No.0027

2015年06月30日

島嶼国基金招へいジャーナリストの第7回太平洋・島サミット取材に密着!!

2015年5月23日、福島県いわき市のスパリゾートハワイアンズ玄関前に敷かれたレッドカーペットの上に5人の誇らしげな笑顔が並びました。

笹川太平洋島嶼国基金が、太平洋島嶼国との協力関係を促進する活動の一環として、第7回太平洋・島サミット開催のタイミングに合わせ、日本に招へいした経験豊かなジャーナリスト達です。

IMG_1_1.jpg被災地視察(いわき薄磯地区)

彼らは、ミクロネシア地域(パラオ)、メラネシア地域(フィジー、パプアニューギニア)、ポリネシア地域(トンガ、サモア)からやってきました。

太平洋・島サミット(PALM: Pacific Island Leaders Meeting)は、日本と太平洋島嶼国の協力関係を強化するために1997年から3年ごとに日本で開かれている首脳会議で、今回(PALM7)は福島県いわき市で開催されました。

2日間の会議では、東日本大震災、東京電力福島第一原発事故からの復興にむけて歩み続ける福島の経験を参加国が共有し、防災、気候変動対策、人的交流などについて連携を緊密化することで合意。具体的には、太平洋島嶼国の自立的発展を促すため、日本政府は今後3年間で550億円以上の支援を提供するとともに、4,000人規模の人的交流方針が盛り込まれました。

IMG_執筆.jpgプレスワーキングルームで執筆

笹川太平洋島嶼国基金が招へいしたジャーナリスト達は、日本人の記者や他の外国人記者たちに交じって、次から次へと記事を書き、発信しました。厳格な警備体制の中、位置取りも制限され、取材のできない会議もありました。島サミット開会式、被災地での献花視察、晩さん会、2国間首脳会談、外務省のブリーフィングなど、ジャーナリスト達は分刻みの取材スケジュールをこなしました。

IMG_3.jpg安倍総理とメレンゲサウ大統領による共同記者発表

5月24日、安倍首相と共同議長であったパラオ共和国のメレンゲサウ大統領が記者発表を行い、「福島いわき宣言」が採択されてPALM7は閉幕しました。会場となったスパリゾートハワイアンズで、安倍首相と参加国の首脳達の記念撮影を取材した後、片づけられる前のカーペットに記者達が走り寄って肩を組み合いました。すべてが終わり、安堵感と充実感に満ちた笑顔が輝きました。

日本を訪問した太平洋島嶼国ジャーナリスト達5人に、今回の招へいプログラムの感想を聞きました。

(アルファベット順)

Mr. Pesi Fonua/ Editor- in- Chief "Matangi Tonga" トンガ王国
Ms. Gorethy Kenneth/ Senior Reporter, Chief of Staff "Post Courier" パプアニューギニア独立国
Mr. Pita Ligaiula/ Senior Journalist "PACNEWS" フィジー共和国
Mr. Peter Magbanua/ Reporter "Island Times" パラオ共和国
Mr. Mataeliga Pio Sioa/ Chief Editor "Newsline Samoa" サモア独立国

IMG_pesi.jpgMr. Pesi Fonua/ トンガ王国
Editor- in- Chief of "Matangi Tonga"

招へいプログラムで新たな刺激
ジャーナリストとして貢献したい

Pesi Fonua氏は、トンガの主要紙の一つであるMatangi Tongaの編集長。Matangi Tongaは、知識層からのアクセスが多く、信頼性の高いトンガの英字紙です。Pesi Fonua氏は、1979年から36年間ジャーナリズムに携わっています。

1997年の第1回PALMから取材をしているが常に新たな課題が出てきます。最近は世界中が中国の動向に敏感で、太平洋諸国も例外ではありません。中国はトンガにおいて、インフラ(橋、道路)建設などの援助をさかんに行っています。中国のプロジェクトはリーダーも労働者も全員中国人ですが、日本はリーダーのみ日本人でトンガ人を雇ってくれます。トンガ国内の雇用促進に大変貢献していると言えます。ビルや橋、道路の建設はウェルカムですが、いかにメンテナンスをするかが問題ですね。何年もたてば当然劣化してきます。そこまで計画した援助プログラムでないと意味がないと思います。

IMG_被災地pesi.jpg
3・11の被害が甚大といういわき市の薄磯地区の視察は興味深いものでした。2009年にトンガとサモアを襲った地震と津波を思い出しました。取材のため、翌日飛行機で上空からトンガを見降ろしたら一面緑色に見えました。自分の無力さをつくづく感じました、その時の経験を思い出しました。

