Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第433号(2018.08.20発行)

熱帯太平洋のソウルフード ─ シャコガイの持続的利用を考える

[KEYWORDS]パラオ/ソーラー生物/食料安全保障
(公財)海外漁業協力財団水産専門員◆曽根重昭

サンゴ礁の浅い海にはシャコガイという風変わりな二枚貝が生息している。
太平洋の沿岸住民に長い間利用されてきたこの貝も産地によってはすでに枯渇してしまった。
この資源を再生させるとともに持続的な利用を目ざして、わが国の水産分野における国際協力としても、各地で息の長い活動が行われている。

シャコガイとはどんな貝

私はこの30年間、シャコガイという熱帯性の二枚貝の増養殖に関わってきました。現在はパラオ共和国に滞在して、この貝の養殖普及に取り組んでいます。この話を一般の人に始めるには、まず、シャコガイとはいったいどんな貝なのかというところから説明しなければなりません。
シャコガイというとルネサンス期の画家ボッティチェリによる絵画作品「ヴィーナスの誕生」で有名な大きな貝と勘違いをしている方が多いのですが、あちらはよく見るとホタテガイです。もちろんホタテガイがあんなに大きくなることはありません。ただ、オオジャコという一番大きくなるシャコガイでは殻長が1メートルに達することがあるので、この巨大な貝殻から作者は何らかのインスピレーションを受けたかもしれません。シャコガイは日本では沖縄や奄美、小笠原といった暖かい南の海にしか分布していないため、一般に知名度は低いと思われます。しかし、産地では非常に身近な存在であり、伝統的な食材として親しまれています。また、シャコガイには外套膜の色彩の大変美しいものがおり、これらは国内外を問わず愛好者によって水槽で観賞用に飼育されています。
シャコガイはとても面白い生態をもっています。サンゴ礁域の澄んだ浅い海底で殻を開いて日光を浴びながら、体内に共生させている藻類に光合成をさせて、栄養と酸素の供給を受けて生活する「ソーラー生物」です。シャコガイには巨大なものだけでなく、思いのほか小さな種類もいます。しかし、すべてがソーラー生物である点で共通しています。

パラオにおけるシャコガイ増養殖

シャコガイ資源が世界的に減少の傾向にあることに警鐘が鳴らされて久しくなります。シャコガイはその大きさや目立つ色彩、そして移動性の無さから人間に対してはあまりに無防備な生き物です。パラオの場合は自家消費ばかりでなく、外国漁船による激しい密漁で大型種の資源を著しく減少させてしまいました。皮肉なことに現在では資源が枯渇して外国漁船による密漁はなくなりました。密漁されたシャコガイは高級食材である干し貝柱に加工されて海外の闇市場に送られていたとのことです。そこでパラオでは1970年代からシャコガイの生態研究が始まり、1980年代はじめには大量種苗生産技術が確立されるなど増養殖の長い歴史があります。シャコガイ類は1985年までにワシントン条約付属書IIに掲載され、国際的な商取引が厳しく制限されています。パラオも天然個体の輸出を禁止しています。よって、現在、条約加盟国間で流通しているパラオ産シャコガイはすべて人工繁殖させたものです。
シャコガイはソーラー生物であるがゆえ、他の養殖種とは決定的に違っているところがあります。それは日々の給餌をしなくても良いという点で、餌代がかからず、どこか海藻養殖に似ています。他の二枚貝養殖も基本的に給餌を必要としませんが、当然のことながら餌の豊富な場所を選ばなくてはなりませんし、密稙すると海を汚す心配があります。また、シャコガイは養殖による環境への負のインパクトはほとんど知られていません。むしろバイオフィルターとして海水を浄化してくれますし、排泄物は魚類の餌となります。一方、シャコガイの収穫までの時間が余りにも長く(通常5年以上)、また、産地では庶民の食材であった関係で市場価格が低く、商業的な養殖はなかなか普及しませんでした。
そんななか、パラオは海洋リゾートとして知られ、シーフードを好むアジアからの観光客が多く訪れるため、国内に高価格が期待できる食用シャコガイ市場(特に中華レストラン)があります。ここでは養殖されたものだけでなく、いまだに天然で捕獲されたものが相当量流通しており、行政側でルール作りを急いでいます。養殖してみて初めて分かるとおり、何気なく天然で捕獲したシャコガイも実は何十年もかけて大きくなったものなのです。今までのような採り方や売り方から養殖へと転換しなければならないことは、関係者に広く認識されています。

採卵用のヒレナシジャコ母貝を持つ筆者 養殖場に植え付けられたシャコガイ種苗

シャコガイ養殖の実際と今後の展望

パラオではこれまで官主導で養殖試験や普及活動が行われてきました。それが大変長く続いてしまい、なかなか漁業者側に自立心が育ちませんでした。これまで100カ所以上の養殖場が作られてきましたが、収穫まできちんと面倒をみて収益を上げた例は稀でした。それでも何軒かの養殖場は生き残り、今ではコンスタントな出荷を可能にしています。このような本来なら当たり前の漁業者が少ないのがパラオのシャコガイ養殖の課題です。そこで養殖をビジネスと考えてもらえるようにシャコガイの種苗を2015年から有償化しました。これで漁業者側に経営という意識が高まったように感じます。これにより普及し、現在稼働中の養殖場はパラオ全体で50カ所以上になります。パラオの沿岸集落はいわゆる零細漁村という感じではありません。シャコガイ養殖を営むものは、他に本業がある場合がほとんどで、週末に多少面倒を見る程度です。こういう業態でも成り立つのがシャコガイ養殖の優れたところです。ある程度の大きさまで育つと後はグローアウトという状態となり、天敵はほとんどいなくなります。本当のことを言うとシャコガイ養殖の成否はここまで育ててからの密漁をどうコントロールするかにかかっています。天敵はここでも人間ということになります。商業ベースに乗せることに成功した養殖場では警備員を雇って密漁に対応しています。しかし、多くの養殖場では根本的な対策が取られていないのが現状です。違法漁獲者には売り先がないという仕組み作りが急務となっています(目下法制化の準備中)。
シャコガイの増養殖は林業に似ています。現在、海の中は長年の漁業活動によって荒廃し、禿山のような状態になっているところが増えています。かつて普通に見られた大型シャコガイは殻となって海底に散乱しています。これを再生するのは容易なことではありません。しかし、天然にはまだ低密度ながら親の個体群が残っており、長いスパンで考えれば持続可能な資源です。
海は、海洋資源を保有する銀行のようなものであり、元本となる海洋資源を確保しつつ、いかに資産として利活用するかという考え方が重要です。我々の行っている増養殖活動は、自由に使ってもよい利息となる漁獲物や、元本である天然の海洋資源を増やすのが目的と考えていいいでしょう。多くのシャコガイ養殖場が海にあり、常時多くのシャコガイがストックされている状態こそが、天然資源への漁獲圧を低減させ、かつ天然個体群の自力回復への時間稼ぎになると期待しています。もちろん養殖場自身が天然稚貝の供給元にもなっていることでしょう。このような食料としてのシャコガイのストックは海の畑として陸地に限りのある太平洋の小さな島国の食料安全保障へと繋がるものと信じています。(了)

第433号(2018.08.20発行)のその他の記事

ページトップ