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オーシャンニュースレター

第487号(2020.11.20発行)

令和を進む北里大学海洋生命科学部─東日本大震災からの展開

[KEYWORDS]ミニ水族館「北里アクアリウムラボ」/三陸臨海教育研究センター/三陸の海産無脊椎動物
北里大学副学長・海洋生命科学部教授◆高橋明義

太平洋に面していた北里大学海洋生命科学部は、東日本大震災により相模原への移転を余儀なくされた。
しばらく避難生活を送っていたが、翌年から、相模原に新たに建築された新校舎で教育・研究活動を再開した。
学生が運営するミニ水族館「北里アクアリウムラボ」が特色ある教育の要となっている。
三陸でも新たな共同研究教育施設を活かして地域の素材を活用する、研究を基軸とした地域交流が活発である。

ミニ水族館「北里アクアリウムラボ」

2011年3月、海洋生命科学部は岩手県大船渡市にある三陸キャンパスでの新たな教育・研究の展開をめざした新規事業の準備をほぼ整えていた。それは文部科学省プロジェクト「大学生の就業力育成支援事業」に採択された、「海洋生物の調和的利用に優れた職業人の育成」を軸とするものであり、4月からの本格的な運用が目前に迫っていた。事業の一つはミニ水族館「北里アクアリウムラボ」(通称“ラボ”)※1。順調だった準備は、3月11日に発生した東日本大震災により、やむなく停止した。
校舎が損壊し、学生アパートの多くも被災したため三陸キャンパスでの活動は不可能となった。2011年初夏には神奈川県相模原キャンパスでの新校舎建築が決まった。しかし新校舎の使用開始は翌2012年9月。それまでの期間は、相模原キャンパスで空き家になっていた3階建ての旧食堂棟を間借した。狭いところに学生・教職員が全員仮住まいし、日々の活動が精一杯であったところに、いつの間にか魚が泳ぐ水槽が置かれはじめた。ラボのオープンは2011年7月。学生による主体的な企画、立案、運営を特徴としている。旧食堂棟の1階では学生企画展、2、3階では深海生物やクラゲ、フジツボなど、本学部で研究されている生き物が展示された。同プロジェクトで購入し、大地震でも無傷だった3メートル水槽も大船渡から相模原に無事到着。現在は、新校舎に設けられたミニ水族館エリアでの展示の主役になっている。
同プロジェクトは2013年3月に終了したが、ラボは今でも続いている。学部が力を入れているのは当然であるが、時には学長助成金なども投入されている。ラボは、本学部が1996年に始めた学芸員コースにおいて実習を超えて実務を体験できる、世界的にも稀有な施設となった。同コースの修了者数は毎年12~45名である。水族館等への就職者は、震災以前はゼロの年もあったが、以後は毎年順調に採用されている。大震災を乗り越えた証左でもある。
そもそも大学は教養の場として社会に開かれているべきである。ラボはこれにも貢献している。学外の方が訪れるキャンパス散策の目的地でもあり、夏休みには小学生が学習にやってくるなど、地域交流の要ともなっている。

三陸での研究継続と地域連携

三陸キャンパス近くでの磯採集

大震災当時の三陸キャンパスには主な建物が7棟あった。地震の被害が大きかった3棟は2015年までに解体した。被害をほとんど受けなかったマリンホールと学生実習棟は、改修し教育・研究に使用している。そこに、本学部附属の共同研究教育施設として三陸臨海教育研究センター(SERC)※2が2014年4月に設置された。SERCは相模原の学部機能を補完するものとなった。一方で微生物の機能や成分の研究に係わる本学の感染制御機構・釜石研究所のスタッフも、震災による閉所を受けて研究資産を携えて参加したことから、学部全体としての研究資源が拡大した。
SERCは地域水産業の期待も担っており、行政機関を含む26機関からなる「いわて海洋研究コンソーシアム」※3に参加している。そこでの主な研究を4件紹介する。一つ目は水産物や農作物の加工残滓を利用した「バイオマス飼料の開発」であり、魚介類への応用を目指す。二つ目は「水産微生物の基礎・応用研究」であり、油脂生産やその利用技術の開発やサケ・マスの種苗生産と微生物との関連を調べている。三つ目は夏季に需要が低下する“どんこ”(標準和名:チゴダラ。旧名エゾイソアイナメ)を原料として有効利用を図る「低・未利用魚の練り製品化」である。2019年の8月には「どんこ揚げ蒲鉾」が試験販売された。そして四つ目は三陸を代表する海藻の一つであるマツモの知名度上昇をめざした「マツモの陸上養殖技術開発」である。いずれも地域に密着した研究である。
上記の研究活動に示されるように地域連携活動はSERCの大きな柱であるため、連携促進のための地域連携部門も置いている。ここが中心となり、2019年には研究と密接した「三陸特産ドンコで蒲鉾を作ろう!」と題する講座が近隣の中学生を対象に行なわれ、全校生徒がスクールバスで訪れた。岩手県主催の「いわて水産アカデミー」等、他機関の行事も受け入れている。今後、SERCの需要が高まることが予想される。

三陸での教育

『三陸の海産無脊椎動物』表紙 https://www.kitasato-u.ac.jp/mb/serc/download/annual_report_2018_02.pdf

夏の「臨海生物学実習」は2年次生の科目であり、本学部教育の特色を表す。宿泊設備のあるSERC1号館に100名を超える学生が順番に泊まり込んで行う、人気の実習である。プログラムを構成するのは「ホタテガイ養殖施設見学」「ホタテガイ養殖ロープ観察」「プランクトン採集」「釣り実習」「磯採集実習」などである。すべての実習プログラムが三陸キャンパス周辺の皆様の支援を受けており、地域交流の重要な一翼でもある。参加学生は地域の方々と共に、生き生きと実習に勤しんでいる。
磯採集の後には生き物の観察が行われる。ここで必要とされるのは当地の生物相を網羅した図鑑である。これに対応するために本学部の教員が結集し、三陸地方に住む無脊椎動物全般を取りあげた、総頁数201頁の手頃な資料『三陸の海産無脊椎動物』を編纂した。非売品ではあるが手元に置いておきたいと評判の一冊であり、好評を博しているため出版が計画されている。
相模原での教員の多くは「三陸人」であり、大震災以後も継続してフィールドワークなどを行っている。実習での教育活動に加えて、サンプリングなどでも学生を帯同して相模原と三陸を往来し、大学院教育や卒業論文指導に邁進している。
「北里アクアリウムラボ」「三陸臨海教育研究センター」は、これらをキーワードとして簡単にWEB検索できる。後者ではSERCを空撮した現在の姿を見ることもできる。また、SERCの活動は『年報/ 三陸臨海教育研究センター』で閲覧可能となっている。本稿で紹介しきれない特色ある活動を是非ご覧頂きたい。(了)

  1. ※1北里アクアリウムラボ ~北里大学海洋生命科学部ミニ水族館~ https://www.kitasato-u.ac.jp/mb/Aquarium/index.html
  2. ※2三陸臨海海洋研究センター https://www.kitasato-u.ac.jp/mb/serc/index.html
  3. ※3道田 豊「いわて海洋研究コンソーシアム」 Ocean Newsletter第232号(2010.04.05) https://www.spf.org/opri/newsletter/232_2.html も参照ください。

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