Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第511号(2021.11.20発行)

海上交通管制の変遷と今後の展開

[KEYWORDS]Vessel Traffic Service(VTS)/海上保安庁/IMO決議
海上保安大学校海上警察学講座助教◆鮫島拓也

2021年12月にIMOの新決議が発表され、新たなVTS(Vessel Traffic Service)ガイドラインが示される。
新決議は従来の内容を大きく変更するものであり、今まさに船舶の交通安全を守る海上交通管制の転換期に差し掛かっている。
本稿では、VTSがどのように認識または定義されるに至ったのかその変遷を辿り、今後展開されるガイドラインの主な変更内容について紹介する。

海上交通管制の起源

船舶交通に関してVTS(Vessel Traffic Service:船舶通航支援等業務)という概念が登場する以前は、その安全確保については船長に責任が委ねられ、必要に応じて水先人がこれを補佐していた。その後、第二次世界大戦以降の急速な経済成長に伴い、船舶交通量が大幅に増え、港湾部における海難事故が度々起こるようになった。ヨーロッパにおいては、干満差が大きく、なおかつ霧が発生しやすい自然環境があるため、これら条件が揃ったときに船舶が一気に港湾部に押し寄せ、交通量が著しく増加することによる事故が頻発していた。この状況を改善すべく第二次世界大戦中に発達したレーダーを水先人の乗船場所(パイロットステーション)に設置して、霧の中でもVHF無線通信で水先人を自船に誘導できる仕組みが考案された。
このレーダー、VHF無線機を基幹とし、航海者やパイロットに情報を与える海上交通管制システムは、夜間においても船舶を監視できる画期的なものであった。1948年にマン島(英)のダグラスで、初めてこのシステムが利用されたとされる。その後1950年代までにヨーロッパの主要な港(テムズ、エルベ、ロッテルダム)やアメリカのカリフォルニア州ロングビーチにおいて、レーダーとVHF無線機を併用した海上交通管制システムが整備された。1960年代には、ヨーロッパ・北米の各港に設置、日本においても1970年代には本格的な導入が開始され(1977年東京湾海上交通センター設置)、この海上交通管制システムは、VTSとして世界的に認識されるようになった。

統一基準としてのVTSガイドライン

このようなハードウェアの変容に伴い、ソフトウェアの整備も進められた。1985年IMO(国際海事機関)決議A.578(14)において初めてVTSのガイドラインが示され、狭い水路、交通量の多い地域、危険物がある地域、港や領海に近づく際に船舶が陸上に報告する必要性などが強調された。また、船舶の航行と操縦に関する決定は船長に委ねられていることが明記された。その後1997年に、IMO決議A.857(20)によってVTSガイドラインが改訂され、従来の内容についてより広範で具体的な規定がなされた。また、VTSに関する技術的基準と、VTSセンターで働く職員の雇用手続き、必要な資格、訓練について初めて言及した2つの附属書(ANNEX)が追加された。附属書1においては主に用語の定義、附属書2ではVTSの一般的考慮事項が規定されている。またIMO決議A.857(20)では、決議自体のガイドラインを補完するものとして、1993年にIALA(国際航路標識協会)が作成したVTSマニュアルおよび1994年に採択されたIMO決議MSC.43(64)「船舶通報システム(SRS)のガイドラインと基準」が盛り込まれた。今日のVTS業務の運用に関しては、これらIMO 決議A.857(20)およびそれを補完するガイドラインに基づいている。

変容する海事分野への対応

2020年1月15日〜24日に開催されたIMO第7回航行安全・無線通信・捜索救助小委員会(NCSR)の様子。同委員会で、1997年(決議A.857(20))に採択されたVTSガイドラインの改訂についての最終的な決定・承認がなされた。
(出典:IMO https://www.flickr.com/photos/imo-un/49389015867/in/album-72157712678233831/

1997年のIMO決議A.857(20)によるVTSガイドライン改定から20年以上が経過し、海事分野もその様相が大きく変化した。VTS業務においては無線とレーダーという基本ツールに加え、自動識別装置(AIS)が新たなVTSのツールとして定義された。また、情報通信技術の飛躍的な成長に伴い、海事分野でも船舶運航の情報化を進めるe-Navigationという概念も生まれ、無人運航船の実用化も目前に迫っている。これら海事分野の変容は、各国におけるVTS業務の運用に差異をもたらし、異なる地域間を移動する際、船長の意思決定に混乱を招く恐れがある。このような懸念が多くのIMO加盟国政府から示されたことを受け、2018年からIALAを中心としてVTSガイドラインの改訂作業が進められており、2021年12月にはIMO新決議が発表される予定となっている。
改訂の対象となる主な点について、まず附属書1の用語の定義の意義や記述表現が変更される。"a Competent Authority"は、政府によって船舶交通サービスに法的責任を負わされた機関であることが強調される。また、"VTS authority"は"VTS provider"に変更され、政府または主務官庁によって船舶交通サービスの提供のために法的権限を与えられた組織または団体を意味することとなった。さらに、"VTS operator"が"VTS personnel"に変更され、"VTS personnel"として機能を有するには実行すべきタスクに応じてではなく、保有する資格に応じて決定されることとなり、研修や訓練がより重要視されるようになった。
最も重要な変更点の一つは、附属書2(一般的考慮事項)に規定されているVTSが提供する3種類のサービス区分の削除である。情報提供業務(INS; The information service)、航行支援業務(NAS; The navigational assistance service)、通航編成業務(TOS; The trafficorganization service)は、VTSと船舶との相互作用の程度を区別するために使用されていたが、これらVTSサービスの区別は受け手側である船員には十分には認識されておらず、また、専門家の間でも3種類のサービスの解釈や実際の使用について共通の理解が得られていないのが現状であった。そのためこれら3種類のサービス区分がなくなり、VTSが提供するのは海上情報、船舶交通の監視、管理、組織化および航行援助からなる1つのサービスであることが強調されることとなっている。新決議においてはVTS実施主体や技術的水準が明確化され、VTSの役割についての共通認識をより得やすい内容となっていることが窺える。

今後の展開に向けて

日本におけるVTS業務に関しては、海上保安庁、なかでも海上交通センターが担当している。現在は、海上交通の要衝となっている東京湾・伊勢湾・瀬戸内海・関門海峡の海域に対し7つの海上交通センターを設置し、24時間体制で船舶交通の整流に努めている。最近では、東日本大震災を契機とした海上交通管制の一元化、さらに運用管制官の研修過程も新設され、日本において海上交通管制の新たな姿が確立されようとしている。今後、新決議が採択されることにより、さらなる体制整備を求められることになるであろう。VTSの世界的な認識がどのように変貌するのか、またその時、船舶交通にどのような影響があるのか今後の展開に注目していきたい。(了)

  1. 八木一夫著「東京湾における海上交通管制の一元化」Ocean Newsletter第435号(2018.09.20発行)を参照ください。
    https://www.spf.org/opri/newsletter/435_1.html

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