東南アジアにおける対日世論調査の課題と可能性:ヘッジングを具体的に語るために
2023年は、日本ASEAN友好協力50周年である。日本では、日本と東南アジア諸国、あるいはASEAN(東南アジア諸国連合)と戦略的にどのように付き合っていくべきか、日本の国益を東南アジアでどのように最大化するかといった点が大きく注目されている。
2020年1月20日COIVD-19患者が韓国国内で初めて確認されて以降、韓国におけるCOVID-19政策の実質的な始発点は、東南部に位置する大邱市にて発生した新興宗教団体「新天地」を中心とする大規模クラスターが発生した2月中旬であった。礼拝を通じた信者間でのクラスター発生を受け、それまで日本の厚生省に該当する保健福祉部内の中央事故収拾本部および疾病管理本部に設置された中央防疫対策本部が担っていたCOVID-19対策は、2020年2月23日以降、国務総理を本部長とする中央災難安全対策本部をトップとして行われることとなった1。「新天地」を発端とした爆発的な感染拡大の流れは4月の末には収束し、その後7月末から9月上旬にかけてナイトクラブや遊興施設、宗教関連施設を中心として感染が拡大した第2波以降、2021年1月現在、11月からはじまった第3波の最中にある。
文在寅政府は当初よりCOVID-19への基本的対処方針を「Test, Trace, Treat」・「市民参与」と設定し、感染者および接触者の早期発見と拡散防止という政策目標のもと、目標実現のため各種政策に対する協力を市民へ強く求めた。このような韓国のCOVID-19政策は「K防疫システム」と言われ、特に第1波の感染拡大を抑えたことから国際社会から一定の評価を得た。第1波の抑え込みに成功した後、文在寅政府は「K防疫システム」を外交経済政策における成長戦略として全面的に打ち出した。その一方で、「K防疫システム」は感染者の移動経路や治療機関を含む個人情報の収集と公開、違反者への罰則といった強権的性格を帯びるものでもあった。
第3波の拡大によって疑問視する声が散見されるものの、韓国が第1波および第2波を「K防疫システム」によって抑え込んだことは事実である。本稿は第1波、第2波、特に感染が爆発的に拡大した第1波の封じ込めに成功した韓国のCOVID-19政策とそれをめぐる諸問題について検討したのち、「K防疫システム」を成長戦略として活用する韓国の姿を見ていく。
文在寅政府がCOVID-19政策の基本原則として打ち出した「Test, Trace, Treat」のうち、特に注目すべきは「Test」と「Trace」である。「Test」とは、選別診療所の設置や大規模PCR検査の実施を通して感染を早期に検出し、感染拡大を未然に防ぐことを意味する2。その中核を担うのが、COVID-19の感染が疑われる者、感染者と疫学的関連性が疑われる者に対してPCR検査を実施する選別診療所である。選別診療所は3月下旬には全国635カ所(2020年12月時点621ヶ所)に設置され、5月上旬には乗車しながら検査が可能な「ドライブスルー選別診療所」が全国71ヶ所に設けられた。4月上旬には全国118カ所の研究所にて一日2万件の検査体制が確保され、2020年1月3日以降9月末まで累計231万1000件の検査が実施された3。
次に「Trace」、つまり防疫政策であるが、文在寅政府はIoT、AI技術を利用した疫学調査支援システム(COVID-19 Smart Managing System, SMS)を導入することによって疫学調査を自動化(スマート化)した。SMSは、疫学調査の自動化を目的として、日本の省レベルに該当する科学技術情報通信部と国土交通部、そして疾病管理本部が共同して開発したものであり、これまで政府支援の下、第4次産業革命関連産業として試験運用していたビックデーターをリアルタイムで収集、処理分析する「スマートシティデーターハブ技術」を技術的な基盤としている4。SMSは3月26日から導入され、これによりそれまで疫学調査官が公文書を作成し関係各所へ通達、各部署から電話などを通じて感染者の情報(陽性確定診断を受けた患者のクレジットカード利用履歴、防犯カメラ映像、携帯電話位置情報)を収集、分析していたアナログ的な追跡過程が電算化、自動化された5。ビックデーターを利用することによって感染者の移動経緯、時間別滞在が自動的に導き出され、疫学調査にかかる様々な負担が軽減された。文在寅政府においては様々なCOVID-19関連施策がデジタル化されており、例えば、接触者管理についても3月7日には「コロナ19自己隔離安全保護アプリ」が導入され、SMSに先駆けてスマート化された6。
