No.0054

2018年03月13日

インド洋地域の安全保障環境の安定化へ包括的政策を/
秋元一峰氏(笹川平和財団海洋政策研究所 特別研究員)インタビュー(1)

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海は地球全体の約7割を占め、すべてつながっている。航行の自由とシーレーン(海上交通路)の安定の上に、自由な経済活動が担保され、海洋資源なども共有することで、共存共栄が図られることが望ましい。だが、現実には、中国を主要なファクターに、領有権の主張も伴い、近隣諸国を巻き込みながらの海洋をめぐる争いが絶えない。火ダネはインド洋にも。日本、米国、インド、オーストラリアの4カ国は「自由で開かれたインド太平洋戦略」を標榜し協力を模索しているが、息の長い取り組みが求められよう。4カ国は地域の安全保障環境の安定のために何をすべきなのか―。公益財団法人・笹川平和財団海洋政策研究所の秋元一峰特別研究員の見解を、3回にわたり掲載する。

――歴史的な視点も踏まえ俯瞰してみたとき、インド洋をめぐる現状をどうとらえ、また問題の本質はどこにあるとお考えですか

秋元氏 本日は私のまったく個人的な意見を述べてみたいと思います。少しプロボカティブ(挑発的)な発言もするかもしれませんし、現代の安全保障観や国際感覚にそぐわないとのご意見もあるかもしれませんが、忌憚なくお話しさせて頂きます。ご質問の件ですが、現在はインド洋の海洋利用の構図、パラダイムがちょうどシフトする時期にあるのだと思います。パラダイムがシフトするときには必ず安全保障上の問題が生起してきます。

インド洋の歴史をみますと、海洋利用をめぐるさまざまなパラダイムと紛争の形が見えてきます。アジアに国家の形が現れる以前から、南ベトナムの商人たちが、マラッカ海峡を通ってインド洋まで行っていたという史実もあるようです。また、南インドのドラヴィダの商人が、アラビアと交易していたという話もあります。そのころはインド洋のモンスーンを利用して、コスモポリタン的な通商が長く続いていたのでしょう。やがて、中国の明の時代の鄭和のように、大国が国家プロジェクトとして航海に乗り出すということもありましたが、それでも通商そのものは商人の自由な活動のもとで実施されていたと言えます。

やがて地中海世界が大きく変化して、ポルトガルがバスコ・ダ・ガマに代表されるように、インド洋に入ってきます。東洋の産物を西洋に持っていき、植民地化が始まっていく。そういう中で、大国の国力をバックとした通商活動というものが取って代わり、インド洋のシーレーンが形作られました。

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そして、第一次世界大戦と第二次世界大戦、東西冷戦の時代を通じて、インド洋のシーレーンは軍事的覇権争いを背景とするパラダイムの時代が続きました。インド洋で、自国の影響力をどのように及ぼせば安全保障と国益を維持できるか―。第一次世界大戦以降、冷戦時代にかけては、覇権によってインド洋に力を及ぼす時代が続きました。

冷戦後のグローバル化の流れの中で、インド洋のパラダイムは一変しました。あらゆる国が経済活動への参入を企図してインド洋に関わっていき、インド洋はグローバル経済を動かす回転軸の様相を徐々に呈するようになりました。その状況が今も加速しているのですが、インド洋のガバナンスをどのようにするのか、という共通の認識が生まれておらず、混沌した時代に入ってしまっているのだと見ています。安全保障環境を見た場合、米国の軍事力が中東やテロとの戦いに割かれている間に、インド洋は力の真空地帯になった感があります。ロシアもソ連時代と違って、インド洋から手を引いてしまいました。ところが、近年の中国の海洋進出によって、そのような力の真空地帯に新しい力が入って来ました。中国の海洋進出がインド洋の安全保障環境を大きく崩していくのではないかという危惧があります。

中国が今、インド洋に進出しているのは主に経済活動です。もちろん軍事力の面でも、最近は艦隊がよく入っていますけれども、標榜しているのはやはり経済活動です。しかし、経済活動の標榜であっても、複数の国家の国益が競合する中に、大きな経済力をもった新たなパワーが入っていくと、パワーバランスが崩れていくこともあります。混沌としているインド洋を、これからどう安定させていくかということが、喫緊の課題となっています。

――インド洋を超大国の米国と、新興国の中国という単純な対立の構図でみるのは間違いでしょうか

秋元氏 単純に考えれば間違いではないと思います。そもそもインド洋だけをみた場合には、インドは南アジアにおいて非常に大きな影響力をもっています。しかし、インドはインド洋という大きな空間全体に、軍事力を展開させる能力はまだもっていません。インド洋には力の真空地帯というか、力が希薄な部分があるのは確かです。安全保障環境を安定させる方法としては、大国がガリバーのように統治するか、あるいは強国のパワーをバランスさせる、言うならばスウィフト的な主権国家の対立論になってしまうのですが、それを均衡させる方法、さらには、多国間の協調的な安全保障態勢を築く、これが現在の主流ですが、大きくは三つ考えられます。グローバル経済の回転軸としてのインド洋にガリバー的力を及ぼすことは覇権争いの遠因となりますので、いかがなものでしょう。しかし、混沌とした情況を呈するインド洋にいきなり協調的な枠組みを模索するのは無理があります。まずは適切なバランスオブパワーの状態を創りだす必要があると考えます。そのような状態が、望ましい多国間による協調的安全保障の体制を築くための地盤となると考えます。冷戦後に東西の対話ができた要因の一つに、それまで対立していたパワーがパリティー(均衡)の状態であったことが挙げられます。私は、基本的にリアリストではありません。むしろリベラルな位置に立ちます。また、中国には意見交換する研究者や長年の友人も少なからずいて、中国の安全保障観も理解しているつもりです。しかし、米国とその友好国といった既存の利益を持つ国家とチェンジを望む中国との間の対立の構図の行方には、このままの状態を放置するとなると、悲観的なものを感じます。対立を安定させる必要があり、そのためには軍事力を背景とするパワーを均衡化することが重要であると考えます。

