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オーシャンニュースレター

第450号(2019.05.05発行)

柳川掘割をニホンウナギの郷にする取り組み

[KEYWORDS]森里海を紡ぐ/柳川掘割/ニホンウナギの郷
福岡県立伝習館高等学校教諭(自然科学部顧問)◆木庭慎治

柳川にはウナギのせいろ蒸しと川下りを楽しむために年間200万人もの観光客が訪れている。
また、柳川の掘割は、故高畑勲監督の映画『柳川掘割物語』(1987年)でも紹介されたように、掘割を流れる水と人との関係が江戸時代から続いている歴史資産である。
この掘割をニホンウナギの郷に再生する目的で、自然科学部の生徒9人が地元のNPO団体や九州大学の力を借りて活動している。

ニホンウナギ保護活動の始まり

福岡県柳川市は、うなぎのせいろ蒸しと川下りを楽しむたくさんの観光客で賑わっている。ところが、近年のシラスウナギ(ウナギの稚魚)の減少により、かつて柳川市周辺に50軒以上操業していた養鰻池も現在は8軒に激減し、柳川で消費する年間100万尾以上のウナギも鹿児島県や宮崎県などから仕入れているのが現状である。追い打ちをかけるように、2014年に国際自然保護連合(IUCN)がニホンウナギを絶滅危惧ⅠB類に指定したことにより、ウナギ料理関係者にも危機感が広まっている。このような状況の下、伝習館高校の自然科学部は、2014年から柳川市内に張り巡らされた掘割を「ニホンウナギの郷」にするための調査研究と保護活動を、地元のNPO法人「SPERA森里海・時代を拓く」(内山里美理事長)と協働で行っている。21cm以下のニホンウナギの採捕は福岡県内水面漁業調整規則によって禁止されているため、私たちは九州大学農学部望岡典隆准教授から特別採捕許可を含めてご指導いただき、研究を行っている。

柳川掘割の環境

柳川掘割(やながわほりわり)が現在でもニホンウナギの生育する条件を満たしているかを確認するために、水生植物調査を行った。その結果、全域にセキショウモなどの沈水生植物が群落を形成していることが分かった。これは江戸時代に浚渫された掘割の底がそのまま残されているからである。また、掘割の護岸も一部はコンクリートで整備されているが、石垣や板を貼った護岸、自然度の高いヨシが繁茂する河岸が十分残っていることを確認した。これらにより、柳川掘割はニホンウナギが育つための環境条件を満たしていると判断された。では、なぜ柳川掘割からニホンウナギが姿を消したのであろうか。私たちは、1980年代に鉄の扉に改修された二丁井樋(にちょういび)などの排水門に注目した。改修前の二丁井樋は江戸時代に製造された木製の堰板で、干満差を利用して干潮時だけ開き排水する構造であった。そのため堰板の隙間からシラスウナギが掘割に入ることができたと考えられる。二丁井樋の改修によって、掘割と海との繋がりが断ち切られたことにより、シラスウナギが柳川掘割に入ってくることができなくなったと見なされる。

シラスウナギの特別採捕と飼育そして放流

■図1 ニホンウナギ稚魚の放流

私たちは望岡准教授の協力を得て、2015年から大潮の満潮時3日間、それぞれ2時間ずつシラスウナギの特別採捕を行っている。特別採捕は、12〜6月まで行い、有明海に注ぐ河川を遡上するシラスウナギは、3月に出現のピークをむかえることが確認された。これまでの採捕個体数は、4日間で合計3,243尾である。採捕したシラスウナギは、伝習館高校において、60cm水槽を用いて冷凍アカムシを餌に水温25℃で、採捕時期ごとに分けて飼育した。飼育中はニホンウナギの生態や行動ならびに初期死亡率を低下させるための様々な実験を行った。なかでも、水槽に落ち葉を入れた場合に水槽の臭いが減少し、死亡率が低下することが注目され、2018年には水槽に落ち葉を入れて飼育した結果、初期死亡率は18%とそれまでより半減した。

■図2 放流前の石倉かごモニタリング

水槽内で飼育により0.5g以上に成長した全個体に、腹腔内に太さ0.2mm、長さ2mmのワイヤータグを装着した後、掘割に放流することとした。3月、8月、10月、12月にそれぞれ全個体の湿重量、体長、肛門長を測定して成長したものから順次放流した。これまでに放流した個体は、合計2,301尾である。放流は柳川市立図書館前の掘割で行い、図書館に来た子どもたちにも、高校生がウナギの話をしながら放流を手伝ってもらった(図1)。
放流直前に市立図書館前の掘割に2基設置した石倉かご(1m×1m×0.8mの粗い網の中に15cm前後の石を7、8段に積み上げた魚類の住処)を使って掘割の生物モニタリングを行った(図2)。現在までにヤリタナゴなど18種の魚類、甲殻類は 5種、貝類は6種を確認している。この生物モニタリングで今までに51尾のニホンウナギを再捕獲した。再捕獲したニホンウナギにはイラストマー蛍光標識で個体識別をして再放流した。個体識別をしたウナギが再捕獲されると掘割での成長率が分かるが、現在までに個体識別を施したウナギは捕獲されていない。

今後の展開

■図3 第20回日本水大賞文部科学大臣賞授賞式(2018年6月26日)日本未来科学館 (写真提供:日本河川協会)

私たちが進めている柳川掘割をニホンウナギの郷に再生する取り組みを、広く市民の方々と共有したいという想いで『柳川市報』(市全世帯に配布)に載せ、さらにチラシを作って私たちが放流したニホンウナギの捕獲情報などの提供をお願いした。その後、市民から3件の情報が寄せられ、放流したウナギが掘割で育っているという期待感が膨らみつつある。柳川市では2月末に「掘干(ほりお)し」といい、二丁井樋から掘りの水を抜いて掘りの底を太陽光に当てる、市民あげての清掃活動が行われる。この時にも放流したウナギ稚魚が発見されることが期待できる。
有明海に河口を有する沖端川(おきのはたがわ)は二丁井樋で掘割と接しており、2018年には沖端川につながる二丁井樋の直下でシラスウナギ52尾を特別採捕した。しかし、改修後の二丁井樋の鉄製堰板は満潮時に固く閉ざされ通り抜けることができないだろうと考えている。望岡准教授を中心にして柳川市との協議を経て、2019年4月6日には試験的にシラスウナギを掘割に導くための簡易な仮設魚道が設置された。満潮になるまでに開放された堰板の間から侵入したウナギ稚魚が魚道を登攀し掘割に入ってくれることを期待している。
ニホンウナギは、マリアナ海溝周辺海域で生まれたレプトケパルス幼生として海を漂い、シラスウナギに変態した後、河口域に来遊し、汽水域や川の上中流や沼など多様な環境で育って、成熟し始めると海に戻り、産卵場所へ帰っていく。ニホンウナギが生き残るために里で暮らす私たちは、海と川の繋がりを紡ぎ直す必要がある。また、健全な川を育む森とのつながりも重要である。この研究が、近い将来期待通りの成果を収めることができれば、柳川市も高校生が「ニホンウナギの郷」を復活させた街として、さらに質の高い観光資源開発に寄与するとともに、柳川掘割とそこに棲むニホンウナギをはじめ魚や昆虫、エビ類や鳥など多くの生き物が保全され続けると考えている。
私たちの研究は一高校の部活動でできるものではなく、多くの方々や団体の協力があってこそ実現し、継続させることができた。昨年の第20回日本水大賞で、私たちの研究が文部科学大臣賞を受賞した(図3)ことで、多くの方々からいただいたご恩に僅かではあるが報いることができたと思っている。(了)

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