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論考

No. 123
2022/9/16

故中山俊宏教授が示した日米同盟における価値観とは?

渡部 恒雄
笹川平和財団上席研究員

笹川平和財団「アメリカ現状モニター」の寄稿者で、今年5月1日に急逝した中山俊宏慶應義塾大学教授を偲ぶ会が、9月11日に国際文化会館で開催された。その中で「中山俊宏とアメリカ」と題して中山俊宏記念シンポジウムが行われた。同じくアメリカ現状モニターの寄稿者でもある森聡慶應義塾大学教授がモデレーターを務め、やはり寄稿者の渡辺将人北海道大学大学院准教授らとともに、筆者にも中山氏の功績を議論する機会が与えられた。他のパネリストと意見が一致したことは、アメリカの思想史や日本のあるべき姿も深く考えた上で、米国政治を論じた中山氏の業績の深さと多様性だった。本稿は、そのパネルで筆者が発表した内容であり、中山氏の米国の民主主義の価値観への深い洞察に基づいた日本のあるべき外交政策への重要な示唆を共有したい。日米同盟を支えてきたものは、単なる地政学上の利害関係だけではなく、民主主義の価値観の共有であり、今後も我々はそれを忘れるべきではない、というものだ。

『アメリカン・インタレスト』誌への中山論文

大統領選挙の年である2020年6月に、中山氏の論文が『アメリカン・インタレスト』に掲載された。4月に同誌に投稿された匿名の日本政府職員とされるYA氏の論文”The Virtues of a Confrontational China Strategy(対立的な中国戦略の価値)”1に対して、日本からの違う意見(Another view from Japan)として”Confrontation for Its Own Sake Is No Policy at All(対立のための対立は政策ではない)”2を寄稿したのだ。

YA論文は、日本の政策エリートのトランプ政権への評価は複雑ではあるが、中国への対抗を明確にしたことを前向きに評価し、米国の次期政権が共和党と民主党のどちらになっても、中国に対して厳しい姿勢で臨むことを期待するという内容だった。

これに対して、中山論文では、タイトルどおり、対立のための対立という姿勢は、必ずしも適切な政策ではないとして、単にトランプ政権が中国への対抗姿勢を明確にしたからとそれを前向きに評価することに対して、懐疑的な論を立てている。

例えば、中山論文はYA論文の以下の部分を引用する。

「アジアのエリートは、トランプの予想不可能で取引を好むやり方は、中国を『責任あるステークホルダー』としておだて上げる米国に戻る危険よりは、より害がないと考えている」3

これに対して、中山論文は、日本の一握りのエリートはそう考えているかもしれないが、日本全体でいえば、トランプ大統領の人気は、オバマ大統領に比べて低いというNHKの世論調査を挙げて、日本全体がトランプ大統領に期待しているわけではないことを指摘する4。さらに、ヒラリー・クリントン候補がもし2016年の大統領選挙で勝ったとしたら、その対中政策はトランプ政権よりも、厳しいものになっただろうとも指摘する。そもそも、中国が突き付ける挑戦は構造的なものだと指摘して、トランプ政権が技術および軍事力の懸念から中国に向き合うことは正しいとは思うが、それだけでは中国の優位を巻き返すには十分ではないだろうとも述べている。

そして、トランプ氏以前の政権が中国に対して楽観的すぎたのは確かだが、トランプ政権下で「修正」が図られたとしても、それが地域の同盟関係を強化するわけでもないとして、日本にとってはオバマ氏もトランプ氏もどちらも諸手を挙げて歓迎すべきではないと主張する5

対中競争政策を支持する『フォーリン・ポリシー』誌の中山論文

中山論文のメッセージの意図が、YA論文が主張する「米国は中国の拡張主義のリスクを自覚して対中対抗路線を取るべきだ」という政策姿勢自体には反対していないことは、彼の『フォーリン・ポリシー』誌への別の寄稿から明確に確認できる。今年3月21日に同誌では「ウクライナ後の米国の大戦略――7人の思想家による考察。この戦争が米国の外交政策をどう変化させるか」(U.S. Grand Strategy After Ukraine: Seven thinkers weigh in on how the war will shift U.S. foreign policy)と題する企画が掲載されたが、中山氏は7人の1人として、「中国に戦略的フォーカスを続けよ」(Maintain the Strategic Focus on China)と主張している6

中山氏は、プーチンのロシアは短期的には大きな挑戦として浮かび上がってきたが、中長期的には中国が圧倒的な脅威として残るであろうと述べ、ロシアと中国への対処のバランスをどのように取るのかが死活的に重要だと喝破する。そして、中山氏は、ワシントンでは、対中関与よりも対中競争の提唱者が優位になり決着がついているように思われるが、中国はロシアよりもより責任ある姿勢をとっているという議論で、対中関与派が巻き返しを図るかもしれないと指摘する。そして米国がロシアと中国の二つの領域に長期的なコミットメントを維持する軍事的能力はないと指摘した上で、米国の長期戦略は中国を軸に展開していくべきだとの結論を示した7

なぜYA論文に別の見方を加えたのか?

