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オーシャンニュースレター

第423号(2018.03.20発行)

世界貿易機関における漁業補助金交渉の行方

[KEYWORDS]世界貿易機関/漁業補助金/SDGs
笹川平和財団海洋政策研究所海洋環境部長◆Wilf Swartz

世界貿易機関では水産資源の乱獲につながる漁業補助金の禁止を目指す交渉が続いているが、昨年12月にブエノスアイレスで開催された第11回閣僚会議では、閣僚宣言を採択できなかった。
2019年の次回会議まで交渉は続くとみられるが、たとえ実施されたとしても漁業資源の保護に対して極めて効果の低い内容だと言わざるを得ない。
本当の意味での漁業補助金改革は、沿岸漁業に焦点を当てた水産政策として検討することが望ましい。

漁業における補助金の影響

あまり知られていない事実だが、魚は世界で最も取引されている「商品」である。その商品が国境を越えて取引されるとなれば、値段から安全性に至るまで、無論国際的な規制が必要となる。
漁業は、野生動物を捕獲し経済活動の糧とする狩猟であり、世界規模で唯一残る人と自然との直接的な関係と言えるだろう。しかし、この最後の狩猟活動が経済活動として機能するためには、狩猟の純利益では辻褄が合わない。船を動かす燃料や大型船が停泊するための港湾整備など、漁業を続けていくには、政府からの支援が必要となる。漁業補助金とは、本来この経済活動を支援し、沿岸地域での産業基盤を作ることを目的としている。
厳密に言えば、補助金とは、政府が特定の産業や企業に対し資金面で貢献することであり、直接的な資金の移転や税額控除、所得や価格の維持などさまざまな要素を持つ。社会政策の一環で主に特定産業や地域での雇用確保や食糧安全保障、また公共サービスなど社会的便益のある産業の向上、国内産業の支援を目的とするケースが多い。
しかしながら、経済学の観点では、補助金が特定産業の生産コストを意図的に調整する役割を果たし、マーケットを直接的に歪曲する政策だと捉える意見もある。補助金は、政治的な理由から、本来利益幅の低い経済活動を「税金」によって支える非効率な支援であるという見方もあるのだ。
昨年12月10日から13日にかけ、ブエノスアイレスで世界貿易機関(WTO)の第11回閣僚会議が開催された。当会議では、2001年より「ドーハ開発アジェンダ」の一環として進められてきた漁業補助金交渉の締結が、議題の一つとして取り上げられた。国際貿易において補助金がもたらす影響は、古くから認識されており、WTOにおいても「補助金および相殺措置に関する協定」によって国際市場および輸入国内における価格や需要への影響、市場歪曲による損失などをもたらすと判断される補助金の実施を厳しく規制している。しかし、漁業における補助金の影響は市場に留まらず、補助金による人為的な収益性の増加によって、漁業努力の過剰な促進と資源の過剰採取が引き起こされる。
狩猟活動である漁業は、他の産業と違い、生産性が資源固有の生産力(加入率等)によって左右されるため、過剰漁業による資源量および生産率の低下は、漁業そのものの生産性、つまり漁獲量の低下につながる。特に、複数国の漁船が、高度回遊性魚種など同一の漁業資源をターゲットにする場合、非補助金国の漁船の経済的損失が発生すると考えられる。
実際、年間350億ドルの補助金が世界の水産業に充てられていると推定されており、漁業の年間水揚げ額が900億ドルであることを考えると、水産業収益の4割近くが政府からの援助で補われている(図1)。補助金の影響は、補助金の種類や漁業体制、資源管理制度によって異なるので一様には言えないが、補助金総額の内200億ドルほどが過剰漁業や生産的歪曲につながる要素を持つと言える。

WTOにおける漁業補助金交渉

2001年にドーハ開発アジェンダが策定され、2005年に採択された香港閣僚宣言では、過剰漁獲能力や過剰漁業につながる補助金の禁止を目指すことが確認された。2006年から2011年にかけて行われた活発な交渉の後、WTO加盟国により多数の提案が提出されたが、しかし、2011年以降のドーハ交渉の行き詰まりと共に漁業補助金交渉も失速し、ドーハの部分的妥結を試みたバリ・パッケージ(第9回閣僚会議,2013年)においても、漁業補助金規制の組み入れは一時検討されたものの最終的には除外となった。
昨年12月の閣僚会議で、このような状況であった漁業補助金交渉が主要な課題となったのは、2015年に採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」(SDGs)において過剰漁業や違法・無報告・無規制(IUU)漁業につながる補助金の禁止(SDG14.6)が含まれたからである。SDG合意後、漁業貿易交渉は再び活発化し、2016年から2017年にかけてEUやアフリカ・カリブ海・太平洋諸国などから新たな提案が示され、過剰漁業とIUU漁業対策に限定された文書案が閣僚会議へ提出されるまでに至った。すでに述べた通り、第11回閣僚会議での決議には及ばなかったが、SDG14.6達成に向け次回会議(2019年)まで交渉は続くとみられる。

漁業補助金交渉の課題

このような交渉過程を見ると、漁業補助金に対する国際的議論は進展している印象ではあるが、これはWTO加盟国による15年以上の厳しい対立の結果、規制の対象となる補助金政策の範囲縮小や目標の変化の結果であると考える。164カ国の加盟国間で交渉するため、多少の妥協や主旨の再評価は当然見られるのだが、昨年提案された内容について言えば、たとえ実施されたとしても過剰漁業の抑制や漁業資源の保護に対して極めて効果の低い内容だと言わざるを得ない。
とくに、SDG14.6で「IUU漁業につながる補助金の撤廃」が掲げられたことにより、WTOにおける交渉の焦点が、漁業資源への悪影響の軽減からIUU漁業対策へ大幅に転じたと受け取れる。本来、IUU漁業への補助金の規制は香港閣僚宣言でも言及されておらず、SDG以前の交渉においてもIUU漁業と補助金の関連性についての議論は「IUU漁業に携わっている漁船へ授与する」補助金の禁止のみに留まっていた。しかし、SDG以降は、IUU漁船の定義や認定の基準などテクニカルな部分に言及する視野の狭い議論となった。IUUを違法漁業に限定すれば、犯罪行為に対する規制がすでに含まれている現状の条約で対処できると考えられ、今回閣僚会議に提出された案がどれほど改善されるかは疑問である。
さらに、WTOにおける補助金規制そのものにどれほどの執行力があるかに疑問が残る。WTOが定める条約は拘束性の高いものであるが、それは加盟国間による紛争解決制度によって条約違反と認定された政策に対し、相殺措置を執行できる制度によるものである。しかし、相殺措置を執行するには、補助金が他の加盟国に対し弊害を生じていると証明する必要がある。漁業において生産歪曲や資源の過剰摂取に基づく弊害を実証することは難しく、既存の枠組みの漁業補助金規制ではルールの執行はあまり期待できない。
ブエノスアイレスでの会議は、蓋を開けてみれば、参加国が交渉継続を再確認するという業務計画の発表のみに留まった。端的に言えば、各国が懸念する漁業補助金に関する議論は、何の進展もないままである。漁業補助金の乱用による漁業や環境における被害は、国内での影響が大きい。本当の意味での漁業補助金改革は、沿岸漁業に焦点を当てた水産政策として検討することが望ましいであろう。(了)

  1. 本稿は英語でご寄稿いただいた原文を事務局が翻訳まとめたものです。原文は本財団HP(/opri/projects/information/newsletter/backnumber/2018/423_1.html)でご覧いただけます。

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