ゼミ

第1回やしの実大学報告書

太平洋島嶼国からの報告

広大な太平洋の散在するたくさんの島々は現在、政治的な意味で大きく3つに分かれている。それは、まず、独立して国家を営んでいる島々、国として国際的に認められてはいないが、いわゆる「地域」として自治権を持つ島々、さらに西欧諸国の海外領土である島々だ。このうち独立国と自治権を持つ島々である「島嶼国」が生まれてきたのは、第2次世界大戦以後のことで、オセアニアの歴史の中ではまだまだ最近のことだといえる。
今回のやしの実大学の開催に際しこうした太平洋の「島嶼国」から3人の方が1人のオーストラリア人と共に八重山を訪れた。3人の出身地は、それぞれサモア、ニウエ、パプア・ニューギニア。彼らは、石垣市内の八重山高校、八重山博物館、市庁舎を訪ね、自らの島または国の文化や歴史を紹介してまわった。さらに、やしの実大学の開場では、演壇に立って自分たちの歴史を語り、パネルディスカッションにも参加した。彼らのスピーチや白熱したディスカッションを報告する前に、 彼らの現在の活動内容を説明したい。

失われた過去を掘り起こし
次世代に伝える活動に取り組む

3人は高校または大学の教師で、みなTTPF という組織の一員だ。TTPFとは、今回、八重山にやってきたクイーンズランド工科大学のマックス・クアンチ氏とニューサウス・ウェールズ大学のグラント・マッコール氏とがコーディネイトする組織で、 Teaching The Pacific Forumが正式名称。太平洋島嶼国基金の助成を得て1995年にスタート。太平洋島嶼国の高校教育の教師たちが、自分たちの手で社会科の教科書を作り、歴史教育を推進するためのプロジェクトであり、現在、パラウ、チュウク、クック諸島、フィジー、キリバス、コスラエ、マーシャル諸島、ナウル、ニウエ、パプアニューギニア、ポンペイ、ソロモン諸島、トンガ、トゥバル、バヌアツ、サモア、ヤップ、ハワイ、ニューカレドニア、ノーザンマリアナ諸島、トレスストレイト諸島、トケラウ、ミクロネシアの合計24の国と地域が加盟している。

主な活動の内容は、各島嶼国が集まり、歴史調査の方法を学び合うワークショップと、情報交換のためのネットワーク(歴史教師連盟)作りと教材作成が中心だ。ワークショップでは、各国、地域の教師たちがそれぞれの歴史調査の成果 を発表し、それを教えるためのカリキュラム作りを行っている。

TTPFで作った教科書

教科書の対象は9~12年生(日本でいう中学生)で歴史調査は、主に学生も参加して口承伝承の採集という手法で行われる。一例を揚げるとソロモン諸島では、学生が祖父母などにインタビューし、ソロモンへの民族の移住史や、欧米人と接触した当時のエピソードを編集して『ソロモンの社会変容』という教科書を作った。また19世紀のブラックバーディング(サトウキビ栽培のためのオーストラリア人によるメラネシア人の労働力徴収)の内容をシナリオに起こし、学生たちが劇を演じながら歴史を考えるという授業という実験的な試みが行われた。
さて、TTPFによる太平洋の島々固有の歴史の掘り起こし、教科書という形での若年世代への伝達という活動が行われるようになったのには、近代以降、島々が経験した社会情勢の変化にその理由がある。 太平洋の島々の近代は異民族との接触の時代である。接触してきたのは、当時、帝国主義の国家体制をとっていた西欧諸国で、彼らは、太平洋の島々の大部分を植民地という形で統治していった。そして、島々に住む人たちから言語はもとより、固有の文化の継続を禁じ、宗主国民となることを強要したのだ。それゆえ、アジア大陸を起源とする太平洋の島々にあった歴史は無視されることになってしまった。
TTPFの活動の目的は、こうした被支配の政治によって失われた島々固有の歴史を、再び伝承されていくように整備し直すことだ。それは、かつてはどの島にもあった、年長者から年少者へ島の過去を伝えるという生活習慣の復原ともいえる。以下に収録したのはマックス・クワンチ講師が行ったTTPFの概要に関する説明である。

