まず、米国の繁栄の陰りと、中国の台頭について考えてみます。
IMFの世界経済見通しによると、世界の実質成長率は、2000年の4.8%に対して2001年は3.2%です。しかしこれは4月時点の予測であり、現実は2%程度になるでしょう。減速の最大の理由は、世界のGDPの3割を占める米国の景気後退が、世界に伝播し始めたためです。
米国経済は91年3月から上昇を始め、グリーンスパンFRB議長の巧みな金融政策の下で、IT革命によるニュー・エコノミーが開花し、世界の資本が米国に集中して、10年に及ぶロングラン景気を謳歌しました。しかし、1998年以降、バブルの様相を強めてきました。
しかし昨年夏以来、景気過熱の歪みが随所に現われ、ITバブル崩壊と共に景気は失速し、今年に入って景気ははっきり後退局面を迎えました。
年初来の8次に及ぶ金利引き下げ(FFレート6.5%から3.0%)と減税(550億ドル)の効果が期待されていますが、過去5年間の記録的な設備投資ブーム(実質年率12%)による過剰設備と、きわめて低い貯蓄率の下での過剰消費の反動減で相殺され、景気は下振れリスクが大きいと言えます。「山高ければ谷深し」で、今回の不況は相当長く、かつ深いのではないでしょうか。
NY株式市場は景気後退を先見して、ダウ工業株30種平均は昨年1月14日の11,722ドル、ナスダック指数は3月10日の5,048ドルをピークに反落しました。特にナスダック指数はハイテクバブル崩壊で7割以上下落して1,500ドル台となり、完全に調整局面に入りました。ダウ工業株平均は8,000ドル台に下落しましたが、早晩、調整局面入りがはっきりするでしょう。1990年から始まった歴史的大相場は終り、10年に及んだ市場最大のロングラン景気も既に幕を閉じたようです。
米国の景気後退は、世界貿易の2割を占める米国の輸入減を通じて、各国に深刻なデフレ圧力をかけ始めています。アジアの実質成長率は2000年の7.6%から2001年には3.5%に大幅鈍化、日本は対アジア輸出減も加わって同1.5%から0%、EUは3.4%から1.8%へとそれぞれ減速し、世界同時不況の様相を呈し始めています。
こうした中で、中国は2000年の8.0%に続き2001年も7.6%と、世界一の高成長を維持する見通しです。これには公共投資拡大と住宅投資の好調に加え、対中直接投資拡大が寄与しています。中国は2000年で世界第6位のGDP大国になりましたが、世界銀行の試算による購買力平価ベースでは、既に米国に次ぐ第2位となっています(資料参照)。中国経済の好調が今回の世界不況の下支え役になるか、注目されるところです。ただし近い将来、人民元の為替レート(8.2元/ドル)に割安感が一段と強まり、人民元切り上げの声があがるような気がします。
日本経済新聞8月21日の社説に次のような記事があります。
「......日本企業の中国における直接投資が急増している。中国側統計によると、今年1~4月の投資金額は契約ベースで21億ドル(前年同期比117%増)と年間で過去最高を記録する勢いだ......」
いずれにしても、世界の先進国から、WTO加盟の決まった中国への直接投資がますます増え、その間の競争は激化し、それに対する中国固有企業の対処の仕方など、これもまた難しく、中国経済もまた新時代を迎えています。
ところで、ウォール街の歴史を振り返ると、20世紀に3回の大熱狂相場がありました。1回目は第一次世界大戦の勝利で始まった1920年から1929年の大相場で、66ドルから381ドルへ年率20%で急騰しました。2回目は第二次世界大戦の勝利で始まった1943年から1966年の大相場で、119ドルから995ドルへ年率10%で上昇しました。3回目は冷戦の勝利で始まった1990年から2000年の今回の大相場で、2,365ドルから11,723ドルへ年率20%で急騰しました。
問題は世界の資本を吸引した大熱狂相場の「宴の後」に、いずれも大きな経済調整と国際金融市場の混乱、そして国際金融システムの大きな試練が待っていたことです。1回目は世界恐慌と基軸通貨ポンドの崩壊、2回目はベトナム戦争と大インフレ、金ドル本位制の崩壊と変動相場制への移行でした。今回は果たしてどうなるのでしょうか。米国経済のソフトランディングは可能でしょうか。米国通貨当局の力量が問われています。
現在の問題点として、以下のものがあげられます。
- 1982年以来、19年に及ぶ経常赤字の累積2.5兆ドル。なお1995年以降のドル高政策下での6年間で1兆3572億ドル。
- 利下げによる内外金利差の縮小は日米金利差3.0%、米-EU▲0.75%、米英▲1.75%
- 米国企業業績悪化による株価下落
- アルゼンチン始め中南米諸国の通貨金融不安など(現在アルゼンチンが特に悪い)。
このように、ウォール街を通じた国際資本の流入に支えられた米国繁栄の構図に陰りが出始めています。過去2回とは国際情勢が大きく異なるとはいえ、米国経済は今試練の時を迎えつつあります。基軸通貨ドルを回る米国の通貨戦略の行方からは特に眼が離せません。米国経済の今後が、当面の世界経済にとって最大のリスクです。
ところで、私がこの講演の原稿を書き終わった直後の9月11日、米国で、ニューヨーク・世界貿易センタービル、ワシントン・ぺンタゴンなど、世界をゆるがす大テロ事件が発生しました。ブッシュ大統領は、単にテロ対策ではなく、テロ支援者あるいはテロ支援国に対して、戦争をすると断言しています。アメリカズ・ニュー・ウォーです。この戦争がどんな形で、何時まで続くかは誰にもわかりませんが、米国は戦時体制をとって、膨大な軍事支出をするでしょうし、米国の防衛のためにあらゆる手段を講ずるでしょう。戦時体制下の経済は、平和時とは相当異なることになるのですが、その先行きに関してはまだわかりません。いずれにしても、まだ始まったばかりだし、過去の戦争とは全く形が違うので、もうしばらく状況を見ないと、私には今の段階では何とも言えないということです。