ジャーナリズムの仕事は人々に正しい情報をタイムリーに伝えること、そして正しく判断できるような機会を与えることだと思っています。とてもチャレンジングな仕事です。今回のSPFのプログラムに参加して、参加国の記者たちと話ができたことは非常に刺激になり、さらに視野が広がりました。日本と島嶼諸国の相互関係をより一層深めるために、ジャーナリストとして貢献したいと思っています。


IMG_2121.jpgMs. Gorethy Kenneth/ パプアニューギニア
Senior Reporter, Chief of Staff "Post Courier"

PALM6も取材 前回より信頼感が深まっていると実感

Gorethy Kenneth氏は、島嶼国地域では最大の発行部数を誇り影響力も大きい日刊紙、"Post Courier"に15年間勤務し、主に政治面や社会面をカバーしています。今回の招へい者の中で、ただ一人の女性ジャーナリスト。

パプアニューギニアでは、市町村のレベルにおいても国のレベルでも女性の活躍の場は多く、女性政治家も輩出しています。母系的な部族や地域もあり、そこでは女性が土地などの所有権を握っています。女性が優れたリーダーシップを発揮する場面は数多くあります。

IMG_gorthy.jpgPALM7開会式

3万人の死傷者を出す内戦のあったポートモレスビー出身で、幼い頃から社会性に目覚めていたと思います。戦争のために3年くらい学校に行けなかったこともあります。読書と文章を書くことが好きで将来はジャーナリストになりたいと思っていました。"Post Courier"で15年働いていますが、パプアニューギニアにある各国の大使館をカバーしていたので世界中に知り合いがいます。
2012年にポートモレスビーの日本大使館の招へいにより、沖縄で開かれたPALM6を取材しました。その時には参加できない国(フィジー)もありましたが、今回は17か国が参加し、深い議論もでき良かったと思います。前回より友好的な雰囲気を感じますし、太平洋島嶼国も日本への信頼感が増していると思います。
また、2012年に福島の被災地も訪れ、スパリゾートハワイアンズにも宿泊しました。その時は、まだまだ被害の深刻さが目立っていましたが、80%くらい復興したと思います。迅速な復興に大変驚いています。

今回のプログラムでたくさんの人々との「つながり」ができました。日常あまり接点のない他国のジャーナリストと会い、いろいろなことを話しあいました。この「つながり」を将来的にも活かしていきたいと思っています。


IMG_2251.jpgMr. Pita Ligaiula/ フィジー共和国
Senior Journalist "PACNEWS"

民主政権に移行したフィジー 久々のPALM参加

Pita Ligaiula氏は、フィジーのテレビ局を経て、太平洋島嶼国地域に影響力の強い通信社に9年間勤務しています。お金儲けを目的とせず、人々の判断の指針となる記事を書くことを追求するジャーナリストは自分の天職だと語ります。

第5回と第6回の島サミットに軍事政権下のフィジーは参加しませんでした。安倍首相が、共同記者会見の冒頭で、フィジーが民主的な総選挙を経て今回参加したことを歓迎すると話したことに対し、バイニマラマ首相は大変喜んでいます。
太平洋島嶼国の一つ一つは小さな国で、津波、地震、干ばつ、食品の安全性、水不足など共通の脆弱性を抱えています。気候変動について、参加各国の共通理解を得られたことは非常に良かったと思っています。

IMG_pita.jpgPALM7開会式


各国とも中国の海洋進出に敏感です。フィジーが軍政に移行し(2006年~2014年)孤立に近い状態だった時、中国だけが援助を続けインフラの整備などをサポートしてくれました。中国は内政には一切干渉しません。バイニマラマ首相も、我々はすべての国の友人であり、我々の敵はいない、と言っているように、中国を特別視しているわけではありません。
軍事政権下では取材も発信も非常に制約を受けました。しかし、自分にとってそれは乗り越えなければなならい一つのプロセスだったととらえています。どんな事にも表と裏の側面があります。我々は両方をしっかり見てバランスを考えなければなりません。

太平洋・島サミットの取材は初めてだったので、たくさんの発見がありました。貴重な機会を与えてくれたSPFに感謝しています。ジャーナリストは発信力があります。今後もジャーナリストのプログラムを継続し、太平洋島嶼国との友好関係を強固なものに発展させていってほしいと思います。


IMG_peter.jpgMr. Peter Magbanua/ パラオ共和国
Reporter "Island Times"

