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オーシャンニュースレター

第523号(2022.05.20発行)

道東海域における赤潮発生メカニズムと考えうる防除対策

[KEYWORDS]海洋熱波/カレニア・セリフォルミス/粘土散布
北海道大学大学院水産科学研究院准教授◆山口 篤

2021年秋に道東海域にて渦鞭毛藻カレニア・セリフォルミスの大規模な赤潮が発生した。
赤潮発生メカニズムとして、例年より1〜3℃高い高水温の水温躍層発達条件下で、表層の栄養塩が枯渇した際に、運動能力を持つカレニア・セリフォルミスが夜間に下層で栄養塩を取得、昼間に表層で光合成を行い優占し、そこに栄養塩が供給されたことが考えられた。
防除対策として、赤潮を衛星により検出し、粘土散布を行うことが考えられる。

道東赤潮の原因藻

JAXAの衛星データによる2021年10月9日時点の道東沖における植物プランクトン濃度。親潮の優占する道東海域にて赤潮が見られることが分かる。

2021年秋季に北海道の道東沿岸域で発生した「道東赤潮」は、サケ定置網内でのサケの斃死や、エゾバフンウニの大量死を引き起こし、サケの被害は27,900尾、ウニの被害は2,800トン、漁業被害は令和4年2月28日現在で81.9億円になると報告されている。この道東赤潮の原因藻類が、渦鞭毛藻類のカレニア・セリフォルミス(Karenia selliformis、以下セリフォルミス)である。日本ではこれまでカレニア属による赤潮は、瀬戸内海や九州を中心とした、カレニア・ミキモトイ(K. mikimotoi、以下ミキモトイ)による被害が報告されている。ミキモトイの北海道における出現は、道南の函館湾にて報告されており、日本海を北上する対馬暖流水により輸送されたものと考えられている。一方、2021年の道東赤潮原因藻のセリフォルミスは、2004年にニュージーランド南島沿岸から発見記載された種で、これまでメキシコ湾、カナダ、ニュージーランド、オーストラリア、地中海、チュニジア、クウェートにおける赤潮形成が報告されている。これらミキモトイとセリフォルミスは、汎世界的な分布を示すとされている。
西部北太平洋におけるセリフォルミスによる赤潮は、2020年秋にカムチャッカ半島東岸にて起こったことが報告されている。同海域における赤潮発生条件として、例年に比べて6℃以上高かった水温が挙げられている。今回の2021年の道東海域にても、「海洋熱波」と呼ばれるような、平年より3℃以上高い水温条件が7月中旬~8月中旬にかけて見られたことが報告されている。
道東海域ではこれまで、1972、1983、85、86年において赤潮が発生したことが報告されている。赤潮の発生期間は年によっても異なるが、秋季の9月~11月、原因藻類は渦鞭毛藻類、とくにギムノディニウム(Gymnodinium)属と報告されており、被害としてサケの定置網での漁獲量の低下が報告されている。注目されるのは、これら道東海域で赤潮が起こったときは常に、「水温が例年に比べて高い」という記述があることである。1972年は前年より水温が3〜4℃高く、1983年は平年より1〜2℃高く、それ以外の年も通常の水温より1〜2℃高かったと報告されている。

