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オーシャンニュースレター

第455号(2019.07.20発行)

第60次南極地域観測隊における海洋観測

[KEYWORDS]南極観測/しらせ/南大洋
第60次南極地域観測隊副隊長兼夏隊長、(国研)海洋研究開発機構地球環境部門地球表層システム研究センター長◆原田尚美

1956年に第1次南極地域観測隊が派遣されて以降、南極地域観測は62年の歴史をもつ。
第60次南極地域観測隊においても豪州からの往復航路や昭和基地周辺のリュツオ・ホルム湾などにおいて南極観測船「しらせ」による観測が行われた。荒天や復路における乱氷帯の航行など困難に直面したが、悩まされながらも、成功裡に終えることができた第60次隊の活動について紹介したい。

62年の歴史を持つ南極地域観測と第60次の目玉

1956年に第1次南極地域観測隊が派遣されて以降、南大洋を中心とする南極周辺の海洋は重要な研究対象域の一つとして脈々と観測が継続されてきた。第60次南極地域観測隊(以下、60次)においても、豪州からの往復航路や昭和基地周辺のリュツオ・ホルム湾などにおいて南極観測船「しらせ」による観測が行われた。
南極地域観測は、定常観測とモニタリング観測からなる「基本観測」と重点研究観測、一般研究観測、萌芽研究観測からなる「研究観測」の2本の柱からなる。また、多くの研究者に「しらせ」をはじめとする南極観測隊のファシリティを使う機会を柔軟に提供する観点から「公開利用研究」という公募による観測も実施している。「基本観測」は気象観測、大気中の温室効果ガス濃度観測など毎年実施する監視観測であり、最も重要な位置付けである。「研究観測」は、6カ年ごとに見直される計画に沿って実施され、60次は、第IX期「変動する地球システムについて南極から全球を解き明かす」をテーマとする6カ年計画の3年次に相当する計画の観測を実施した。60次における海洋観測は、「基本観測」の海洋物理・化学・海氷観測、海洋生態系変動のモニタリング観測が従来通り計画されていた。海洋分野における60次の目玉の観測は、「研究観測」重点研究観測サブテーマ2「氷床・海氷縁辺域の総合観測から迫る大気-氷床-海洋の相互作用」の観測である。東南極における氷床・海洋相互作用の長期的な変動の実態把握、地球温暖化は南極の底層水の沈み込みに影響を及ぼしているかを明らかにすることを目的としたさまざまな観測が計画・実行された。

フリーマントルから昭和基地接岸まで

南極観測船「しらせ」

南極観測船「しらせ」は、2018年11月10日に東京晴海埠頭を出港し、25日に豪州のフリーマントル港に入港した。60次本隊(越冬隊員31名、夏隊員29名、外国人を除く同行者17名)は25日に成田空港から出国し、26日に「しらせ」に乗船した。「しらせ」は30日に出航し、表層CO2濃度測定やクロロフィル濃度測定などの航走観測、および、CTD採水観測やプランクトンネットによる動植物プランクトン採取などの停船観測を行いつつ南下し、12月6日、南緯60度線上を昭和基地に向け西航を開始した。14日に氷海に進入、16日に定着氷縁に到達、22日弁天島沖から昭和基地へ59次越冬隊に家族からの手紙や足りない物資など、ヘリコプターによる第一便空輸や優先空輸物資の輸送を行なった。そして、25日に、「しらせ」は昭和基地沖約500mに接岸した。海氷に乗り上げて自重で氷を割る航法をラミング航法と呼ぶが、往路のラミング回数は344回と例年に比較して少なく、順調に昭和基地に到着することができた。
2019年1月17日、本格空輸を終えた「しらせ」は24日に停留点を移動し、「サブテーマ2」に資する観測を実施した。60次の重点観測では棚氷融解、海氷や氷河・氷床変動の実態等に関して生態系も含めた解明を目指しており、船上観測では困難な海氷直下や棚氷直下の観測に有用なROV(遠隔操作型の海中ロボット)によるリュツォ・ホルム湾での海氷下画像取得観測を実施した。1月27日から2月6日にかけて、定着氷内の海洋観測点(St.A、St.B、St.C)において、CTD・採水、ハイブリッドpH・pCO2観測、プランクトンネットなどの観測を行った。7日には一旦昭和基地沖30マイル圏内に戻り、昭和基地で実施された南極授業(2月8、9日)の期間中、定着氷内にて停留した。
その後、2月8~10日に続いたブリザードによって海氷状況が一変した。12日に北上を開始したものの分厚い積雪のついた乱氷帯を抜けるのに12日ほど要し、23日にようやくリュツオ・ホルム湾の流氷域を出ることができた。復路のラミング回数は1,399回を記録した。同日、流氷域最後の観測点St.Dにて海洋観測を実施し、24日に開放水面域St.Eでの観測、St.BPでの海底圧力計の揚収を行なった後に東航を開始した。26日には超高層物理、測地、地質、固体地球物理、ペンギン、陸上生物といった各分野の研究者がヘリコプターで移動する野外観測(リーセルラルセン山、ゲージリッジ、トレイル山など)を実施した。

■第60次南極地域観測における海洋観測計画

ケープダンレー沖からシドニー入港

その後「しらせ」は「サブテーマ2」の重要海域ケープダンレー沖に移動した。東南極における氷床と海洋の相互作用と地球温暖化との関係性について明らかにするため、海氷生産が多く南極底層水が形成されているケープダンレー沖が対象海域とされた。この高い海氷生産による高密度な陸棚水の形成過程の定量的把握と上流に位置する棚氷・氷山群を含めた淡水・物質循環過程を捉えることが目的であった。荒天に悩まされながらも3月3日に水温・塩分等各種センサー付きの昇降式ウインチが搭載された(Seasaw)係留系の設置、現場の海水を時系列で採取し、ハイブリッドpHセンサーなど海洋酸性化モニタリング用のRAS係留系の設置を行った。また、59次で設置した流向流速計や濁度・溶存酸素センサーなどが搭載された係留系の回収、CTD観測などを実施した。続いて、南緯65度から40度の「暴風圏」を含む東経150度ライン上のCTD・採水等のモニタリング海洋観測を実施し、「しらせ」は3月13日に南緯55度を通過、3月18日にシドニーに入港した。観測隊および同行者は3月21日に無事に全員帰国の途についた。
復路における終わりの見えない乱氷帯の航行には難儀し、シップタイムを合計で14日分削減しなければならない状況に直面した。隊のリード役としてどの観測を削減するかを決定するのは断腸の思いであり、海洋観測においてはトッテン氷河沖など実施することができなかったエリアもあった。61次では、そのトッテン氷河沖で約30日間に及ぶ海洋観測が計画されており、充実した海洋観測の実現を願っている。
60次では海洋観測に加え、夏期間の輸送、観測調査を無事に終えることができた。日々の食事、海洋観測、ヘリによる空輸や野外観測支援、貨油輸送、氷上輸送、基地作業支援などすべての南極行動において宮﨑好司艦長、白方将司副長はじめ「しらせ」乗員の多大な支援があったからこそ成功裡に終えることができた。この場を借りて厚くお礼申し上げる。そして観測隊員のご家族・ご親族ならびに関係者の支援も忘れてはならない。現在、60次越冬隊は冬本番を前に着々とその準備を進めている。これから太陽の出ない季節もやってくるなど大変厳しい自然環境の中での活動となる。関係する方々には折にふれてあたたかいエールをお送りいただけたら幸いである。(了)

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