ミクロネシア講座

ミクロネシアン・セミナー

[第12回講義]教育の目的とは?

- フランシス・X・ヘーゼル、S・J - "Education for What?" Novemver 19, 1998
はじめに

25年ほど前の1974年1月、ミクロネシア・セミナーでは1週間にわたる会議を開き、この質問への回答を探ろうと試みた。しかし教育の目的とは、議論を続けながら探し続けるものであり、このテーマは特別驚きに値するものではない。どの国でも、どの学校の理事会でも、この質問に回答を出そうと真剣に取り組んできたに違いない。しかも一度ではなく、世代が変わる毎に、あるいはもっと頻繁に、だ。

教育に関する私たちの哲学を明確に語ることはできないとしても、教育哲学は最終的に自ずから明らかになる。教育哲学はカリキュラム、私たちが作り上げる教育構造、教育資金の配分の仕方などにおのずから現れる。私たちの教育哲学は私たちの行動全ての基盤となっている。そこで私たちはまず最初に教育哲学について簡単に触れ、光に照らし合わせて考え、仮説をふるい落とし、慎重にかつ厳しく検証してみたい。

ポナペの教育ディレクターは、コミュニティを教育に参加させ、学校制度に関する意見を言わせることが必要だと語っている。教育が何をすべきかに関するコンセンサスはまだ樹立されていない。子供に文字の読み方、数字の数え方を教えるのが教育だと考える人もいる。教育は将来雇用を確保するためのトレーニングチャンスだと考える人もいる。文化を強化する必要性を強調する人は多い。学校が果たすべき役割に関する合意は、現在はほとんど成立していない。誰でも、自分にとっての目的を達成するために教育を必要としているようだ。

生計を立てるための教育

ある参加者は「教育は発展の基盤である」という言葉をよく聞くと言う。だがこのような言葉には何か意味があるのだろうか?広い意味に解釈すれば、学校教育とは革新を阻害する狭義さを打ち破る手段であり、国家の発展は教育から始まる、という意味に受け取れる。30年前の開発企画者は、「習慣という殻を打ち破るために教育が必要だ」という表現を好んで使った。これはつまり、人々を習慣の束縛から解放し、目に見えないものを夢み、他の人々のためにより良い世界を作るための想像力と人生に対する大きな展望を与えることを意味した。

しかしほとんどの人々にとって開発とは経済的利益、つまり雇用を意味した。ミクロネシア連邦の人々の大半は、他のミクロネシアの人々同様、教育を受けることによって得られる本当のメリットは卒業後に仕事に就けることだと考えていた。政府関連の雇用が減り、民間企業の雇用状況が依然として停滞したままの現在でさえ、多くの人々がこのように考えている。生計を立てるための教育という考え方が主流となるべきかいなかは別にして、人々は現在、教育に対してこのような期待を持っているようだ。

参加者のなかに少なくとも一人、重要な職業教育がミクロネシア連邦では重視されていないと指摘した人がいた。彼は人的、財的資源が職業教育に十分に投入されておらず(職業教育は通常の教育よりはるかにお金がかかる)質の悪い職業教育プログラムが中等教育のカリキュラムに付随的に添えられているだけだ、と述べた。以前と比べて教育資金を集めるのがはるかに困難になった今、私たちは職業教育のための追加支出をどのようにして正当化できるのだろう?現在学校で職業教育を受けている学生の多くが外国に働きに行かざるを得ないのが明らかである今、この質問に答えるのは難しい。だが少なくとも、教育監督当局が現在、質の高い職業専門学校のなかのトップクラスの学校をより積極的に活用すべきだ、ということは言える。そこですぐに頭に浮かぶのがPATSだ。公立学校制度はなぜ、このような学校を無理して増やそうとする代わりに、この学校が現在持っている資源を活用しようとしないのだろうか?

モデレーターは参加者に対して、生計を立てるための教育は職業教育とは少し異なると指摘した。現在、学校を卒業した若者たちが採る道は大きく3つに分かれる。(1)地元の町に残って公務員になるか、町の民間企業で働く。(2)村に帰って農業か漁業に従事し、現金収入を得る。(3)ミクロネシア外に出て、就職する。生計を立てるための教育について考える時、我々はこの3つのそれぞれの道を選ぶ若者が直面するニーズを考えなくてはならない。

それぞれの分野で必要とされる技術を考えると、問題はさらに複雑となる。政府は常に高校や大学に対して、漁船に乗り込む監視官から、冷蔵庫修理工、地元の航空会社のパイロット、公益企業で外国人技師の代理を務められる技術者など、広範囲の分野で働けるよう生徒を教育するよう求めている。だがこれは我々が達成しなくてはならない課題のほんの一握りにすぎない。職業教育を広く、薄く行うのを止めるとすれば、教育者は、教育の核となる共通項を見つける努力を強化すべきだろう。そのためには、通常のカリキュラムとして教えるアカデミックスキルに匹敵する、職業教育で教える基本的スキルに関する詳細な計画の策定が必要となる。