道東赤潮の発生メカニズム

道東赤潮の原因藻カレニア・セリフォルミスの顕微鏡写真。赤色スケールバーは10µm。2本の鞭毛を有し、活発な運動能力を持つ。

カレニア属は元々ギムノディニウム属に含まれ、2本の鞭毛による運動能力を持つ。その移動能力は高く、ミキモトイは1日あたり水深20m規模の日周鉛直移動を行い、その移動速度は時速2.2 mに達し、カレニア・ブレビス(K. brevis、以下ブレビス)の移動速度は時速1mとされている。セリフォルミスも顕微鏡下の観察にて、極めて高い運動能力を持つことが確認されている。セリフォルミスの細胞サイズは、ミキモトイやブレビスの倍程度も大きく、その日周鉛直移動能力は高いことが予想される。
海水の比重は高水温かつ低塩分条件で軽い。このことは、「例年より海面が高水温」で低塩分の親潮域では水温躍層が強固に発達する、つまり上層の比重のより軽い水と下層の比重の重い水との間で混合がより起こりにくくなることを意味している。水温躍層が発達すると、躍層以浅の栄養塩は枯渇し、移動能力を持たない植物プランクトンの増殖は困難になる。一方、移動能力を持つ渦鞭毛藻のカレニア属は、昼間は表層に分布し光合成をし、夜間は躍層以深に潜り栄養塩を補給する「日周鉛直移動」を行うことができる。例年より高水温が続き、躍層の発達した1972、1983、85、86年は、これら運動能力の高い渦鞭毛藻類のみが増殖できる状態が長く続き、種組成が単純になったところに、降雨により河川流量が増加し、沿岸域に栄養塩が供給され、その単一種が大増殖し赤潮を形成する、「降雨型赤潮」と説明されている。ただ降雨型赤潮とは言っても、その要因は、高水温により水温躍層が発達した環境下で、移動能力を有する渦鞭毛藻類のみが増えて、単純な種組成になり、セリフォルミスなど、鉛直移動能力のある渦鞭毛藻類の種が優占する水塊が存在していたことにある。つまり、高水温で躍層の発達した水塊内で渦鞭毛藻類が優占種となることが、道東海域における赤潮の発生条件であると言える。
2021年の道東赤潮の場合は、衛星の海表面クロロフィルのモニタリングにより、セリフォルミスの優占した水塊のクロロフィル濃度上昇は、8月下旬に始まったことが明らかになっている。カレニア属はその補助色素組成から、衛星データに基づく検出が可能なことが、瀬戸内海やアイルランド南岸のミキモトイ、フロリダ半島西岸におけるブレビスについて報告されている。これら衛星データを用いたアルゴリズムから、道東においてもセリフォルミスを検出することは可能であると考えられる。

考えうる赤潮防除対策

赤潮の防除法として、活性粘土の散布がある。この粘土散布による赤潮生物の除去は、2022年に発表された米国ウッズホール海洋研究所の有害有毒藻類の報告書においても、赤潮の被害低減策として、唯一挙げられている対策である。水中にて粘土粒子は、赤潮細胞を含む他の粒子と凝集して沈む。この凝集過程は、汚染物質を除去するための、飲料水および汚水処理で一般的に使用されており、フロリダ半島西岸沖におけるブレビスの防除にも用いられている。
粘土散布は水深が浅い場合には底生生物への影響が懸念され、日本の例えば水深の浅い瀬戸内海などでは、海底耕耘や藻場造成などの対策があり、必ずしも一番に挙げられる防除法では無いが、今回のセリフォルミスの赤潮の起こった道東海域には、外洋として定義される水深200mを超える海域もある。もちろん今後詳細なシミュレーションが必要であるが、水深が深い海域であれば、粘土凝集塊の沈降過程における拡散効果も大きく、底生生物への影響も小さいことが期待される。このように、水深の浅い瀬戸内海に比べて、道東沖は粘土散布を行う条件は整っているといえる。ただ、活性粘土は高額であるため、費用対効果という点や、今回のように地理的に広範囲な海域に、どのように効果的に粘土散布を行いうるかという方法論については、今後の検討が必要であるといえる。
これらのことを考慮すると、道東赤潮の効果的な防除策として、セリフォルミスが優占し高密度になった水塊を、衛星データの補助色素アルゴリズムにより検出し、これらセリフォルミスが優占する水塊が接岸する前に、粘土散布などを中心とした、何らかの防除対策を行うことが重要であると考えられる。(了)

  1. Woods Hole Oceanographic Institution (2022) Harmful algal blooms: Understanding the threat and the actions being taken to address it., A 2022 Special Report from Woods Hole Oceanographic Institution, 16 pp.
    https://www.whoi.edu/who-we-are/about-us/brochures-publications/special-reports/

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