実は、筆者は中山氏とYA論文の功罪についての議論を行う機会があり、その後、中山氏から『アメリカン・インタレスト』誌への寄稿について、その草稿へのアドバイスを求められて、中山氏とやり取りを行った経緯がある。

その経験と寄稿文から判断すると、おそらく中山氏は、トランプ元大統領が示してきたアメリカの団結、民主制、国際秩序などへの挑戦的姿勢に対して、日本としてはそれが対中対抗という実利的な目的に合致しているからといって、盲目的にトランプ政権を支持しているわけではない、ということをアメリカ人と世界に訴える必要があると考えたと思われる。今でこそ、バイデン政権は対中競争策と日米同盟重視策を明確にしているが、当時、仮に民主党・バイデン政権の誕生を想定するとその方向性は確定していなかった。だからこそ、YA論文の政権交代を念頭においた牽制は妥当なものだったわけだが、その内容が反トランプの民主党関係者からの反発を受けかねないことを、中山氏は懸念していたと思われる。何より、日本が民主主義の価値観を共有していることを、米国と世界に伝える必要があると考えたのだろう。

日米同盟が強固である一つの理由は、北朝鮮や中国という脅威認識が一致している点であるが、それだけでは、1952年から現在まで、70年という長期間にわたって同盟が維持されてきた理由にはならない。おそらく、民主主義と自由経済という共通の価値基盤を持っていることが、日米同盟を支えている理由となっているはずだ。

YA論文が日米同盟を支える脅威認識の要素だけに焦点を当ててトランプ政権を評価しているのに対し、中山論文は、日米共通の価値観である民主主義に対するトランプ前大統領の潜在的な挑戦、という本来であれば肯定的評価とは相いれないはずの側面に対しても、日本は無自覚ではないというメッセージを送ろうとしたのだろう。

日米同盟において民主的価値観を重視する必要性

2020年の時点で中山氏の提起した、民主主義のあるべき姿に悩む米国に対する向き合い方は、今こそ重要だ。日本は、日米同盟を支えている重要な要素の一つである、民主的な選挙手続きと国家運営という課題に、より自覚的となる必要があるだろう。次の中間選挙および2024年の大統領選挙で、米国人がどのような答えを出すかをよく観察し、バイデン政権あるいは米国新政権に向き合っていく必要があるだろう。それは日本の民主主義を見る鏡ともなり得る重要な意味を持つはずだ。

9月1日、バイデン大統領はフィラデルフィアにおいて、2020年の大統領選挙結果について証拠を示さずに否定する発言を続けているトランプ前大統領とその支持者について、米国の民主主義を破壊する行為だとして、厳しく批判する演説を行った。バイデン大統領は、「民主主義が攻撃されている」として、トランプ氏のキャッチフレーズのMAGA(Make America Great Again:米国を再び偉大に)から「MAGA共和党員」という表現を使い、彼らは暴力に頼ってでも民主主義を転覆させようとする危険な勢力だと批判した8。9月の段階で、このような演説をする背景には、11月の中間選挙に向けた反転攻勢をしかける意図が考えられる。

バイデン政権は、その外交政策においても、「民主主義」対「中ロを中心とする権威主義」の対立構図を打ち出そうとしている。ところが現状では、グローバル・サウスと呼ばれるアフリカ、中東、アジアの多くの国家は、どちらの陣営とも距離を取りながら動いている9

日本は米国の掲げる民主主義陣営の中でも重要な同盟国ではあるが、米国内の分裂状況、そして世界の「民主主義」対「権威主義」の構造に向き合う舵取りが今ほど難しかったことはない。11月の米国中間選挙および2024年の大統領選挙では、米国民が民主主義の価値をどう評価するのかについて重要な選択を示すことになるのかもしれない。この点で、中山氏がその寄稿で我々に示唆した地政学的な現実主義的アプローチだけではなく、米国自身の民主主義の在り方に対する認識が日本にとっても今こそ重要だ。

日本は価値を共有する同盟国として、トランプ現象が引き起こした米国内での民主的プロセスの危機的状況に十分に自覚的であり、自国だけではなく、米国の民主主義の在り方について常に注意を払っていくという態度を示す必要がある。これこそが、中山氏が我々日本人に示した大きな課題の一つである。

(了)

1 YA, “The Virtues of a Confrontational China Strategy,” The American Interest, April 10, 2020, <https://www.the-american-interest.com/2020/04/10/the-virtues-of-a-confrontational-china-strategy/> accessed on September 14, 2022.(本文に戻る)

2 Toshihiro Nakayama, “Confrontation for Its Own Sake Is No Policy at All,” The American Interest, June, 24, 2020, <https://www.the-american-interest.com/2020/06/24/confrontation-for-its-own-sake-is-no-policy-at-all/> accessed on September 14, 2022.(本文に戻る)

3 YA, “The Virtues of a Confrontational China Strategy.”(本文に戻る)

4 Nakayama, “Confrontation for Its Own Sake Is No Policy at All.” (本文に戻る)

5 Ibid.(本文に戻る)

6 Toshihiro Nakayama, “Maintain the Strategic Focus on China,” Foreign Policy, March 21, 2022, <https://foreignpolicy.com/2022/03/21/us-geopolitics-security-strategy-war-russia-ukraine-china-indo-pacific-europe/> accessed on September 14, 2022. (本文に戻る)

7 Ibid.(本文に戻る)

8 The White House, “Remarks by President Biden on the Continued Battle for the Soul of the Nation,” September 1, 2022, <https://www.whitehouse.gov/briefing-room/speeches-remarks/2022/09/01/remarks-by-president-bidenon-the-continued-battle-for-the-soul-of-the-nation/> accessed on September 14, 2022. (本文に戻る)

9 Howard W. French, “What the U.S. Still Doesn’t Get About Countering China,” Foreign Policy, July 7, 2022, <https://foreignpolicy.com/2022/07/07/g-7-infrastructure-investment-biden-china-africa/> accessed on September 14, 2022. (本文に戻る)

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