Ocean Newsletter

オーシャンニュースレター

第423号(2018.03.20発行)

国連大学「能登の里海ムーブメント」~日本の沿岸管理から世界の海洋問題につなぐ~

[KEYWORDS]里山・里海/世界農業遺産/里海ムーブメント
国連大学サステイナビリティ高等研究所(UNU-IAS)研究員◆Evonne Yiu

国連食糧農業機関(FAO)が世界農業遺産(GIAHS)として認定した石川県能登半島「能登の里山里海」の研究、保全のための啓発活動として、国連大学は2015年から「能登の里海ムーブメント」を実施している。
里海の概念、能登の里海の魅力、里海に関わる人々の生業、里海保全の重要性について、シリーズ講座 、研究調査、保全活動への協力といった里海づくりの活動に取り組み、国内外で「里海(SATOUMI)」について発信し、里海づくりの輪を広げている。

日本が世界に提案した「SATOYAMA−SATOUMI(里山・里海)」の概念

国連大学は、2010年に愛知県名古屋市で開かれていた生物多様性条約第10回締約国会議(CBD-COP10)において、古くから農林水産業などに伴うさまざまな人間の働きかけを通じて形成され、維持される二次的自然環境の保全のあり方を日本の「里山の概念」として、環境省とともに紹介した。里山を「SATOYAMA」、里海を「SATOUMI」とローマ字でそのまま英訳し、西洋における手つかずの自然保護のあり方とは対照的に、人間の関与による環境保全の概念として、日本の「SATOYAMA-SATOUMI」が世界に提案された※1
CBD-COP10会議では「SATOYAMA-SATOUMI」の概念を説明する際、日本のモデルケースの一つとして、石川県能登半島の里山と里海が紹介された。里地、里山と里海が密接している能登半島では、その「半農半漁」の暮らしの中で今でも伝統的な農林水産業が営まれ、地域の豊かな生物多様性、伝統知識、文化が維持されている。同会議で世界に向けて紹介されたことをきっかけに能登の人々は故郷の良さを再認識し、素晴らしい里山と里海の環境を次世代に引き継いでもらえるよう、さらなる努力を決心した。その熱意に応え、国連大学は国連食糧農業機関(FAO)が実施する「世界農業遺産」(GIAHS※2)の申請を石川県の関係者に勧めた。こうして石川県能登地域の「能登の里山里海」は、2011年6月に新潟県佐渡島の「トキと共生する佐渡の里山」とともに、日本初そして当時、先進国としても初めてGIAHS認定された。

