこと。自称民主社会主義者のバーニー・サンダースはこの代表格である。エリザベス・ウォーレンやカマラ・ハリスもこの部類に入ると言えよう。
先日行われた大統領選の民主党討論会で、攻勢に回ったのがこのグループである。彼らはいわば「100%リベラル」であることを他の候補者にも迫ったのだ。
他方、討論会終了後、多くのメディアが敗北者としてジョー・バイデンを挙げた。バイデンは、世論調査で民主党候補者の中でリードし続けてきた。
もちろん、バイデンが個人的にあのような討論会で存在感を示すようなキャラではないことはある。オバマのように歯切れの良い話し方ができる政治家でもない。
しかし、彼自身が討論会で演じるべき役割として考えていたのは、民主党の懐の深さを示すことであったのではないかと思う。あまり前のめりにならず、急進的な変化を主張せず、これまでの蓄積の上に、そしてできれば超党派の合意が得られるような政策を積み上げていく。激しく攻撃してくる相手を論破するのではなく、いなしながら堂々と最後まで討論会を終えること、これがバイデンの戦略ではなかったのだろうか。
医療政策はこの討論会で大きな盛り上がりを見せた争点であった。そしてそれは2020年の大統領選挙でも最重要争点の一つになることは間違いない。ここでもこの二つのグループの間の深い溝が見られた。
「Medicare for All」が討論会でのキーワードとなった。メディケアは65歳以上の高齢者を対象にした連邦政府による公的医療保険である。それを全市民に広めようというものがMedicare for Allプランである。
これは1970年代初頭に出てきたアイディアだが、2000年代には、テッド・ケネディやジョン・コニャーズなどが法案の提出を図った。しかし、それは民主党内で大きな盛り上がりを生み出さなかった。
それにスポットライトを再び当てる役割を果たしたのがバーニー・サーダースであった。それでも2016年の大統領選挙では、自称社会主義者の急進的なプランとして民主党内では冷ややかに受け止められた。
しかしその3年後の今、様相は大きく変わり、Medicare for Allは主要候補者によって主張されるようになった。
Medicare for Allは、メディケア、メディケイド、医療保険交換所提供のプログラム、児童医療保険プログラムなどを統合して連邦政府が運営するプログラムを設立しようというものである。しかし、これには二つのバージョンがある。雇用者にこれまでのように民間保険を従業員に提供する、という選択肢を残すかどうかである。換言すれば、Medicare for Allを実現する際に民間保険を廃止するかどうかである。
サンダース、ウォーレン、ハリスなどは、民間保険プランを一掃するより急進的な案を主張した(討論会後、ハリスは質問を誤解したとしてその主張を撤回した)。
それに対してバイデンは、いずれの形であってもMedicare for Allへの支持は表明せず、オバマケアを改良していくというもっと穏健な案を主張した。しかし、ただでさえ複雑なオバマケアを改革するとなると明らかに歯切れが悪くなる。
ただバイデンにとっては、オバマ政権が多くの犠牲を払って成立させたオバマケアに対してもっと敬意を払うべきであるし、アメリカの政治文化や党派政治の中では、オバマケアを漸進的に改革していくことが望ましい。それこそが実行可能な改革のやり方であると彼は考えている1。
世論調査を見ると、Medicare for Allに対して賛成が過半数を超えるとする世論調査もあるが、民間保険が廃止になったらどうかと聞かれると、支持は13%に低下する2。
候補者にとっては、民間保険の参入を許さないMedicare for Allは、強いリベラル色を見せるために絶好の政策であり、説明もしやすい。そしてバイデンを引きずり降ろすためには良い政策かもしれない。しかし、これを導入するためには増税は避けられず、サンダースも中間層への増税の有無については回答を濁した。
もう一つ討論会の中で注目されたのは、全ての主要候補者が不法移民にまで公的医療保険プログラムの適用を拡大すべきだと主張したことである。これをAmerican Enterprise InstituteのJoe Antosは「自殺行為」だと評する。これでは、不法移民に職を奪われているというレトリックに惹きつけられている白人労働者層を奪い返すことは難しい。
急進的なMedicare for Allは、民主党のそもそもの課題であるトランプ的怒りを持つ労働者たちが熱狂して支持するような政策ではないし、一般選挙で無党派層の票を獲得できる政策でもない。
民主党はトランプに勝利するために、硬く「拳」を握りながら、丁寧に複雑な問題を説明し、そしてイデオロギーにとらわれない、「しなやかさと寛大さ」を併せ持つという難しい課題を突きつけられている。1回目の討論会では、未だ出口が見えていないように感じた。
(了)
- バイデンの医療保険改革に対する姿勢については以下を参照。
Jonathan Cohn, "Ex-White House Official: Joe Biden Launched a 'Tirade' against Obamacare," HuffPost, May 31, 2019,
<https://www.huffpost.com/entry/joe-biden-obamacare-bfd-aca-health-care_n_5cedaf58e4b0975ccf5cd01f?guccounter=1&guce_referrer=aHR0cHM6Ly93d3cuZ29vZ2xlLmNvbS8&guce_referrer_sig=AQAAAFVtozlgnBpzvWnDje8w4WV__NHyaQGAqMoQ323zqetCoJhTp961zXsBIbKqeRrUXcc5Hi2PA8HGv7PKbZ8Ytp-Rs5TtkQCg6rQNphLfHueNWdXHSPp9oq1M3d63fH9_dN9B8t_1HFj0Zol1pD0RSgX0ulc4thButpMvhgca1oqd> accessed on July 9, 2019. - 世論調査については以下を参照。
"Public Opinion on Single-Payer, National Health Plans, and Expanding Access to Medical Coverage," Henry J Kaiser Family Foundation, June 19, 2019,
<https://www.kff.org/slideshow/public-opinion-on-single-payer-national-health-plans-and-expanding-access-to-medicare-coverage/>
; "Poll: Most Americans want universal healthcare but don't want to abolish private insurance," The Hill, July 2, 2019,
<https://thehill.com/hilltv/what-americas-thinking/428958-poll-voters-want-the-government-to-provide-healthcare-for>