ミクロネシア講座

ミクロネシアン・セミナー

[第8回講義]危機に瀕した文化:今日の太平洋地域に見る潮流

- フランシス・X・ヘーゼル、S・J - " Culture in Crisis: Trends in the Pacific Today" May 1993
今日の問題
残酷なジレンマ:慣習か金か

以前、「太平洋地域で見られる最も重要な変化は何か?」と聞かれたことがある。私は躊躇することなく「金だ」と答えた。太平洋諸島の社会に現金経済が与えた影響は言葉では表現しきれないくらい大きい。我々は、金とは最低限の生活を補完するものであると考えており、これは太平洋地域の島々の全てに当てはまる。だが現金経済は、太平洋地域の各社会の基盤となってきた伝統的な土地を中心とする経済システムとは180度異なる。

太平洋地域の社会でも、金−通貨は全く未知のものではなく、100年以上前から使われてきた。だがそれでも、島々の経済基盤となってきたのは、土地、海、そして土地や海からの収穫物であった。しかし太平洋諸島では60年代後半に独立運動を始めると共に、欧米の経済システムを導入する決定を下した。現在、世界中の独立国家は、経済発展の上に築かれている。これは、伝統的な経済を現代の現金経済に転換することを意味する。お金をもとに成長率が測られるようになり、現金経済になるべく多くの人を参加させることが目標となっている。現金経済システムに参加しない人たちは「失業者」と呼ばれ、近代化の足かせと見られる。

島の指導者たちは島民たちに自分たちのライフスタイルを維持するように呼びかける場合もあるが、これは空しいだけだ。まず、GNP拡大に貢献する伐採業、鉱業、観光、重工業などを必死になって導入しているのは島の指導者にほかならない。このような展開が島々の伝統的なライフスタイルをどんどん変えているのだ。2番目に、方向づけをする指導者たちの意向とは無関係に、現金経済は社会の構造変化をもたらす。通貨制度導入そのものが大きな動力を内に秘めたプロセスなのだ。一般的に言って、多額の金が関与すればするほど大きな変化が起こる。

以前にヤップで経済発展に関する会合を持った時、ほとんどの参加者が文化的変化に抵抗する用意を見せていた。すると、州政府のスポークスマンが経済発展に関するプレゼンテーションを行った。彼は、米政府からの援助が削減されるからヤップでは独自に産業を発展させなくてはならなくなる、と述べた。観光や漁業が盛んになり、工場が増えれば変化が起こる、と彼は述べた。では政府の義務とは何なのだろうか?政府は政府自体や国民を支援する手段を見つけなくてはならない。政府が学校を運営し、電力や水道を提供し、ヤップの島民たちが政府に期待する他のサービスを提供すると約束した以上、以前のような単純な経済システムに戻るのは不可能だ。

これが太平洋の全ての島々が直面している「残酷なジレンマ」である。現代の独立国家にとって必要不可欠であり、伝統的な慣習や価値を破壊する危険性のある経済発展を進めながら、伝統的なライフスタイルを維持することなどどうして出来るのだろうか?人々はいったん現代経済の力に屈してしまったら、変わってしまった社会を支配する手段を取り戻せるのだろうか?

新しい太平洋経済

太平洋諸島では第一世界と第三世界がはっきりと分かれている。つまり、豊かな島とそうでない島との落差がますます鮮明になっている。一極に属するのがキリバス、トゥヴァル、トンガだ。これらの島では外国からの支援が非常に少ないか皆無で、産業発展の可能性が非常に少ない。そして対極に位置するのが燐酸塩が穫れるために太平洋諸国のなかでは最も裕福なグループに属するナウルと米国からの援助を受けているアメリカ領サモアだ。

