太平洋島諸国・国際政治講座

[特別講座] 松島泰勝講師の特別講座

[第3回講座] 西太平洋島嶼貿易圏構想の可能性
はじめに

本論では、沖縄の自立型経済を実現するための一つの方法としての西太平洋島嶼貿易圏構想の可能性について論じることを目的とする。沖縄と太平洋島嶼とはともに、島嶼性から生じる経済的諸問題に直面しているが、本論では最初に、島嶼の経済問題について検討する。次に、島嶼経済問題を解決するために太平洋島嶼において実施されている経済政策に関する考察をおこなう。貿易圏の形成、規制緩和という島嶼独自の制度を踏まえたうえで、西太平洋島嶼貿易圏構想の実現可能性について論じてみたい。
川勝平太氏の「西太平洋津々浦々連合論」ように、日本の文明論、外交政策の観点から西太平洋諸島の重要性を指摘する議論がある。本論は、沖縄の自立型経済発展を実現するための方策としても西太平洋の島々との連携が注目されてしかるべきであることを明らかにしたい。
沖縄と太平洋島嶼と間にはいくつの共通性が存在する。沖縄が中国、日本、米国の影響下にあったように、太平洋島嶼も、スペイン、ドイツ、アメリカ、フランス、イギリス、日本、豪州、ニュージーランド等の支配下におかれてきた。沖縄とミクロネシア諸島には、直接的交流の歴史もある。1933年において南洋群島に日本人移民は30,670人いたが、そのうち、沖縄出身者が17,598人、東京出身者が2,733人、鹿児島出身者が1,061人がそれぞれ住んでおり、沖縄県民が邦人の過半数を占めていた。沖縄県民は郷里で培った製糖業、水産業における技能を活かして、南洋群島でもそれらの産業の発展に貢献した。そして、南洋群島は製糖業を中心とする産業発展にともなう税収の増大により、1932年に財政的自立を達成することができた。
また、両島嶼は、海洋性の気候風土、植生、サンゴ礁環境などにおいても類似しており、社会風土もゆったりとした生活リズムを特徴としている。さらに、沖縄において海上他界としてニライカナイが信じられているように、太平洋島嶼の人々も、海上他界をブロツ、ハワイキとして信じている人々がいる。
以上のように沖縄と太平洋島嶼とは近い関係にあるといえる。両島嶼の最大の共通点は島嶼によって形成されていることである。次に島嶼性から生じる経済問題について検討してみたい。

1.島嶼の経済的問題

島嶼経済を論じるにあたってまず認識しなければならないのは、島嶼性という地理的条件の中で経済活動が行われているということである。島嶼性から生じる問題としては次の諸点を指摘できる。

(1) 面積に限りがあるため「規模の経済」が働かない。大量生産、大量消費が不可能であり、生産、消費においてコスト高になりやすい。
(2) 天然資源の賦存量に限りがある。幾つかの島嶼を除いて、その限定性は開発用の資源だけでなく、環礁島において生活必需のための土地、水、野菜等が不足しがちになる。
(3) 少ない熱帯商品の輸出に依存している。島嶼は経済規模が小さいため交易条件に対して影響力をもちえず、世界市場の動向に左右される。
(4) 大市場との距離が離れすぎており、国内または国外における輸送コストが高くなり、それが島内のインフレを増進させる。
(5) 島内企業が競争力をもたず、輸入品が増大するため、国際収支が赤字になりやすい。
(6) 技能のある労働力が不足し、外国人技能者に依存する。一方で教育を受けた者の職場の確保困難であるという理由で、島外に職を求めるという頭脳流出問題が存在する。
(7) 島内資本の規模が小さく、少数の多国籍企業によって島内経済が支配される場合が多い。
(8) 金融と生産との有機的関係が強くなく、域外からの援助金に大きく依存する構造になりやすい。
(9) 自然災害の影響を大きく受けやすい。台風、飢饉等で島嶼経済が混乱し、経済基盤を最初から作り直す必要が生じる場合がある。その際、他国からの援助金を必要とし、それが更に援助依存の構造を強化することになる。
(10) 生態系や物理的環境が非常に脆い。また、遺伝子の種類や量も少なく、植物や動物が絶滅しやすい。
(11) 海によって隣国と隔てられているため、経済活動をする上で不効率性が生じやすい。例えばクック諸島とリヒテンシュタインは人口や領土面積はほぼ同じである。しかし、後者の場合、陸地によって隣国とつながっているため容易に隣国のインフラ等を利用できるが、前者ではそれが不可能である。
(12) 輸送コスト、工事監督者への給与、エネルギーコスト等、工業化のための様々な追加的費用が必要となる。それらは島内の低い賃金率、無税地域の設定、為替レートの調節等によっては補うことが困難である場合が多い。ゆえに島嶼は恒常的に財政赤字体質になりやすい1)。

