ゼミ

第1回やしの実大学報告書

パネルディスカッション

座長:石垣繁実行委員長

石垣
これからパネルディスカッションを始めたいと思います。まず、講演者の3名、そしてパネラー9名で質問の交換をしまして、その後、フロアーからの意見を求めたいと思います。どなたからでも結構ですので、挙手をしていただき、ご意見など述べていただきたいと思います。では、まずクワンチさんどうぞ。
太平洋にある文化圏の区分は見直す必要がある
クワンチ
私がまず、みなさんにお聞きしたいことは、南太平洋の文化圏の区分についてです。今日、みなさんの講演で見せていただいたスライドには、南太平洋をポリネシア、ミクロネシア、メラネシアというふうに3つに分けた地図がありました。
しかし、現在の私たちの認識のなかには、メラネシアという文化圏は存在しません。メラネシアと呼ばれている地域には、多数の島々があります。そこには、それぞれ異なる文化、言語を持った島々が混在していて、ひとつにまとめて、メラネシアという領域だとは捕えにくいと思うのです。
今、私たちは、メラネシアにある島々をそれぞれの島の名前で捕えることはできないのかと考えております。そのあたりのことについて皆さんにご意見を伺いたいのですが。
石垣
ありがとうございます。今のマックスさんの質問について、まず片山先生がお話したいことがあるようです。片山先生どうぞ。
片山
マックスさんが、おっしゃるとおり、メラネシアという言葉は、我々研究者、少なくとも私のまわりでは、現在使っていません。たしかに、今日お見せした私のスライドの地図にはその言葉がありましたが、この地図そのものは非常に古いものです。これは、ただわかりやすさを考えた便宜的な理由で使ったわけでして、本来は個々の諸島、個々の島でもって捕えております。
ポリネシア、メラネシア、ミクロネシアというような境界線は本来、太平洋には存在しません。しょせんはヨーロッパ人が勝手につけたものでして、海に境界はいっさいありません。日付変更線も同じようなものなので、これもやめたいと思いますが、なくなってしまうとなかなか不便ですね。ですので、どうせなら「太平洋」ぐらいの分け方をしてもらいたい。同じ太平洋に住むものとしてはそう思いますね。

座長を勤めた石垣実行委員長

石垣
篠遠先生は、どうお考えでしょうか。
篠遠
たしかに、太平洋の3大文化圏の区分というのは、太平洋に入ってきたヨーロッパの人たちが、「この人たちは似たような肌の色をしている」、あるいは「言葉が似ている」というような理由から人為的に付けた区分でして、それを習慣的に使っているわけです。そうかといって、この区分をなくしてしまうと不便かとは思いますけど。
たとえば、サモア、トンガ、フィジーなんていうのは、実際はひとつの文化圏として考えてもいいと私は思います。ですが区分の中ではサモア、トンガはポリネシア、フィジーはメラネシアに区分けされます。マックスさんたちは、今、メラネシアとは、呼ばないとおっしゃいましたが、なんて呼んでいるんですか。
クワンチ
境界線には、歴史的な共通 点があるという線引きと、同じ国家であるという線引きがありますが、今の傾向としては政治的な流れの中での境界線を使って呼んでいます。
しかし、ここで私が強調したいのは、インディビジュアル・アイデンティティ。つまり、個々の国々の尊厳を尊重したうえで南太平洋を捕えていきたいのです。外からの圧力から自分たちを守り抜きたいという志向を持つ国々の尊厳を重視したいのです。
タニエル
クワンチ先生の意見と少し重なりますが、私も、メラネシア、ポリネシア、ミクロネシアという分け方は、植民地施策の中で、支配する側が分類した面 もあると思っております。個々の島々の人達のアイデンティティをないがしろにしていると考えています。
石垣
イキモトさんは、いかがでしょうか。
イキモト
今、みなさんがお話しになったように、南太平洋の3つの文化圏は植民地施策の中でできたものです。しかし、この区分の意味を捕え直すためには、私たち島嶼国の人々自身が努力して働きかけていかなくてはならないでしょう。この区分ははるか昔にヨーロッパ人が分類して命名したものです。
しかし、言葉というはとても影響力が強いもので、私たちのような新しい世代にもこの区分はなにげなく引き継がれています。島嶼国の人間としては恥じるべきことかもしれませんね。また、アジアの島嶼国と分けられていることも、もう一度その意味を捕え直すことが必要に思います。ですから、今日のように、自分たちの歴史を見直そうとしている太平洋島嶼国の人々が集まり、この問題に対してアピールすることは、とても大事なことだと私は考えています。
ボカレン
私も同感であります。太平洋の民族というのは、それぞれ広大な海洋にある小さな島々に住んでいるため、経済的、政治的にも孤立している状況にあります。個々の島々がアイデンティティを得るためには、同じ境遇にあるものたちが、一緒になって働きかけることは非常に重要なことなのです。
篠遠
では、みなさんは、メラネシアという文化圏をこれからどう呼んだら良いのか、ご提案はありますでしょうか。
太平洋文化圏の区分は見直す必要がある

