事業紹介

2011年
事業

カンボジア救急救命基盤整備

事業概要
カンボジアでは度重なる災害や二輪車事故の増大等により救急救命制度の充実が望まれているが、これまで同国では、ODA等による医療施設・機器の贈与や医師・看護師の養成等の支援を中心に医療制度が整備され、救急救命に関わるプレホスピタル分野は等閑視されてきた。
 本事業は、カンボジア政府の「命を救うインフラ整備」政策の一助として、同国政府の依頼により2011年1月に当財団が実施した現地調査の結果等に基づき、特に要望の強かった(1)救急隊員等の基礎的な管理能力の向上を目的にしたワークショップの開催とOJT教育、(2)中長期的な視点で考えられる方策を具現化するための企画調整会議を行う。さらに、本事業を通じ、カンボジア政府による基本計画の策定およびプレホスピタル基盤整備を推進し、次年度以降の本格的な事業推進を目指す。
実施計画
  • プレホスピタル基盤整備(SNCTCへの委託)
    (1) ワークショップの開催とOJT教育
    a) 既存の緊急車両(救急車等)および本年度に日本財団から供与された車両を保有する機関の救急隊員等をプノンペン市に集めて、2011年11月に5日間(緊急車両の保守管理×2日、車両装備品の保守管理×3日)のワークショップを2回実施する。1回の被教育者数15名×2回(計30名)。
    b) ワークショップ終了後(2012年1月)にOJT教育を計画し、ワークショップに参加した救急隊員等の病院を巡回して、教育・訓練の成果の状況を確認すると共に、必要に応じて救急隊員等を指導する。
    (2) 企画調整会議の実施(2012年2月、於、東京)
    2月にSNCTC担当者を東京に招へいし、日本人専門家を交えて、プレホスピタル基本計画(方針、中長期目標、各年度の活動内容等)の最終調整を行う。
  • 専門家の現地派遣(2011年11月、2012年1月)
    日本人専門家を11月開催のワークショップ時に2名(国士舘大学大学院救急システム研究科・中山友紀講師、コンサルタント・五十嵐仁氏)、1月のOJT教育時に1名(五十嵐仁氏)をプノンペンに派遣する。
  • 上記活動に関わるモニタリングおよび調整を行う。(自主部分)
    11月にワークショップのモニタリングを兼ねて、当財団事業担当者がプノンペン市のSNCTCを往訪し、事業担当者との間で、プレホスピタル基本計画について協議する。
事業の背景と経緯について
●背景
カンボジアの経済は、近年、急速に成長していますが、これに伴いバイクや自動車の台数が激増し、交通事故死傷者の数も劇的に増加しています。現在、カンボジアでは、従来の自然災害や疾病にくわえて、交通事故が「交通戦争」と呼ばれるほどの大きな社会問題の一つになっています。

しかしながら、このような社会情勢の急速な変化に救急医療現場が対応できずにいます。カンボジアでは組織的な救急搬送システムがほとんど存在していないために、急病あるいは外傷が発生した場合には、自家用車やタクシーなどを使って自力で病院にたどり着くか、有料の民間救急車を使用するしかありません。

このように、カンボジアでは救急救命システムが未整備なため、救える命を救うことができない状況にあり、「命を救うインフラ整備」がカンボジアの喫緊の課題になっています。
●経緯
-カンボジア政府の要請
カンボジア政府は2009年、笹川平和財団に対し、救急救命に関する助成と事業を要請しました。これを受けて現地関係者と協議したところ、カンボジアではいまだ救急救命の実態がしっかりと把握されておらず、国家としての基本計画も存在しないということが判明しました。そこで、笹川平和財団では、まず現地の状況を直接確認し、評価するための現地調査団を派遣しました。

-現地調査の実施
現地調査は、2011年1月17日から21日までの5日間、日本人5名の専門家によって実施されました。専門家は次の方々です。
・田中 秀治 (国士舘大学体育学部スポーツ医科学科 教授)
・中原 慎二 (聖マリアンナ医科大学・予防医学教室 講師)
・中山 友紀 (国士舘大学体育学部スポーツ医科学科 講師)
・佐藤 琢紀 (独立行政法人国立国際医療研究センター病院救急科 医員)
・五十嵐 仁 (コンサルタント)

