第209号(2009.04.20 発行)

シップリサイクル条約とわが国の役割

[KEYWORDS] IMO/シップリサイクル/国際条約
国土交通省海事局 船舶産業課 国際業務室長◆加藤光一

役目を終えた老齢船のほとんどは、労働コストの安い途上国で解体されており、一部の国では船舶解体に伴う死傷事故や環境汚染が絶えず、世界的な問題となっている。
これに対処するため本年5月にシップリサイクル条約が採択される予定である。
世界有数の海運・造船国であるわが国のリーダーシップが求められている。

1.はじめに

解体を待つ老朽化した船舶。
解体を待つ老朽化した船舶。

大型船舶の解体事業は、過去にはわが国でも盛んに行なわれていたが、近年では、インド、バングラデシュ、パキスタン、中国などの途上国に移っている。しかしこうした国の一部では、安全衛生や環境保全などの配慮が行き届かず、死傷事故や環境汚染が頻発し、世界的な批判を集めることとなった。問題の解決に向けて、国連機関が任意指針を策定したものの、事態の改善は容易には進まなかった。
国際海事機関(IMO)は、早期改善には強制規律の導入が不可欠と判断し、シップリサイクル条約「安全かつ環境上適正なシップリサイクルに関する条約」の策定に入り、本年5月に中国香港にて採択会議が開催されることとなった。

2.シップリサイクル条約

シップリサイクル条約の目的は、関係者すべてが、明確な責任を分担し、抜け穴のない世界統一規律の施行にある。規制のメカニズムは、船舶とリサイクル施設に検査と証書の制度を導入し、基準に適合した船舶を、基準に適合した施設のみでリサイクルさせるものである。
条約対象船は、国際総トン数500トン以上の船舶が対象となる。ただし軍艦や政府の非商業的業務のみ使用される船舶は適用除外とされ、また生涯、旗国の主権または管理下にある水域内でのみ航行しリサイクルされる船舶も適用除外である。しかし、これら非対象船にも合理的かつ可能な範囲で本条約に合致することが求められる。また非締約国の船舶も、必要に応じ条約要件が適用され、ポートステートコントロールで管理される。
対象船舶は、アスベストやPCBなどの「有害性の高い物質」の搭載・使用が禁止・制限されるとともに、これらの物質と、鉛や水銀などの「潜在的に有害性が認められる物質」について、その所在位置、種別、概算量などを明記した一覧表(以下、インベントリと言う)の作成・保持が求められる。インベントリは、最終的にリサイクル施設に提示され、有害物質の概要を伝えるツールとなる。
条約発効後に建造契約を結ぶ新船は、造船所がインベントリを作成することになる。舶用メーカーは、船舶を構成する製品に含有する有害物質の含有量を明記した「材料宣誓書」を作成し造船所に提出しなければならない。新船以外の現存船は、条約発効後遅くとも5年以内に、またそれ以前にリサイクルされる場合はそれまでにインベントリを作成しなければならない。しかし、有害物質を新船なみに正確かつ網羅的に把握することは現実には不可能であり、知識と経験を有する認定された専門家(または専門家集団)が、文書分析やサンプリング分析などを通じて、インベントリを作成することとなる。
一方、リサイクル施設もリサイクルを承認された船舶以外は受け入れてはならない。作業者や周辺住民へ健康危害を及ぼさないように、環境への悪影響を防止・減少・最小化し、実行可能な範囲でなくすように、管理システムと手順ならびに技術を確立し、政府の承認が必要となる。
船舶をリサイクルする際には、旗国にその旨を通知し、インベントリを最終化(運航中に発生した廃棄物や貯蔵品も明記する)しなければならない。リサイクル施設はインベントリをもとに有害物質の処理方法を決め、「船舶リサイクル計画」を作成する。リサイクル施設はこの計画をリサイクル国の承認を得た上で船舶へ提供する。船舶はインベントリと船舶リサイクル計画を旗国に提出し、最終検査を受け、初めてリサイクルが許可される。またリサイクル施設は事前に関連情報をリサイクル国に通知し、リサイクル完了後はリサイクル国と旗国に報告しなければならない。

世界の船舶解体実績(ロイド統計)

 

3.今後の課題

法令の整備:本年5月の条約採択から2年程度で発効要件が満足され、その1年後の2012年ごろに条約が発効する公算も高い。わが国も早期に条約を批准し、国内法令の整備を行う必要がある。またシップリサイクル条約とバーゼル条約との間の重複が指摘されており、早期にデマケーションを行う必要がある。
インベントリ作成体制:欧州では条約発効前に域内規制を発動する動きがあり、わが国もインベントリ作成体制整備を急ぐ必要がある。
新船のインベントリ作成のためには、舶用メーカーが「材料宣誓書」を造船所に提出しなければならない。これには国内だけでなく海外での周知広報活動も必要となっている。無料の「インベントリ作成支援ソフト」の開発も進められており、周知の一助となることが期待される。
現存船のインベントリは、承認された専門家(または専門家集団)が作成することとなるが、その資格要件の明確化と国際的な作成体制整備を急ぐ必要がある。また現存船の適用日間際に、作成依頼が殺到するのを回避するため、計画的にインベントリの作成保持を誘導する必要がある。そのため条約発効後に条約証書に交換できる「鑑定書」の発給体制も必要である。
リサイクル能力の確保:現状ではどの程度のリサイクル施設が条約要件をクリアーできるかはっきりしない。実際のリサイクル需要との間にギャップが発生すると、廃船の係留や放棄の発生も懸念されるため、世界のリサイクル施設の能力評価が緊急に必要となっている。結果的に能力不足の恐れがあれば、途上国のリサイクル施設に対し、条約要件を満足させるためのODAなどの支援を本格化する必要がある。一方で、欧州を中心に自国船は自国内でリサイクルすべきと考える国も出てきている。わが国も、リサイクルを途上国に任せるだけでなく、国内でのリサイクルを検討すべき時期に来ているものと思われる。
今回の条約策定における日本の貢献は高く評価されているが、これは(財)日本船舶技術研究協会がインベントリ作成実験などに一気に乗り出したことが大きな助けとなった。この活動は日本財団が造成したシップリサイクル対応の基金によるものであり、まさに時宜を得たものと言える。今後、政府は早期批准と環境整備に邁進するが、民間サイドからも条約への早期適合を進めることが海運・造船国としての役割と思われる。(了)

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