以上のように多種多様な経済問題の解決を島嶼地域は迫らせている。上に紹介した島嶼問題は、島嶼のみに焦点をあわせた、それから派生する問題であるといえる。島嶼経済問題を新たな観点から分析した議論に、MIRAB経済論がある。MIRABとは次の言葉の頭文字を組み合わせたものである。MIは移民社会、Rは送金収入、Aは経済援助、Bは官僚組織の肥大化と民間セクタ−の欠如をそれぞれ意味している。島嶼民には移民が多く、彼らによる送金、そして、外国援助を主な対外収入として得ており、その結果、政府部門が拡大するという島嶼経済の現状を示している言葉である2)。
MIRAB経済論の提唱者はニュージーランドのR.ワッタ−ズとI.バ−トラムである。彼らによると、既存の経済学の前提である一国経済論がオセアニア島嶼においては必ずしも有効でないという。実際、1970年代や80年代において太平洋のニウエ、トケラウの大部分の人口はニュージーランドに住んでいた。すなわち経済的、社会的、政治的な島嶼社会の基盤は、独立した国民経済内で展開されるケースとは異なった状況におかれているのである3)。経済主体が島嶼から離れ、他国に住み、そこからの送金等により出身地との経済的結びつきがある場合、経済分析対象地を島嶼だけに限定すると、経済の全体的構造が把握できないという事態に陥る。島嶼経済は大国と密接な関係にある。例えばそれは資本、援助、送金、労働力、技術、企業等を通じて形成される。そこでワッターズとバートラムは島嶼国経済社会の実態を認識するためにMIRAB経済論を打ち出した。
一般的に、島嶼経済の自立化を考える際、援助、送金等の対外的な資金への依存状態を改善し、自国内に経済発展の動因を形成することが重要であり、対外的な資金の流れを不安定な依存状態であるとして認識する傾向にある。しかし、ワッターズとバートラムは対外的な資金の流入は安定的であると主張した。例えば、移民は狭小な島嶼社会を離れて、広大な空間で経済活動を行ない、送金をし、島嶼在住者と移民先の人々が相互に訪問しあうことで家族の絆を強化している。ワッターズ等は移民を「超国籍的血縁企業体」と言い換えている4)。
移民活動は別の角度から論じることも可能である。つまり、近代部門を開発するために賃金労働者を送り出す一方で、島に残った人が土地や他の共同体の資産を保持するために働くことは島嶼民にとって合理的な行動である。その結果、親族の国際的展開によって近代部門とサブシステンス部門を相互補完的に維持することができる5)。ワッタースとバートラムは移民を「超国籍的血縁企業体」として積極的に経済主体の1つに位置付けた。それにより島嶼と他地域を結ぶネットワークを説明しうる概念枠組みが与えられた。
MIRAB経済論において分析対象とされた島々はトケラウ、クック諸島、ニウエ等であり、それらの島々とニュージーランドとの経済的関係について論じている。経済規模が異なり、大国との対外関係の性格も異にする他の島嶼に対しては、MIRAB経済論の妥当性は島嶼のケース毎に考慮されなければならない。また、移民、送金、援助金、政府部門の肥大化が不安定要素かそうでないかに関しても島嶼毎に見解の違いが生じてこよう。ただ、同理論が提示する援助・送金依存、政府部門の肥大化という現象が島嶼経済問題の中心的位置を占めていることは確かであろう。

2.島嶼が抱えた経済問題を解決するための方策

島嶼という単位ではなく、島嶼と他地域との経済圏域を分析対象とすることで島嶼経済の本質が明確となる。また、島嶼の経済発展を展望する上でも他地域との経済関係の構築は重要である。島嶼間の経済統合が進んだ地域としてカリブ海島嶼をあげることができる。1968年にCARIFTA(カリブ自由貿易連合)が発足し、域内関税の自動的一括引き下げ、対外共通関税が設定された。71年の域内輸出比率は8.9%であり、域内輸入比率は5.5%であった。同連合は73年にはCARICOM(カリブ共同体・共同市場)に改組された6)。
G.デマスは経済統合がカリブ諸島にとってもつ意義を以下のように整理している。

(1) 共通関税、共通保護政策によって守られた地域市場を形成することで、島内という制限された市場を拡大することができるし、ひいては農業や工業の生産を拡大することが可能である。
(2) 地域内の島々に分散している様々な天然資源を共同で開発することにより大国からの輸入を削減し、域内で生産される商品に付加価値をつけ、島嶼国の経済力を強化することが可能となる。
(3) カリブ島嶼国が共同政策を実施し、行動を共にすることで外部勢力に対する交渉力をもつことができる7)。

このように、カリブ海島嶼においては島嶼市場の狭小性を克服するために、域内の島嶼全体をおおう共通関税や共通政策を実行することで規模の経済を生み出そうとした。また、政治的に島嶼国が団結し、共同で行動することにより国際政治舞台における交渉力を増すこともできた。地域統合の推進役としてカリブ海には産油国のトリニダド・トバコ、ボーキサイトが豊富に存在するジャマイカ、観光やタックスへイブンとして発達したバルバドスやバハマがある。特にトリニダド・トバコはCARICOMに多くのオイルダラーを還元してきており、域内統合を推進する主導的役割を果たした8)。カリブ海島嶼の事例にみられるように、島嶼経済問題を解決するには経済圏域の拡大と、圏域内での貿易の活発化が重要であるといえよう。太平洋島嶼においても以下のように世界的な貿易ネットワークの形成を通じて経済発展を推し進めようとしてきた。

