事業紹介

2015年
事業

アジアオピニオンリーダー交流

事業概要

本事業は、アジアのオピニオンリーダーを招へいし、日本の政界、学界、産業界の実務家との対話の機会を増やすことで、日本と対象国の協力関係の強化を目指すことを目的としています。

【事業計画】
 ➣ オピニオンリーダー招へい、来日記念講演会の開催
 ➣ グループ招へい、来日記念講演会の開催

事業実施者 笹川平和財団 年数 3年継続事業の2年目(2/3)
形態 自主助成委託その他 事業費 36,900,000円
ブラーマ・チェラニー教授講演会サマリー(2015年9月29日開催)
概要

笹川平和財団は「アジアオピニオンリーダー交流」事業の一環として、インドよりブラーマ・チェラニー教授(インド政策研究センター)を招へいし、「日本の安全保障のジレンマ―日本の進むべき道は何か?」と題する講演会を9月29日、都内にて開催いたしました。講演会では、拓殖大学国際学部の佐藤丙午教授がコメンテーターを、また放送大学・岐阜女子大学の堀本武功客員教授がモデレーターをつとめました。


講演においてチェラニー教授は、まず最初に、戦後の日本が経済的発展を遂げ、自由で民主的な国家としてアジア諸国の模範となった歴史について触れました。その上で、近年のアジア地域における安全保障環境の変化に対応するため、日本は米国に大きく依存してきた安全保障政策を修正し、域内の平和と安定に積極的に寄与すべきとの認識を示されました。これからの日本の進路を探るため「安全保障をめぐる近年の動き」、そして「変化する安全保障の枠組みと切迫する課題」について、以下のような見解を述べられました。


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ブラーマ・チェラニー教授



安全保障をめぐる近年の動き:3つの事案

日本は戦後、数十年にもわたってアメリカに安全保障をゆだねるという状況に甘んじてきたが、これからはそうならないであろう。この3年間にアメリカの同盟国や戦略パートナーシップ国に対して警鐘を鳴らす3つの事案が起きている。

2012年、中国はフィリピンが領有権を主張するスカボロー礁を占拠した。スカボロー礁をめぐる両国の対立は、アメリカの仲介により、双方が撤退するということでいったん合意していたが、中国の行動はそれに反するものであった。フィリピンは船舶を撤退させたにもかかわらず、逆に中国は船舶の結集を図った。アメリカのオバマ大統領が沈黙と無関心を装った結果、中国は南シナ海の環礁を埋め立て、外港を建設した。

2013年、中国は東シナ海に防空識別圏を一方的に設定した。この防空識別圏には、従来中国が主権を主張していない空域も含まれていた。国際ルール上の危険な先例となるにもかかわらず、アメリカは、この防空識別圏に異議をほとんど唱えなかった。ジョー・バイデン副大統領は北京訪問を取りやめることなく、予定通り実施した。さらに、アメリカ政府は自国の航空会社に防空識別圏を遵守するよう指示した。こうしたアメリカの言動は日本の懸念を増長させるとともに、中国の防空識別圏の強化につながった。

最後は2014年のロシアのクリミア併合である。1994年のブタペスト覚書では、ウクライナが核弾頭を放棄するのと引き換えに、調印国のアメリカ、英国、ロシアは、(クリミアを含む)ウクライナの領土保全に対して、軍事力を行使または利用しないことで合意していた。しかし2014年にクリミアがロシアによって併合されたとき、オバマ大統領はブタペスト覚書の遵守をロシアに求めることはしなかった。


変化する安全保障の枠組みと切迫する課題

これら3つの事案からいくつかの含意が導き出せる。まず現オバマ政権は、中国との関係を損ねるような行動を避けるということ、また相互防衛援助協定を有する国であってもアメリカの国益が危険に晒されない限り、軍事的支援は行わないというということである。

アジア諸国が中国の台頭に対する懸念を強めることで、アメリカはアジアの地政学の中心に立ち戻ることになった。しかし、地域の不安定化を避けるため、オバマ大統領は中国のみならず、同盟国やアジアの戦略的パートナーシップ国にも自粛を求めている。オバマ政権のアジア基軸戦略(Asia Pivot Strategy)は、現実のものというのではなく言葉上のものにとどまっている。実際、名前もPivotからRebalanceに変えられている。

以上のことを考えると、日米同盟に関して重要な疑問点が残る。もし中国が尖閣諸島に攻め込んできたときに、果たしてアメリカは防衛に駆けつけてくるのか。その信頼性はどの程度あるのか。オバマ大統領は、尖閣諸島は日米安全保障条約の適用対象だと言いながら、尖閣諸島の主権については立場を鮮明にしていない。

