Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第456号(2019.08.05発行)

臨海臨湖実験所の研究と教育の現状と今後

[KEYWORDS]共同利用拠点/臨海Hack/環境DNA
岡山大学理学部附属牛窓臨海実験所長・教授、ユネスコチェア副チェアホルダー、全国臨海臨湖実験所長会議長◆坂本竜哉

生物学における海産生物の研究の重要性が認識され、約20の臨海・臨湖実験所がわが国の大学理学系に付設されている。
多様なフィールドの基礎的な研究教育の中心となり、ほとんどが共同利用拠点に認定されている。
一方、SDG14実現等のため、海洋生物学と関連する全分野の連携が緊急に求められている。
連携の将来像として、臨海Hackをフォーカスする。

これまで:共同利用拠点化

海産動物の研究が生物学にきわめて重要であることが認識され、1886(明治19)年に帝国大学(東京大学)附属の臨海実験所が神奈川県三崎町に設置された。これは世界で二番目の施設ともされる。これを契機に、臨海臨湖実験所が、多くの大学理学系に付設されている。現在では、臨海実験所・センターが19 施設、臨湖実験所・センターが3 施設、全国に存在し、海洋ならびに陸水生物学の基礎的な教育研究の最前線として大きな役割を演じている。多様な海洋区分、内湾環境に立地する大きな財産といえる。生物採集・調査のための機動力のある小型・中型船、地の利を活かした飼育設備、メインキャンパスと同等の最先端機器等により、極めて多様な研究・実践教育の成果をあげている。ナショナルバイオリソースプロジェクトや、新学術領域研究「先端バイオイメージング支援」事業の一翼も担っている所もある。また、宿泊施設を活かし、国内外との共同研究教育も進めている。
個々の事業への評価は高い。その結果、3カ所が全国共同利用・共同研究拠点に、15カ所が教育関係共同利用拠点である。後者は、練習船、水産実験所等の中で、最多のカテゴリーであり、大学間連携における臨海実験所の重要性を示している。さらに、市民や高校、産業界や、水産試験場、海上保安庁、水族館、漁協など地域の行政、海洋関連施設と密接な関係を持ち、地域にも貢献している。

そして:ネットワーク連携へ

2015 年9月の国連の持続可能な開発サミットでSDGsが採択され、2030 年までに持続可能な世界を実現するための17の目標が定められた。SDG14では、海洋資源を保全し持続的に利用することを目標に掲げている。その一環として、ユネスコ政府間海洋学委員会(UNESCO-IOC)は、2021 年から2030 年を「持続可能な海洋科学のための10年」と定め、海洋を特別に重要な柱とすることを世界に周知している。海洋はひとつに繫がっている。環境、生物多様性、資源、産業といった関連する緊急の課題も多い。海洋生態系の観測・分析などはグローバル(地球規模、海洋生物学を含め全ての分野包括的)な協同で進める必要がある。それに向けて、各国は海洋科学の推進を強調し、観測強化などの予算措置を次々と発表している。欧米では臨海施設のネットワーク化による海洋生物研究の体系化も進んでいる。
その中にあって、わが国の臨海実験所では、所長会議が、施設の活動状況を相互に情報交換するためには重要な役割を果たしている。さらに、その共同研究を推進する組織として、マリンバイオ共同推進機構(JAMBIO、http://jambio.jp)が、水産実験所ともネットワークを形成しようとしている。その沿岸生物合同研究調査は、Tara 号を擁するフランスのTara財団がTara Japanを開設するにあたり連携を打診されている。JAMBIOは、UNESCO-IOCにも認知され、最近では世界海洋生物学実験所機構や欧米の臨海実験施設のネットワークとの連携が注目されている。海洋情報の収集と海洋科学の統合的推進など、世界から大きく期待されている。
しかし、温暖化、環境汚染、食糧資源の枯渇等の山積する課題に世界が展開している共同研究への大規模な参画は少ない。マクロからミクロなど連関する研究の体制強化と統合を図り、世界に伍するのは必須である。一方で大学予算の漸減は、体制維持すら難しく、海洋生物の研究が危機にある。

臨海Hack:海洋生物モニタリングのためのネットワーク構築へ

ネットワーク化の新展開として、いくつかの臨海実験所や国立遺伝学研究所の若手等の有志が、海洋生物学をはじめとした動植物学と情報学の垣根を超えた研究教育と交流を進めることを目的に、臨海Hack(Rinkai Hackathon)を立ち上げた。臨海実験所の潜在能力を活かした研究のあり方を提供しようとしているのである。複数の臨海実験所が協同する公開臨海実習の実績から、大学院生やポスドクの教育を主眼におきながらも、ハンズオン型(体験学習型)の実習に留まらず、コンピュータプログラムの開発、論文などの成果物を生み出すことを目指している。科学的な知見は査読付きの国際誌への投稿も予定されている。教育を研究へ直結させる推進すべき取り組みである。今後の参加施設の拡充が課題となっている。
とくに、「臨海実験所で海水を採集し、DNA抽出から配列解読、配列解析し、何が見えるのか?」というイベント(図1参照)は注目に値する。これは近年、水生生物モニタリングの有効なツールになっている水中の微量DNAから生物を迅速に検出する環境DNA 解析の活用である。
上述のように、海洋の生物分布の記録は、環境保全や漁業・資源開発など産業の基盤となる。環境DNA解析といった遺伝情報等のビッグデータを、海水成分や海流のデータと統合することで、生物動態や環境汚染の全体像を把握できるであろう。臨海実験所は日本全域に立地し、近海域を網羅するには最適である(図2 参照)。この取り組みは、日本近海生命観測ネットワークの構築に発展しつつある。(了)

■図2 環境DNA 解析による日本近海生命観測ネットワーク
環境DNA解析のデータと海水成分や海流のデータの統合により、生物動態を把握で
きる。近海域を網羅する臨海実験所(地図内青点)は、ネットワークの構築にむけた
観測地点として最適である。(図作成・協力:濱田麻友子氏(岡山大学理学部UMI))

■図1 海洋生物学と情報学の超分野研究教育Rinkai Hackathon 2018年にその第2回目として環境DNAハンズオン実習が行われ、企業も含め10機関5カ国から39名が参加した。効率的な海洋生物モニタリングに繋がる。

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