(1)貿易圏の形成による輸出振興策
最初に、ロメ協定について検討してみたい。ロメ協定とは、ヨーロッパ連合(EU)がアフリカ諸国、カリブ海諸国、太平洋諸国に対して経済協力をする制度的枠組みである。援助のメニューとしては、欧州開発基金による2国間プログラム、欧州投資銀行の融資プログラム、農産物輸出収入の変動に対する補償制度、鉱産物に対する特別資金援助、緊急援助、無関税による製造品のEUへの輸出、特定産品に対する輸入保証枠制度等がある。この制度的枠組みを活用して、フィジーで生産される砂糖の約60%がEU向けに輸出されている。フィジーでは、砂糖以外にもマグロ、生姜加工品、衣料製品等がロメ協定によってEUという輸出先が確保されている。また、ロメ協定の枠組みの中で、ソロモン諸島のマグロ缶詰、キリバスやバヌアツのコプラ等もEUに輸出されている。貿易圏形成の仕掛けとして次に南太平洋地域貿易経済協力協定(SouthPacificRegionalTradeandEconomicCooperationAgreement/SPARTECA:スパーテカ)を検討したい。スパーテカは1981年に発効した。豪州とNZがフォーラム島嶼国から数量規制なく、関税免除で輸出品を受け入れる制度である。この制度により、フィジーは衣料製品、農産物(砂糖を除く、タロイモ、野菜、果物など)の輸出が可能になった。フィジーがスパーテカを利用して衣料産業の振興に本腰をいれたのは、1987年に同国で発生したクデターにより国内経済が衰退した頃からである。まず、87年にフィジードルの33%引き下げ、利子率に対する制限の撤廃、公務員給与の15%削減、公的企業への補助金削減等の構造改革が実施された。それとともに、政府は自由加工地域(Tax-FreeFactoryTFF)の振興をはかった。90年において113の工場が同地域に設置されたが、そのうち74工場が衣料製造工場であった。進出企業の多くは豪州、NZの企業と地元企業との合弁企業であった。自由加工地域で働く従業員数は、88年に4,200人であったが、90年には9,600人に増大した。フィジー経済は以前、製糖業、観光業に依存する構造をもっていたが、スパーテカにより衣料製造業という新たな産業を創生することに成功した9)。サモアもスパーテカの恩恵を受けている。日本の矢崎総業の豪州法人がサモアに自動車のワイヤーハーネス工場を設置した。工場で働く従業員は一時期、3,600人を数えたこともあった。製造されたワイヤーハーネスは豪州に輸出されている。
ミクロネシア連邦とマーシャル諸島は1986年、パラオは94年にそれぞれ、米国と自由連合盟約(コンパクト)を締結した。コンパクトに基づき、ミクロネシア三ヶ国に対し米国が安全保障に関して権限をもつが、その見返りに両国に対して贈与ベースの財政援助、気象・郵便・航空行政・教育・医療に関するプログラム援助が提供されてきた。そのほか、数量無制限、関税免除で米国に製品を輸出することが可能となった。この制度を利用して、パラオ、ヤップ島には台湾や香港資本の衣料製造企業が進出し、工場では主に中国人女性が働いている。太平洋全域の自由貿易地域形成の動きもある。太平洋島嶼国14ヶ国と豪州、NZで構成される太平洋の地域機構であるパシフィック・アイランド・フォーラム(PIF)の貿易担当大臣会議が2001年6月サモアのアピアで開催され、緊密な経済関係に関する太平洋合意(PACER)が承認された。PACERは島嶼国の発展段階の違いを考慮して適当なペースで、全ての島嶼国間の貿易、経済協力を強化する枠組みとなる。PACERの最初の段階として、貿易大臣会議において14島嶼国間で自由貿易地域を設置するために太平洋島嶼国貿易合意(PICTA)が承認された。PICTAは今後10年を目途として、広域の共通市場において貿易、投資を促進することで雇用の増加、他の経済的利益の増大を目的とする。1999年に開催された太平洋島嶼国首脳会議において、同地域内における自由貿易地域形成が原則的に認められた。自由貿易地域の形成には段階がもうけられ、発展途上の島嶼国は2009年までに自由貿易地域に参加し、極小で、後発発展の島嶼国は2011年までに参加するというものである10)。EU、豪州、NZ、米国と太平洋島嶼間だけでなく、島嶼国内においても自由貿易地域の形成により経済圏域を拡大し、島嶼性から生じる規模の不経済問題を解決しようとしている。沖縄にも特別自由貿易地域、自由貿易地域が存在している。太平洋における自由貿易地域の事例から明らかなことは、同地域で生産された製品の輸出先を確保することであり、沖縄と特定の他地域との貿易圏を形成することが不可欠であることがわかる。

