事業紹介

2010年
事業

296 日本語教材開発支援

事業概要
今世紀に入ってから、中国の大学の日本語学習者数が急増し、既に40万人を突破している。一方では、旧来の言語知識重視型の日本語教育を支えてきた主力教材は、大学生の自由で柔軟な発想による創造的学習と自己成長を促し、日本理解を深めるニーズに対応できない。

 

この問題を解消するために、北京日本学研究センターが中国国内の日本語教育の精鋭を組織し、日本側専門家の協力を得て、総合教程(精読)、聴解、会話、作文及び教師指導書からなる中国初の大学日本語専攻のシリーズ教材を開発する。

 

笹川日中友好基金は4年にわたり、この事業の日中の専門家による共同作業の部分を支援する。

 

具体的には、双方の専門家が毎年中国と日本で一回ずつ行う素材の収集、執筆原稿の校閲や修正を行う合同編集会議、地方大学の日本語教師による研修への指導並びに両国で開催される出版発表会に参加するための費用を支援する。
日中双方の専門家の知恵を凝縮した内容重視型の教材が、中国の大学の日本語専攻の学生に広く使用され、将来の日中協力の架け橋になる大学生の日本語能力養成に貢献すると共に、彼らの日本理解にも寄与することが期待される。
実施計画
4年継続事業の3年目は、下記の活動を実施する。

 

中国国内合同編集会議:

2010年夏、国立国語研究所、早稲田大学、御茶ノ水女子大学などの日本語教育の専門家6名が訪中し、中国側執筆者、専門家と総合教程の共同編集会議を北京と洛陽で開く。1週間の滞在期間中に、シリーズ教材の作成にかかわる原稿の検討会議や校閲などの共同作業を行う。

 

日本合同編集会議:

2011年春、北京日本学研究センター、北京外国語大学、北京師範大学、西安外国語大学などに所属する中国側教材執筆者や専門家5名が来日し、日本側専門家と総合教程の共同編集会議を開く。2週間の滞在期間中に、シリーズ教材の最終原稿の校閲や編集作業を行う。また、日本側専門家のアドバイスを受け、次年度に作成する教材の資料収集を行う。上記の共同作業を経て、総合教程の出版原稿を完成する。

 

モニター講義の実施:

中国の大学における日本語教授歴を持つ専門家の協力を得て、開発された教材を活用したモニター講義を実施し、結果を執筆者にフィードバックし、教材作成に協力する。

 

教材出版発表会:

中国の日本語教育全国大会に合わせ、教材の出版発表会を実施する。

事業実施者 北京日本学研究センター(中国) 年数 4年継続事業の3年目(3/4)
形態 自主助成委託その他 事業費 7,235,210円
事業実施の背景と概要

中国の日本語学習者をめぐる環境の変化

笹川日中友好基金は、設立の日から日本語教育関連の事業を積極的に進めてきました。150名以上の日本語講師の中国の大学への派遣支援、大学の日本語学習者の優秀者の招聘、1400名以上の中国人大学生の日本語学習者への奨学金の支給などがその例です。

このような事業を実施しているなか、21世紀に入って、中国の大学で日本語を学ぶ学生たちを取り囲む環境が大きく変わってきました。最大の変化は、日中の経済交流の活発化に起因する日本語人材に対するニーズの拡大です。
この要素に刺激されて、大学の日本語学習者の数が倍増し、2006年には40万人を突破しました。日中の国民レベルの交流の拡大は、学生たちの学習環境の改善にもプラスの影響を与え、その結果、日本語教育の主力大学で学ぶ学生たちが在学中に日本を訪ねる機会が飛躍的に増加し、これらの学生を対象とした企業、団体の奨学金の数も金額も大きく増えました。

笹川日中友好基金における日本語教育関連事業の方向修正

このような現状をうけて、笹川日中基金では、基金発足以来重視してきた日本語教育事業の支援方針に対し、二つの方向修正を行いました。一つは、今までの主力校重視の姿勢を変え、優先して支援する対象を日本との交流に恵まれない地方の大学の学習者にシフトし、彼らの日本語学習、日本理解のための条件整備を重点的に行うようにしました。

