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オーシャンニュースレター

第499号(2021.05.20発行)

大型測量船「平洋」および「光洋」の就役─海洋調査体制の強化の現状

[KEYWORDS]海洋権益/海洋調査/測量船
海上保安庁海洋情報部企画課長◆髙坂久夫

2020年1月、海上保安庁に大型測量船「平洋」が、2021年3月に同型の大型測量船「光洋」が就役した。
ここでは、約20年ぶりとなる大型測量船の就役に至る背景や、最新の観測機器を搭載したこれら新型測量船をはじめとして、拡充された海上保安庁の海洋調査体制の強化の現状について紹介する。

測量船を活用した業務の概要や測量船整備に至る背景

■図 東シナ海における中国・韓国による大陸棚延長申請図

海上保安庁海洋情報部の測量船は、航海安全、海洋環境の保全、防災、海洋権益の確保といった様々な目的のために、わが国周辺海域において海洋調査に従事している。
このうち、海洋権益を確保するため、海洋情報部では、1983(昭和58)年から2008(平成20)年まで大陸棚延長のための海洋調査を実施し、わが国大陸棚延長に向けた取り組みに貢献してきた。
そのような中、中国および韓国は、東シナ海における境界画定は東シナ海の特性を踏まえるべきであり、沖縄トラフで大陸性地殻が切れると主張し、2012(平成24)年12月に、大陸棚限界委員会に対し、沖縄トラフまでを自国の大陸棚とする大陸棚延長申請を行った。
大陸棚限界委員会では当該申請の審査順が到来しても、現在のところ、審査の実施は想定されていないが、中国および韓国は海洋調査体制を強化しており、わが国としても科学的調査データを収集・整備しておく必要がある。
この現状を踏まえ、2016(平成28)年12月に開催された「海上保安体制強化に関する関係閣僚会議」において「海上保安体制強化に関する方針」が決定され、海洋情報部ではこの方針に基づき、他国による大陸棚延長申請や中間線を越えた海洋境界の主張に対し、わが国の立場を適切に主張していくため、「平洋」および「光洋」の建造を中心とする海洋調査体制の強化を進めることとなった。
なお、「平洋」および「光洋」の建造の他、相対国との海洋境界の基線となる低潮線調査に必要となるため、海上保安庁初の「測量機(あおばずく:第二管区海上保安本部所属)」やAOV(自律型海洋観測装置)の整備を進めた他、拡充された海洋調査体制の運用を最適化するため、海洋情報部企画課の測量船管理室を拡張し、測量船、測量機およびAOVの運用を24時間体制で実施する海洋調査運用室を2020(令和2)年4月に設置した。

測量船そのものの性能や搭載している観測機器の概要

新たに整備された測量船「平洋」および「光洋」は、ともに高精度かつ広範囲の水路測量を実施するため、基本的性能として、精密測量機器への影響を極小化するための騒音・振動の防止、低速長時間航行能力、定点保持能力を有した設計となっている。
具体的には、発電機4基+電気推進の採用、発電機原動機の防音・防振対策の強化、観測・居住区域と騒音源の分離配置および海上保安庁の測量船として初めてとなるアジマス推進※1を採用している。
観測機器については、船艇自体への装備として両船ともに浅海用、中深海用、深海用の3種類の周波数やビーム角の異なるマルチビーム測深機を搭載しており、最大深度約11,000メートルまでの水深を明らかにすることができる(世界の海の最深部は、マリアナ海溝にあり、10,920メートルであるため当該測深機で世界中あらゆる海域の測量が可能であるといえる。)ほか、超音波を利用して調査海域における海流等の流向・流速を測定する多層音波流速計および海底下表層の地質構造を調査する表層探査装置を装備している。
搭載機器については、「平洋」は、海底地形調査に優れた機器を搭載しているのに対し、「光洋」は、海底地質調査に優れた機器を搭載している。具体的な各船搭載機器の対比を表1に示す。
また、それぞれの船名は、一般公募による多数の船名候補の中で応募数が多かったものから命名したものであり、「平洋」は「海洋調査を通じて、平和な海、平穏な海を目指していく」、「光洋」は「光り輝く海、まだ十分に解明されていないその海に光を当てて、海洋調査を進め明らかにしていく」という思いが込められている。船体には、「平洋」は石井啓一前国土交通大臣から、「光洋」は赤羽一嘉国土交通大臣から頂いた揮毫が船名として刻まれている。
なお、既存の大型測量船「昭洋」および「拓洋」についても、東シナ海における調査を実施し、海洋権益の確保に資する基盤的情報の整備を急ぐ必要があることから、高性能な調査機器を搭載する等の整備を行った。

「平洋」(左、2020年1月就役、4,000トン)と「光洋」(右、2021年3月就役、4,000トン)

今後の期待や展望

わが国周辺海域を巡る状況は、一層厳しさを増しており、2016(平成28)年の「海上保安体制強化に関する方針」に基づき、海上保安庁一丸となって、巡視船・測量船・航空機の整備など、体制強化を着実に推進することが必要である。
海洋調査体制の強化における中核である、「平洋」や「光洋」は、これまでに紹介した最新技術を用いた装備を駆使して、日本海や東シナ海等において海底地形や地質に関する調査等に従事し、長期にわたってわが国の海洋権益の確保において重要な役割を担っていくことになる。
さらに、調査によって得られた情報は、今後の海洋利用や防災等の基盤情報としての活用も期待できる。過去には、沖縄県久米島沖において、測量船が煙突状の地形を多数発見し、これがきっかけとなって金属含有率が高い高品位な熱水鉱床の発見につながった※2
なお、本年は、1871(明治4)年に海洋情報部の前身である「水路局」が設置され、わが国が単独で、近代的技術をもって海洋調査から海図作製までを一貫して行う本格的な水路業務を開始してから150年の節目の年にあたる。
長い年月の中で、様々な最新の海洋技術を取り入れることで水路業務の具体は大きく変化したが、海洋調査の推進と海洋情報の整備は、船舶交通安全のみならず、わが国の海洋権益の確保のために欠かすことができない。今後も海上保安業務の大きな柱として重点的に取り組んでいきたい。(了)

  1. ※1アジマス推進器は船の推進装置の一種で、舵とスクリューが一体となっており、360°任意の方向に推進力を向けることが可能な推進装置である。なお、1980〜1990年代に就役した「昭洋」・「拓洋」はプロペラ推進である。
  2. ※2測量船が発見した煙突状の地形の先端からは湧出物を示す記録や水温の急激な上昇も観測され、熱水を噴出しているチムニー群であることがわかった。その後の(独)石油天然ガス・金属鉱物資源機構の調査により大規模で高品位の熱水鉱床であることが確認された(愛称「ごんどうサイト」)。

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