(2)規制緩和による外資導入
次に島内の規制を抜本的に緩和し、優遇税制度を適用するなどして外資の導入に成功しているケースを紹介したい。 北マリアナ諸島の政治的地位は、米国のコモンウェルスであり、カリブ海のプエルトリコと同じである。住民は米国の市民権を持っているが、米大統領選挙における選挙権が与えられていない。北マリアナ諸島の米連邦下院議員には、議会内で発言権はあるが投票権がない。しかし、連邦法に拘束されない、独自の移民法、労働法が存在する。移民法により外国人労働者を自由に入島させ、厳しくない労働条件で就労させることが可能である。独自な制度を活用して、韓国、香港、台湾等のアジア企業が衣料製造業に投資し、主に中国人女性が労働者として働き、製品はメイドインUSAというブランドを付けて輸出することができる。1996年における北マリアナ諸島政府の事業別粗収入をみると最も多いのが衣料製造業であり、4億8,420万ドルにのぼった。96年における全事業粗収入は21億9,930万ドルであったから、全体の約5分の1が衣料製造業工場によるものであったことがわかる11)。
しかし、問題がないわけではない。サイパンの衣料製造工場における労働条件、労働者の権利、経済活動などが米国本土の基準から大きくかけ離れているとして、クリントン前大統領政府、民主党議員は北マリアナ諸島に労働条件の改善を強く要求した。数千人のアジア人労働者が米国のアパレルメーカー、小売店に販売するために、過酷な労働条件の下で衣料品を製造している。2000年、衣料製造工場の労働者によって提訴された裁判に対し、LizClaiborne,CalvinKleinTommyHilfiger社が570万ドルを支払うことに合意した。また、衣料製造工場における従業員の労働条件を監視する独立のモニタリングも実施される予定である。サイパンの衣料産業は、1999年に約10億ドルの売り上げをあげたが、生産費用の上昇、注文の減少を原因として2000年には売り上げが減少した12)。
次に規制緩和を活用したグアムにおける取り組みを詳しく検討してみよう。グアムの政治的地位は米国の属領である。北マリアナ諸島と同じく住民は米国市民権を持っているが、米大統領選挙における選挙権がなく、米連邦下院のグアム代表に発言権はあるが、投票権はない。さらにグアムには北マリアナ諸島のように独自な労働法、移民法はないが、全島が自由港であり、輸入品に関税が賦課されない。それにより輸入されるブランド品の価格が日本で販売されるブランドの価格よりも割安であり、日本人観光客がグアムに来島する目的の一つになっている。
グアムにおいて注目すべき経済開発機関は、1965年に設置されたグアム経済開発局(GuamEconomicDevelopmentAuthority:GEDA:ギダ)である。ギダ設立の主な目的は、民間企業と競合することなく、民間企業の経済活動を支援することであった。具体的な活動は、経済開発のための調査、投資、融資、特定投資プロジェクトへの技術的支援、道路・橋建設のための債券発行、政府所有地の長期賃貸、不動産の購入、税優遇制度の対象企業をグアム政府に推薦すること等であり、このような活動を遂行するために多様な信託基金を利用することができる13)。
ギダは公的な株式会社であり、株主はグアム島民である。ギダの理事会、事務局長は知事により任命される。他の政府機関と異なり、ギダは開発融資基金からの利子収入、賃貸物件からの所得などを運営財源とした独立採算制をとっている14)。ギダは3つの工業パークを管理している。それはカブラス島工業パーク、ハーモン工業パーク、E.T.カルボ記念パークである。1993年におけるギダの全収入の内訳を見ると、工業パーク関連収入が57%、債券手数料が35%、QC手数料や利息が8%であった15)。工業パークからの収益が大きな部分を占めていることがわかる。
ギダは、グアム経済開発基金の他に、農業開発基金、農業費用保証基金を設け、農園業者や専業農家に金利の安いローンまたはローン保証を通じて農業の育成を図っている。1992年には小ビジネス開発基金が創設され、ベンチャーキャピタルとして地元企業に融資または融資保証を行った。また、地元芸術回転基金があり、主にチャモロ民族の伝統的な歌作りを振興するために利用されている16)。ギダは外資の導入だけでなく、地元資本の振興にも力を入れており、チャモロ文化の発展をも支援の対象としている。
1979年にギダの組織が改組された。改組された理由は、ギダが実際の経済の動きに的確に対応できるようにするためであった。ギダ職員を様々な訓練ワークショップに参加させて人材能力の充実を図った17)。公的機関であるギダが官僚行政の弊害に陥るのを防ぐために組織改革が実施された。
1992年におけるギダの融資先のうち、全体の50%がサービス業、33%が農業、17%が芸術であった18)。グアムの成長産業である観光業関連産業に重点的に融資が行われていた。企業に直接融資して経済活動に刺激を与えるだけでなく、ギダは優遇税制であるQC(QualifyingCertificates)を特定企業に与えることで、グアムへの投資を促している。QCについて論じる前にグアムの税制について簡単に説明したい。グアムには、個人所得税、法人所得税、収入の4%に課される粗収入税、4%の使用税(個人使用のために物品を輸入した場合に課税される)、不動産税、アルコール税、タバコ税、燃料税、娯楽税、施設税、ホテル利用税、車両税、源泉徴収税、支店利益税、利子益等が存在している。他方、奢侈品への免税措置があるほか、輸入税も免除されている。地方税、連邦税、消費税等も存在しない。グアムは米国特殊免税加盟地域であり、外国から原材料や部品を輸入する場合、輸入原材料に30%から50%の付加価値を付ければ、米国への輸出税が免除される。これは、製造業の振興を目的にしたものである。グアムが日米租税協定の例外地域となることで一部の税金が高負担となるが、外資を呼び込み、地元企業を振興させるために様々な優遇税制が実施されている。
これらの優遇税制に加えて設けられているのがQCである。QCはギダが設立された1965年から実施されている。QCを与えられた企業は、20年間、法人所得税の75%が免除、5年間、配当所得課税の75%が免除、10年間、不動産税の100%が免除、10年間、グアムで生産される石油や酒類に対する粗収入税の100%が免除、そして、10年間、土地・建物・機械・器具から得られる所得への課税の免除等という特例措置の対象となる。96年には、グアムにおいて登録されている保険会社の保険税払い戻しが認められるようになった。QCが与えられる業種は、製造業、ホテル業、その他の観光施設、工業、サービス業、農業、漁業等である。ギダがQCの付与を特定の企業に認める基準は、その企業が雇用の創設、輸入代替、消費価格の下落等を炙">QC制度、融資制度などでギダは個別企業の育成、投資促進等を実施しているが、それとともにグアム全体の開発計画の策定にも係わっている。基地の跡地利用に関して、ギダは「アプラ港の再利用計画」、「海軍基地の跡地再利用計画」を立案した。さらにギダは、1995年に「ビジョン2001年」というグアム総合計画を作成し、その実施の責任機関でもある。同計画はグアムをアジア太平洋の経済センターにすることを目標に掲げている。アジアに最も近いアメリカとしてグアムを位置づけ、アメリカの法制度の利用をアジア企業に呼びかけ、投資を促進している。ギダのように沖縄においても企業誘致を促進するために抜本的な優遇税制を適用し、開発計画の策定、実施に責任をもつ機関の設置が望まれよう。
次に太平洋島嶼におけるオフショアー市場、タックスヘイブンの可能性と問題性について検討してみたい。現在、沖縄本島北部に国際金融特区の設置に向けた動きがあるが、太平洋島嶼においては国全体をタックスヘイブンとして企業の誘致をはかっている。ニウエは国際ビジネス社を独占的に登録する権利をえて、登録料として1年間に160万ドルを受け取っている。ニウエには6つのオフショアー銀行が登録している。ツバルは1998年にカナダ企業にドメイン名使用権を売却し、10年間で5,000万ドルの収益と、会社の15%の株式を取得した。その結果、ツバルのGDPは約2倍になり、増加した収入により道路や学校の建設、離島における電気施設設置等が進められている。また、ツバルは太平洋のITセンターになるべく、ハイテク情報センターを設立するために海外から資金援助を求めている。
人口1万人弱の島嶼国ナウルにも400社あまりの国際的企業が進出している。しかし、ナウルにおいてロシアマフィアの約1,280億ドルの資金が洗浄され、犯罪者の捜査や処罰逃れを可能にしているとして米国から批判された。今年、OECDの作業部会も、「非協力的なタックスヘイブン」リスト(つまり、マネーロンダリング地としての疑いがあり、その対策が充分でないとされた15カ国)を明らかにしたが、その中に太平洋島嶼国のクック諸島、マーシャル諸島、ナウル、ニウエが含まれている。1999年11月、ドイツ銀行、バンカーズ・トラスト銀行、米共和ナショナル銀行、ニューヨーク銀行は、ナウル、パラオ、バヌアツにおいて米ドルによる支払いを禁止する措置をとった。ロシアマフィアや南米違法薬物カルテルによってマネーロンダリングが行われているとされたからである。また、パラオのオフショアーバンク・ライセンスがラトビア銀行によりインターネットにおいて宣伝されていた21)。しかし、2001年、パラオ政府は金融管理に関する法律を制定したために、OECDのマネーロンダリングのブラックリストから外された。
IMFのロシア融資がオフショア市場に流出したといわれている。中南米麻薬取引業者やロシアのマフィアの売り上げ、さらにOECD加盟諸国の汚職資金、脱税の資金洗浄パイプとして悪用されていると、国連、EU、G7、OECD等はオフショアーの動向に警戒している。例えば、1998年4月、OECDにおいて「有害な租税競争対策に関する15勧告」が採択された。その中でOECDは、・有害な租税逃避行為に関与していると見られる政府を識別する、・加盟諸国やその属領の有害な慣行を排除し、非加盟国に対しても協力を求める、・非加盟国の有害な租税逃避行為に対し対抗措置をとる等の勧告を行った。
グローバルなオフショアー金融が無規制のまま巨大規模で世界中を駆けめぐると、国際銀行システムそのものが不安定化する恐れがある。さらに、オフショアー銀行システムの崩壊は、オフショアー・システム内で連鎖反応を起こす可能性もある。
以上のような問題がありながらも、島嶼国家、属領等はオフショアー市場、タックスヘイブン制度を導入している。その背景には、島嶼国家が抱える経済的に不利な状況がある。それは、「規模の不経済」、「市場の狭さ」、「高い交通費用」、「訓練された労働者の不足」などである。タックスヘイブンやオフショアー金融活動は、これら島嶼国家に地政学的な利点を与える。租税制度の独自性を保持し、諸大国の監視からの独立、法的独立、政治的、経済的分野での秘密保持等などである。多くの島嶼国家は過去40年以上にわたり、オフショアー金融に経済発展の活力源を求めてきた。その過程で外国金融機関は、島嶼国の政治家に影響を及ぼし、有利な税制と規制条件を引き出す場合もあった。
マネーロンダリングにともない、大規模な犯罪組織が暗躍し、小規模経済は腐敗し、不安定化するであろう。犯罪絡みの貨幣だけでなく、通常の貨幣の流動性が高くなり、一見、当該地域は繁栄しているようにみえるが、結果的には犯罪関連の貨幣が通常の貨幣を駆逐してしまう。
また、マクロ経済的には次のような弊害が生じる。貨幣需要の不安定化、銀行の健全性に対する悪影響、合法的な金融取引に対する悪影響、国際的な資本流動の不安定化、予想不可能な資産の国境を越えた移動による為替レートの不安定化等である。犯罪、社会的結びつきの緩み、倫理の崩壊などの社会的、政治的悪影響も見逃せない。法の確立、公的部門の効率化と透明性の改善、汚職の追放などによるグッド・ガバナンスの維持や推進をIMFは重視している22)。
太平洋地域においても次のような取り組みが行われている。1993年に太平洋金融技術支援センター(PFTAC)がフィジーに設置され、UNDPが資金を提供し、IMFが執行する財政金融運営改善プロジェクト、統計改善プロジェクトを行うことを目的としている23)。沖縄においても本島北部に国際金融特区の形成が目指されているが、太平洋島嶼における事例を参考にしながら、マネーロンダリング、税金逃れに利用されないような法制度上の環境整備が不可欠の課題となろう。

