SPF笹川平和財団
SPF NOW ENGLISH

日米関係インサイト

  • 米国議会情報
  • 米国政策コミュニティ
  • VIDEOS
日米グループのX(旧Twitter)はこちら
  • ホーム
  • SPFアメリカ現状モニター
  • ロシアのウクライナ侵攻へのバイデン政権の長期戦略とは?
    ー経済制裁の行方
論考シリーズ | No.115 | 2022.3.8
アメリカ現状モニター

ロシアのウクライナ侵攻へのバイデン政権の長期戦略とは?
経済制裁の行方

渡部 恒雄
笹川平和財団上席研究員

この記事をシェアする

3月1日、ロシアのウクライナ侵攻の中、バイデン大統領は一般教書演説を行った。ウクライナへの支援とロシアへの警告、そして自由(liberty)は専制(tyranny)に勝つ、という冒頭の部分では、最近の大統領の一般教書演説では見られなかった超党派のスタンディングオベーションをみることができた1。これが中間選挙を睨み、政権にとってどれだけの追い風になるかはわからない。ロシアのウクライナ侵攻の情勢は予断を許さない上に、基本的に米国はウクライナへの軍事支援とロシアへの経済制裁、そしてNATOへの派兵を行っているため、これがどのように動くのかは未知数だ。本稿では、これまでのバイデン政権の経済制裁を中心にした関与姿勢から、その戦略を考察し、それが今後の世界にどう影響するかを考える。

バイデン大統領のウクライナ連帯の一般教書演説

ウクライナへの連帯で、分裂した民主・共和党の議員がまとまったように見えるバイデン大統領の一般教書演説だったが、その中身は、基本的には内向きなものだった。大統領が「バイアメリカン」を強調して、国内産業保護を訴えたときに、会場から大きな「USAコール」の合唱が飛び出したことにはさすがに違和感を感じた。これまでの「USAコール」は、9.11テロを契機にしたテロとの戦いや、イラク戦争開戦など、米国を軍事力で守り、戦うという場合に使われたことが多かったからだ。

 

それが、保護主義を擁護する内容で使われていることは、バイデン政権の基本的な姿勢である「中間層のための外交政策」のラインである。そもそも、バイデン政権は、米軍のウクライナへの派兵を早々に否定しており、本来適切な軍事介入の姿勢を見せていれば、ロシアのウクライナ侵攻を防げたかもしれない。しかし、共和党を代表してバイデン大統領の一般教書演説への対抗演説を行ったキム・レイノルズ、アイオワ州知事からは、バイデン大統領が昨年、ノルドストリーム2に関わるロシア系企業に対する制裁を解除したことへの批判はあったが、むしろ批判の対象はバイデン大統領が多くの時間を割いたインフレ対策などの経済対策であり、かつての共和党の国際派ならば批判していたはずの中途半端な介入姿勢に対する言葉はなかった2。

 

例えば、ブッシュ(子)政権は、ロシア・グルジア(ジョージア)戦争において、ロシア軍の侵攻が首都トビリシに迫る中、人道支援を行うと宣言して、米軍に支援物質をトビリシの空港に空輸させ、そのまま米軍機が着陸して動かない、という状況を作り、ロシア軍の首都制圧をためらわせ、その間にコンドリーザ・ライス国務長官が現地入りして、停戦協議のための調停を行っている。このストーリーは、最近のワシントン・ポストにも掲載されており3、この巧みな軍事力と外交力の組み合わせと比較して、バイデン政権を批判することもできたはずだ。少なくとも、現時点でみれば、米国と欧州の連携強化と経済制裁は、ロシアの侵攻を抑止できなかったばかりか、さらなるエスカレーションを抑止する上で有効かどうかはわからない。しかしレイノルズ知事はその点を追及はしなかった。

民主党以上に軍事力行使に消極的な共和党トランプ派

実際のところ、今や共和党の主流派となったトランプ派は、バイデン政権以上に、ウクライナへの直接の軍事介入に消極的だ。特にトランプ前大統領は、少なくとも、ウクライナ危機のはじめには、プーチン大統領を「天才」「賢い」と呼び、賞賛すらしていた。これはトランプ大統領特有の現象ではなく、欧州のナショナリストのポピュリスト政治家は、自国の民主的な勢力と対峙する上で、これまではプーチン大統領を賞賛してきた4。

 

この流れを変えたのは、ウクライナ人の果敢な抵抗と、それをまとめ上げているゼレンスキー大統領のメッセージ、そしてウクライナ人の苦境を即時に国際社会に伝える世界のネットワーク化ということがいえる。ニューヨーク・タイムズのコラムニスト、トーマス・フリードマンは、プーチン大統領は、ウクライナでの不都合な真実をクローゼットにしまい込むことはできないとして、今回の戦争が、グローバルなネットワークによって世界が繋がっている中で行われていることを指摘している5。