「メラネシア」の考え方について
クワンチ博士が発言。

イキモト
これは、メラネシアに限ったことではありませんが、フィジーに、我々のような意識を持つ人々が集まる南太平洋大学という大学があります。そこでは太平洋の島々全体を単に「オセアニア」と呼んだらどうかという提案がありました。その中で個々の出身地、例えば、私の場合、ニウエになります。ですから、どこからきたのですか、と問われたら「オセアニアのニウエからです」と言えるようにしたいと思っています。
クワンチ
こういう文化圏はさきほどもいいましたが、文化的領域というより、政治とか経済で論議されているのが現状だと思います。で、分け方の話になるとパプアニューギニアですとか、その先には、ソロモン諸島やバヌアツなどがあるのですが、そういう人たちにときどき羨望されることがありました。彼らにはくくれる共通 の地域がなかったからでしたが、最近、居直って自分たちは「スピアヘッド」、太平洋の矢先なのだと誇りを持っています。
 また、地図を見ると、ミクロネシアという地域があります。主に米国によって統治されているのですが、ここではミクロネシアン・スタディといって、自分たちの文化を研究するということが盛んになっています。彼らはミクロネシア研究いう言葉を使っていますが、学術的な言葉としてではなく、自分たちはミクロネシアの文化の上に立っているというわけで一種のアメリカへの威嚇なんです。
石垣
どうもありがとうございます。それでは、このへんでパネラーだけでなく、フロアーの方々のご意見も伺っていきたいと思います。どなたか質問などありましたら、どうぞ。
フロアー1
みなさんに、2点ほどお話ししたいことがあるのですが、さきほどみなさんが文化圏の概念についてお話しになっていたのですが、私自身、オーストラリアを研究しているのですが、このような大きな政治的な枠組みでフィジー、サモア、トンガなど各国のアイデンティティ、特色、自立というものが隠蔽されてきた経緯を感じます。それよりもこれからはポリネシア、メラネシア、ミクロネシアの区分を超えて、自分はトンガだ、サモアだ、というようなアイデンティをアピールすることで、どこから来たのかといわれたら、自分の国名もしくは自分のソサエティを名乗るような積極性をみなさんに求めたい。これが一点。
もうひとつは、私はオーストラリアのクイーンズランドと宮古島を研究しているのですが、特に日本の島の開発を調査していますと、東京からの経済的なシステムが、島の行政に貫徹されて、行政の開発方針や目的が島の人々の意見、いき様とが食い違っている状況がある。そこで質問なのですが、みなさんの島々ではそのような食い違いが生じているのかお聞きしたい。
クワンチ
オーストラリアも今、おっしゃられた状況と、まったく同じ状況におかれています。ニューギニアとオーストラリアの間にトーレス海峡というところがあります。そこにある島々にはトータルで 14,000ぐらいの人口しかいませんが、彼らはシドニーやメルボルンにいる 180万人の大陸の人たちと対抗しなくてはならない状況なわけです。離島に住む少数派の意見は中央の行政に反映されにくいケースはおおいです。
何もオーストラリアやトーレス諸島の人々に限った問題ではなく、1992年に国際先住民会議というものがありましたが、その場でも世界の方々から同じような問題が提起されました。パプアニューギニアでも同じような事例があると思いますが、どうですかボカレンさん?
ボカレン
パプアニューギニアでは現在、ノットスローンズという州とノースソロモンズという州が分離独立しようとしています。そこでは、たとえばノースソロモンズには豊かな銅山があってその資源に対する政府からの見返りが少ないとして、独立しようという動きになりました。地域の財産が中央に取り込まれ、地域に還元されないわけです。国連のPKOなどの助けを得て、元宗主国や諸外国などと協力して現在、問題解決に取り組んでいます。
タニエル
腐敗した政府に対する反感が高まっている問題はという点ではサモアでも同じです。私がここへくる一週間前にも政府に対する大きなデモがあったばかりです。
クワンチ
クック諸島ではラロトンガ島に首都があり、周辺にいくつかの離島を持っていますが、離島はどちらかというとのけ者的な目にあわせられています。都市部の人間が物質的なものを享受していて、離島の人々が享受できるものが少ないという状況があります。
石垣
ありがとうございました。大変に貴重なお話しです。ほかになにかありますでしょうか。
観光化が伝統文化に及ぼす影響は善悪両面がある