長年にわたって米国から寛大な支援を受けてきたグアムと北マリアナ諸島は、この数年の日本からの観光ブームのおかげで最も豊かな地域となった。わずか30年間にグアムの一人当たりの収入は10倍に増えた。私が1963年に初めてグアムを訪れた時には島にはホテルが一軒、二階建ての建物が数軒、カレン台風の被害に遭った人々を収容する無数のテントがあるだけで、今日の観光ブームなど想像もできなかった。サイパンはグアムよりもっと短期間に同じような変貌を遂げた。観光産業が生まれ、アパレル工場が出来たのはわずか15年前だ。グアムと北マリアナ諸島は、太平洋地域開発のスター、観光産業がどのようなスピードで発展し、どのように激しい変化をもたらすかを示す好例である。

ほとんどの太平洋諸島は言うまでもなく天然資源に乏しい。漁業だけではとても自活できない。ニューカレドニアやパプアニューギニア、ナウルなどの一握りの国は高価な鉱物資源に恵まれている。天然資源に恵まれないほかの国では、資源を輸入して産業を興そうと試み、おがくずからプレス板を作ったり、荒仕上げの布からワンピースやシャツを作ったりした。産業のないミクロネシアの島々では権利を売って生活しようとも試みた。たとえば、漁業権を諸外国に売ったり、防衛権を米国などの大国に売ったり、またなかにはパスポートを売って市民権を売却しようとした人もいる。太平洋諸島は、海底に油田やマンガン団塊を発見する夢をみることもできれば、観光産業が栄えるだけの人数の観光客が訪れるようになるのを待つこともできる。だが、それまでの選択肢は非常に限られている。

太平洋諸島の未来は諸島の外側の動きいかんにかかっている、と一般に言われている。太平洋諸島はMIRAB経済として知られているものに縛られている。MIRABとは移民、仕送り、支援、官僚機構の言葉の頭文字を取って並べたものである。MIRABは単純に2つに分けることができる。外国政府からの補助金で政府の官僚制度が成り立っており、政府は最大とまでは言えなくても、太平洋地域の雇用源として最も重要なものの一つとなっている。パラオ、マーシャル、FSMなどはまさにこのようなケースに当てはまり、ここでは収入の80%以上が米政府からの補助金でまかなわれている。

どの太平洋諸島でも民間部門が創出する雇用数はごく限られている。自分が生まれた島で雇用先が見つからない島民は仕事を求めて他の地に移るのが常だった。このように外国に移って働く島民からの仕送りが多くの島で主要な収入源となっている。クック、キリバス、トケラウ、トゥヴァルではこのような仕送りによって購入される物品の金額が総輸入額の15-20%を占める。西サモアではその割合はもっと高いだろう。

貧困層に属する人々は労働力を輸出して生計を立ててきた。キリバスの人々はナウルに出稼ぎに行き、サモアの人々は米国やニュージーランドで働いている。よく知られている通り、グアムやサイパンで観光業や建設業に携わる人々も多い。50年代からグアムに移住したパプアニューギニア人は2000人ほどに達するが、FSMからグアムに移り住んだ人も6000人に達すると推定される。また世論調査の結果によると1990年現在、北マリアナ諸島に住むFSM人は1800人、パプアニューギニア人は1600人だ。マーシャルからは他の地域に移住した人が多く、コスタメサには500人以上が住んでいるし、ハワイに移住した人も多い。太平洋諸島内部やその周辺の国々では仕事とより良い生活を求めて多数の人々が移住をした。移住は人口増による圧力を緩和するとともに、ほとんど存在しない雇用需要を満たし、さらに多くの島々にかなりの収入をもたらしている。だが同時に、異なる文化を持つ島に住んだり働く人々は自分の島では無縁だった問題にも直面している。

新しいエリートたちと昔からの長老(伝統的指導者たち)

太平洋地域のあちこちで「新しいエリート」と呼ばれる人々が生まれている。彼らは現代社会の権力者であり、事業主や政府官僚として富と社会的地位を築いた人々だ。彼らが太平洋社会の新しいリーダーである。フィージーのラトゥ・マラをはじめ、自分たちが従来から持っていた地位を利用して政治家としての地位を確立した人も少なくない。またゼロから身を起こした人もたくさんいる。第二次世界大戦後英語を話し始めた人々は通訳となり、それから教師や医療従事者となり、議員や政府高官へと上りつめた。