気候変動に対処するための取り組みに期待

Peter Magbanua氏は、フィリピン出身のジャーナリストで、スポーツライターをしていた7年間は、オリンピックの取材をするのが夢でした。その後、パラオ主要紙に就職し、ジャーナリストとしては16年目の初来日です。

映画やニュースで日本のことを知っていたので、実際訪れてみてギャップは無かった。交通網が発達していて見事にオンタイムで運ばれる人やモノに感銘を受けました。

IMG_2167.jpgPALM7開会式


PALMでは様々な議題を扱っているが、太平洋島嶼国にとっての命綱である海洋と環境に関してはもっともっと議論を重ねなければならないと思います。我々は気候変動の影響をまともに受けており、差し迫った脅威となっています。私がパラオに来た2007年に比べ、今の方が耐え難い暑さになっています。高潮により洪水がひんぱんに起こる地域もあります。気候変動に対処するための具体的な取り組みを急がなければなりません。

東日本大震災からの復興について詳細な情報や教訓が提示され、日本が国を挙げて取り組んでいる様子を取材できました。我々が今後自然災害に見舞われたときにどのように対処すべきかの効果的な対応を学ぶことができたと思います。実際にいわき市の被災地を訪れ、被災した人々の復興への努力と精神を目の当たりにし、心に迫るものがありました。

今回のプログラムに参加して、他国からのジャーナリストと体験をシェアできたことは本当に良かったと思います。ジャーナリストとして島嶼国での日本の貢献について、もっと書いて発信していきたいです。また、ワークショップップやセミナーなどを開いて日本のことを紹介していきたいと思っています。


IMG_pio.jpgMr. Mataeliga Pio Sioa/サモア独立国
Chief Editor "Newsline Samoa"

共通課題への対策 援助の質を見極めることが大切

Mataeliga Pio Sioa氏は、1993年に "Newsline Samoa"を設立し、経営者兼、記者・編集者として多忙な日々を送っています。週3回の発刊で、海外からのアクセスも多い、サモアの主要紙です。今回の招へいを大変光栄なことと語ります。

IMG_被災地pio.jpg被災地の住民にインタビュー


被災地の薄磯地区で、そこに住む65歳の男性と話しをしました。彼の家は津波に飲まれ破壊されましたが、彼は無事でした。丁度津波の到達時刻に、彼は別の地域に住む母親によばれて訪問中で、家には誰もいませんでした。母親が彼を救ってくれたと思っているそうです。感動的な話ですね。
サモアとトンガも2009年に津波を受け、サモアではおよそ150人が死亡しました。また、ハリケーンや地震の被害もあります。自然災害という共通の課題に対し、日本も島嶼国も迅速な取り組みを急務としています。

我々は太平洋に点在する小さな国々です。日本などの大国からの援助や経済投資がなければ生きていけません。しかし、太平洋島嶼国は、大国が繰り広げる外交ゲームの舞台になりたくはありません。太平洋には豊かな海洋資源があります。ウィンウィンの形にするために我々は援助の質を見極めることが必要です。
このところ中国の海洋進出がめざましいことが、日本やオーストラリアの注意を喚起したということはあると思います。しかし、PALMがスタートしてから18年がたち、日本と島嶼国の深い友好関係は証明されています。

サモアでは2番手の新聞社なので、なかなか招へいを受ける機会がありませんでした。今回SPFの招へいプログラムに参加することができ、大変光栄なことと感じています。初めて来日し、首脳陣の集うサミットの取材を通し、島嶼国の仲間たちとネットワークを作ることができたことは本当に貴重な経験でした。


IMG_2274.jpg島サミット終了 スパリゾートハワイアンズ玄関前にて

好奇心旺盛なジャーナリスト達は精力的に取材をしました。早朝からの取材も、長い待機時間も、すでにいろいろな場所で何度も経験済みのベテラン記者達です。それぞれの国を代表して太平洋・島サミットを取材し、真剣な表情で何時間もPCに向かいました。原稿を送信し終わると笑顔でジョークをぶつけあいました。

今回のプログラムの目的は、PALM7の成果と今後の課題を太平洋島嶼国に発信することにより日本との連携を強めることでした。招へいしたジャーナリスト達にとっても、その記事を読んだ太平洋島嶼国の人々にとっても、日本がより身近な国として理解されたなら、それが一つの大きな成果と言えます。このプログラムに参加しなければ得ることのできなかった経験とネットワークを活かし、日本と島嶼国の関係を強くしなやかに成長させるため、積極的に発信を続けていって欲しいと思います。

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