アイデンティティ論で議論は白熱

フロアー2
今、ポリネシアの国々がそれぞれのアイデンティティを確立していく必要性があるということは僕も強く感じています。それと同時に日本の各地域の伝統文化、伝統的価値観の大切さというものを僕は今、研究しているのですが、ポリネシアというのは政治的な意味で使われているということですが、文化的にも同じなのかと勘違いしてしまうこともある。ですから、そうならないためにもそれぞれの小さな島々がアイデンティティを持っていく必要があると思う。その確立においてひとつ求められるのが、伝統文化だと思うんです。
ですが、一方で、世界各地の先住民の人々の状況において、先住民文化への観光ブームの最中、自分たちの伝統文化を売り物にしてしまうという現象に僕は注目しています。伝統文化を売ることによって急激に経済的に向上してしまうということが世界各地であるのですが、これはあくまでブームであって、ブームが去った後にこの人々のなかに何が残るのだろうかな、ということを最も興味深く研究しています。みなさんはこの問題についてどうお考えなのか聞かせてください。
イキモト
観光産業による弊害ということですが、ニウエに関する限り観光産業のために自分たちの精神性や伝統文化を売り物にするようなことはありません。ピアスや髪の毛を切る通 過儀礼を観光客のために行うようなことはまず考えられない。工芸品や民芸品なども観光産業によって利益がもたらされるからといって生産のペースを早めるようなことはありません。
ボカレン 私は観光産業による影響は2つあると考えています。観光によって雇用が拡大し経済的なメリットが得られる反面 、伝統文化など精神的な問題が商業化されるという面もある。しかし、例えば、歌や踊などを商業化して観光客に向けてひろめようとすることによって、そういった伝統文化が薄れ行くことを防ぐという面 もあると思います。ですから、私は後者のような機会を与えるという意味で観光の持つ意義というものを非常に素晴しく思います。また、島に残る重要な文化や遺跡、自然環境をきちんと保護していくということを併せて考えていかなくてはならないと思います
石垣
ありがとうございました。社会的な問題まで話しは発展してきました。他にご意見がありますでしょうか。
片山
ちょっとひとつ意見があるのですが、先ほどからお話を聞いていまして、非常に気になることがあるます。今、質問をなさった方が、ポリネシアという言葉を使わないということをおっしゃたのですが、それはおかしいわけでありまして。僕は別 に使ってもいいと思います。ポリネシアは文化的な伝統を同じくしている地域ですから。
僕がさきほど問題にしていたのは、メラネシア、あるいはミクロネシアです。たとえといっては語弊があるかもしれませんが、八重山など日本の離島部と同じような感じで、世界の中では太平洋の島諸国がある。つまり、日本史の教科書には八重山、先島のことはほとんどでてこない。同じように世界史や地理の教科書にはオセアニアはほとんどでてこない。ようするに、我々日本社会というのは、離島に対するスタンスと同じような形で、太平洋諸国のことを捕えている。そこにどんな歴史があって、そこに住む人たちはどんな文化を持っているかを伝えない。恐らくみなさん太平洋の島諸国のことをあまり存じないわけで、これはひとえに日本の教育の問題です。我々はヨーロッパやアメリカのことは非常によく知っているけど、オセアニアのことは知らない。それが問題であることを忘れてはいけないと思います。
篠遠
私は長いことポリネシアで働いていますけども、タヒチを中心にした仏領ポリネシアの人たちは「フレンチポリネシア」と呼ばれることを非常に嫌います。ポリネシアはフランスのものではなく、我々はポリネシアンのものだと。ハワイの人たちも我々はポリネシアンであるといいます。ですから、これからポリネシアンは一緒になってお互いの文化の交換をやっていきたがっています。ところがメラネシアはさまざまな言語や文化があって状況が違います。ポリネシアという枠とメラネシアでは状況が異なるということをちょっといっておきたい。

友寄事務局長

石垣
ありがとうございました。大変、貴重なご意見、ご指摘をいただき意義深い集まりになったと思います。議論が白熱してきまして惜しい気もしますが、そろそろ時間です。午前中からのプログラムでしたがみなさん本当に長時間ありがとうございました。それでは最後に今回の事務局長の友寄からごあいさつがございます。
友寄
はじめての試みで大変、心配であったのですが、最終的には目的を達成できたのではないかと思います。社会問題、観光などにも話しを及びましたが、我々の狙いもそこにあったことも確かです。なぜ考古学をやっているのかというと、今まであまり語られてこなかった我々自身の歴史を知ることは、我々の誇りにつなるがる。そういう意味では八重山も南太平洋も同じ問題を抱えているのではないかと思います。今回は初めてのことでしたが、これをきっかけにこれからも論議を深めて、お互いの自立の問題まで深めていければと思います。今日はみなさん御忙しいところお集りいただき本当にありがとうございました。
「第1回やしの実大学報告書」(1998年4月)
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