Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第495号(2021.03.20発行)

帆船ダンマルク号の航海訓練

[KEYWORDS]ダンマルク号/一般船員養成カリキュラム/ハンモック生活
東京海洋大学海洋工学部学生◆鶴巻碧衣

デンマークの帆船ダンマルク号での乗船実習に参加した約3か月間の航海体験を報告する。
部員の国際資格であるOSの養成訓練ならではのプログラムが多々あって、興味深かった。
大人数が同じ部屋で、ハンモックで寝起きする生活により、協調性やコミュニケーション能力が養われた。
帆船という伝統を引き継ぎながらも、英語教育を始めとして、海運業界の現状に即した学習環境となっていた。

帆船ダンマルク号での乗船実習

ダンマルク号での乗船実習に参加した実習生の集合写真

デンマークの海事訓練機関MARTECの帆船ダンマルク号での乗船実習に参加する機会に恵まれ、約3か月間の航海を体験しました(2020年7月6日~10月11日)。当初は東京オリンピックの開催に合わせて、ダンマルク号が東京に寄港する企画の一環として、東京海洋大学と神戸大学の学生に向けて、特別招待の募集がありました。東京海洋大学で航海士の資格を取るために勉強しており、練習船での実習は既に経験がありましたが、ダンマルク号では実習生は大半をデンマーク人が占める中、全てのプログラムを英語で行うという点に魅力を感じたため、応募を決意しました。当プログラムは、OS(Ordinary Seaman、普通船員)の資格取得のためのものでした。日本では部員として働くのに資格が必要ないのと対照的に、デンマークでは基本的にOSとしての勤務履歴が無いと、AB(Able Bodied Seaman、熟練船員)や船舶職員になるための教育を受けられないそうです。
2020年の航海は新型コロナウイルス感染拡大防止のために、乗船期間が通例の5か月から短縮されました。同様に東京寄港の計画も変更され、バルト海や北海を中心に航海しました。
乗船前の約1か月の陸上実習では、溶接など金属加工の基本を実践し、また産業保健や保安についての座学を受けました。座学の時間は、特に労働災害や業務上疾病の種類や予防法などについて丸4日もかけて行われ、労働環境についてヨーロッパの関心の高さを窺えたように思います。また、外部の消防学校での火災訓練講習も受けました。

帆船実習

■ダンマルク号

乗船中の実習は「クオーター」(実習生全80人を20人ずつに分けた班)別に行われました。青、緑、黄、赤の「船内曜日」とでもいうべき4日スケジュールがあり、例えば第一クオーターが赤の日は第二クオーターが黄、翌日はその逆、といった風に4日で全員が同じプログラムを受ける仕組みです。クオーターはさらに10人ずつの「メス」という小班に分かれ、それが食事のテーブルや各種アクティビティの基本単位となっていました。
乗船開始から一週間は、「Know Your Ship」と題されたオリエンテーション期間でした。この期間は、船は岸壁に係留したままで、実習生は非常時の訓練をしたり、船内の救命具について習ったり等、緊急事態への備えが中心となっていました。清掃指導やマスト登り指導、索具(デッキ上の各種ロープ)講座などもこの期間に行われます。
いよいよ出港してからは、航泊を問わず4日サイクルに従ったプログラムが始まりました。赤の日と緑の日は授業、青の日はメンテナンス、黄の日は一方のメスがデイマンと呼ばれる厨房の手伝いを担当し、もう一方のメスが日中の航海当直を担当しました。講義の内容はおおよそ日本で学んだことと同じでしたが、OS養成プログラムならではのロープ加工やラッシング(貨物や物品の固縛)のワークショップなどは新鮮で面白かったです。
OS訓練ならではという点では、やはりデイマンの仕事が特徴的でした。デイマンの日は、朝5時20分に起こされてシャワーを浴び、二人一組で各配置に入ります。担当はローテーションになっており、例えば厨房で食事を作る日や、一日中皿洗いをする日などがありました。業務用の食器洗浄機と広い作業台が確保されているとはいえ、帆船特有の傾きと激しい揺れのために、皿や鍋など全てが片側に滑っていく環境では、単なる皿洗いといえども決して楽な仕事ではありませんでした。
夜の航海当直も変則的な割り振りでした。18時から翌朝6時の間の当直を、緑と青の日に4時間ずつ、赤と黄の日に2時間ずつ割り振られています。日によって食事の時間が1時間ほど違ったために、どの日も最低6時間連続で睡眠をとることができました。当直中は、航海士の補佐役1人と、甲板手補佐・見張り・操舵当番・機関室当直の4人ローテーションの他は、セイル担当としてデッキ上でロープを引き、またマストに登って作業しました。大自然を肌で感じられる環境だったので、緯度や海域、季節の変化を毎夜のように発見できて面白かったです。

ハンモックから学んだこと

船室内に吊るされたハンモック

船内生活を語る上で欠かせないのがハンモックです。実習生80人は、二つの教室に分かれて毎晩自分のハンモックを吊るします。ハンモックを吊るしたり畳んで縛ったりするときに基本的なロープワークを練習できるので、「Everything comes down to a hammock(全てはハンモックに帰着する)」と言うクルーもいました。乗船してすぐ、毎朝ハンモックの縛り方を確認するテストが行われたことが、チームワークを学ぶ最初の洗礼だったと思います。一人ひとりのハンモックが、揺さぶってもほどけない強さで縛れているかまで確認されます。三日連続で合格するまで、同じメスの全員が再テストされるために、自分は、「助けが必要なら声を上げなくてはならない」「事前に仲間内で確認とやり直しを済ませた方が全員のためになる」といった点に気付くことができました。
ハンモックテストが終わってからも、コミュニケーション能力が試される場面はやはりハンモックの周りでよく発生しました。例えば夕食後の自由時間は、遊びたい人もいれば早めに就寝したい人もいます。キャプテンにより定期的に開かれた班ミーティングでは、睡眠を取りたい人を優先する方針や、遊びたい人への代案などが話し合われました。こういった積み重ねにより、「問題が起きても自分たちで解決する」という精神が養われたと思います。
日本のように礼儀作法に厳しくないどころか、クルーやキャプテンまで役職名ではなく下の名前で呼び合う距離感の近さに最初は驚きましたが、船内規律に従ったり、与えられた仕事をやり遂げたりすることを学ぶのに、このようなアプローチもあったのかと興味深かったです。帆船という伝統技術の継承と、国際化の進む海運業界の最前線に人材を供給するという使命の両方を達成していたのが、練習船ダンマルク号でした。(了)

  1. 商船の乗組員は航海士、機関士などの職員と、甲板員、事務員などの部員に大別される。OSは部員の国際資格である。

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