 

バイデン政権は、民主党にも共和党にも共通する内向きの有権者を念頭にしたウクライナへの介入への制約ゆえに、先のブッシュ(子)政権のようなリスクをとる軍事行動や外交はできなかった。ただし副産物もある。それゆえに、将来の自国の安全保障と国際秩序の安定に危機感を持つ欧州を動かすことに成功したともいえる。特に、ロシアに大きく天然ガスを依存するドイツが、ロシアからのパイプラインプロジェクトのノルドストリーム2を凍結し、SWIFTからロシアの主要銀行を排除するという決定について、米国や他の欧州諸国に足並みを揃えたことは、バイデン大統領にとっても、プーチン大統領にとっても、想定外の出来事だったと思われる。

 

現時点で振り返ってみれば、バイデン政権の姿勢はある意味最初から明確だったともいえる。同盟国を守るためには軍事力行使はためらわないとう姿勢を明確にし、それ以外への軍事力行使へのハードルは上げ、ロシアへの経済制裁強化を中心にして、ロシアの行動に影響を与えていく方針だ。2月の時点での米国の世論調査をみれば、軍事力行使への賛成は過半数に満たないが、経済制裁への賛同は67%と圧倒的だった6。その意味で、現時点では、バイデン政権の戦略は着実に実を結びつつある、と言えなくもない。

米欧の経済制裁の行方

しかし想定外だったのは、プーチン大統領が、経済制裁の強化とウクライナの通常兵器による抵抗に対して、核抑止体制を臨戦態勢にするという対応をとったことだ。一歩対応を間違うとキューバ・ミサイル危機のような、米ロ核戦争のリスクも懸念される。

 

今後の展開は不透明だが、少なくとも、これからの世界においては、かつての米国一国の圧倒的な経済力と軍事力による抑止ではなく、米国の同盟国間の連帯と、同盟国自身の防衛努力による抑止という方向が示唆される。実際に、中国に対抗するバイデン政権の戦略観も、同盟国やパートナー国との協力で勢力均衡をはかり、中国の軍事的冒険主義を抑止するものとなっており、この方向と符合する。そもそも、現在の米国の実力からして、ロシアと中国を相手に二正面で対峙することは、あまりにも荷が重い。

 

今回、バイデン政権は、プーチン大統領のウクライナ侵攻を思いとどまらせる目的で、中国にインテリジェンス情報を伝えて、習近平主席からプーチン大統領への説得を促したと報道された7。このやり方は、一歩間違えば、中国に手の内を教えて、米国の弱さを見せるリスクのある手段である。中国は、米国による中ロ乖離策だと考えて、取り合わなかったようだが、ここにきて、孤立するロシアに巻き込まれたくないという態度もみせている。

 

米国が中ロへの二正面作戦が取れない現状では、危機回避のためには、アドホックに中ロそれぞれにアプローチするような対応も、実は効果的なこともでてくるかもしれない。その意味で今回のロシアに対する西側の団結と経済制裁の行方は、今後の米中関係、そして今後の世界全体に大きな影響を与えると考えるべきだろう。

 

現時点で、米シンクタンクのアトランティック・カウンシルの研究者は、今後に展開される4つのシナリオ(奇跡的なウクライナの防衛成功、戦争の泥沼化、ロシアのウクライナ属国化、NATO・ロシア戦争)を提示した上で、西側に優位に展開するであろう以下の三つの理由を挙げている。1.ウクライナの抵抗が欧州全体の意識を変えて強い支持を受けたこと。2.ロシアとプーチン大統領がウクライナの抵抗と世界からの怒りを過少評価していたこと。3.米欧の民主国家の結びつきが明確な目的により再強化されたこと。このように、長期的には、米国と自由主義国家の優位な展開が期待できることは認識はされている。一方で、彼らは、「戦争の霧」と呼ばれる多くの予測不可能な要因により、過度に楽観的なシナリオを描けないことも示唆している8。

 