基本の強調

だが全く異なる意見を持つ参加者もいた。公的教育制度は基本的な学習能力の強化に戻るべきだと考える人々だ。「しっかりした初等教育をしてくれれば、残りは自分たちでやる」と言う人もいる。この発言をした女性や同じ意見を持つ人々は、「そのような教育では卒業した時に子供たちは仕事を見つけることができないだろう」という指摘に対しても冷静だった。このような意見を持つ人々は、上記のグループとは異なり、就職を教育のための手段とは考えていない。たとえ子供たちが学校卒業後にミクロネシアを去らなくてはならなくても、あるいは定職に就けなくても、子供たちの将来は子供たちに任せておけば良い、と考えている。彼らにとって最も重要なのは、昔から学校が教えてきた読み書きと算数を子供たちがしっかりと身に着けることなのだ。

このような要請はつつましい、ごく当然のことのように思えるが、このような考え方をしている人々は教育に深い関心を持っている人々のなかでほんの一握りにすぎない。一般の人々は教育に対する要求度が高く、このような人々が保つ要求のほんの一部でさえ十分に満たすのは難しいほどだ。もちろん、その他に現実的な問題もある。公立の小学校は私立の小学校ほど、地元コミュニティから支援を得ていない。同様に公立学校の教師たちも私立の学校の教師と比較して、トレーニングや熱意が不足している。ある人が指摘したように、私立学校の教師には熱意があり、同僚の教師を失望させてはいけないと考えているが、公立学校の教師にはこのような意識は見られない。また内情を知っている参加者によると、教師が教師として果たすべき職務を全うするために必要な資金も不足している。

このような目標を達成するのを阻害している障害のなかで最も深刻なのは、地元社会に対する懸念とより大きな世界に対する憧れの間でバランスを図り続けることだ。教師にとっては多数の「文化教室」、運動会、環境学習、保全調査など負担が多く、本来全うすべき職務にまで手が回らない。ある参加者は、地元のイメージを向上させようとする好ましい動機や願望が、ある意味で教育の喪失につながる場合もあることを具体的に指摘した。たとえば、タンザニアの学校がスワヒリ語で教育を行う方針を採用した時、子供たちは小学校や中学校を卒業するまで世界共通語を学ぶチャンスを先送りしなくてはならなかっただけでなく、教育監督当局が地元の言語であるスワヒリ語の教育素材を準備しなくてはならないというニーズに対応しきれなかったため、子供たちには全く学力がつかなかった。

価値観の問題はどうするか?

基本的な学習カリキュラムに戻ることを支持する人々にとってさえ、読み書きや算数だけを教えることが全てではない。教育パッケージを作る時には価値観も重要となる。国際的な教育分野で豊かな経験を持つある男性が指摘したように、教育パッケージには基本的な学習や職業に就くためのスキルだけでなく、個としての成長を促すためのプログラムも含めなくてはならない。

話し合いの場では、正直、勤勉、信頼性、一族や国家への忠誠心などという一般的な価値観に加え、もう一つ、二つの価値観が話題にのぼった。なかでも繰り返し話題になったのが、外国人、いや遠隔の島々の人々をさえ受け入れる受容性だ。ある人は、公立の学校には寛容の精神が欠落していることを実感したため、子供を公立の学校から私立に移さざるをえなかった、と述べている。米国やオーストラリアもそれぞれ似たような問題を経験してきた。米国やオーストラリアが現在どのような問題を抱えているかは別にして、米国で白人が優位な立場に立ったり、オーストラリアで白人が国を支配していた時代からもうすでにかなりの時が流れ、双方ともさまざまな経験を経て、ようやく現在のような状態を手に入れたのだ。しかし、学校制度は、実質的には社会革命といえるような展開の要求をしぶしぶと受け入れた組織であり、米国やオーストラリアが経てきた社会運動の旗手としての役割を積極的に果たしたわけではなかった。

結局、学校が価値観を植え付けることに関してはあまり大きな役割を果たすことはできないことを認識すべきだろう。高校の運営を経験したことのある人は、高校に入る前に家庭で新しい価値観を教えられなかった学生たちに、高校生になってから彼の学校で教えることは不可能だった、と語っている。彼は、学校と家庭とが競争すれば、家庭の方が必ず勝つ、と述べている。彼はつまり、価値観とは「教えるものではなく、吸収するもの」だと言いたかったのだろう。