文在寅政府のCOVID-19政策において議論となるのは、SMSを通じ入手した個人情報公開の是非である。韓国のCOVID-19政策の根幹を担う「K防疫システム」は政府による強制的な個人情報収集と公開を前提としているが、これは2015年に韓国を襲ったMERSに際して制定された「感染症予防および管理に関する法律」に基づくものである。同法76条の2は、疾病管理庁官もしくは地方自治体の長は、感染者や感染が疑われる者に対して氏名、住民登録番号や電話番号、移動経路などに関する情報を要請することができ、要請を受けた者はこれに従わなければならないと規定している。この条文によって、行政機関は感染を管理予防することを目的として個人や法人などから個人情報を収集することが可能となっている。収集のみならず、同法34条の2には、入手した感染者の移動経路、移動手段、治療機関、接触者状況を国民に公開する義務を行政機関に対して課し、加えて同法6条によって感染の発生状況、予防、管理に関して国民の知る権利が規定されている。
文在寅政府による個人情報収集と公開は、同法律に基づいて行われているが、これに対し第1波収束時の4月下旬時点では、国民の大多数が政府による個人情報の収集および公開を「公益」であるとして支持していた。2020年4月下旬、大統領直属の第4次産業革命委員会が実施した世論調査によると、「感染者の個人情報を分析し公開すること」へ90.3%が適切であると回答した7。世論調査実施機関が大統領直属の機関であることを考慮しても90%は高い支持率と言えよう。一方で、2020年6月23日にハンギョレ新聞が実施した意識調査によると、64%がコロナに感染して行動経路が公開されることについて不安を感じていると答えている8。しかしながら、文在寅政府によるCOVID-19政策は平均して70%程度の高水準の支持率を獲得していることから、その不安がCOVID-19政策への否定的な評価へは直結しているとは言いがたい9。また、韓国世論調査会社「世論のなかの與論」が2020年12月に実施した「感染者情報公開に関する意識調査」によると、57%が感染者の移動経路や移動手段、治療機関といった「個人情報の公開範囲を拡大すべきだ」と回答しており、これは「適切に制限すべきた」と答えた35%を上回っている。
注目すべきは、強制的な感染者の個人情報収集と公開という、一見すると「強権的」な「K防疫システム」において、政府がそれらを施行するにあたり「民主主義」的側面を全面的に押し出したということにある。感染拡大当初より、文在寅政府はCOVID-19政策の3大原則として「開放性・透明性・民主性」を掲げ、封じ込めを成功するためにはCOVID-19政策に対する国民からの信頼を得ることが必要であるとの認識のもとで、否定的な情報を含めたすべての関連情報を公開し政策の透明性を確保することを幾度となく強調してきた。現に、感染発生状況や政策などCOVID-19に関する情報は、中央災難安全対策本部傘下の中央防疫対策本部によって専用サイト「コロナウィルス感染症-19 http://ncov.mohw.go.kr/」へ毎日アップデートされ、必要な情報は同サイトを通じて確認することが可能となっている。
情報の公開を通じた政策の透明性確保と同時に文在寅政府は、施策に対する「連帯と協力、自律的な市民意識」こそが封じ込めに必要不可欠であることを繰り返し強調し、政策に対する国民からの自発的な協力を訴えてきた。一方で、自己隔離違反者(懲役1年以下もしくは罰金1000万ウォン以下)などに対する罰則が2020年4月以降強化されてきたことも忘れてはならない。
第1波が収束した6月、文在寅政府は韓国のCOVID-19政策が成功した理由を「先制的かつ透明性の高い」防疫処置と「国民による自発的かつ民主的な」防疫システムへの協力にあったと表明した10。続く文在寅大統領による2021年の「新年の辞」においても、「K防疫システム」は「国民一人ひとりの力と犠牲によって成り立ったもの」であるとし、自国民を讃えた11。つまり、文在寅政府は、国民からの協力を仰ぎ、かつ積極的な情報公開を行うことで「K防疫システム」の強権性を“希釈”してきたと言えよう。
感染拡大への比較的迅速な対応と情報公開によって感染爆発が起こった第1波と第2波を早い段階で抑え込んだ結果、文在寅政府のCOVID-19政策への国民の評価は一貫して肯定的であった。第1波が収束しはじめた4月中旬以降第2波が収束する9月中旬にかけて、政府のCOVID-19政策の支持率は5月下旬には81%に達し、それ以降も平均して70%を超える水準で推移していた12。同様に、COVID-19の第1波以降、公的機関への信頼度も上昇した。2020年6月にハンギョレ新聞が実施した「ポストコロナ時代に関する意識調査」では、68.2%が「ソーシャルセーフティーネットの拡充など、[ポストコロナ時代は今より]より良い社会になる」と回答した13。感染が再度拡大した第3波以降の評価も検討する必要があるが、当初、韓国国民がアフターコロナの社会を肯定的に評価したことは注目すべきであろう。また、政府が第1波の封じ込めが成功した要因として国民からの自発的な協力を挙げた結果、国民自らに対する自負心も向上した。韓国世論調査会社「世論のなかの與論」が2020年4月に実施した意識調査によると、「韓国国民であることが誇らしい」と答えた割合が80%に達し、2019年8月対比で12%も上昇している14。
