新型コロナウイルス対応関連情報 - 対談 No.4

対談『OPRIリレーメッセージ』

No.4「国際法のConformistかつReformistでもある日本に向けて」

兼原敦子氏(上智大学法学部教授)

 新型コロナウイルス感染症の影響は世界に、日本に、そして海洋にどのような変化をもたらすのでしょうか。『OPRIリレーメッセージ』は、ポストコロナ時代を見据えて海洋の問題に造詣の深い専門家の方々にお話を聞くシリーズです。
 今回は上智大学法学部教授の兼原敦子氏からお話を伺います。
(聞き手:角南篤 笹川平和財団・海洋政策研究所所長)

*この対談は2020年6月12日にオンラインで行われたものです。

角南:海洋政策研究所(OPRI)では、ポストコロナ時代を見据え、海洋政策について専門家の方々と共に考えていきたいという趣旨でOPRIリレーメッセージを実施しています。今回は、国際法学者として著名な兼原先生に御願いさせて頂きました。本日はよろしく御願いします。
 今回の新型コロナウイルス感染症を受けた対応を見ていると、日本の海洋分野における情報発信力は他の分野と比べて弱いと思う面があります。そこで最近、OPRIとしても情報発信力向上に貢献したいと考えて、情報発信ツールの作成や、オピニオンリーダーの方々とのリレー形式の対談などを開始しました。今回もその対談の一環となるのですが、今後の世界について皆で考える契機にしたいと考えております。新型コロナウイルス感染症を受けた今後の世界において日本がどのように取り組むべきか、先生のお考えを伺うことは出来ないでしょうか。

兼原:今回のコロナウイルス感染症に対する日本の対応を見ていて、この事例は、海洋政策に限らず国際法について、日本がどのような姿勢を持つべきか、改めて考えさせられる事例となりました。
 たとえば、国会の議論では、公海の旗国主義について頻繁にとりあげられていました。それも重要な問題でしたが、もっと事態に即してとるべき方針というか、よって立つべき原則があったように思います。
 そもそも感染者が乗船しているダイヤモンド・プリンセス号が日本の領域に入り内水である横浜港に停泊しており、感染が拡大する可能性が十分にある時、大きな原則として日本がとるべきスタンスは2つあったと考えます。ひとつは、日本は主権国家として自国の領域と国民を護るための措置をとる権利があるということです。もうひとつは、領域や内水内にある感染源からの感染を、他国や世界に拡げない義務が、日本にはあるということです。この2つは、世界のどの国も反対できない原則であり、日本は、念頭に置いておく必要があったと思います。そうした原則を根本にすえますと、今次の日本の対応や行われていた議論については、次のような印象をもちました。
 もちろん海洋法の中心である国連海洋法条約をできる限り適用して国際法を遵守することは、日本がなすべき当然のことであったと思います。ただ、もっと積極的に出るべきであったし、積極であるべきと考える点もあります。スペイン風邪のパンデミックがあって以来約100年が経過しており、人間の寿命からすれば一生に一度という、そんな稀有な経験について、国連海洋法条約が万全な規律をしているわけがない、ということについての積極的な姿勢を、日本は示すべきであったし、示すべきであると思います。
 たとえば、ダイヤモンド・プリンセス号は、領海から港 (内水) に入り、必要に応じて接続水域に出たり入ったりしていましたが、そのたびに海域ごとの国連海洋法条約の規制を適用していたら、実効的で継続した、かつ、一貫した感染症対策はとれないのです。その後、日本以外にも類似の事例がありましたが、日本は、その例を経験した数少ない沿岸国のひとつとして、はたして国連海洋法条約に何が足りないのか、どこを修正すべきか、その修正でも対応できない場合、パンデミックに対応するどのような海洋法の創造が必要かについて、説得力を持って発信できる立場であったしそういう立場であると思うのです。幸いにしてダイヤモンド・プリンセス号の事態は既に収束しましたが、今後、長期的な海洋政策を考える場合に、国内の海洋政策を考えると同時に、世界に向けてリーダーシップをとるような海洋政策を実施していくべきと考えます。