3.西太平洋島嶼貿易圏構想

新しい沖縄振興計画が策定されるなか、「格差是正」という言葉が取り除かれた。その意味するところは小さくない。日本復帰のさい、沖縄は経済的に遅れており、先進地域である日本本土との「経済格差」を是正することが30年に近くにわたって目標とされてきた。今日の沖縄経済をみると日本本土との経済格差はいまだに存在し、第三次産業・公的部門は肥大化し、工業化は進まず、補助金・観光収入・基地関連収入に大きく依存しており、経済自立への道はなお遠い。
沖縄と同じように、膨大な補助金が投下され、制度上の特恵措置が適用され、現在、開発政策の見直しに迫られている地域として、ミクロネシア諸国をあげることができる。ミクロネシア連邦、マーシャル諸島は独立にさいして米国との間にコンパクトを締結した。それに基づき、米国は三ヶ国において米軍基地を設置するなど(たとえばマーシャル諸島には迎撃ミサイルの実験基地があり、パラオには補給基地がある)、軍事的権限を有する代わりに、財政収入の半分以上に及ぶ援助金(コンパクト・マネー)を提供してきた。
今年は、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島に対する米国からのコンパクト・マネーの提供が切れる年であり、現在、援助を継続するのか、継続した場合の金額、援助内容などに関して米国と協議が行われている。沖縄と同じく、ミクロネシア諸国でも米国などの先進地域を開発のモデルとし、道路・漁港・空港などのインフラ整備が行われてきた。1987年から99年までに間にミクロネシア連邦、マーシャル諸島に対し約26億ドル(約3,172億円)が援助されてきた。しかし、民間部門は発達せず、第三次産業・公的部門の肥大化、援助金への依存、環境問題の深刻化などの諸問題に直面している。両国は現在、アジア開発銀行の指導に基づき、公務員を大幅に削減し、政府関連企業の売却などを実施している。
1994年に独立したパラオは2009年まで米国からコンパクト・マネーが提供される。名目GDPの成長率も、95年が約24%、96年が約18%、97年が約6%と高度成長を遂げ、98年の一人たり名目GDPは約7千ドルに達した。しかし、財政収入の半分以上をコンパクト・マネーに依存し、民間部門の発展が急務の課題とされている。
沖縄もミクロネシア諸国も援助金・補助金への依存という同じような問題を抱えているのである。このような援助金・補助金への依存状態を脱して、自立型経済発展を実現するにはどうしたらよいのだろうか。
現在、日本は構造改革が迫られている。自由競争、規制緩和、公的補助の見直しなどであり、沖縄がこれまで享受してきた保護的制度が意味をなさなくなる時代となる。しかし、小さな島嶼で構成されている沖縄は、コスト高、基地の存在など自由競争に晒される前から不利な諸条件をかかえている。それを理由に、補助金の増額や保護的制度を求めるのではなく、別の観点から沖縄の声を発しよう。論者は西太平洋島嶼貿易圏構想を提唱したい。島嶼民の生活・生存、利益の蓄積にとって交易、物産の交換は不可欠な経済活動であった。アダム・スミスは『国富論』第一編第一章の最初の文章で次のように述べている。「労働の生産力の最大の改良と、労働がどこかにむけられたり、適用されたりするさいの熟練、技倆、判断力の大部分は、分業の結果であったように思われる24)。」スミスは、生産過程における分業について論じているが、分業論は島嶼間の経済関係にも適用可能であると考える。一つの島嶼だけで経済自立を図るのではなく、複数の島嶼がそれぞれ分業し合うことで生産力を増大させることができよう。また、スミスは、人間と犬との違いとして交易、交換活動をあげている。「(犬は)交易し、交換する力ないし性向が欠けているため、それらさまざまな資質や才能が共同財産となることはありえず、種族の境遇や便益の改良に役立つこともまったくない。それぞれの動物は依然として個々別々に自給・自衛せねばならず、自然が同族たちを区別した才能の多様性からどんな種類の利益も受けていない。これに反し、人間のあいだでは、もっとも似たところのない資質こそたがいに有用なのであって、彼らそれぞれの才能のさまざまな生産物が、取引し、交易し、交換するという一般的性向によって、いわば共同財産になり、だれもが他人の才能の生産物のうち自分の必要とするどの部分でも、そこから買うことができるのである25)。」島嶼も個々としては、面積の狭さ、大市場からの隔絶性、資源の少なさなど、さまざまな問題を抱えている。しかし、島嶼は、文化、歴史、大国との関係、制度的枠組、自然条件、特産物などに違いがみられ、多様性をもっている。その多様性を基にして島嶼間貿易を活発にすれば、島嶼経済の限界性を超えることができる。
これまでの沖縄振興開発計画は、日本本土との経済関係の強化、日本経済への沖縄の貢献が前提とされていた。沖縄本島の中南部に開発の重点が置かれ、北部や先島は必ずしも開発の重点項目にはならなかった。しかし、地図をひろげてみると、八重山諸島は沖縄本島よりも、台湾の方が近く、宮古諸島は台湾と沖縄本島の中間的位置にある。さらに、先島と東京との距離は、先島とパラオ諸島、マリアナ諸島とほぼ同距離にある。戦前から先島と台湾、沖縄とミクロネシア諸島との関係は深かった。八重山諸島の人々は自由に台湾に渡り、働く機会をえたり、台湾人も石垣島でパイナップルや砂糖生産の発展に大きな役割を果たした。南洋群島に移住した日本人の過半を占めたのは沖縄県民であった。製糖業、漁業において沖縄県民がその力量を発揮したことで、一九三二年に南洋群島は財政的自立を達成することができた。
国境という壁が取り払われると、経済論理に基づいてヒト・モノ・カネが自由に移動し、島嶼の辺境性がなくなることがわかる。近年、国境の壁が低くなり、西太平洋島嶼間において経済交流が盛んになりつつある。サイパン、テニアン、ロタなどの北マリアナ諸島には、独自の労働法・移民法が存在し、米国領土内であるため、アジア諸国からの観光・衣料関連企業の投資が盛んである。グアムは島全体が自由港であり、グアム経済開発局により多くの税制上の優遇措置が外資に適用され、観光業の発展をみた。パラオをはじめとするミクロネシア諸国は、関税免除、数量無制限で米国本土市場に対して製品を輸出することが可能であり、台湾、香港の衣料製造企業などが進出している。さらに、ミクロネシア諸国には、EU、豪州、ニュージーランドに対する製品輸出に関して関税免除などの自由貿易の枠組みが存在している。