新エリートと呼ばれる人々は、現在の国家に富と威信をもたらす新しい源であるお金に対して強い影響力を持っている。インサイダー情報にアクセスできるために、投資チャンスや低金利融資、その他の金融優遇策を人より先に知ることができる。エリートは自分の野望を満たすために権力を求め、維持する衝動にかられるように、自分たちが尽くすべき人々の福祉よりは自分の利益を優先させる衝動にかられることが多い。そして太平洋諸島での出来事を見ていれば分かる通り、このような衝動を抑えられるエリートばかりとは限らない。

では太平洋諸島で従来から影響力を持ってきた長老たちには何が起こっているのだろうか?トンガもふくめ、多くのポリネシアやミクロネシアの社会では、昔からの長老は自分たちの権限を保持しているようだ。少なくとも表面的にはこれまで通り影響力を持っているように見える。太平洋諸島では昔からの長老が持つ権限はゆっくりと消滅に向かっている。だが目に見えない深いところで重要な変化が起きている。ここでポナペの例を紹介したい。ポナペには5つの王国があり、それぞれに2人の長老がいる。20世紀には長老が土地に関して絶対的な権限をもっていたが、それでも長老の権限は、我々が「チェック・アンド・バランス」と呼ぶシステムに支えられていた。長老は人々に寛大に土地を与えることが期待されていた。また収穫物や自分に届く贈答品を再配分することも求められていた。このような期待に応えられない長老のもとからは人々が大量に去って行くことが多かった。闘いの最中にこのような部族民の流出があれば、長老は闘いのなかで命を失うこともあった。

だがこのような関係は大きく変わった。おかしな話だが、長老の土地に対する影響力が弱まる一方、長老の土地悪用を抑えるためのチェック機能も以前より弱まった。人口急増とともに土地の重要性が増し、部族民は以前のように自分の長老の元を去って別のより寛大な長老の元に身を寄せることがそれほど簡単にできなくなった。闘いそのものが行われなくなって長い年月が経った今、部族民が流出しても長老が命を落とすような危険性はなくなった。古い制度がそのまま凍結し、昔の部族民が享受していたほどの保護やメリットは提供できなくなった。

今では、長老が目下の者に部族のなかでの高い地位を与えると、お礼としてかつてのようなヤムイモや豚、カワの代わりに2000ドルから3000ドルの小切手を贈られるようになった。缶詰を満載したトラックの鍵を贈られた長老もいた。昔、食糧をもらった時には部族民に再配分したように、この長老はトラックをバラバラにして配ったのだろうか、それともお金にして分け与えたのだろうか?

真っ赤なコートを贈られた長老がそのコートをいくつかに切り分け、下の地位にいる長老に分け与えたという話しも残っている。だが今ではこのようなことが起こることはない。長老はどこでも、従来のような意味での影響力が消滅しつつあることを肌で感じている。見苦しいような動きを見せながら現金経済システムのなかで安全な権力基盤を新たに構築しようともがいている長老も多い。だがほとんどの長老は自分たちが持つ権限を現金とすり替え、「伝統」の名のもとに自分たちの行動を正当化しようとしている。

変貌する家族の姿

太平洋地域では、伝統的な家族構成は地域によって大きく異なる。だが太平洋地域の家族構成を一般論として一言でまとめると、単なる両親と子供の枠組みを越えた,大きな一族郎党のあつまり、と言うことができる。このような家族はこれまで一つの経済単体として機能し、家族のメンバーが共同で食糧を生産し、食事を用意し、また、その他のニーズを満たすために力を合わせて働いてきた。年長の男女は親としての責務を共有することも期待されたので、子供たちを一緒に育てた。このような伝統的な家族は土地を中心に生計を立てた。