東シナ海や南シナ海の領有権の問題は、サンゴ礁、岩、小さな島をめぐる争いではなく、ルールに基づいた地域の秩序、空と海の航行の自由、グローバルな共通財である海洋資源へのアクセス、そしてアジアにおけるバランスのとれた勢力均衡、これらが確保できるか否かという重要な点にある。距離的に遠い欧米からは、単に岩礁をめぐる紛争に見えるかもしれないが、実際上アジアの安全保障の行く末を左右する重要な問題であることを理解しなければならない。

このような背景から、アメリカの同盟国や戦略パートナーシップ国は、中国の軍事的脅威に対して自らの努力で対応することを、アメリカから強制的に受け入れさせられたという形になっている。そこで、アジアのいくつかの国は現在、軍事力の増強を進めようとしている。

日本に関しては、戦後に築かれた日米安全保障の実効性について、個人的に疑わしく思っている。日米安全保障体制をハブ・アンド・スポーク(Hub-and-Spoke)システムとしてとらえれば、冷戦時代、同盟国の日本はハブとして、アジアの安定的勢力均衡に寄与してきた。もっともアメリカから見れば、日米安全保障体制は日本をアメリカの保護下に置き続けることも意味していた。しかしながら、近年の東アジアの安全保障環境の変化を受けて、アメリカの対日政策は変わる時期に来ている。日本が力をつけて、アジアの平和と安定に役割を担うようになることは、アメリカの国益にとっても都合がよい。安全保障の面で、日本は過度にアメリカに依存するべきではない。
だが、こうした安全保障政策の変更は、日本にジレンマを投げかけることになる。日本は重要な大国のように自力で防衛をしないといけない。しかし一方で、アメリカに安全保障を一程度依存し続けなければならないし、それなりの敬意を払わなければならない。

そうした安全保障上のチャレンジから、安倍政権としては、日本の安全保障の戦略を見直す必要ができたと思われる。たとえば、集団的自衛権行使の容認、武器輸出三原則の緩和などがその一例である。これらにより、日本が平和主義から脱して、すぐに軍事大国になるという議論につなげるには無理がある。むしろインド太平洋地域の諸国家と相互協力することが可能になるし、いま危機に瀕してきているアジアの安全保障環境を立て直す機会ともなる。

新たな地政学的変化により、日本を取り巻く安全保障環境は一段と深刻さを増している。アメリカ傘下での日本の平和主義的な政策だけではもはや不十分である。日本の安全保障体制の見直しと憲法改正は戦後秩序を無にするものでもなく、日本の平和主義を反故にするものでもない。


結び

アメリカからの支援を確保するためには、より確実に日本の安全保障体制を整えることが重要である。その一方で、アメリカは日本のより広範な安全保障改革を支持する必要がある。日本は世界第3位の経済大国で、世界有数の海軍力と先端技術を有し、今後も強力な国家として健在しつづける。積極的平和主義は日本の安全保障のジレンマの解消につながるのかという問いに対し、イギリスとフランスの例は参考になる。アメリカと密接な関係にある両国は、自国の安全保障をアメリカに委ねることはしていない。日本がいかなる方向に進むにせよ、それは国際社会に大きな意味をもたらす。日本が戦後の変化に対応できないのであれば、力の空洞化を招き、アジア地域の安全保障を不安定化させる。日本は域内の平和と安定により積極的に寄与し、新時代にふさわしい地位を占めるよう改革を進める必要がある。



基調講演後、チェラニー教授は、佐藤教授のコメントとフロアからの質問に対して、以下の通り回答しました。


佐藤教授は、相対的に低下したとはいえ、引き続き日本が地域の安全保障に担うべき役割があることを強調しつつ、アジア諸国は地域の安全保障に関しアメリカにどのような役割を期待するのか、安全保障のダイアモンド(多角的関係)をどのように管理していくべきなのか、昨今の安保法制で分裂した日本国内の世論を海外諸国に懸念を誘発することなく、今一度融合させるべき方策はいかなるものか、といった問いかけを行った。


これに対して、チェラニー教授は、地域の安全保障と勢力均衡を維持する上で、既存の海域の境界を尊重することが重要で、領土変更は平和をもたらさず、また、歴史の歪曲はナショナリズムを増長させだけであることを強調した。「過去を忘れるものは片目を失い、過去に拘泥するものは両目を失う」とのロシアのことわざは有用な示唆を提供してくれる旨述べた。