調査地域は、首都プノンペン市のほかに、交通事故が頻発している国道4号線と6号線沿いのコンポンチャム州とシアヌークビル州を対象としました。これら3つの地域に所在する14ヶ所の医療機関を訪問し、病院長などから救急医療の現状について聞き取り調査を行ったほか、救急車や医療器具などの使用状況も直接確認しました。
-現地調査の結果
現地調査から判明したことは、まず第1に、カンボジアでは救急車や医療器具の絶対数が足りないということでした。これらは、笹川平和財団の規則上、寄付できないことになっていますので、兄弟財団である日本財団がカンボジア政府に車両25台を寄贈することになりました。これらの車両は、赤色灯、無線機、人工呼吸器、心電計などが取り付けられ、現在救急車として大活躍しています。
(*詳しくは、大野・日本財団理事ブログ(2011年8月22日)をご参照ください。)

第2の点は、プレ・ホスピタル(pre-hospital)ケアの構築や人材育成のプログラムが欠けているということでした。政府開発援助(ODA)など、カンボジアに対する海外からの医療支援の大部分は、病院の建設、医療器具の提供、医師・看護師の医療能力向上のための教育・訓練などの、いわゆるイン・ホスピタル(in-hospital)分野です。しかしながら、急病、事故や災害による救急患者を救済するためには、現場から病院に搬送するまでの事前のケアこそ重要と思われます。
Before(プノンペン市に到着した日本財団の寄贈車両)
After(カンボジア国民の命を救う赤い救急車)
-現地調査報告会の開催
2011年6月、カンボジア政府に対して、現地調査の結果を報告するための会議をプノンペン市で開催しました。同会議には、カンボジア側から、保健省長官、国立・州立の病院長のほか、カンボジア軍、警察、消防など、救急医療に従事する省庁の関係者が出席しました。

報告会では、現地調査の中から、特に喫緊の問題である「カンボジアの救急搬送システム」と「患者データの収集・保存・活用」の現状と課題について報告した上で、カンボジアの現状に即した改善案を提言しました。
(*詳細な報告内容は、末尾に掲載した現地調査報告書をご参照ください。)
 ≪報告者≫
 ・五十嵐 仁「カンボジアの救急搬送システムの現状と課題」
 ・中原 慎二「患者データの収集・保存・活用に関わる現状と課題」

報告を受けたカンボジア側からは、以下に示すようなさまざまなプレ・ホスピタルの分野に対する支援の要請がありました。
・基本的な医療技術能力を有した救急隊員の育成
・車両整備や無線訓練など、救急隊員の管理能力向上を目的としたワークショップ
・カンボジアが自立できるような救急医療基盤整備事業の推進
・フォローアップを重視する中長期的な視点に立ったプログラムの計画と実行等 

現地調査報告会でのカンボジア側のニーズを踏まえて、笹川平和財団では、プレ・ホスピタル・ケアに関わる人材育成に重点を置いた事業を行うことを決定し、2011年10月から、救急隊員等の基礎的な管理能力の向上などを目的とした「カンボジア救急救命基盤整備事業」を始めました。
 
