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第1回やしの実大学報告書

「やしの実大学」の実施にあたって
第1回やしの実大学 実行委員会事務局長 友寄英正

奄美大島の南海日日新聞編集長、松井輝美氏が石垣島を訪ねられたのは1995年の春でした。太平洋のジャーナリストとの交流を石垣島でやらないかという話を持ってこられたのです。
聞けば、奄美大島では太平洋の島々と日本の島々を結ぶさまざまな活動を「島を語る会」という事業を通 して企画してきたそうです。ジャーナリストの交流はその活動のひとつとして1994年に初めて奄美大島で実施し大成功だったといいます。もともと松井氏は奄美が本土ばかりを向かないで、南の視点、すなわち沖繩との連携を強め、そこからアジア、太平洋へと広がればよいという考えのようで、これには我々も大いに共感いたしました。
八重山諸島もアジアと経済、文化の交流に長い歴史を持っているし、太平洋の島々には昔からウチナンチューが移民もしくは漁師として渡っています。ソロモン諸島の地元の漁師の間では、宮古の離島、伊良部島の方言が日本語として話されているという話も聞きます。
とにかく、松井氏の話にたいへん興奮をおぼえました。さらに詳しく聞けば、資金は民間の財団からだが、地元主導で事業を運営でき、こちらからも太平洋の島へ事前打ち合わせで訪問できるという。すぐに八重山記者クラブや地元の教育関係者らと協議し、八重山の人々と太平洋島嶼国の人々との交流を実施することにしました。
そして'95年と'97年に太平洋島嶼国のメディア関係者に八重山を訪問していただき、'96年には隣の宮古島へとつなぎました。そして我々もフィジー、トンガ、バヌアツに訪れる機会を得ました。
太平洋の島々の人々と会うと、まず何ともいえぬ親しみをおぼえました。顔の作りや背格好が似ていましたし、何より生きていくテンポのようなものが合うのです。話す言葉は違っても通 じ合うものがたくさんありました。また、地元のジャーナリストが案内してくれたので、通 常の観光ルートでは得られない体験をさせてもらい、たくさんの人々に会い、話を聞くことができました。

八重山諸島竹富島の石巌頭

そして、海に隔てられた島嶼国にとって独立とは、自立とは何かを改めて考えさせられ、島の歴史、文化、自然の失われやすいがゆえの重みを実感しました。
沖繩の島嶼社会がこれからの新しい時代を生きていく中で、大国ばかりではなく同じ太平洋の島々を見つめていかなければならないと感じました。「やしの実大学」は、ここ八重山諸島で太平洋の島のことを学ぼうとする「場」を提供することを目的としています。「島発信」の目に見える具体的な事業として、本土に、そして今度は奄美大島に、また近隣の島々や日本の各離島にも広げていきたいと思います。しばらくは試行錯誤の中で、たくさんの方々に協力を得ながら続けていきたく、みなさまのご参加をお待ちしています。

「第1回やしの実大学報告書」(1998年4月)
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