「パワーバランス」には適正なパワーというものがあると思います。例えば、東シナ海には東シナ海に必要なパワーバランスとしての軍事力があるでしょう。北極海もそうですし、太平洋もインド洋もそうです。インド洋という空間と今日の国際情勢の中で、パワーバランスを保つためには、どれくらいの軍事力があればよいかということです。過剰であっても足りなくても、パワーバランスは崩れるわけです。

インドの軍事力と米国の第七艦隊や中東に派遣している軍事力が、これまでのインド洋の安全保障環境の安定化には十分なパワーだったと思います。ただ、それは中国の海洋進出を想定しないもので、中国の軍事力が投入されるとなると十分ではなくなり、もっと必要になってくるわけです。どのくらい投入すれば良いか、How much is enoughが問題となります。

基本的に今の米国は、同盟国から必要なバードンシェアリング(応分の負担)を受けながら安全を担保する戦略をとっています。米軍としてどの程度の艦船や航空機をインド洋に展開すればよいかは、インドの軍事力やオーストラリアあるいは日本の支援を想定したうえで決められるのだと思います。米中の対立という構図に単純化できると申しましたが、実は単純なものではなく、関係するあらゆる国を巻き込みながらパワーどう均衡させるのかという厄介な問題なのです。

――現時点でパワーバランスは崩れていないですか

秋元氏 バランスが崩れていないというよりは、中国の軍事力が自由に展開できる素地ができていないというのが現状ではないでしょうか。影響力を及ぼしうる中国艦隊がインド洋に出ていくためには、補給基地などさまざまな施設がいりますが、今自由に補給できる所はジブチしかありません。もちろんミャンマーやバングラデシュ、スリランカ、パキスタンには中国の艦艇が入港できる港はありますが、日米の間のように地位協定や物品役務相互提供協定に基づいて、補給や相互に物品を援助するといった取り決めはありません。大規模な演習をすることも難しいのが現状でしょう。

一方で、中国は、インド洋における経済活動や沿岸国への援助を進出の理由としており、安全保障を表に出していません。このことは、皮肉なことにインド洋のパワーバランスの構築を妨げている面があります。中国は海洋において異なる4つの顔を持っているようです。一つは東シナ海、南シナ海における高圧的な顔 、二つ目は西太平洋での米国とのバランスをとる顔、そしてインド洋では協調的で平和的な三つ目の顔を見せています。これが実はパワーバランスの構築を厄介なものとしている面があります。平和的な顔の故に米国の兵力展開やインドと日本やオーストラリアとの安全保障協力のための議論が深まらない要因となっている面があるのです。

インド洋のパワーバランスのために、米国がもっと軍事力を展開すべきだとか、それにインドやオーストラリア、日本が協力すべきだというと言った議論についての国際的理解が得にくいところがあると思えるのです。

しかし、インド洋を覇権の歴史として見ると、最初に入ってきたのがポルトガルで、その後にオランダ、英国と続くのですが、オランダがなぜ英国にとって代わられたかというと、オランダは経済力はあったけれども、軍事力がなかったことがその要因の一つとして挙げられます。軍事力を背景としなかったオランダのパワーは国際政治力を発揮できず、やがて経済力も英国に譲る結果となったとみることもできます。国際的政治力を発揮できない国は、自国の利益に叶う経済活動をできない、そういう考えを中国が持つことを否定はできないのではないでしょうか。私は、中国はやがてインド洋に軍事力を常続的に展開する態勢を整えていくと考えています。そうなると、米国やインドも、パワーバランスがとれるような軍事力を増強し展開せざるをえなくなるでしょう。

中国がインド洋で示す顔を変える兆候があります。2月初旬に中国は駆逐艦1隻とフリゲート艦6隻、補給艦1隻、強襲揚陸艦1隻の計9隻をインド洋に展開しました。中国はその意図を明確にしていません。単なる訓練ではないかと見る人もいますが、モルディブの非常事態宣言に対するインドの介入を牽制したとの分析をする人もいます。

話は変わりますが、モルディブのような事例はスリランカやバングラデシュ、あるいはアフリカでも起こる可能性があると思います。といいますのは、中国による投資は経済的合理性というよりは、むしろ政治的な理由によるものもあるように思われ、それによって発展途上の沿岸国の政情が不安定化し、ひいては地域の安全保障環境が不安定化する事態が危惧されるのです。そうしますと、中国としてもある程度の軍事力をインド洋に投入していかざるを得なくなるでしょう。

取り組むべきは、予防的安全保障であり、インド洋のシーレーンに死活的重要性を持つ日本としても喫緊の課題であると思慮します。ちなみに、中国の示す4つ目の顔は、北極海で見せ始めたソフトパワーとしての顔です。

(聞き手 特任調査役 青木伸行)

秋元一峰(あきもと かずみね)氏の略歴
元海将補。1967年に千葉工業大学を卒業、海上自衛隊幹部候補生学校に入校。翌年、幹部自衛官に任官。米海軍第7艦隊哨戒偵察部隊連絡幕僚、海上幕僚監部調査部情報班長、海上幕僚監部防衛部分析室長、海上自衛隊航空群首席幕僚、防衛研究所主任研究官などを歴任。2000年に退官し、海洋政策研究財団(現笹川平和財団海洋政策研究所)の特別研究員となり現在に至る。海軍戦略、海洋安全保障に関する論文等多数。

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