(注意)個人使用の目的で部分的に引用される場合は、許可は不要ですが、引用部を改変することなく、出典(笹川平和財団とURL)を明記してください。

全文の転載をご希望の場合は、事前に笹川平和財団 笹川汎アジア基金までご連絡下さい。
実施内容
ワークショップ開催
2011年11月1日から11日までの2週間にわたり、プノンペン市郊外において、国立・州立病院、警察、軍所属の救急隊員約50名を対象にしたワークショップを開催しました。参加者は、日本から派遣した専門家(教官)2名の指導を受けながら、熱心に技能習得に励みました。
最初の週では、緊急車両の基本的な安全走法、救急医療チーム連携による緊急車両の安全誘導、緊急車両保守管理(点検と整備)など、救急隊員として必要な基本的な知識や技能について学びました。また、講師としてカンボジア人弁護士を招き「緊急車両と道路交通法」の講義を受けて、遵法精神について勉強しました。
基本的な教育訓練を終了したのち、翌週はOJTを実施しました。参加者を3個グループに分けて、プノンペン市内の国立病院(クメール・ソビエト病院、カルメット病院、コズマック病院)に配置しました。実際の救急救命業務を通じて、ワークショップで学んだ内容を確認しました。たとえば救急車に同乗して、救急現場に向かいました。
救急車運転の基本-運行前の点検
安全誘導-教官の模範展示と学生の演練
車両点検整備-"愛車精神"の涵養
OJTの様子-日本人専門家による巡回指導
OJTの実施
2012年1月9日から13日の間、昨年11月のワークショップに参加した訓練生を対象として、教育訓練内容の理解度および救急現場での実践度を評価するためのOJTを実施しました。このOJTのために、ワークショップにご支援をいただいた中山講師と五十仁氏を派遣しました。OJTでは、日本人専門家2名が、プノンペン、シアヌークビルおよびシェムリアップなど各地の病院や警察などを巡回して、訓練生の救急隊員としてのレベルを評価判定しました。

訓練生を評価するために、安全運行に関する意識変化を確認するための自己運転評価(アンケート)の実施にくわえて、車両整備と安全走行の実技試験を行いました。実施にあたっては、各種資機材を使用して科学的に評価判定することに努めました。このため、①ドライビングレコーダー、②デジタルカメラ、③速度測定装置、④GPSロガー、⑤唾液から判断するストレスチェック器具、⑥心拍数記録装置を使いました。

①~④の機材は救急車に取り付けて、救急チームの走行中の行動を記録しました。救急患者が発生したとの想定で模擬出動を指示し、日本人専門家が同乗して安全走行の状況を観察するとともに、緊急走行(サイレンを鳴らしながら走行)の様子を記録画像から確認しました。⑤と⑥は、ドライバーの生理的な危険に対する認知と対応を科学的に評価するためのもので、緊急走行前と後のストレス度と心拍数を測定しました。ストレス度の判定は、緊急走行がどのような心理的圧迫をドライバーに与えているかを理解することを目的にしており、先進国の緊急車両運行訓練では良く使われている方法です。

OJTを通じて、ワークショップの教育訓練の内容についてはおおむね理解されていることが確認できました。また、安全走行に関する自己運転評価の結果から、ドライバーがワークショップ受講以前よりも迅速かつ安全に救急車を運転していることが明らかになりました。なお、試験中に確認された欠点については、日本人専門家より指摘し、特に危険な運転走行については注意喚起して改善を促しました。
自己運転評価の記入(アンケート調査:左)、救急車の安全誘導(実技試験:右)
ドライビングレコーダー・GPSの取り付け(左)、出動時の安全走行(実技試験:右)
唾液から判断するストレスチェック(左)、ドライバーの心拍数のチェック(右)
事業成果
カンボジア政府の「命を救うインフラ整備」政策の一助として、救急隊員および救急医療従事者の基礎的な救急医療能力を高めることを目的とした基盤整備を行う事業です。事故・事件現場において、多数の傷病者を重症度と緊急性によって分別し、治療の優先度を決定したうえで、患者に救急処置を施し病院に速やかに搬送するという「病院前救護(プレホスピタル)」に重点を置いています。
2011年11月に、緊急車両の管理および安全走行の技能向上を目的にしたワークショップを2012年1月には、ワークショップに参加した救急隊員等を対象にしたOJT教育を実施し、教育・訓練の成果の状況を確認しました。

事業実施者 笹川平和財団 国家テロ対策委員会(SNCTC)基盤保護局サービス調整部(カンボジア) 年数 1年継続事業の1年目(1/1)
形態 自主助成委託その他 事業費 3,416,846円