西太平洋の島嶼連合に注目した議論として川勝平太氏の「西太平洋津々浦々連合論」がある。川勝氏は、海洋国日本の島と海を生かした、日本にふさわしい対外戦略として次の理由を挙げて同構想を提唱している。・日本が四方を海に開いている島国としての国柄に立脚する。・日本の輸出入における最大の相手は海に生きるアジアであり、西太平洋である。・島嶼の連合により中国、アメリカ、ロシアへの牽制となる。・従来の東西における国々の連衡に加えて、南北における国々の合縦の道をさぐることで外交の新機軸となる。・生物、文化において多様な西太平洋は将来、「豊饒の海」、「文明の海」になりうる26)。以上のように川勝氏は、西太平洋の重要性を文明論、外交論等の観点から指摘している。沖縄の自立型経済発展を考えるうえにおいても西太平洋は多くの可能性を与えよう。
西太平洋島嶼貿易圏構想とは、琉球列島、台湾、パラオ諸島、マリアナ諸島、日本列島という西太平洋に浮かぶ島嶼の貿易関係を促進する考え方である。台湾はパラオと外交関係を締結し、ODAの提供、民間投資を活発に行うなど、太平洋諸国重視の政策を展開している。沖縄本島だけでなく、琉球列島全体に経済発展をもたらす必要がある。たとえば、先島と台湾・パラオとの貿易を完全に自由化し、島のコスト高を解消し、経済活動の機会を増やす。また、沖縄本島の自由貿易地域が本来の機能を発揮するためには、西太平洋島嶼の自由貿易制度と連結され、島嶼間の連関効果を高める必要がある。沖縄とミクロネシア諸国は、気候・風土も似ており、沖縄で産出されている物産も栽培可能である。ミクロネシア周辺の海域はマグロ・カツオの漁場でもある。これらの物産の栽培・捕獲・集積・加工過程を島嶼間で協力して行い、日本列島、台湾という巨大市場に販売する。沖縄は、独自の薬草、モズク、黒真珠、塩、花卉類など地元物産を開発し、本土市場に販売するというノウハウの蓄積がある。このような知的なパワーを活用して、沖縄が太平洋島嶼と日本本土、台湾との仲介者的役割を果たすことも可能である。将来的には、琉球列島からパラオ、マリアナ諸島に直行便を就航させる必要もあろう。
台湾を西太平洋島嶼貿易圏に加えた理由は次の通りである。台湾は中国との緊張関係を背景にして、ODA、民間投資を通じて太平洋島嶼国との外交関係の締結を最重要課題としている。現在、パラオ、マーシャル諸島、ソロモン諸島、ナウル、ツバルが台湾と外交関係を締結している。1999年12月にパラオと台湾は外交関係を締結したが、パラオが中国ではなく台湾を外交関係を結んだ理由は、台湾との方がモノ・カネ・ヒトを通じた経済的交流が盛んだからである。国民党系の企業がパラオ最大のホテルを建設し、経営するとともに、衣料製造工場、銀行などの企業投資が顕著であり、観光客も日本人に次いで多い。パラオの新首都建設のための資金も台湾系銀行によって融資されている。以前、台湾政府の高官が、パラオと沖縄が台湾にとって重要な島であるとの発言があった。そして、投資のために台湾からの使節団が沖縄に相次いで訪問したが、さらなる規制緩和、優遇税制を希望する場合が多く、本格的な台湾投資は実現していない。台湾資本を沖縄に呼び込むためには、沖縄側が抜本的な規制緩和を実施するとともに、西太平洋の貿易圏の核として役割を果たさなけばならない。沖縄県は現在、「格差是正」という経済開発の基本方針を撤回して、「個性のある自立的発展」が経済政策のキーワードとした。独自な経済発展を実現するには、一定の制度的枠組みが必要となる。そこで参考になるのが、先に検討した太平洋島嶼国において実施されている貿易圏の形成、規制緩和策などである。これらの制度的枠組みは、島嶼が抱える経済的問題を解決するために実施されている当然の措置であるといえる。沖縄も太平洋島嶼と同じく、島嶼経済としての問題を抱えている。これまで沖縄に適用された諸制度は、内発的発展をもたらすような発展の原動力になったとは必ずしもいえない。その理由は、沖縄側が日本政府、政治家に対する説明力に欠けていたのではなかろうか。日本一律の諸制度を島嶼県沖縄に適用するのではなく、島嶼経済を解決するための特別制度を創設しなければならないことを、太平洋島嶼国の事例を示しつつ、本土側に説明する必要があろう。また、沖縄が太平洋島嶼国と経済的関係を深めることは、沖縄側がこれらの制度的枠組みが有する可能性と問題点を学ぶ、学習過程の機会にもなる。
例えば、グアム経済開発局のような、経済発展の核になりうる企業に対して抜本的な優遇税制を適用できる権限を有する行政機関の設置、全島自由貿易港化、フィジーの自由加工貿易地域の設置などが参考になる。これらの規制緩和は日本の中では特殊な事例かもしれないが、太平洋島嶼においては一般的な試みである。島嶼経済問題を解決するために、自助努力を国が期待するのであれば、抜本的な規制緩和、他の島嶼との貿易圏の形成を通じて沖縄が日本の中で先進的な地域になる必要があろう。
MIRAB経済論でも明らかにしたように、島嶼だけで経済活動が完結しているのではなく、ネットワークによって島嶼経済が存立している。グローバル時代においては国境の壁が低くなり、国家という制度的、法的な単位も以前と比べて大きな意味をもたない。グローバル社会において重要なことは、如何に世界に対し魅力的な諸制度を提示するか、経済環境を整備するか、他の経済的ネットワークと関係性をもっているかということである。
太平洋島嶼国は、植民地、信託統治領から独立したが、独立後も未だに経済的自立を達成していない。沖縄が太平洋島嶼と貿易圏を形成するのは、沖縄が独立するためではなく、島嶼経済という共通の課題を解決するための制度的、法的枠組みを学び、規模の不経済性を解決するために生産、販売、消費の経済範囲を拡大するためである。
沖縄とパラオとの経済協力の第一歩として、次の事例を紹介しよう。2001年6月3日から8日まで大浜石垣市長、石垣市民大学、やしの実大学の関係者ととともにグアム、パラオを訪問した。パラオの大統領、官房長官と大浜市長が会談した際に、パラオ側は特に黒真珠養殖に関心を示した。既に石垣島から黒真珠養殖技術が仏領ポリネシアに移転した。現在、同地において黒真珠産業は主要産業にまで成長している。パラオもサンゴ礁に囲まれ、黒真珠養殖には格好の場所である。戦前の委任統治領時代には大々的に黒真珠、白真珠の養殖が行われた。さらに、パラオには熱帯果樹が豊富であるが、ウリミバエ、ミカンコミバエが存在しているために日本への輸出が出来ない状態にある。しかし、石垣島では、既にこれらのハエを駆除して、熱帯果樹の一大産地になっている。石垣島は農業(稲作、パイン、アップルマンゴー、ドラゴンフルーツ、牛肉、タバコ、砂糖黍など)、漁業(黒真珠養殖など)、観光がバランスよく発展しており、太平洋島嶼との経済的連携が可能な分野が多く存在している。また、石垣島においてもパラオを初めとした太平洋島嶼との経済関係を深めることにより、各種物産の栽培・養殖・生産・加工・販売・消費過程において、経済範囲を拡大し、現在よりもさらに経済利益を増やし、産業構造を多様化する可能性が広がるだろう。
今、「格差是正」という、沖縄を矮小化する言葉に別れを告げた。西太平洋の島々と連携することで、琉球列島の全ての島々が自らの足で立つ時期にきたと考える。

