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論考シリーズ | No.119 | 2022.7.12
アメリカ現状モニター

中間選挙の「地雷争点」としてのオバマケア

山岸 敬和
南山大学国際教養学部教授

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2022年4月5日、オバマ元大統領が2017年に離任して以来、初めてホワイトハウスを公式訪問した。オバマケア(Protection for Patients and Affordable Care Act: 略してACAとも呼ばれる)の成立12周年記念を祝うことが主な目的であった。オバマ氏は以下のように述べてオバマケアを称賛した。「ACAは今、単に生き残ったというだけではなく、とても人気がある。それは当初の目的を果たしたからである」1。

このオバマの訪問は、中間選挙を見据えたものであると捉えられる。ロシアによるウクライナ侵攻、インフレ、犯罪率の増加など様々な問題を抱え、バイデン政権の支持率はさらに低迷し、中間選挙ではかなりの苦戦を強いられることが予想されている。ワシントン・ポスト紙はオバマの訪問を、暗雲が立ち込めるバイデン政権に「光を投げかけるもの」2と評した。

バイデン大統領にとって最初に迎える中間選挙を応援したい気持ちの背景には、オバマ氏自身の経験があると考えられる。2009年に大統領に就任して、2010年3月にオバマケアを成立させたものの、それが共和党を反オバマケアで結束させることになり、同年11月の中間選挙で大敗を喫した、という経験である。オバマ氏はオバマケアを成立させたことを以下のように述べた。「権力にしがみつき、議席を守るためにやったわけではない。それは我々を選んだ人々の生活を変化させるためにやったのである」3。

オバマケアの成立は、オバマ政権の最大の功績であると同時に、オバマ氏のその後の政権運営を難しくした原因でもあった。オバマ氏は、未だ評価が定まらないオバマケアをめぐる言説に少しでもポジティブな変化をもたらせよう、中間選挙に向けた風向きを少しでも変えようとしたと考えられる。

オバマケアに対する世論は、党派性によって大きく変わる。2022年3月現在で、民主党支持者の中でオバマケアに対して好意的な態度を示す者は87%であるが、無党派層では58%、共和党支持者では21%となる4。

ただ世論全体として言うと、2017年半ばごろから支持率は長期的に上昇傾向が続いていた。コロナ禍でもその傾向は変わらなかった(図1)。共和党サポーターの中での支持率はほとんど変化がないが、無党派層の中では少しずつ増加する傾向にある。

その結果、11月の中間選挙に向けて共和党候補者はオバマケアに対する難しい舵取りを迫られている。しかし民主党にとっても、オバマケアは追い風をもたらすほどの存在感を示していない。

「反オバマケア」の武器が使えない共和党

オバマ氏によるホワイトハウス訪問の約一ヶ月前の3月7日、ロン・ジョンソン上院議員(ウィスコンシン州)が、もし上下両院で共和党が多数になった場合にはオバマケアを廃止すべきであるという旨の発言をした。ジョンソン氏は、まさにオバマケア成立直後の中間選挙で当選し、反オバマケアを貫いてきていた議員であった5。

しかしその後すぐにジョンソン氏はその発言の修正を迫られて、以下のような言い訳がましいコメントを発表した。「私はオバマケアを廃止し、代替することに失敗した経験を述べたが、それは今度の選挙で約束することを実現させるための準備をするために述べただけである。・・・オバマケアを廃止し、代替することが選挙での重要争点の一つであるとは主張していない」6。

4月13日には、上院の重鎮でこちらも反オバマケアの姿勢を貫いてきたチャック・グラスリー上院議員(アイオワ州)が、タウンホール・ミーティングで、聴衆に共和党が議会で多数党になったらオバマケアはどうなるのか聞かれた。彼は「ACAを廃止するようなことはしない」と答えた7。

共和党は、オバマケアに反対することで、無党派層の支持を失うことを心配しなければならない。また共和党支持者の中にもオバマケアの受益者は存在し、特に既往症を持っている者を差別してはならない、とするオバマケアによる規制がなくなることへの彼らの恐れにも対応しなければならない。

また、これまでの反オバマケアの姿勢は、福音派を動員するためのものでもあった。本来は神が決めるべきだと考える命のあり方について、連邦政府が関与することに福音派は反対する。先日ロー対ウェイド判決を最高裁が覆すということが起きた。福音派にとってこれは非常に大きな収穫であった。しかしその反面、皮肉にもそれを達成してしまったが故に、福音派は選挙活動にこれまでのように力を入れなくなる可能性が考えられる。ロー対ウェイド判決に比べると重要度が低いと思われるオバマケアへの反対を今訴えたところで、これまでのように福音派を動員することは難しいと考えられる。

このようなことから、オバマケアについて自らはあえて攻撃しないというのが、今回の中間選挙における共和党の戦略になろう。

前に進めない民主党

民主党も状況は決して明るくない。オバマ氏も既述のホワイトハウス訪問でオバマケアによって全てが解決した訳ではなく、成立のためには妥協を強いられたと強調しているように、オバマケアは未完の改革である。バイデン氏は選挙戦ではいわゆるパブリック・オプション8の導入を提唱したが、現在の民主党議会で議論は進んでいない。

バイデン政権は、コロナ禍の緊急対策として、オバマケアの枠組みで保険を購入する者への補助金の増額を行った。バイデン氏としては、12月末で期限を迎えるこの方策を永続させたい。しかし、それさえも民主党議会で成立しない可能性が高い。またこれが実現しないと、11月には翌年のための保険加入手続きが始まり、各地で保険料が跳ね上がるというストーリーがメディアを賑わすことになり、民主党にとっては中間選挙直前の悪夢になるだろう9。