このような家族構成にかなり昔に亀裂が現れはじめ、今日では亀裂がかなり大きくなった。従来の家族構成が崩壊しつつある理由はたくさんあろうが、最も重要な理由は現金収入である。現金収入の入る仕事に就く男女が増えるに伴って、土地を所有する家族に支援を求める必要がなくなってきた。また、両親と子供だけから構成される小さな家族が自分たちで食事を確保し、生活のその他の面でも責任を持つようになり始めた。だからといって昔のような大家族が消滅したわけではない。いやむしろ、ほとんどの島で昔からの大家族は重要な社会的グループとなっている。冠婚葬祭で助けあい、必要な場合には小家族を支援するが、かつてのような日常生活上の権限は持たなくなった。

世帯主が各世帯の支配者となった。以前のように大家族のなかの他のメンバーの支援を受けることなく、両親だけが子育てを行うようになった。子育ては以前は大家族の共同作業だったが、今では両親だけの肩にかかるようになった。また父親と子供たちの関係がこれまで以上に緊密なものとなった。このような状況のもとでは摩擦が起こりやすく、以前ならこのような場合に支援を申し出てくれた叔父や叔母が介入を控えるようになったことで、父親と子供の間の摩擦を解消することが難しくなった。

家族の規模と形態の変化が、太平洋地域で見られる変化のなかでも最も重要なものの一つである。特に今のような過渡期には家族に見られる変化は非常に大きな影響を与える。私は、このような家族に見られる変化が、過去30年間に太平洋地域で自殺率が急拡大した理由だと確信している。大家族制が崩壊した結果、女性は夫から殴られたり、他のかたちの虐待を受けることが多くなった。以前なら妻の兄や父が介入して実家に連れ戻すケースが多かったが、今ではそのようなケースは少ない。

現在、核家族が最後の砦となっている。核家族制が崩壊するようなことがあれば、悲惨な結果が生じるだろう。複数の親が存在する家庭から両親だけが親としての責務を負う家庭へとシフトしているが、今では片親だけの家庭も見られる。父親が死亡したり、仕事で頻繁に家庭を留守にするような場合には、子供は必要とする指導を得られない場合もある。その結果ミクロネシアで数多く見られるような、問題児や不良少年少女が生まれる。つまり、今一般的に言われている「若者の問題」は、現在の家族が家族への期待を満たせないことが原因となっているのだ。

男や女が以前の結婚の時にもうけた連れ子とともに再婚すると、その子供が虐待されたり放置されたりする場合が多い。男も女も自分の子供を優遇し、継子を虐待する場合が少なくない。以前ならこのような子供たちは大家族のメンバーが全員で面倒を見た。酔っ払った夫に殴られる妻が大家族に保護されたように、このような子供たちは昔の方が多くの適切な保護を受けられた。だがほとんどの人達は島社会の政治や経済組織に関心を向けているため、家族に見られる重要な変化については見逃しがちだ。

また通貨の普及も親戚や親族の関係に影響を与えている。ミクロネシアの人々は昔は別の島を訪れる時には遠い親戚の家に身を寄せることが多かったが、今ではそうしたがらない人が多い。彼らは「今では何でも金がかかるから」と言って親戚や親類のやっかいになることを恥じている、と語る。自分の家族と問題を起こしている若者は、親戚の家に長期にやっかいになるより、親戚や友人の家を2週間ほどづつぐるぐる回る方を好む。彼らは、親戚の家に長期にやっかいになって金銭的負担を強いるのは控えたいと言う。

