オーストラリア

労働党と自由党の二大政党政治を行うオーストラリアでは、数度にわたる政権交代により紆余曲折を経ながらも環境保護に重点を置いた政策が実施されてきました。1990年代半ばには、国連海洋法条約批准に伴って一挙に拡大した排他的経済水域(EEZ)の管理義務に加え、海洋における諸活動が活発化し、縦割り的で不調和な海洋に関する管理体制を調整する社会的要請が高まりました*1。労働党のキーティング政権は、オーストラリアの領海及び排他的経済水域全域を対象に、省庁横断的な統治機構の下で生態系ベース管理を実施するための検討を始めました。1996年に政権がハワード首相率いる自由党を中心とする保守連合に移った後も、前政権の海洋政策は維持され、1998年には「オーストラリアの海洋政策(Australia's Ocean Policy)」と題された政策文書が発表されました。「オーストラリアの海洋政策」は、海洋を「保護し、理解し、賢く使う」ことを目的に掲げ、領海及びEEZの総合的管理を行うという革新的かつ意欲的なものでした。しかし、本政策が対象とする海域をめぐり、連邦政府と州政府との調整は難航したため、州管轄海域は対象から除外するという結果に至りました*2。さらに、「オーストラリアの海洋政策」は根拠法を持たない課題報告書(IssuesPaper)との位置づけであったことから、政策の実施にはあくまでも関係省庁の自発的な協力に頼らざるを得ず、幾つもの障害に見舞われることとなりました*3

こうした状況を憂慮した連邦政府は、2004年に「オーストラリアの海洋政策」の見直しを開始しました。翌2005年には、海洋の生態系管理の実施に焦点を絞り、「環境保護及び生物多様性保全法(EPBC法、1999年施行)」に基づいた「海洋生物地域計画(Marine Bioregional Planning)」*4を開始しました。同計画は、連邦政府が管轄する領海・EEZ海域を大規模海洋生態系(large marine ecosystems)*5に基づく6つの海洋地域(marine regions)*6に区分した上で、各地域の生態系の状況に最も効果的な環境保護・生物多様性保全の施策を講ずるものでした。計画策定のプロセスでは、これまで蓄積されてきた膨大な海洋や生態系に関する科学データから、課題の特定と優先順位付けを行い、海洋保護区の設置を含む管理計画づくりが進められました。その後、2007年に政権は再び労働党に移り進捗に多少の遅れを見たものの、ラッド、ギラード両政権の下で海洋生物地域計画は着実に進められました。2012年11月には、同計画に基づいた連邦海洋保護区ネットワーク(Commonwealth Marine Reserves Network)案*7が議会で承認され、「連邦海洋保護区」の設置が正式に決定されました。これにより、オーストラリア大陸を囲む海域にはおよそ99万km2にも及ぶ世界最大の海洋保護区を含め、40もの新たな海洋保護区が設置されることとなりました。結果、これまで約80万km2であった連邦海域内の海洋保護区の面積は、一気に310万km2まで拡大し、オーストラリアの海洋環境保護の取組を大きく前進させました。2013年3月には全海洋地域の10カ年管理計画が環境大臣により承認され、連邦海洋保護区は2014年7月の施行に向け、議会の最終承認を待つのみとなりました。

2013年6月、連邦議会では連邦海洋保護区の各海域の管理計画案の承認を得るため審議が行われました。代議院(下院)にて議席数で上回る野党・保守連合は、産業界や遊漁者団体に配慮し、同計画案は非科学的で経済に著しい悪影響をもたらすとして承認に反対の立場を取りました。総選挙を数カ月先に控え、労働党、保守連合ともに激しい得票工作を展開し、緑の党や無所属議員の取り込みに成功した労働党が、1票差で辛くも計画承認に漕ぎ着けるに至りました。

9月に行われた連邦議会総選挙においても、連邦海洋保護区は争点の1つとして扱われました。選挙期間中、自由党のアボット党首は保守連合として引き続き連邦海洋保護区設置に反対する立場を強調し、政権交代後は同計画を撤回すると公約しました。この発言は、大きな政治的影響力を持つとされる各遊漁団体や漁業関連団体から歓迎された一方、学術界や環境保護団体からの大きな批判を招きました。こうした批判の多くは、これまでオーストラリアが一貫して進めてきた環境保護主義に反するという意見や、元々自由党政権が積極的に進めてきた同計画を最終段階になり放棄することは無責任だといった主張です。