その上で、あえて長期的な展望をするためには、中東諸国の動きへの米国の見方が参考になる。例えば、中東諸国はロシアの影響が強く、今回も欧州のような積極的なウクライナ支援の動きをしていない。しかしロシアに近いシリアやイランはともかく、長期的に中東諸国が米国よりもロシアを選択するとも見られていない。ウォール・ストリート・ジャーナルの記事「米のロシア包囲網拒否、プーチン批判控える中東」(2022年3月3日)は、中東における米国の最も緊密な同盟国であるイスラエルでさえ、兵器やヘルメット・防弾ベストといった軍装備品の提供を求めるウクライナの要請を拒否していることを指摘する。ロシアは中東の産油国との長年築きあげてきた関係がある上に、イスラエル当局者には、シリア領土内で長らく続けているイラン系武装勢力を標的とした空爆に対して、シリア駐留のロシア軍が介入するのではないかとの懸念がある。ただし戦争が長引けば、米国から長期的な軍事支援を受けている中東の同盟国とパートナー国には米国と連携する圧力が高まる公算が大きい。ロシアは中東への結びつきを深めているが、米国のような軍事支援はしていないからだ9。その意味でウクライナでの戦争と対ロ経済制裁の長期化は、米国に有利になるシナリオが示唆される。

 

また、3月12日から、指定を受けたロシアの主要銀行の7行を対象に、SWIFTなどによる国際銀行間の送金・決済に利用される金融メッセージサービスの提供を禁止する措置が取られる10。この動きは、ロシア経済に対してはダメージとはなるが、プーチン大統領を決定的に追い込むというシナリオになるかどうかは、予断を許さない。現在、米国政府はさらに、ロシアからの原油の禁輸措置にも動いている。これは、先にみた中東の産油国、とくにサウジアラビアの協力も必要となる措置だ。

 

地政学的要素としての中国の金融セクターを研究しているカーネギー国際平和財団のロバート・グリーンは、”How Sanctions on Russia Will Alter Global Payments Flows”(2022年3月4日付)で、今回の西側によるロシアへの金融制裁のダメージを中国が緩和する役割を果たしていることを指摘し、中国が長期的には、今回のロシアへの金融制裁を受けて、ドル決済からの脱却を進めていくことを示唆している11。

 

中国政府は一方で、対ロ制裁に反対する意向を表明しているが、中国の金融機関は世界経済と繋がっており、また米国政府の二次制裁に抵触することも恐れ、ロシアの救済に乗り出すことにも慎重という指摘もある12。結局のところ、ウクライナにおけるロシア軍の侵略行為の画像が、SNSなどにより同時進行で世界に流されて、世界の企業がロシアとのビジネスをキャンセル(解約)するトレンドは、世界の市場と繋がっている中国企業も無視はできないということだろう。この点で、ニューヨーク・タイムズのコラムニストのトーマス・フリードマンが、世界的なロシアとのビジネスの「キャンセル」が進行中だと現状を分析しているが13、これが国家主導の経済制裁以上に、どれぐらいロシア経済にダメージを与えるかどうかを、中国も凝視しているはずだ。

 

今回のロシアのウクライナ侵攻とそれに対抗する米欧の大規模な経済制裁の行方は短期的には予断を許さない状況にある。一方で長期的なロシアの苦境は示唆されており、今後の世界の地政学と地経学戦略において、大きな転換点となるのではないだろうか。
 

(了)