互恵精神。「今はやっかいになる。その分、将来、恩返しする。」社会的関係の基盤にあるのはこれだ。だが現金経済の普及によって不平等が生まれ、互恵精神を維持することが次第に難しくなっている。以前なら、地方に住んでいる人は町の親戚の家に世話になりながら仕事に行ったり、あるいは学校に行ったりしたし、時には気分転換に町の親戚の家に遊びに行く人も少なくなかった。そして世話になっているお返しとして、地方から食糧を持って来たり、子供の面倒を見たり、雑用を片付けたりした。もちろん今でもこのようなことは続いているが、不平等な交換に対する暗黙の憤りが見られる。町の人々は客につけこまれているように感じるし、田舎から来た客は町の親戚がしてくれることに見合ったお礼が出来ないことに罪悪感を持つ。このような気まずさに耐えることより、昔ながらのネットワークや遠縁の人々との交流を絶つ方を選ぶ人が多い。

女性と女性の役割

女性の役割に関する話し合いが行われる時には、女性が現在の市場や政界で何ができるかに焦点が合わされることがほとんどだが、私はこのような話し合いは重要なポイントを見失っていると思う。重要なポイントとは、女性が昔から持っていた権限はどこに行ったのか、ということだ。

ミクロネシアが島社会の代表的例となるなら、女性は過去数十年間に、昔持っていたような権限を失ってしまった。女性が舞台の中心であったことはなかったが、家族生活や村の生活のなかで女性が強い権限を行使する局面は多かった。特にミクロネシアではほとんどの島で女性が土地に関する強い発言力を持っていた。一族の土地をどのように、誰に配分するかを決める際に女性は強い発言力を持っていた。女性の地位が比較的低いヤップでは、姉妹が兄弟の配偶者や子供たちの相続権を奪い、彼等を一族の領地から追い出すこともできた。パラオの女性たちはもっと強い権限を持っていた。女性たちは集まって次の長老として誰を選ぶべきかを話し合い、男たちの選択に拒否権を行使することもできた。ミクロネシアやポリネシアの一部では女性たちがいわゆる「キッチン内閣」を構成し、一族が下した決定に対してかなりの影響力を与えた。

女性が従来から享受してきた役割のほとんどは大家族制度に根付いたものだった。だが近代化とともに大家族制度が崩壊すると、昔から女性が果たしてきた役割の多くが失われてしまった。たとえば、土地に対する支配力が大家族から小家族に移るとともに、土地に対する女性の発言力が弱まった。私は最近、チュークの分別ある中年男性が、女性には土地に対する発言権はない、と言っているのを耳にした。私はこの言葉を聞いて、自分たちに都合の良い方向に「習慣を作り直す」ことの危険性に関して少しお説教をしたくなった。女性が昔から持っていた「舞台裏」の役割の多くはすでに消滅しつつあり、女性は家庭に閉じ込められつつある。食事を作り、子供の面倒を見、清潔で快適な家庭を守ることだけが女性に期待されている。女性が大家族制度のなかでこれまで果たしてきたその他の責務は忘れられがちだ。

一方、女性は現代社会の中で新しい役割や、自分たちの能力を生かす新しい道を見つけようと模索している。女性は男性と平等であり、どのような仕事にも就く権利があるという、今、世界中に普及している考え方に励まされている。だが男性はこのような見方には組しないだろう。男性は男女間には明確な相違があると主張するだろう。男性が漁業を行うなら、女性が農業を行う。男性がカヌーを作り、戦争をするなら、女性は布を織り、家事をする。男性が家の枠組みを作れば、女性が屋根を葺く布を織る。男性と女性は互いに補完しあう仕事をするのであって、同じ仕事をするのではない。これが男性の考え方だ。

だが現代社会は異なるルールにもとづいて動いている。女性は従来持っていた権限を失ったとしても、現在の独立国家のもとで正当な地位を否定されるものではない。このような変化は必ず訪れる。だが男女が敵対することなく、変化を速やかに達成することができるのだろうか?

教会:予言者?