このように個人情報の収集と公開や違反者に対する刑事罰といった強権性を内包する「K防疫システム」が韓国において成功した背景には、皮肉にも文在寅政府が市民社会との連帯を強調する、いわゆる「左派革新政権」であったことが関係している。逆説的にいうならば、独裁政権の残り香を漂わせる「保守」朴槿恵政権であったならば、政府による個人情報収集と公開に対して市民社会からの反発が予想され、「K防疫システム」の施行は困難を極めたであろう。
第1波、第2波の封じ込めに成功した文在寅政府は、「K防疫システム」を世界でも類を見ない成功例であるとし、外交経済分野における新たな成長戦略として位置づけた。成長戦略としての「K防疫システム」は、主に国際協力を通じた国際社会における地位向上を目的とする外交政策と、防疫関連産業の積極的な輸出と中心とした経済戦略の二つに分類される。
第1波の封じ込め以降、文在寅政府は「K防疫システム」を「成功モデル」として打ち出し、感染拡大に苦しむ国際社会に対し韓国の発言力および影響力を拡大させることを目的とした外交政策を展開してきた。2020年3月27日に開催されたG20首脳テレビ会議において、文在寅大統領は「韓国のコロナ対策は成功例であり、国際社会とも共有していく」と述べ15、「K防疫システム」を通じた国際協力を推進していくことを明らかにした16。5月には「K防疫システム」を外交政策として活用すべく日本の外務省に相当する外交部に「国際防疫協力総括タスク・フォース」を新設し、続けてIAEAへ30万ドルを出資し、加盟国、特に発展途上国に対して選抜診療所の運営方法、肺疾患判別のためのCT活用技術などを共有していくことを発表した。
4月には国内外のマスコミを対象に「K防疫システム説明会」を開催し、5月下旬以降から7月にかけて、主にASEAN諸国や中南米をはじめとする発展途上国を対象として「K防疫システム」の共有を目的する「K防疫ウェブセミナー(Special Webinars on COVID-19 for Policy and Technology Sharing)」を実施した。セミナーは、7月8日までに全9回実施されており、防疫政策、検査体制、感染管理政策といった「K防疫システム」やSMSの基盤となっているICT技術などをテーマとして開催されてきた17。
注目すべきは日本の省庁レベルに該当する各行政機関がこの「K防疫ウェブセミナー」へ総動員されている点にある。「国際防疫協力総括タスク・フォース」がセミナーを主管し、加えて企画財政部、保健福祉部、科学技術情報通信部、産業通商支援部(いずれも日本の省に該当)をはじめとする12もの各行政機関、韓国保健産業振興院といった6つの政府系機関がセミナーに関与した18。いわば国を挙げての事業とも言え、セミナーは英語、スペイン語の同時通訳が提供され、120カ国から3100名ほどが参加した19。
「K防疫システム」の経済成長戦略としての側面も忘れてはならない。感染拡大当初から国内の検査体制を拡充してきた韓国は3月以降サウジアラビアへの検査機器輸出を皮切りとしてマスク、消毒や防護服といった防疫関連製品を積極的に輸出していた。第1波の封じ込め成功を受けて、5月文在寅政府は「感染症対応産業3+1推進戦略」を発表し、ポストコロナを見据えた新産業として防疫関連産業を育成、拡大していくことを発表した20。続く6月には「K-防疫3T(Test, Trace, Treat)国際標準化戦略」を打ち出し、「K防疫システム」を韓国の経済成長戦略の中核と位置づけた21。その結果、韓国の防疫関連輸出額は1月から8月にかけて33億ドルに達し、前年比184.5%の成長を遂げた22。検査機器、マスク、消毒剤といった防疫関連製品のなかでも特に検査機器が占める割合が高く、1月から6月にかけてヨーロッパ及び北米への輸出額は約526億ドルに上っている23。その他国別では、米国とインドがそれぞれ輸出額の10%を占めている。
これまで見てきたように、韓国文在寅政府はIoT、AI技術を利用したSMSや大規模PCR検査を基盤とした「K防疫システム」を展開することによって、第1波と第2波の封じ込めに成功した。「K防疫システム」の根幹である行政機関による個人情報の収集と公開へはその強権的性格を懸念する声がある一方で、第2波収束時点において、文在寅政府はCOVID-19政策の透明性を確保し、市民からの協力を仰ぐことによって「K防疫システム」に対する国民からの支持を集めてきた。
国際社会が相次いで封じ込めに失敗する状況にあって、感染が爆発的に拡大した第1波と第2波を抑え込んだという成功体験から、文在寅政府は「K防疫システム」とそれに付随する防疫産業をアフターコロナを見据えた新たな成長戦略に位置づけた。もちろん、この方針がどこまで有効であり、そして持続的な経済成長を韓国へもたらすのかは不透明である。一方で大局的視点に立つならば、米中対立の一点に集約されがちなアフターコロナの国際政治において、米中に左右されない独自の外交経済戦略を模索する韓国の姿が読み取れよう。
1 疾病管理本部は2020年9月に疾病管理庁へと格上げされた。
2 選別診療所の内容については、COVID-19, Testing Time for RESILIENCE: In recovering from COVID-19: Korean experience,pp.63-65.