  1. The White House, “Remarks by President Biden in State of the Union Address,” March 2, 2022, (スピーチは3月1日に行われた)<https://www.whitehouse.gov/briefing-room/speeches-remarks/2022/03/02/remarks-by-president-biden-in-state-of-the-union-address/> accessed on March 7, 2022. (本文に戻る)
  2. “Read Iowa Gov. Kim Reynolds' Republican response to the State of the Union,” NPR, March 1, 2022, <https://www.npr.org/2022/03/01/1083855975/republican-response-iowa-kim-reynolds-text-state-of-the-union> accessed on March 7, 2022.(本文に戻る)
  3. Josh Rogin, “Opinion: ​​From his prison cell, Georgia’s former president reminds the West how to deal with Putin,” The Washington Post, February 24, 2022, <https://www.washingtonpost.com/opinions/2022/02/24/ex-georgia-president-saakashvili-lessons-georgia-2008-invasion-ukraine/> accessed on March 8, 2022.(本文に戻る)
  4. Emily Tamkin, “How the American Right Stopped Worrying and Learned to Love Russia,” The New York Times, February 27, <https://www.nytimes.com/2022/02/27/opinion/ukraine-putin-steve-bannon.html> accessed on March 7, 2022.(本文に戻る)
  5. Thomas L. Friedman, “We Have Never Been Here Before, “The New York Times, February 25, 2022, <https://www.nytimes.com/2022/02/25/opinion/putin-russia-ukraine.html> accessed on March 7, 2022.(本文に戻る)
  6. Scott Clement, Emily Guskin, and Dan Balz, “Post-ABC poll finds bipartisan support for sanctions on Russia as it invades Ukraine,” The Washington Post, February 25, 2022, <https://www.washingtonpost.com/politics/2022/02/25/ukraine-poll-post-abc/> accessed on March 7, 2022.(本文に戻る)
  7. Edward Wong, “U.S. Officials Repeatedly Urged China to Help Avert War in Ukraine,” The New York Times, February 25, 2022, <https://www.nytimes.com/2022/02/25/us/politics/us-china-russia-ukraine.html> accessed on March 7, 2022.(本文に戻る)
  8. Barry Pavel, Peter Engelke, and Jeffrey Cimmino, “Four ways the war in Ukraine might end,” New Atlanticist, The Atlantlic Council, March 1, 2022, <https://www.atlanticcouncil.org/blogs/new-atlanticist/four-ways-the-war-in-ukraine-might-end/> accessed on March 8, 2022.(本文に戻る)
  9. David S. Cloud, Benoit Faucon, and Summer Said, 「米のロシア包囲網拒否、プーチン批判控える中東」『ウォール・ストリート・ジャーナル(日本語版)』2022年3月3日、<https://jp.wsj.com/articles/u-s-diplomatic-push-for-ukraine-falters-in-a-middle-east-influenced-by-russia-11646248612>(2022年3月7日参照)。 (本文に戻る)
  10. 「ロシア7銀行をSWIFTから排除 EU決定、最大手は対象外」『日本経済新聞電子版』2022年3月2日、<https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB289100Y2A220C2000000/(2022年3月7日参照)。 (本文に戻る)
  11. Robert Greene, “How Sanctions on Russia Will Alter Global Payments Flows,” Carnegie Endowment for International Peace, March 4, 2022, <https://carnegieendowment.org/2022/03/04/how-sanctions-on-russia-will-alter-global-payments-flows-pub-86575> accessed on March 7, 2022.(本文に戻る)
  12. Jing Yang and Rebecca Feng, 「制裁に苦しむロシア、中国の銀行が助けない理由:二次制裁のリスクに細心の注意を払う中国の金融機関」『ウォール・ストリート・ジャーナル(日本語版)』2022年3月7日、<https://jp.wsj.com/articles/why-chinas-banks-wont-come-to-russias-rescue-11646451399>(2022年3月7日参照)。(本文に戻る)
  13. Thomas L. Friedman, “The Cancellation of Mother Russia is Underway, “The New York Times, March 6, 2022, <https://www.nytimes.com/2022/03/06/opinion/putin-ukraine-china.html> accessed on March 7, 2022.(本文に戻る)

「SPFアメリカ現状モニター」シリーズにおける関連論考

  • 渡部恒雄「中ロに対峙する2022年のバイデン外交と日米同盟の意義」
  • 森聡「インド太平洋におけるバイデン政権の対中バランシング―最近の主な取り組みと日本の課題―」 
  • 渡部恒雄「世論調査にみる米国人の外交認識:内向きだがアメリカ・ファーストではない」
  • 渡部恒雄「バイデン政権の対イランJCPOA間接交渉が示す柔軟な現実主義」
  • 中山俊宏「アメリカをめぐる4つのナラティブと国際主義」
  • 森聡「バイデン政権と『民主的連帯』の外交をめぐる論議」
  • 中山俊宏「米国の中東政策とミドルクラス外交」

この記事をシェアする

+

+

+

新着情報

  • 2025.03.21

    ウクライナ戦争の終結と天然資源をめぐる大国の思惑

    ウクライナ戦争の終結と天然資源をめぐる大国の思惑
    米国政策コミュニティの論考紹介
  • 2025.03.13

    第二次トランプ政権の政権運営と不法移民対策

    第二次トランプ政権の政権運営と不法移民対策
    アメリカ現状モニター
  • 2025.02.20

    ウクライナ戦争の3つの教訓:台湾有事における抑止と核

    ウクライナ戦争の3つの教訓:台湾有事における抑止と核
    米国政策コミュニティの論考紹介

Title

新着記事をもっと見る

ページトップ

Video Title

  • <論考発信>
    アメリカ現状モニター
    Views from Inside America
    Ideas and Analyses
    その他の調査・研究プロジェクト
  • <リソース>
    米国連邦議会情報
    米国政策コミュニティ論考紹介
    その他SPF発信の米国関連情報
    VIDEOS
    PODCASTS
    出版物
    日米基本情報リンク集
    サイトマップ
  • 財団について
    お問い合わせ
  • プライバシーポリシー
  • サイトポリシー
  • SNSポリシー

Copyright © 2022 The Sasakawa Peace Foundation All Rights Reserved.