太平洋諸島の教会は非常に恵まれた立場にある。宗教は常に島民の生活のなかで必要不可欠な存在であり、教会は島社会のなかにしっかりと根を下ろしている。教会がこれほどの敬意を集め、影響力を持つ地域は世界中捜してもそうはないだろう。

これも当然の話である。現代社会の構築を率先して進めてきたのは教会だ。政府が公的教育制度を導入する以前は、教会が学校の役割を果たしていた。教会が人々に読み書きを教え、病人に薬を与え、衛生状態を改善し、建築や農業の新しい技術を教え、外国からの侵略から守った。我々が現在、太平洋諸島の人材育成と呼ぶものは、世界中の他の多くの地域と同じように、太平洋諸島でも教会の重要な役割の一つだったのだ。

教会がキリストの愛にもとづく新しい社会の構築に積極的に取り組むと同時に、教会では自らが唱えるメッセージと矛盾する伝統文化のなかの要因に対処することが必要になった。教会は、民族間の争いや、乳児の間引き、未亡人殺し、共食い、敵の拷問などの蛮行を止めるよう強く訴えた。教会は、人命が最も尊重されなくてはならないと教えた。社会のなかで無価値だと見なされた敵や奴隷の背中に大きなカヌーを乗せて転がし、海にまで運ぶようなことはできなくなった。

現代社会を構築するうえで教会が果たしてきた役割を十分に知っている人々は、教会に、混乱の霧のなかで進むべき方向を教えてくれる灯台の役割を期待するようになった。人々は理解できないことも多い変化の真っ只中にいる。受け入れざるを得ないニューエコノミーは、家族をはじめ社会制度を根本から変えている。長老の権限は消滅し、新しい権力者が生まれ、男女の関係が変わり、急速な近代化が古い文化に取って代わり、新しい緊張が民族グループや政界の派閥のなかに生まれている。多くの人々が教会を信頼し、教会に指導をもとめ、このような変化への対応を支援して欲しいと願っている。教会はパンを欲しがっている人に石を投げるのだろうか、卵を欲しがっている人にヘビを投げるのだろうか?

教会は社会の良心である。個人ではなく国民全部を神に仕えるよう指導する予言者としての責任がある。これは、正義が機能し、人権が尊重される社会、個人とグループの尊厳が強化される社会を作るよう人々を指導することだ。教会はこのような役割を20世紀には見事に全うした。今も、その役割を同じように果たすことができるだろうか?

現在我々は、教会の内向化という危険性と直面している。教会は自らがぴったりと納まるやや大き目な隙間のなかにぬくぬくと納まり、社会にやや迎合しているのではないだろうか?だが教会が社会の良心として機能しないとしたら、どこが、誰がするのだろうか?20世紀に教会が島文化の価値を見逃す危険性があったように、今は教会が島文化の囚人となる危険性がある。外国の教会なら十分に批判的な姿勢を保てるだろうが、一つの文化のなかに埋没した教会は批判的な目を失いがちだ。地元の教会は、太平洋社会では対立を避けることが社会の慣わしだとの理由のもとに予言者としての役割を放棄しがちだ。

教会が直面している最も深刻な脅威は内部にある。教会はこれまで成功を納めてきたことから自らの殻に閉じこもり、自らを超えたもの、つまり聖なるものや神の国への道しるべとなるのではなく、自らを終点とみなしがちだ。太平洋諸国では教会が社会的に確立されていることから、教会は欧米諸国で多々見られるよう、自らの業績、威信、財産を追求する危険性がある。我々は教会の活力を、建物の大きさ、受け取る資金の金額、指導者層に与えられる肩書きなどで測るというリスクに直面している。快適な「教会らしさ」のなかに座り込み、世界の僕として教会が果たすべき役割をないがしろにするリスクに直面している。イエスキリスト同様、教会は「仕われるのではなく仕えるために到来した」のであり、「とらわれている人には自由を、盲目の人には視力を与え、繋がれている人を開放し、神の王国を宣言する」という昔からの使命を今後も果たしていかなくてはならない。

1993年5月

ミクロネシアン・セミナー
  • しまじま講座
  • ミクロネシアン・セミナー
  • ゼミ

このページのトップへ