事業の一例として、例えば2009年度から、日本との交流の機会に恵まれない西北、西南地域の大学で日本語を学ぶ優秀な学生を日本に招聘し、彼らに1ヶ月間日本で研修する機会を提供する事業を立ち上げました。もう一つの方向修正は、支援対象者の範囲を広げ、できるだけ多くの学習者にインパクトを与え、彼らの学習環境の改善に寄与する事業を優先的に実施する方針を打ち出したことです。

北京日本学研究センターからの打診

そんな折、笹川日中友好基金は、2007年の夏に、中国における日本語教育研究の重要な拠点である北京日本学研究センターの副主任の曹大峰教授から相談を受けました。同センターでは、急増した全国の大学の日本語学習者たちに供する質の高い日本語教材を開発するプログラムを2007年に立ち上げました。北京日本学研究センターを拠点に、全国の日本語教育研究の専門家を集結し、日本の日本語教育の専門家たちの協力を得て、中国初の日本語シリーズ教材の作成を目指していました。製作編集作業が既にスタートし、教材の作成計画も、国の第十一回五カ年計画の教材出版プロジェクトに採用され、高等教育出版社から出版されることも決定されていました。

ただ、教材の質を上げ、正しい文法と普段日本人が使っている自然な表現を求め、内容的にも学習者の日本理解につながるものにするためには、日本人の専門家との交流と共同作業が不可欠です。しかし、中国側執筆者と日本側専門家が交流し、年に2度行う教材の合同編集会議に必要な費用は目処がついていませんでした。北京日本学研究センターでは、長年受けてきた日本の政府系基金の資金援助も急減し、新たな教材作成のための支援を得ることが難しい。こんな状況の中で、是非、日本語教育事業に積極的な姿勢を示している笹川日中友好基金の支援を得て、計画を実現したいという申し込みがありました。

遅れている日本語教材開発

曹教授から相談を受けた背景には、中国における日本語教材の開発は、日本語学習者の急増と、汎用性の高い日本語教材へのニーズの拡大に追いつかないという事情がありました。現在、各大学で一番広く使われている主力教材は、約15年前に出版されたものです。新教材を開発する目論見がでているものの、教材作成の理念が古いので、内容が古く、しかも文法中心で多文化コミュニケーション能力の養成や、日本文化への理解への配慮が不十分です。従って、新しい時代の両国の交流と相互理解に役立つ内容重視の日本語教材の作成が焦眉の急でした。

事業計画

北京日本学研究センターから提出された事業計画書は、笹川日中友好基金の日本語教育関連事業の方針に照らして検討したところ、大変興味深い内容になっていました。まず、汎用性と教材の質を確保するために、国内外の日本語教育研究の第一線で活躍する経験豊富な専門家たちの参加を目指すものになっていたことです。また、国内では、センターを拠点に、北京外国語大学、北京大学、北京第二外国語大学、北京師範大学、対外経済貿易大学、西安交通大学などの教授陣が執筆にあたり、日本では、国立国語研究所、国際交流基金日本語国際センター、早稲田大学、御茶ノ水女子大学などの専門家たちが協力する計画でした。

教材の構成も、文法の基礎を中心に教える「総合教程」全4冊に加え、ヒアリングの力をつけるための「聴解教程」4冊、「会話教程」2冊と、「作文教程」2冊と、総合的なものになっていました。また、教師用指導書および付属PPTコースウエアの制作も計画され、各種のニーズに広く対応できることをめざしていました。

さらに、この事業計画が笹川日中友好基金にとって魅力的だったのは、執筆、編集、出版など主要な作業は全部実施者及び関係部門の自助努力によって行われているところです。日本側専門家との共同作業に必要な費用だけが助成申請されていました。このような事業だったら、笹川日中友好基金のささやかの資金援助で、大きな効果を期待することができました。

事業の効果を一層高めるために、基金スタッフと助成先担当者の間で意見調整が頻繁に行われ、一部実施内容について、基金側からの提案も採用されました。例えば、中国の大学で教える経験を豊富に持つ日本人の専門家をモニター講師としてセンターに配置し、教材編集に直接参加する一方、開発された教材を実際授業の中で試用し、効果に関する情報を随時に執筆者にフィードバックするシステムの導入はその一例です。