[注釈]
  • 1)Dolman,A.J"Paradise Lost?:the Past Performance and Future Projects of Small Island Developing Countries."in Domman,E. and Hein,P.(eds.)States,Microstates and Islands, Croom Helm,1985,pp.41-42.
  • 1995 年に開かれたバルバドス会議の目的は島嶼国の持続可能な開発のための戦略を考えることであり、同会議に おいて島嶼性から生じる問題として次の諸点が指摘された。 (a)地球温暖化による海面 上昇、(b)人的資源が 数的、質的な面で制限がある、(c)自然災害に よる惰弱性、(d)廃棄物処理問題、(e)海岸、海洋資源の保護、 (f)飲み水の確保が困難、(g) 樹木伐採、海岸の浸食による土地の浸食、(h)エネルギー源の確保が困難、(i) 観光開発と生態系 との調和の問題、(j)島嶼固有種の保存問題、(k)交通 ・通信の整備上の困難性等である。
  • 2)Watters,F.R."Comment on Dong Munro's "Transnational Corporations of Kin and the MIRAB System:th e Case of Tuvalu."" Pacific Viewpoint 31(1),1990,p.68.
  • 3)Watters,F.R."The Village Mode of Production in MIRAB Societies."PacificViewpoint,25(2),1 984, p.221.
  • 4)Bertram,,I.G. and Watters,F.R."The MIRAB Economy in South Pacific Microstates."Pacific Viewpoint,26 (3),1985, pp.498-499.
  • 5)Ibid.,p.505.
  • 6)今井圭子「ミニ・ステートにおける集団的自立の模索ー域内経済協力に関する南太平洋地域とカリブ 地域の比 較ー」(三輪公忠編『オセアニア島嶼国と大国』 彩流社)、1990年、292〜293頁。
  • 7)Demas,W.G."Economic Independence:Conceptual and Policy Issues in the CommonWealth Caribbean."in Selays,P.(ed.)Development Policy in Small Countries,CroomHelm,1975, pp.20 4-205.
  • 8)今井前掲論文、300〜301頁。
  • 9)Sturton,M.,Mcgregor,AFiji:Economic Adjustment 1987-91 ,East-West Center,1991,pp.3-14
  • 10)PINA Nius Online (Homepage of PINA)6.29.
  • 11)Department of Commerce1996 Commonwealth of the Northern Mariana Islands Statistical Yearbook,Department of Vommerce,1997,p.129.
  • 12)Pacific Islands Report(Homepage of Eastwest Center)6.26.
  • 13)Guam Economic Development Authority1990 Annual Report,Guam Economic Developmen t Authority,19 91,p.19.
  • 14)Guam Economic Development Authority1981 Annual Report,Guam Economic Developmen t Authority,19 82,pp.3-5.
  • 15)Guam Economic Development Authority1992-1993 Annual Report,Guam Economic Develo pment Author ity,1994,p.32.
  • 16)Ibid.,pp.15-16.
  • 17)Guam Economic Development Authority1981 Annual Report,op.cit.,pp.18-19.
  • 18)Ibid.,p.16.
  • 19)Ibid.,p.13.
  • 20)Economic Research CenterGuam Economic Review Quarterly Report January-March 199 8,Vol.20,No.1,1998,p.6.
  • 21)Marianas Varieties,1999.12.23.
  • 22)Michel CamdessusMoney Laudering:the Importtance of Internaitonal Countermeasures,IM F,1998,pp.1-5.
  • 23)IMF"Pacific Island Countries benefit from a'Technical Assistance Experiment in Action'", in IMF SURVEY,2000.
  • 24)アダム・スミス、杉山忠平訳『国富論(一)』岩波書店、2000年、二三頁。
  • 25)同上書、四二頁。 26)川勝平太『海洋連邦論—地球をガーデンアイアンズに』PHP研究所、2001年、72−76頁。