コロナ禍を経て、オバマケアへの支持は増加したが、なおオバマケアの欠陥を補うための更なる改革への支持は固まっていない。他方で、既述のような事情で共和党がこれまでのように反オバマケアで激しく攻撃してくるわけでもない。したがって民主党は、今回の中間選挙ではオバマケアについては、これ以上の改革の必要性を強く訴えることはしないだろう。

以上のように、共和党も民主党も今回の中間選挙においては、オバマケアは「地雷争点」になると考えられる。両党とも触れて自爆するようなことはできるだけ避けたい。しかしこのままでは、民間保険の保険料が高く、自己負担額も高いという状況は、今後悪化することはあっても改善はしないことも明らかである。そして中間選挙後に起こる可能性が高い共和党議会と民主党政権との「分割政府」の状態で、超党派的な合意が行われる可能性は低い10。そうなると、近いうちに「地雷」は自然発火することになるだろう。その時に各党がどのような姿勢で臨むのか。この中間選挙においては、オバマケアは各党にとって派手に振る舞う争点ではないが、党内でどのような議論が展開され、どのように意見が集約するのかを見ることで、2024年に向けての動向を理解するための手がかりを得られるのではないだろうか。

<図1:オバマケアに対する世論>

図1:オバマケアに対する世論

出典:Kaiser Family Foundation, "KFF Health Tracking Poll: The Public's Views on the ACA," March 31, 2022, <https://www.kff.org/interactive/kff-health-tracking-poll-the-publics-views-on-the-aca/?response=Favorable--Unfavorable>, accessed on July 5, 2022.

(了)

  1. The White House, “Remarks by President Biden, Vice President Harris, and Former President Obama on the Affordable Care Act,” April 5, 2022, <https://www.whitehouse.gov/briefing-room/speeches-remarks/2022/04/05/remarks-by-president-biden-vice-president-harris-and-former-president-obama-on-the-affordable-care-act/>, accessed on July 4, 2022.(本文に戻る)
  2. Annie Linskey, “And now, here’s your host — Barack Obama,” The Washington Post, April 5, 2022, <https://www.washingtonpost.com/politics/2022/04/05/biden-obama-white-house-humor/>, accessed on July 4, 2022.(本文に戻る)
  3. The White House, “Remarks by President Biden, Vice President Harris, and Former President Obama on the Affordable Care Act."(本文に戻る)
  4. Kaiser Family Foundation, “KFF Health Tracking Poll: The Public’s Views on the ACA,” March 31, 2022, <https://www.kff.org/interactive/kff-health-tracking-poll-the-publics-views-on-the-aca/#?response=Favorable--Unfavorable>, accessed on July 5, 2022.(本文に戻る)
  5. Amy B Wang, “Sen. Ron Johnson says Obamacare should be repealed if GOP wins power back,” The Washington Post, March 7, 2022, 
    <https://www.washingtonpost.com/politics/2022/03/07/sen-ron-johnson-obamacare-repeal-gop-majority-midterms-2024/>, accessed on July 4, 2022.(本文に戻る)
  6. Gloria Oladipo, “Senator forced to backtrack after saying Republicans will repeal Obamacare,” The Guardian, March 8, 2022, <https://www.theguardian.com/us-news/2022/mar/08/obamacare-senator-ron-johnson-republican-affordable-care-act>, accessed on July 4, 2020.(本文に戻る)
  7. Felicia Sonmez, “Grassley says Republicans won’t repeal Affordable Care Act if they retake Senate,” The Washington Post, April 13, 2022, <https://www.washingtonpost.com/politics/2022/04/13/grassley-says-republicans-wont-repeal-affordable-care-act-if-they-retake-senate/>, accessed on July 4, 2022.(本文に戻る)
  8. 「パブリック・オプション」については、以下を参照。
    山岸敬和「茨の道を進む『バイデンケア』」SPFアメリカ現状モニター No. 84、2020年12月24日、<https://www.spf.org/jpus-insights/spf-america-monitor/spf-america-monitor-document-detail_84.html/>(2022年7月11日参照)。(本文に戻る)
  9. Joseph Zeballos-Roig, “How Democrats could accidentally hit Americans with big health insurance bills right before the midterms,” Insider, May 7, 2022, <https://www.businessinsider.com/democrats-obamacare-manchin-midterm-elections-health-insurance-bills-2022-5>, accessed on July 5, 2022.(本文に戻る)
  10. 共和党と民主党の歴史的な対立については以下を参照。山岸敬和「医療―皆保険をめぐる政策的収斂と政治的分極化」(久保文明他編『アメリカ政治の地殻変動―分極化の行方』東京大学出版会、2021年)(本文に戻る)

「SPFアメリカ現状モニター」シリーズにおける関連論考

  •  山岸敬和「公立学校における『マスク戦争』で見えた教育問題」
  •  山岸敬和「コロナ禍で試された日本の留学生誘致政策の本気度―アメリカの現状との比較から―」
  •  山岸敬和「医療扶助大国アメリカ」
  •  山岸敬和「『静かすぎる』バイデンケア」
  •  山岸敬和「茨の道を進む『バイデンケア』」
  •  山岸敬和「新型コロナ、治療代が820万円!?試されるアメリカ医療保険制度」
  •  山岸敬和「民主党版『オバマケア廃止(Repeal Obamacare)』」
  •  山岸敬和「中間選挙における重要争点:オバマケア」
  •  山岸敬和「オバマケア、"low politics"へ」

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