このような切磋琢磨を通じて形成された事業案が、最終的に笹川日中友好基金の運営委員会で検討され、専門家委員たち全員の賛同を得て笹川平和財団の理事会に提出され、通過後に正式に事業化され、2008年度からスタートしました。
実施内容

2008年度の実施状況

2008年度には、まず10月17日から20日まで西安で、日本側1名と中国側10名による編集作業が行われました。つづいて、10月30日から11月3日には北京で、日本側5名と中国側執筆者ら16名による会議が、さらに翌1月9日から23日には東京で、共同編集会議が開かれました。

2009年度の実施状況

2009年度には、9月7日から13日、北京で、中国側執筆者20名と日本側専門家5名による編集会議が行われました。つづいて、9月18日から23日まで、同じく北京でさらに会議が重ねられました。またそのころ、テスト版の教科書を用いた授業も、日本から派遣された教師によって試験的に行われました。さらに、翌年1月14日から27日まで、東京で中国側執筆者5名と日本側専門家6名の編集作業が続けられました。そしてついに、3月、『総合基礎教程1』『聴解基礎過程1』『会話基礎過程1』とその教師用指導書まで出版されました。

2010年9月の出版発表会

"「総合日本語」シリーズ教材"は徐々にできつつあります。すでに2010年3月には『総合基礎教程1』『聴解基礎過程1』『会話基礎過程1』が出版されました。そこで、2010年9月25日、中国・大連で開かれていた「中国日本語教学研究会開会式」の会場で「出版発表会」をおこない、中国の日本語教育界に披露しました。
「中国日本語教学研究会」は、中国各地の大学から日本語学科の教授などが集まって、日本語教育に関わるテーマを検討する学会で、隔年で実施されています。2010年は、大連外国語学院旅順キャンパスを会場に開催されました。そのオープニングの式典の最後に30分ほど時間をいただいて、シリーズの出版発表会を行いました。
発表会では、助成先である北京日本学研究センターの徐一平センター長、天津外国語大学修鋼学長、教育部高等教育出版社李鵬義社長、笹川陽平運営委員長らが壇上に立ち、教材開発の狙いや意義、それを日本財団グループが支援する意図などについて説明しました。
さらに午後におこなわれた分科会のひとつ、「学習者中心の日本語教育をめざして―『日語専業基礎階段系列教材』開発の実践例―」では、徐一平(北京日本学研究中心)先生、 曹大峰(同)先生ら執筆陣によって、本シリーズ教材の構成や意図などが詳しく説明されました。
徐々に完成しつつある「総合日本語」シリーズ教材
事業成果
中国の大学の日本語学習者が急増していますが、新しい日本語学習法を反映し、内容的にも日本理解につながる教材の開発が遅れています。このような状況を改善するために、北京日本学研究センターが中国国内の日本語教育の精鋭を集結し、日本側専門家の協力を得て、汎用性の高い大学の日本語専攻者用の総合教材の開発を進めています。笹川日中友好基金は、この教材の開発に携わる中国人執筆者と日本人専門家の共同作業にかかわる費用を支援しています。
2010年は、中国北京と洛陽で開催された合同編集会議に参加する日本人専門家6名の参加費用と、東京で実施された合同編集会議に参加する中国人執筆者6名の参加費を支援しました。また、開発された教材を授業で試用し、効果に関する情報を随時に執筆者にフィードバックするために派遣した日本人モニター講師の派遣費用を支援しました。さらに、事業の成果を拡大するために、中国日本語教育学会の全国大会に合わせ、シリーズ教材の出版発表会と、同教材を活用した学会の分科会を開催しました。

一連の活動の結果、シリーズ教材「総合基礎教程2」及び練習帳や教師指導書、「聴解基礎教程2」及び教師指導書、「会話基礎教程2」が高等教育出版社より出版発行されたほか、「総合基礎教程3」、「基礎作文教程なども2011年4月以降順次出版される予定です。
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