軍拡競争についての問いに、チェラニー教授は、防衛は攻撃よりも容易であり、日本は中国の軍事力に数字の上で対抗する必要はないことに留意すべきであると述べた。


日本とインドの将来的な協力関係に関する質問に対して、チェラニー教授は、日・インドの二国間関係が急速に発展しており、アジアの戦略的三角関係は中国、日本、インドで構成され、日本とインドが協力すれば中国を圧倒することができると指摘した。また、武器輸出三原則の緩和により、両国は防衛装備・技術協力を含めて、新たな協力関係を模索することが可能で、今年12月予定の安倍首相のインド訪問は格好の機会であると述べた。


チェラニー教授は日本に核兵器および攻撃力ある軍備増強を提案しているのかとの問いについて、同教授は、そうした提案をしているのでは全くなく、単に安全保障の議論を進めることの意義を指摘しているにすぎないと述べた。チェラニー教授は、日本の現在の状況からすれば、核武装を模索するのは適当でなく、先端技術に注力すべきで、域外国による代理戦争を含め、アジアにおける軍事衝突は経済的損失をもたらすと指摘した。チェラニー教授は、アジアで軍事衝突が起こらぬようとの希望を表明した。


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堀本武功客員教授(左)と佐藤丙午教授(右)


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質疑応答の様子

招へいプログラム報告(ブラーマ・チェラニー教授/インド)

 「アジアオピニオンリーダー交流」事業の2015年度の第1弾として、2015年9月24日から10月3日までの9日間の日程で、インド・政策研究センターのブラーマ・チェラニー教授を招へいしました。(訪問地:東京・沖縄、京都)

 チェラニー教授のご専門はアジアの安全保障です。そこで訪問先の沖縄では、沖縄の米軍基地問題について、高良・元沖縄県副知事をはじめ、現地の研究者やジャーナリストらと交流し、沖縄の視点からみた基地問題について意見交換を行いました。その後、移設問題で揺れる普天間基地や、巨大な米空軍基地の嘉手納基地を実際に見ながら、基地のある沖縄の現実を確認されました。

 京都では、南アジアとイスラムの専門家との勉強会を、京都大学にて行いました。昨今のアフガニスタンの状況や、インド、パキスタンの抱えるテロに関する問題について、意見交換をされました。

 都内では、首相官邸をはじめ、内閣府、外務省、防衛研究所等を訪れ、昨今成立した安保関連二法等を含め、日本のこれからの安全保障についての意見交換を行いました。



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嘉手納基地前にて



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防衛研究所にて



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講演会にて



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京都大学での研究会にて



ディン・シャムスディン氏講演会 サマリー(2015年11月4日開催)
概要

笹川平和財団は「アジアオピニオンリーダー交流」事業の一環として、インドネシアよりウラマー評議会諮問委員会議長であるディン・シャムスディン博士を招へいし、「インドネシアにおけるイスラム教の課題と挑戦」と題する講演会を11月4日、当財団の国際会議場にて開催いたしました。講演会では、同志社大学の中西久枝教授がコメンテーターをつとめました。


多元的国家であるインドネシア
インドネシアは17,000もの島からなる島国であり、中国、インド、アメリカに次いで世界第4位の人口を有している国家である。宗教という点からみると、イスラムのみならず、キリスト教、ヒンドゥー教、仏教、儒教も公認の宗教として認められおり、民族的にみると、300から500の民族が存在し、それぞれ異なる言語を持っている状況にある。このような多元的な国家であるが、大多数の国民はムスリムである。人口の約88%、2億700万人がイスラム教徒であり、現在インドネシアは世界で最もイスラム教徒の多い国である。 イスラム教がインドネシアにわたってきたのは数世紀も昔の話であり、そのルートにも諸説がある。しかし重要な点は、戦争も紛争も無しに、平和裏にインドネシアに浸透したという点である。これは、インドネシアのイスラム教の性格を決定している。これを我々は、平和なイスラム、インドネシア語で、イスラム・ダマイと呼んでいるが、これが真のイスラムであると信じている。そもそもイスラムの語源は、サラーム(平和)であり、平和を推進するものに他ならない。