TTPFの活動と太平洋の現在
マックス・クワンチ

Max Quanchi
1950年シドニーに生まれる。
大学卒業後は一時パプア・ニューギニアで
小学校の教師をする。現在、古写真から
異民族を見る視点の変遷を研究中。

これから、パプアニューギニア、ニウエ、サモアで教師をしている3人に、それぞれの国の歴史についてお話しをしていただこうと思うのですが、その前に少しTTPFというプロジェクトについてお話ししたいと思います。このプロジェクトは、南太平洋の島嶼国の教師たちが自分たちの手で歴史の教科書を作るプロジェクトです。
ご存じのように、太平洋の島々は以前は、欧米諸国の植民地でした。ですから、彼らの学校では、主に欧米の教科書が使われていました。学校で習う彼らの歴史もそれぞれの宗主国で書かれたものだったのです。ミクロネシア地域の島々はアメリカの領土でしたので、アメリカ。同じく南太平洋の島々は、フランス、ニュージーランドなど、それぞれ植民地として支配された国の視点で書かれた自国の歴史を教えられていたわけです。
そんな状況から今、自分たちの歴史を掘り起こそうとしているのが、彼ら島嶼国の人々であり、その意思に、旧宗主国の人間である私たちも賛同し、はじめたのがTTPF です。
私たちの目的は、大きくわけて3つあります。
まず、ひとつめは、島嶼国での歴史教育を推進すること。そして2つめは、各島嶼国の国内、地域ごとの歴史教師連盟を設立することです。連盟は現在までに10の国と地域で設立されています。
これは想像以上に困難なことです。例えばパプアニューギニアは400万人以上の人口があり、たくさんの学校があり、たくさんの教師たちがいますから、協力しあう体制を作ることは容易ではありません。また、湿原地帯であるポカブなどは、人口が少ないということで、逆にひとつひとつの学校の規模も小さく、地域全体での教育体制もシステマティックではないということで困難です。八重山はまだ、TTPFに入っていませんが(笑)。ぜひ入っていただきたいと思います。
そして3つめは、太平洋の島々の教師たちが協力しあい、歴史教育の重要性を語りあいながら、歴史の教科書を作っていくためのワークショップを開催することです。最近では、昨年の12月にサモアで、4日間のワークショップを開催しました。私はただ資金を得るための手助けをしただけで、ここにいるヘレン・タニエルさんら島の教師たちが主体になって企画、運営をしました。こうした機会を設けることで、我々太平洋に住む人同士、お互いに学びあっているのです。
TTPFの活動をはじめて、今年で3年目になりますが、こうしたワークショップの成果 をもとに、すでに数冊の教科書を出版しています。ここに私がもっている本は、初めて太平洋の教師たちによって書かれた高校での歴史教育のための教科書です。タイトルは、「Our History in Our Own Words」。同時に、教師たちにどのように歴史を調査し、教科書を作るのかのノウハウが書かれたワーク・ブックも出版しました。
今日は、その一環として八重山にきているわけでして、これからは、八重山も一緒になって協力し、学びあえることを望んでいます。

今回、フィールドスタディとして八重山の様々な歴史的名所を拝見させてもらいました。他の国々に行って、その国の歴史研究のあり方、教育の仕方を見ることは、教師の専門知識を養ううえで非常に有益なことなのです。
TTPFは、私たち旧宗主国の人間がコーディネイターという役割を担っているわけですが、将来的には、彼ら島嶼国の人々だけでこのプロジェクトを運営できるようになってほしいと私は思っています。今、そのための準備として、各国、地域にある歴史教師連盟の会長が集まり、地域協力を促進するための会長協議会を設立しています。いずれ、この集まりがプロジェクトのイニシアチブをとれるようになること望んでいます。
最後に、私たちが八重山に来た理由をお伝えしたいと思います。それはひとえに、同じ太平洋を共有しているからです。午前中の講演でもお話があった八重山への移住の歴史と、南太平洋にあった移住の歴史は、同じ太平洋の先史なのです。
もうひとつの理由は、今回参加なさった教師のみなさん、そして講演をなさった考古学者の先生方と、これを期に協力しあえるような交流ができればという願いがあったのです。 みなさん、よろしくお願いいたします。


サモアで行われたミーティング

「第1回やしの実大学報告書」(1998年4月)
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