国連大学の「能登の里海ムーブメント」

里海とは、環境省は「人間の手で陸域と沿岸域が一体的・総合的に管理されることにより、物質循環機能が適切に維持され、高い生産性と生物多様性の保全が図られるとともに、人々の暮らしや伝統文化と深く関わり、人と自然が共生する沿岸海域」と、海の生態系と空間に重点を置いて定義した。国連大学が提唱する「里海の概念」では、里海の創成、保全を考えるとき、海域と沿岸の陸域の両方における生態的要因に加え、経済的、社会的側面も総合的に考えなくてはならないという人間と里海の関わり方に着目している。
筆者はシンガポール出身であるが、「里山・里海」の概念に深く興味をもち、2014年からUNU-IASいしかわ・かなざわオペレーティングユニット(国連大学OUIK)の「能登の里山里海」に関する研究に携わるようになった。GIAHS認定3年後に行った当時の研究調査では、世界農業遺産の認定をきっかけに能登各地において里山の保全活動が活発になっている一方、里海に関しては戸惑いの声も多く聞かれた。地域の人々の「いまさらだが、本当は誰かに聞きたい。里海について知りたい!」という気持ちにこたえるべく、2015年3月金沢市での「能登の里海公開セミナー」の開催を皮切りに「能登の里海ムーブメント」をスタートした。これは、里海という概念、能登の里海の魅力と里海に関わる人々の生業、里海の保全の重要性について国内外の方により深く認識してもらえるように広く発信するとともに、能登地域を日本海側の里海の研究と保全活動をリードする拠点として定着させることを目標にした運動である。この活動を通じて「能登の里海」の知名度を高め、里海で生業を営む人々の暮らしに貢献することを目指している。
具体的には、①里海シリーズ講座、②里海の研究と国内外への発信、③里海の保全活動への協力という3つの活動の柱で構成されている。
1つ目の里海シリーズ講座は、能登地域の自治体と相談して決めた多岐にわたるテーマに精通する専門家(県外1人と県内2人)を講師に迎え、パネルセッションには、漁師、旅館経営者、市民団体代表など多くの地元関係者や参加者とともに勉強会形式で議論を進めるものである。これまでに計6回の講座※3を七尾市、穴水町をはじめとした各地で開催した。
2つ目の活動は、能登半島における半農半漁や農林水産の連携など里山、里地、里海との経済的、社会的なつながりを調査する「里山と里海の連携」研究を行うとともに、モデルケースやコアエリアを特定して提案することを目指している。3つ目の活動は、能登地域の各市町や民間団体が主導する里海の保全活動、里海と触れ合うための体験イベント、里海の展示会や会議などに協力し、里海の保全の大切さについて発信することである。
里海シリーズ講座は、能登の里海の素晴らしさを地域内外に発信するとともに、里海の保全や活用のために地域の方々との連携を図るためのきっかけを作ることを目的としている。そして、里海を守るのは漁師だけの責任ではなく、里海資源の持続可能な消費によって誰もが里海づくりを支えられるという意識を地域の住民と共有することができたらと思う。

「能登の里海」シリーズ講座のチラシ2017年2月輪島市門前中学校にて海女の早瀬千春さんとの対談

能登から世界へ伝える「SATOUMI」

2年間の活動の中間報告会として、2017年6月10日に東京の国連大学本部で「さまざまな仕事を通じて支えあう里海づくり」シンポジウムを開催した。本シンポジウムは、国連が定めた6月8日の「世界の海の日」の応援イベントとしても位置づけられ、里海の保全と持続可能な開発目標(SDGs)のSDG14「豊かな海を守ろう」の達成について議論を繰り広げた。海洋資源の維持をめぐる問題は、「漁獲制限」の議論だけでなく、これからは各国においても「守り育てる漁業」による環境の保全と資源管理の推進も必要だと思う。ほとんどの魚は沿岸海域、つまり里海で育つ。まずは里海(沿岸の海)を豊かにすることこそ、世界の海を豊かにできるわけである。すなわち、里海「SATOUMI」という、陸と海のつながりを重視した沿岸地域の生業を通じて維持する海の環境と資源管理は、国際的な漁業資源問題への解決策としてSDG14にも大きく貢献できるコンセプトであると考えている。
近年は「SATOUMI」が「SATOYAMA」と並び、海外でも関心が高まっているように感じる。世界で里海の輪を広げ、海外の里海づくりに関する情報を能登地域をはじめとする日本の里海地域にも共有できるよう、これからもこの里海ムーブメントを続けていきたいと思う。(了)

  1. ※1のち「SATOYAMAイニシアティブ」として同会議で採択され、UNU-IASを事務局として推進される「SATOYAMAイニシアティブ国際パートナーシップ(IPSI)」が設立された。
  2. ※2Globally Important Agricultural Heritage Systems(GIAHS(「ジアス」と発音)と略し、「世界農業遺産」と和訳)次世代に継承すべき重要な農法や景観、文化、生物多様性を有する地域を国連食糧農業機関(FAO)が認定する仕組み。
  3. ※32015年度までの講座内容は『能登の里海ムーブメント―海と暮らす知恵を伝えていく―、 UNU-IAS OUIK』イヴォーン・ユー、永井三岐子 編(2016)の出版物にまとめ、電子版を国連大学OUIKの公式サイトで公開している。 http://ouik.unu.edu/publication

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