3 疾病管理庁、「コロナウィルス感染症-19国内発生現況(9月29日基準)」
4 韓国は、2009年から経済成長戦略の一環として第4次産業革命に注力してきた。ベンチャー企業を積極的に招へいし、スマートシティを実証、検証するため世宗市や釜山市を国家試験都市として指定している。
5 文在寅政府は、すべての個人情報はコロナ危機が去った後に廃棄すると発表している。
6 接触者に対する調査は、市および市郡部所属の疫学調査班が実施(疾病管理本部傘下)している。接触者は最終接触日から14日間自己隔離もしくは能動監視[1]対象(担当者との電話連絡を通じて毎日2回の発熱、呼吸器症状のチェック)とされる。また、自己隔離を要する接触者の管理アプリとして「コロナ19自己隔離安全保護アプリ」が3月7日から導入された。同アプリは、自己隔離者モニタリング業務を実施する地方自治体の業務支援を目的としたもので、自己隔離対象者の携帯電話と担当者の携帯電話とGPS位置情報を連動させ、隔離者が指定域外へ出た場合、担当者へ自動的に連絡が行くシステムである。
7 第4次産業革命委員会報道資料、『4次委、大韓商工会議所と韓国インターネット企業協会とデーター3法関連合同世論調査を実施』。
8 『ハンギョレ新聞』2020年6月24日。
9 韓国「世論のなかの與論」 https://hrcopinion.co.kr/archives/15765(2020/6/22)。 もちろん、韓国社会が文在寅政府のCOVID-19政策支援で一致団結しているわけではない。8月には、「K防疫システム」に反発する反政府系保守派教会である「サラン第一教会」が反政府集会を強行し、その結果大規模クラスターが発生している。
10 青瓦台政策ブリーフィングホームページhttp://www.korea.kr/news/policyNewsView.do?newsId=148870908(2020/6/22)。
11 『東亜日報』2021年1月13日。
12 韓国「世論のなかの與論」 https://hrcopinion.co.kr/archives/17477(2021/1/28).
13 『ハンギョレ新聞』2020年6月24日。
14 「世論のなかの與論」https://hrcopinion.co.kr/archives/15620(2020/6/24)。
15 青瓦台政策ブリーフィングホームページhttp://www.korea.kr/news/policyNewsView.do?newsId=148870908(2020/6/24)。
16 『文在寅大統領言葉と文章第3集』、p.238。
17 5月4日に開催された第1回ウェブセミナーには74カ国が参加した。外交部ホームページhttp://www.mofa.go.kr/www/brd/m_4080/view.do?seq=370259&srchFr=&srchTo=&srchWord=&srchTp=&multi_itm_seq=0&itm_seq_1=0&itm_seq_2=0&company_cd=&company_nm=&page=6(2020/6/30)。
18 保健福祉部ホームページhttp://www.mohw.go.kr/react/al/sal0301vw.jsp?PAR_MENU_ID=04&MENU_ID=0403&page=1&CONT_SEQ=354717(2021/1/29)。
19 青瓦台政策ブリーフィングホームページhttps://www.korea.kr/news/policyNewsView.do?newsId=148874409 (2021/1/28)。第1回から3回は保険、防疫全般、第4回は出入国、検疫、第5回は疫学調査および隔離者管理、第6回は生活防疫、第7回経済政策、第8回科学技術とICT教育、第9回は選挙について行われた。
20 『経済情報センター』https://eiec.kdi.re.kr/policy/materialView.do?num=200647&topic=P&pp=20&datecount=&recommend=&pg=(20201/1/29)。
21 12月には検査方法である「体外診断検査システム」が国際標準化規格を取得している(ISO17822)。
22 KOTRA「K-防疫、ターゲット市場を細分化し輸出活路開拓」https://news.kotra.or.kr/user/globalBbs/kotranews/782/globalBbsDataView.do?setIdx=243&dataIdx=185409(2021/1/29)。
23 KOTRA医療サービスチーム「コロナ19防疫物品グローバル市場動向及び今後の輸出方案」。