角南:まさにその通りと思います。国際法において日本の情報発信力が問われていますね。

兼原:ダイヤモンド・プリンセス号の事例について、今述べたようなことを考えたきっかけについて、お話させていただきます。それは、国際法の法主体である主権国家は、二重の側面を備えなければならないということです。二重の側面とは、法の遵守者 (conformist) としての側面と、法の変革者 (reformist) であり創造者であるという側面です。
 昨年、大学で法学部ではない学部生に向けて「国際社会と法」という講義をしました。また、外務省で力を入れている1年目の外交官 (国際法を大学等で履修していない方もいる) に向けた研修のなかで、数年ほど前まで10年間「国際法の基本構造」という授業をさせて頂きました。それらの機会にも紹介しているのですが、日本の国際法への対応について、今申し上げた、国際法主体の二重の側面という観点から、歴史的な経緯も交えて話をさせて頂きたいと思います。
 江戸時代の末期に、武力の威嚇で開国を迫られ不平等条約を結ばされたとき、日本は誠実に、西洋的な国際法を受け入れました。日本の国際法を受け入れる努力は素晴らしかったと思います。Conformistですね。ところがほぼ同時期に、岩倉使節団が欧米へ出向き、ドイツ統一を果たしたビスマルクやモルトケと会ってその言葉に感銘を受けたようです。端的に言うと「大国は国際法を遵守しない、利益があるときだけ守る。国際法を遵守するのは小国だ」という言葉ですが、明治政府の重鎮たちの頭に残ったようです。これが、その後の日本の富国強兵策への邁進の背景の一つとなりました。
 日露戦争で勝利をおさめたことでスイッチが切り替わりました。第一次世界大戦の勝利後には、国際連盟の脱退や、アジア諸国との不平等条約締結、戦争拡大という形で進んでしまいました。そして、第二次世界大戦敗戦後、日本国憲法が策定され、前文の平和主義や9条、そして98条の国際法の誠実な遵守などが定められました。その際に、日本は江戸末期と同様にただただ受動的に国際法を守る国 (Conformist) であり続けるのか、それに加えて積極的に国際法を作っていく国 (Reformist) となるのか、必ずしも十分に考えられていなかったように思われます。
 この点、1975年に京都大学の著名な国際法学者であった太寿堂鼎先生が米国国際法学会の年次大会に招かれて報告された記録では、「日本は、かつて国際法を誠実に遵守しようとした江戸末期と同じでよいのか。これからの日本は、遵守とともに、積極的に国際法をつくっていく立場にたたなければならない」と述べられております。当時において、Conformistとしてだけではなく、国際社会におけるReformistとしての日本の役割が論じられており感銘を受けました。今回のダイヤモンド・プリンセス号の件でも、日本は、国連海洋法条約を誠実に遵守しようとしましたが、同時に、世界で未曾有の経験をした国として、既存の海洋法がパンデミックという異常事態において非常に限定的にしか働かないことを経験したのであるならば、既存の条約等を踏まえつつ、海洋法はどうあるべきかを説得力をもって発信できる立場にあります。日本は、国際法主体である主権国家として、Conformistの側面だけではなく、Reformistの側面を活かすべき経験をしたといえます。
 日本は、パンデミックを海洋法で受け止めた貴重な経験をした沿岸国として、国際法について見解やそれを支える情報を発信するべきであり、その資格があると考えます。

角南:今回のコロナウイルス感染症は、日本が国際法において、より積極的に発信する契機になる可能性がありますね。先生は、昨年度の総合海洋政策本部参与会議において国連持続可能な開発目標 (SDGs) の海洋の目標であるSDG14に関するスタディグループの主査をされておられますが、SDGsへの取組みが今回の感染症を受けてどのような影響を受けるかについて、御考えを伺うことは出来ますでしょうか。

兼原:先ほどと同様のことがSDGsにも言えるように思います。すなわち、SDGsはよく言えば煌びやかな文言が並んでいますが、一方で、多くの項目に重複があり相互関連性が曖昧な面もあると思うのです。抽象的で柔軟であるので、具体的にどうするべきか分からないと放り出すこともできますが、逆に言えば、主権国家にとってはチャンスといえます。つまり、日本からSGDsを実施するための方策についてのビジョンを示し、具体的に解釈したことや実施したことを発信していくことができると思います。今回のコロナウイルス感染症によってSDGsの達成が遅れると言われていることも事実です。けれども、具体的な施策や措置が特定されていないのであれば、その遵守如何を議論することは容易ではありません。むしろ、コロナの影響を受けた (受けている) 世界において、SDGsがどのような政策や措置によって実現できるかについて、出来ることを進めて、日本からそれらを発信していくことも重要だと思います。そのように考えることが、生産的ではないかとも考えます。

角南:本日はConformistやReformistといった国際法における主体性のことなど、OPRIにとって示唆に富むお話をいただき有難うございました。以前、福島原子力発電所の事故を検証していくため、国会に事故調査委員会をつくるという話があり、黒川清先生と一緒に取り組んだことがありましたが、今回も、そのような取組みが非常に重要であると思えます。日本の国際社会における立場を再考する上でも、重要な局面であると考えさせられました。国際法・海洋法の観点からどのように発信していけるか、OPRIでも考え、進めていきたいと思います。


兼原敦子氏: 立教大学法学部教授等を経て、現在、上智大学法学部教授。IMO国際海事法研究所の執行理事や、総合海洋政策本部参与や公益財団法人笹川平和財団評議員なども務める。


(海洋政策研究所 情報発信課 角田智彦)


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