学校のなかの文化の場所

学校制度における文化の重要性は否定できない。モデレーターは時々抑えきれなくなって自分の考えや感情をほとばしるように語ったが、特に文化は教育を構成する一部ではなく、教育を包み込む環境でなくてはならない、と述べた。文化とは生徒の毛穴の一つひとつに染みこむ空気であり、一つや二つの科目として教えるような扱いをするものではない。この意見はもっともであり、「文化」を教えようとする危険な試みが私たちの周囲に数多く見られる。従来のような島巡りを、このようなことが昔から行われてきた環境を再生させることができないからといって、一つの教育科目として教えようとするなら、ミクロネシアの現在や未来にとって役立つ教育というより、ミクロネシアの過去を教えるだけの科目となってしまう可能性が強い。また、グアムでは法律を制定してチャモロ語の教育を義務づけたことがある。これはコミュニティが失われていくものを守りきれず、学校にその役割を最後の手段として必死になって押しつけた例とも受け止めることができる(その時にはすでにテレビの影響と、他民族がグアム人口の大半を占めるようになっていたため、チャモロ語はほとんど使われなくなっていた)。

学校は現在に生きている文化を反映させるべきであり、過去の文化や言語の栄光を展示する博物館になってはならない。このような方針は一般に受け入れられていると思われるが、異議を申し立てる向きもある。国によっては、学校が古い言葉を復活させるのに成功しているところもある、というのだ。彼は学校教育のおかげで、ゲール語やウェールズ語が完全消滅の危機から救われた、と述べている。ミクロネシアの学校もいつか将来、このような役割を果たすようになるかもしれない。

ほとんどの人々が認識しているように、文化は生きており、成長しており、変化している。文化とは過去ではなく、今の時代を反映している。例えばポナペの文化としては、サカウ市場、ディスコ、バスケットボール、ラグビーなどがある。従ってこれも適切な教育内容、教育訓練のための素材と見なされるべきだろう。

文化の重要性を強調する人もいれば、ある参加者からは文化の限界を指摘する声が上がった。教育は文化が全く存在しないガラス鐘や真空状態のなかで行うことはできないが、文化を議論に決着をつける最終的な言葉として使ってはならない。我々は文化なしでは生きられないが、教育を通して学生たちが自分たちの文化をさまざまな視点から見ることを学べるように期待したい。生徒たちは文化を人間が創り出したもの、全体的には好ましいものだが、文化の全てが良いことばかりとは限らないことを理解するだろう。教育を受けた人間は自分の文化をある程度客観的に見ることができ、必要な場合には批判もできなくてはならない。過去の人々がこのような視点を持っていたからこそ欧米の多数の国でかつて見られた人種差別を払拭したような革命をはじめ、社会革命が実現できたのだ。

まとめ

ある参加者は「教育は学校だけに任せておくにはあまりにも重要すぎる」と述べている。教育とは、学校に行く、行かないに関係なく、生涯を通じて続く一つのプロセスだ。公式な教育(正確な学習結果を得るために経験をシステマチックに与える)もあれば、非公式な教育(偶然を含めてありとあらゆる全て)もある。この点が認識されれば、教育者は全ての過ちを直す義務はなく、長く、生産的な生涯を送るうえで必要とする全てを教える義務もないことが分かり、少しは肩の荷が軽くなるように感じるのではないだろうか。

正式な教育制度へのコミュニティの参加は歓迎すべきだ。実際、多くの教育者が、コミュニティが中心となる管理制度、すなわち、地元コミュニティが学校を保有し、日常の管理運営を行うことを理想と考えている。しかしこれを実行するには、地元コミュニティが現実的にどこまでを学校に期待できるかを学ぶ必要があろう。学校がすべてを出来るわけではないし、すべてをやり遂げようと試みてもいけない。

話し合いのなかで、職業教育、「基本」、価値観、文化などを重視すべきだとするさまざまな意見が出たが、このような要素は個々に孤立したものではない。このような要素をすべて少しずつ含んだ教育がなぜできないのかと、疑問を発した参加者もいた。学校が対応しきれないほどの要求を学校に出さないように配慮すれば、このような要素をすべて少しずつ含んだ教育を行うことは可能だ。

正式な教育とは、複数の軸の集合体に沿って並ぶ柱の上に立つような微妙なバランスを必要とするものだ。学校は国や(経済的、政治的、社会的に)利害関係を持つ人々への義務を果たさなくてはならないが、同時に学校は個人の開放につながる道を提供する場でもある。学校は生徒が生計を営む(仕事とも言う)のを助けるべきだが、また同時に、生徒が人生のさまざまな局面に対処できるような準備をさせるという大きな目標に向けて前進すべきだろう。学校はさらにさまざまな文化を持つ地元コミュニティに仕えるとともに、若者たちが世界コミュニティの市民となるための準備をするのを支援しなくてはならない。これは簡単な使命ではないが、これが昔から正式な教育制度が取り組んできた課題であった。

1998年11月19日

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