総選挙で圧勝した保守連合は、漁業セクターを持続可能で競争力のあるものにするという方針の下、公約に従い連邦海洋保護区の見直しに着手しました。環境省の下部組織で国立公園を管轄するパークス・オーストラリア(Parks Australia)は12月、ウェブサイト上で「連邦海洋保護区レビュー」に関する情報を公表し、新たに設けられる「生物地域諮問パネル」にて、南東海洋地域を除く全ての海域にて新たな管理計画を再策定すること*8、また諮問パネルの人選等の詳細は2014年前半に公開すること等を明らかにしました。

この他の海洋をめぐる主な出来事として、同国の海洋保護政策のシンボル的存在であるグレート・バリア・リーフにおける開発計画をめぐる論争が挙げられます。アボット政権は2013年12月にクイーンズランド州ボーウェンにある石炭搬出用港湾施設の拡張と、300万m3にも及ぶとされる浚渫土砂をグレート・バリア・リーフ世界自然遺産内に投棄することを承認しました*9。政府は、自然遺産内のサンゴ礁にこの開発による影響がないことは科学的に証明されているとしていますが、2013年7月に提出された政府の委託調査報告書は、投棄される浚渫土砂は従来考えられていたよりも遥かに遠くまで運ばれ、自然遺産内のサンゴ礁にもシルトが堆積する可能性を示唆しました。*10この決定を危惧したUNESCOは、今後グレート・バリア・リーフを「危機に晒されている世界遺産」リストに追加すべきかを検討するため、オーストラリア政府に対し、環境保護の取組に関する新たな報告書の提出を求めました*11。また、土砂が投棄される一帯には絶滅危惧種のアオウミガメやヒラタウミガメの繁殖地や、同じく絶滅が危ぶまれるジュゴンの生息地があることからも、この開発計画には環境保護団体のみならず、多くの一般市民から強い懸念が示されています*12

最後に、オーストラリアが領有権を主張する南極領土に関する動きを示します(図1)。かねてよりアボット氏は南極領土の統治強化を行う方針を示しており、選挙公約の中でも南極領土統治の拠点となるタスマニア州のインフラ整備や研究施設の拡充の必要性を唱えていました。政権交代後、政府は新設される南極・南極海研究所に2,400万豪ドルを、南極気候生態系共同研究所に2,500万豪ドルの割り当てを含む、8,700万豪ドルの公共事業を行うことを正式に決定しました*13。また、政府は「オーストラリア南極戦略20年計画(20 Year Australian Antarctic Strategic Plan)」と題される計画文書の策定に取り掛かり、専門家チームにより2014年7月を目処に発表される予定です。

図1. オーストラリアの領海と排他的経済水域(出典:ジオサイエンス・オーストラリア)

  1. *1 Alder, J. 2001. Australia's Ocean Policy: Sink or Swim? The Journal of Environment & Development:10, 266-289.
  2. *2 基線より3海里までの海域は州・準州に、3海里以遠の領海(12海里まで)は連邦政府により管轄されています。
  3. *3 Rose, G. L. 2006. Legal frameworks for integrated marine environmental management. In Paper presented at the 2006 Fullbright Symposium Maritime Governance and Security: Australia and American Perspectives. University of Tasmania, Hobart.
  4. *4 海洋生物地域計画の実施事項、背景、プロセス等の詳細については、平成22年度~24年度分の報告書内「オーストラリアにおける海洋政策の動向」をご参照ください。
  5. *5 地球上の90%を超える海洋生物資源が生息するといわれている広義の「沿岸域」を、水深、水路、生物生産力、食物連鎖の特徴により区分した生態系ユニットであり、世界の海は64のLMEに区分出来るとされます。
  6. *6 南西部、北西部、北部、温帯東部、南東部、珊瑚海の海洋地域を指します。
  7. *7 「連邦海洋保護区」は、1998年より連邦政府が取り組んでいる全国的な海洋保護区ネットワーク化(National Representative system of marine protected areas: NRSMPA)の構想に基づくものです。
  8. *8 2012年以前に設置された海洋保護区とその管理計画はこの見直し作業には含まれていません。
  9. *9 Arup, T. and Darby, A. シドニー・モーニング・ヘラルド紙(オンライン版)2014年2月1日付記事
  10. *10 環境省ウェブサイト
  11. *11 Handwerk, B.ナショナル・ジオグラフィック・デイリーニュース 2014年1月31日付記事
  12. *12 Milman, O. ガーディアン紙(オンライン版)2013年8月15日付記事
  13. *13 環境省ウェブサイト

各国の海洋政策

ページトップ