Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第473号(2020.04.20発行)

水没するアジア巨大都市ジャカルタ

[KEYWORDS]環境難民/気候変動/メディアの役割
環境ジャーナリスト◆竹田有里

インドネシアの首都ジャカルタでは、年間の降水量は減少しているものの異常豪雨が増え、河川の氾濫発生回数が増えているという。
世界一早く水没する都市とまで言われ、様々な要因による災害の危機を抱えている。
都市の水没はジャカルタだけの問題ではない。
気候変動の影響によって河川の氾濫や海面上昇は世界中の大都市で今後起こりうるとの指摘もある。
ジャカルタからのレポートをお届けしたい。

巨大都市ジャカルタのスラム街に迫る氾濫

西ジャワ州ボゴール県からジャカルタ湾に注ぐ都市河川であるチリウン川沿いのバラック

気候変動の影響によって生活を奪われてしまった人たち“環境難民”(国連ではなく番組での定義)を追いかけるドキュメンタリー番組を制作している。今回の舞台は、反発や戸惑いの声も飛び交う首都移転で注目が集まるインドネシア。15年後には3億人を突破する勢いのこの地では昨今、気候変動の影響が顕著と言われ、このまま温暖化が進めば、アジア太平洋地域で最も洪水被害が発生し、国内だけで590 万人が被害を受けると試算されている。さらに首都・ジャカルタは、都市水害に加えて、世界一早く水没する都市とまで言われ、様々な要因による災害の危機を抱えている。取材陣は、圏域人口が3千万人を超える首都・ジャカルタへと飛び立った。
そこは超高層ビルや外資系ホテル、高級デパートなどがひしめき合い、人々の熱気と活気で溢れかえっている。取材に行こうにも渋滞が酷すぎて(その分ロケ車の排ガスを撒き散らしていることもあり)、カメラや三脚を肩に担いで、現場に乗り込むことも多々あった。肩に湿布を貼りながら、「政治・経済の中心としてジャカルタに掛かる負担は大きい」というジョコ大統領の言い分に大きく頷いてしまった。そんな経済発展が著しい一方で、インドネシアはアジア最速で貧富の差が拡大しているとも言われている。
インドネシア技術評価応用庁の環境システムモデラーのDr. Yus Budiyonoの案内で、一本路地裏に入ると、チリウン川沿いに、脆弱で不衛生な“スラム”が広がっていた。ゴミで川を埋め立て1日1ドル以下で生活する低所得者たちの“バラック”(川上の人々が川に捨てたゴミや上流から流れ着いた丸太を使った手製の“建築”)が所狭しと、軒を連ねていた。Dr. Yusによると、気候変動の影響で年間の降水量は減少しているものの異常豪雨が増え、チリウン川の氾濫発生回数が増えたという。
実際、訪れた日もスラム街は氾濫していて、胸まで浸かってしまうほど浸水していた。ネズミ、ゴキブリの死骸のほか、排泄物が私の横を流れた。体にかゆみが出たのもいうまでもないだろう……。しかし子どもたちは水浴びの回数が増えて嬉しいとケラケラと笑いながら顔を水につけて泳いでいた! 大人たちは平然とした顔で水に浸かりながらランチを楽しんでいたのだ!
その不衛生で危険なスラムは、徐々に州政府の街整備による強制立ち退きで減らされているものの、州政府が提示する移住先の安アパートの家賃は、彼らには到底払えない。なにせ、家の前を流れる川のゴミ拾いで小銭稼ぎをして生計を立てているからだ。Dr. Yusによると、元々ジャカルタは、チリウン川の上流の山間部の降雨によって豊富な水脈が作られ、地下水が提供されている。気候モデルのなかには、2030年から2050年までに総年間降水量が減少するという予測もあるが、130年間の統計では、降水量が5%増え、さらに過去50年間においては異常豪雨が1%増えていて、今後もその確率が上昇すると指摘する。

水没する北ジャカルタの港町ムアラルンケ

毎日、満潮時には浸水をする

結局、行き場所を失った彼らが行き着いたところは、北ジャカルタであった。だが、またしてもそこは今まで以上に劣悪な環境の“スラム”だった。
港町のムアラルンケでは毎日魚や貝が水揚げされ、市場で競りが行われている。エイやサメを天日干しにし、粉砕にして家畜の飼料にしている(臭いが強烈!)。地元の漁師によると、昨今、工業化が著しく、工場排水による海の汚染で漁獲高が激減しているという。売れる魚はほとんどなく、安価な家畜の飼料生産に切り替える漁師が増え、収入が大幅に減ったという。
ムアラルンケでは、海面上昇や地盤沈下による水没が1日1回ある。満潮時に向かって、じわじわと軒先から海水が染み出し、満潮時には、室内のベッドやテーブルが水没する。バンドン工科大学のDr. Heri Andreas は、いまだに続く個人や企業による違法な地下水の汲み上げによる地盤沈下と地球温暖化による世界的な海水面の上昇が要因だと指摘する。
2025年までに北ジャカルタの75%以上が、水没。2050年までに北ジャカルタの95%以上が、水没すると試算している。
ジャワ島(ジャカルタを有する島)では年間6ミリ海面上昇し、年間20センチが地盤沈下する。2007年にはモンスーン豪雨で水位が33センチまで上がり、被害額は約550億ドルに達した。インドネシア政府が首都をジャカルタから移転する理由には、世界最悪とも言われる交通渋滞のほか、この水没の危機という差し迫った事情もあるのだ。Dr.Heriはジャカルタだけでなくスマトラ島などの国内、さらには東京やニューヨークなど世界中の大都市で今後起こりうると警鐘を鳴らした。

メディアの挑戦

ジャカルタ市街

気候変動の影響は遠い国の話ではない。IPCCが2018年に発表した『1.5℃特別報告書』では、あと20年ほどで1.5℃上昇に達し、東京の低地を始め、全国の沿岸地域では冠水し、今後3割近くの人たちが家を失うことになる恐れがある。さらに2019年に日本列島を襲った10月の台風19号について、気象庁は初めて「気候変動の影響である」と明言した。大勢の命を奪うスーパー台風級の風水害は今後も起こり続けるだろう。ジャカルタの人々の惨事は決して他人事ではない。
2019年12月にスペインで行われたCOP25は、ブルーCOPとも呼ばれ、多くのサイドイベントで海洋にフォーカスを当て海洋保護や海洋科学などについての取り組みが議論された。持続可能な生活をするためには、化石燃料を使用しないヨットに乗るといった原始的な生活の提言よりも、待った無しの気候変動対策に、早急に政府は科学者によるイノベーションに積極的に支援をすべきではなかろうか。
われわれメディアは、環境問題に取り組むことが当たり前のことで、いかに衣食住の生活の一部に取り入れるかを伝えるために、いつも頭を悩ませている。思い返せば「タバコはかっこいい」という時代から、様々なメディアを通して、いつの間にかそんな常識は過去の産物となった。同様に、「気候変動の影響は遠い国の話、自分が生きる時代は大したことないだろう、環境対策は金がかかる」といった常識や“正常性バイアス”を覆す“心理戦”にどう勝つか、喫緊の課題としてもっと真剣にメディアは受け止めるべきではないだろうか。(了)

  1. フジテレビ「環境クライシス」 https://www.fujitv.co.jp/kankyocrisis/index.html

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