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ディン・シャムスディン氏



インドネシアの穏健派イスラム
インドネシアには現在17のイスラム団体が存在しており、そのうちの1つ、私が所属しているムハマディアは、1912年設立の最も古い組織である。ムハマディアの目的は、真のムスリムの社会を確立することであり、イスラム国家を作ることではない。ムハンマドが作った「ウンマ・イスラミア(イスラム・コミュニティ)」には、2つの解釈がある。1つは、このコミュニティが政治的なものであると解釈するものであり、この場合、「ウンマ・イスラミア」はまさにイスラム国家である。しかし我々ムハマディアは、このコミュニティは宗教コミュニティであり、国家ではなかったと解釈している。聖典コーランの中でも国家(ダウラ)の設立に触れている記載はない。よってムハマディアのリーダー達は、国造りに貢献してきたが、国造りは手段であって目的としていない。目的は、ムスリム社会の実現であり、真のムスリム社会とは他者と共生することである。またイスラムのような宗教は、人類のために存在するものだと考えている。よって、我々は他の宗教と協力することをためらわない。我々がもっている病院は他宗教の病院と共に、現在、母子手帳の普及に尽力している。宗教、信仰という点では意見は異なるが、人類に対する信念は共有しているからである。


イスラム過激主義とインドネシア
インドネシアにおいても、過去10年、イスラム過激主義の課題に直面している。ISの思想は、イスラムの教義に反するものであり、政治的な運動である。実際には極少数のマイノリティであるが、マスメディアが大きく取り上げることもあり、彼らの声は大きい。イスラムに限らず、宗教原理主義者や宗教過激組織には、聖典の中での一部の攻撃的な記述を、その背景を無視し、取り上げて利用している。また、非宗教的な要素として、社会的・経済的な不公正に焦点をあて、イデオロギー的な訴えを行っている。これまでほとんどのイスラム主義国家が繁栄をもたらしていないという不満に対する代替的な体制として、イスラム国家が使われているわけである。インドネシアからISに参加している人々に関しては、経済的な動機で参加している人が多いという調査結果があるが、インドネシアの最低賃金よりも高い、月150ドルの給料で、貧しい人々が、戦士ではなく、公共サービスのサーバントとして参加している。我々は、説教等を通じ、穏健派イスラムを広げようとしている。インドネシアでは、2億700万人のイスラム教徒のうち、ISの支持者は300名ぐらいしかおらず、我々の対応は成功しているのかもしれない。


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質疑応答の様子



最後に、個人的な意見であるが、これからのアジアでは、様々な国との協力が重要である。インドネシアの視点からだと、中国の昨今の台頭は、平和的な台頭であるべきであり、覇権的な力を及ぼしてはならないと考える。技術を持つ日本と、エネルギーを持つインドネシアの更なる協力が成功すれば、世界の将来に貢献できると考えている。平和的に繁栄する、公正な新しい世界秩序を将来目指していきたい。


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ディン・シャムスディン教授のご講演の後、モデレータ兼コメンテータである同志社大学大学院グローバルスタディーズ研究科の中西教授より、①シャリーア(イスラム法)に従って国家を運営するイスラム国家と、インドネシアのような多元的なムスリム国家の違い、②ISの台頭が東南アジアまで広がっている点、③政治体制に関係なく、人々が安全且つ幸せに生活していくことを保障していなければ、ISのような組織につけこまれ、貧困層をお金で釣っていく等の事態が起こる、という3点について、改めて整理された。また質疑応答の中では、経済的格差の問題、アジア諸国のムスリムとの連携という地域レベルでの取り組み、宗教間対立・宗派間対立の問題、イスラムの近代化等について、意見交換が行われた。


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中西久枝教授



招へいプログラム報告(ディン・シャムスディン博士/インドネシア)

 「アジアオピニオンリーダー交流」事業の2015年度の第2弾として、2015年10月29日から11月5日の7日間の日程でインドネシア・ウラマー評議会諮問委員会議長であるディン・シャムスディン博士を招へいしました。(訪問地:東京・広島、京都、神戸)

 ディン・シャムスディン博士は、長年にわたって世界最大級のイスラム教団体であるムハマディアの代表を務められ、インドネシア・ウラマー評議会議長としてもイスラム団体をまとめてこられた、インドネシアのイスラム指導者の一人です。訪問先の広島では、直接被爆者の方からもお話を聞くことができ、原爆の悲惨さを知るとともに平和への祈りを捧げられました。神戸では、日本最古といわれる神戸モスクを訪問、京都では、研究者と意見交換を行いました。訪問中に、日本の文化や宗教、昔ながらの知恵を数多く拝見され、イスラム教徒と日本の親和性を感じられたようで、日本への理解を深める機会にもなったようです。また、都内では、外務省、政治家の方々とインドネシアにおけるイスラムの過激派の台頭についての懸念、また新幹線建設の受注をめぐる問題についても意見交換がなされました。