Ocean Newsletter

オーシャンニュースレター

第516号(2022.02.05発行)

気候変動対策と海洋保全

[KEYWORDS] 気候変動/カーボンニュートラル/海面上昇
NPO法人 気候ネットワーク理◆平田仁子

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が新しい報告書を発表し、このままでは世界全体で極端現象がさらに拡大し、2300年までには海面上昇が3〜7メートルに及ぶなどと予測した。
気温上昇を1.5°Cにとどめることは、海洋への影響の観点からも極めて重要である。最新の科学的知見からは、今後10年の間に大幅な排出を削減するために大胆な行動に着手する必要性が浮かび上がってくる。

地球温暖化と気候変動

地球温暖化の問題が政治や政策課題として取り上げられるようになってから、30年余の月日がたつ。この度ノーベル物理学賞を受賞された真鍋淑郎先生は、それよりもさらに約20年も前に二酸化炭素(CO2)による気候への影響を解明する気候モデルの先駆的研究を行っておられた。そこまでさかのぼるなら、半世紀にわたって気候変動が深刻になるという警鐘が発信され続けてきたとも言える。
しかし、世界のCO2排出量は今もなお上昇傾向を続けている。事態は悪化の一途をたどっており(図)、この長く指摘され続けてきた問題に、人類が十分に向き合ってきたとは言いがたい。その結果、気候変動は、取り返しのつかない規模に影響が広がり、人間社会を崩壊させかねない脅威となって私たちに襲いかかる様相を帯びている。

■図 世界の二酸化炭素の排出量(化石燃料起源のみ)

気候の危機の警告に耳を傾けるとき

2021年8月、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が、気候変動の自然科学的根拠について、第6次評価報告書第1作業部会報告書を発表した。数年に1度発表されるこの報告書は、世界中の約14,000に上る既出論文を評価し知見を集大成したもので、気候変動に関する最も信頼のおける最新の科学的知見を提供している。
報告書からの基本メッセージは、「地球は温暖化しており、その被害は世界中で起こっている。このままではさらに気温が上昇し、深刻な被害を招く」というものであり、特段の目新しさはない。しかし、その内容は、より精緻に、またより鮮烈になっている。重要な知見を 5つ列記する。
(1)気候変動は人間活動が原因だ。疑う余地はない。─自然科学的要因を排し、要因は人間だと明確に断言した。
(2)気候変動は世界中で極端現象を引き起こしている。─地球の気温は1850年の工業化以降1.09°C上昇しており、熱波や大雨、干ばつなどの影響を世界各地で引き起こしている。
(3)温室効果ガス排出量に応じて、今後も気温はさらに上昇する。─どのようなシナリオをとろうと、今世紀中に1.5°C以上の気温上昇を招く。
(4)今後、様々な極端現象が気温上昇に関連して拡大する。─気温上昇が、1.5°C、2°C、3°C、4°Cと高くなればなるほど、熱波や大雨、干ばつなどの被害がそれぞれ数倍、数十倍に拡大する。その影響には、海洋熱波や海面上昇も含まれる。
(5)気温上昇を1.5°Cに抑制するために排出できるCO2量は、ほんのわずかしか残っていない。─気温上昇は、CO2の累積の排出量に応じて上昇するため、1.5°Cの気温上昇にとどめるには、今後排出できる残余CO2量は3,000〜4,000億トン(67〜83%の確率)である。毎年世界で約400億トンを排出している状況を続ければ約10年でその量を使い尽くし、2030年頃には1.5°Cの気温上昇を招いてしまう。
以上から明らかなことは、対策はとにかく急務であり、1.5°Cに気温上昇を抑制しようとするなら、2030年までに世界全体で極めて大胆な削減が必要である、ということである。6度目となるこの科学の警告に私たちがどう向き合うのかが、今、改めて問われている。

海洋への影響を考える

海は大きく広く深い。大気中で増えていくCO2をゆっくりと取り込んでいくため、その影響は、陸上よりも緩やかに、しかし、長い間に及ぶ。2019年9月にIPCCから発表された、気候変動と海や雪氷圏に関する科学的知見をとりまとめた『海洋・雪氷圏特別報告書』によれば、世界全体の海洋が地球温暖化によって蓄えられた熱の9割を取り込んでおり、海の温暖化のスピードは1993年以降2倍に加速し、特定の場所で異常な高温に見舞われる海洋熱波が起こる頻度は1982年から2倍に増加している。また、氷河の融解や南極やグリーンランドの氷床の消失が進むことにより、2100年までに最大1.1メートルの海面上昇が起こると推測されている。これらの海の温暖化は、海洋資源の減少、それに伴う漁業などへの深刻な影響、台風の大型化や高潮などによる沿岸域の被害など、広範な形で悪影響をもたらしてゆき、今後それが拡大していく。
さらに今回の第6次評価報告書は、海面上昇は長期間にわたって進行するため、気温上昇を1.5〜2°Cと低く抑えた場合でも、2300年には最大3メートル、気温が4°C近く上昇するなら、最大7メートルの海面上昇を引き起こすことも予測した。氷の融解や海面上昇は何世紀にも渡って不可逆的で、気温上昇が安定化したとしても止めることが難しいのである。3メートルであれ7メートルであれ、それほどの海面上昇が起これば、日本を含む世界の海岸の多くや沿岸域の生活圏・経済圏は飲み込まれてしまう。CO2の排出を削減し気温上昇を1.5〜2°Cに抑えることは、世界地図を大きく書き換えるような海面上昇や、海の生態系や沿岸域の被害などに深刻な被害を招かないためにも、重要なのである。

1.5°Cの気温上昇抑制のために求められる大胆な転換

今日の対策は全く不十分であり、このままでは2〜3°Cの気温上昇を招きかねない。1.5°Cに抑制するチャンスは閉ざされつつあるが、今、大胆な転換を推し進めれば、まだ実現可能性はある。この緊急性を改めて捉え直し、さらに大胆な行動へと踏み出さなければ、チャンスは完全に失われるだろう。日本の場合、気候変動の主要因は、エネルギーの9割を化石燃料に依存していることである。なかでも最大の排出要因は、石炭火力発電である。次いで車の利用である。つまり、大幅削減を進めるには、身の回りの省エネに取り組むだけでは事足りず、排出を引き起こす社会経済構造そのものを転換し、いかに短期間で大幅削減を導けるのかを考えねばならない。
「できる範囲で」「とりあえずできることから」、「政府に対応してもらうしかない」、「現状を変えるのは難しい」─そういう意識が、これまでの行動の幅を狭めてきた面はないだろうか。化石燃料から脱却することは、文明社会の歴史を塗り替える大仕事であり困難に思える。しかし、IPCCは、もう来るところまで来てしまった、行動するしかない、と私たちに問うている。ここまで科学が断定的に危機を伝えているのに、これ以上見過ごす選択肢などあるだろうか。今こそ、陸上・海洋のすべての命をつなぐために、人類の生存がかかるこの挑戦に皆が本気で挑むときだろう。(了)

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