Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第493号(2021.02.20発行)

海洋研究・開発への自治体の貢献 〜平塚海洋エネルギー研究会の取り組み事例から〜

[KEYWORDS]海洋再生可能エネルギー/制度的企業家/自治体
平塚市産業振興部産業振興課主査、東海大学総合社会科学研究所研究員◆堂谷 拓

気候変動への具体的なアクションとして、また地方創生のために平塚市が東京大学生産技術研究所および市内外の企業と共に取り組んでいる平塚海洋エネルギー研究会を紹介する。
次に、この取り組みを通じて見えてきた、海における研究開発政策の現状と課題について整理した上で、新制度派組織論の「制度的企業家」の理論で見た自治体の貢献の可能性について述べる。

平塚での波力発電研究開発の経緯

神奈川県の中央、相模湾に面する平塚市は、戦時中、海軍の火薬廠(かやくしょう)が標的となり焼け野原となったが、その跡地に多くの製造業が集積し、輸送用機械器具製造業、化学工業を中心に発展してきた。JR平塚駅前の商店街は戦後の復興祭として湘南ひらつか七夕祭りを始め、全国から来場者を集めている。農業、漁業の歴史は古く、東海道五十三次の宿場町として、徳川家康の鷹狩の際には、地場産品が振舞われていたという。この平塚沖に、2007年、(国研)防災科学技術研究所より東京大学が取得した総合実験タワーがある。平塚市と東京大学の関係は、このときから始まった。
タワーの管理責任者である東京大学生産技術研究所の林昌奎教授から、平塚新港で波力発電の実験をできないかとお声掛けいただき、(国研)新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の公募事業等を中心に検討を進めた矢先に2011年の東日本大震災が起こった。平塚での実験は棚上げとなったが、林教授のグループは文部科学省の東北復興プロジェクトに採択され、岩手県久慈市で波力発電(2012年〜2016年)を、宮城県塩釜市で潮流発電の実証実験をすることとなった。2016年に設置された久慈波力発電所は日本初の電力系統に接続した波力発電所である。津波被害からの復興のシンボルでもあり、実海域での耐久性に主眼が置かれたプロトタイプ(原型)である。プロジェクト採択から設置までに4年半の期間を要した。その間、平塚ではプロトタイプの次の段階であるデモンストレーションとなる改良型の実験を目指した検討はされていたが、再度、本格的な検討が始まったのは2015年であった。

平塚海洋エネルギー研究会の発足とその展開

産学公連携による研究開発プロジェクトは、プロトタイプ、デモンストレーション、プレコマーシャルの3つの段階をシームレスに進むのが理想的である。各段階で間が空いてしまうと、各組織の人事異動や経営方針の転換等、様々な要因によって頓挫することがある。2015年はデモンストレーションへのつなぎとして重要な節目を迎えており、平塚市はこの機会を地方創生のチャンスと捉えた。デモンストレーション段階に市内産業の参画を促し、海洋再生可能エネルギーという新しい産業創出を目指すべく、内閣府の地方創生加速化交付金および地方創生推進交付金に応募し採択された。この資金をベースに、東京大学生産技術研究所、市内外の企業、平塚市漁業協同組合、平塚商工会議所等の参画を経て、平塚海洋エネルギー研究会を2016年に発足した。目標は、3年以内に平塚新港での波力発電の実験の目処を立て、市内企業の仕事を増やすこと、また、未知の分野であるため、研究会の将来的な組織化と人材育成とした。
平塚海洋エネルギー研究会は、地元漁協の理解を得ながら波力発電所の実現可能性調査、概略設計、水槽実験、一般向けの講習会等を実施し、目標通り、2018年に環境省のCO2排出削減対策技術強化誘導型実証事業に東京大学生産技術研究所を代表とするグループが採択されたことで、平塚波力発電所の実証事業を実現した。この間、東京大学の他の研究室と市内企業の共同研究等がいくつもの外部資金を得て実現することができた。これらの実績から平塚市では、知的対流推進事業を立ち上げ、様々な大学や企業からの提案を産業振興課が受け、市内の企業や団体等と調整する他、自治体が参画することで獲得できる各省庁の補助事業等を紹介している。平塚で実証中の波力発電の取り組みは、2020年度に環境省の脱炭素・資源循環「まち・暮らし創生」FS委託業務に(株)エイブルを代表とするグループが採択され、着実にプレコマーシャルへと進んでいる。

平塚波力発電所(反射波を活用した油圧シリンダ鉛直配置式波力発電装置、定格出力45kW(波高1.5m)、エネルギー変換効率50%目標)2020年2月より、ひらつかタマ三郎漁港(平塚新港)南防波堤前面海域にて運用開始。防波堤からアクセス桟橋を利用して往来可能。

研究開発を促進する「制度的企業家」としての自治体

研究開発の3段階を進めていく上での課題を整理すると、事業の予算枠および期間の短さ、実行する機関の継続性と人材育成となる。NEDO、経産省、環境省、文科省、自治体の研究開発支援メニューはそれぞれの目的に合わせて設計されているが、長期的かつ多額の予算を必要とするプロジェクトには、様々な制約がある。特に、海での研究開発は荒天待機などもあり、実証を通じた耐久性等の確認に多くの時間とコストを要する。研究者はメニュー毎の特性を考慮しながら応募するが、基礎研究から商用化までには、自身の研究グループの維持や知的財産のマネジメント、研究以外の事務処理等、莫大な業務をマネジメントする必要がある。成功する研究者は経営者としての役割も担っているのである。
研究者を経営者として見た時、自治体が研究開発に果たせる役割が見えてくる。経営学の分野に新制度派組織論の「制度的企業家」という視座がある。ある組織の動きを分析する際に、変化が起こった背景について制度(人の動きを方向付けているきまりや慣習、常識など)を参照することで、その理解を助けるものである。平塚海洋エネルギー研究会はこの視座に基づく、自治体の企業家的行動と捉えることもできる。
予算の制約はあるものの、新しい産業の活性化を目指す平塚市は、同じく予算はないが地球温暖化の緩和を目指している東京大学の波力発電の話を聞き、双方が抱えている課題と制度(環境問題)を照らし合わせ、現状を変革する動機を得た。すなわち、波力発電という研究開発段階の事業に参画することで、新しい産業の芽を育てることを企図した。次に、資金を動員すべく、東京大学と大手協力企業の社会的正統性と自治体という認知的正統性、環境問題への技術的挑戦と新産業創出という規範的行動を前面に押し出し、地方創生関係の交付金に採択された。
平塚海洋エネルギー研究会という新たなアクター間ネットワークを構築することで、波力発電以外の企業間の取引も生み出されている。大型プロジェクトへの応募の前に、自治体が準備段階で協力することのメリットは計り知れない。久慈波力発電所では4年半かかったが、平塚波力発電所は採択から1年半で設置ができた。準備段階で2年半の検討および地元との調整ができたこと、地元企業の協力によって様々なトラブル対応ができたことが大きい。ここで培った関係は、メンテナンスでも発揮されている。工期短縮によって、海域実証期間も長く取れている。
平塚市では、産業振興計画に「知」の集積と活用を図る目標を掲げ、海での研究開発の知見を広めている。これからも海と科学技術に関心の高い方々と共にイノベーションを起こしていきたい。(了)

  1. 【参考】平塚海洋エネルギー研究会 http://www.city.hiratsuka.kanagawa.jp/sangyo/page-c_01629.html
    平塚沖総合実験タワープログラム https://www.oa.u-tokyo.ac.jp/program/hiratsuka.html

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