[日本語参考文献]
  • 1)アダム・スミス、杉山忠平訳『国富論(一)』岩波書店、2000年。
  • 2)今井圭子「ミニ・ステートにおける集団的自立の模索ー域内経済協力に関する南太平洋地域とカリブ地域の比 較ー」(三輪公忠編『オセアニア島嶼国と大国』彩 流社)、1990年。
  • 3)川勝平太『海洋連邦論—地球をガーデンアイアンズに』PHP研究所、2001年

[外国語参考文献]
  • 1)Bertram,,I.G. and Watters,F.R."The MIRAB Economy in South Pacific Microstates."Pacific Viewpoint,26 (3),1985.
  • 2)Dolman,A.J"Paradise Lost?:the Past Performance and Future Projects of Small Island Dev eloping Coun tries."in Domman,E. and Hein,P.(eds.)States,Microstates and Islands,CroomHelm,1985.
  • 3)Demas,W.G."Economic Independence:Conceptual and Policy Issues in the Common Wealth Caribbean."in Selays,P.(ed.)Development Policy in Small Countries,CroomHelm,1975.
  • 4)Department of Commerce1996 Commonwealth of the Northern Mariana Islands Statistical Yearbook,De partment of Vommerce,1997.
  • 5)Economic Research CenterGuam Economic Review Quarterly Report January-March 1998, Vol.20,No.1,1998.
  • 6)Guam Economic Development Authority1990 Annual Report,Guam Economic Development Authority,199 1.
  • 7)Guam Economic Development Authority1981 Annual Report,Guam Economic Development Authority,198 2.
  • 8)Guam Economic Development Authority1992-1993 Annual Report,Guam Economic Develop ment Authority,1994.
  • 9)IMF"Pacific Island Countries benefit from a'Technical Assistance Experiment in Action'",in IMF SURVEY,2000.
  • 10)Marianas Varieties,1999.12.23.
  • 11)Michel CamdessusMoney Laudering:the Importtance of Internaitonal Countermeasures,IMF,1998.
  • 12)Pacific Islands Report(Homepage of Eastwest Center)6.26.
  • 13)PINA Nius Online (Homepage of PINA)6.29.
  • 14)Sturton,M.,Mcgregor,A Fiji:Economic Adjustment 1987-91,East-West Center,1991.
  • 15)Watters,F.R."Comment on Dong Munro's "Transnational Corporations of Kin and the MIR AB System : the Case of Tuvalu.""Pacific Viewpoint 31(1),1990.
  • 16)Watters,F.R."The Village Mode of Production in MIRAB Societies."PacificViewpoint,25(2), 1984.
[特別講座] 松島泰勝講師の特別講座(2001年9月)
  • 国際政治講座
  • 情報通信講座
  • 島嶼経済講座
  • ゼミ

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