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オーシャンニュースレター

第423号(2018.03.20発行)

海が鍵を握るアフリカ南部の気候変動

[KEYWORDS]アフリカ南部/気候変動予測/亜熱帯ダイポール現象
(国研)海洋研究開発機構アプリケーションラボ研究員◆森岡優志

アフリカ南部の気候変動は、食料や水不足、感染症の流行などを通して、人々の生活を脅かしている。
気候変動の背景には、熱帯太平洋のエルニーニョ・ラニーニャ現象のほか、南インド洋と南大西洋の海面水温に見られる亜熱帯ダイポール現象が強く関わっている。
これらの気候変動現象を数ヶ月前から予測し、その影響を受ける農作物の収量やマラリアの発生率までを予測する、日本と南アフリカの2国間で行われた研究活動を紹介する。

アフリカ南部の気候変動と亜熱帯ダイポール現象

■図1
アフリカ南部の海岸線。沿岸と内陸の標高の違いが分かる

日本から遠く離れたアフリカ南部では、沿岸のわずかな低地を除いて、海抜1,000mを超える高原が内陸に広がっている(図1)。人口は約1億7,000万人で、そのうち約3割が経済的に豊かな南アフリカに集中している(国際連合経済社会局)。気候は雨季(10月から翌4月)と乾季(5月から9月)からなり、周辺の南インド洋と南大西洋から運ばれる水蒸気が貴重な雨の源となっている。
現地では雨水に頼る天水農業が盛んで、トウモロコシの生産が多い。南アフリカではパップと呼ばれる、乾燥したトウモロコシをすり潰して水と茹でるお粥が伝統食となっている。農業の多くは灌漑設備をもたないため、農作物の収量には降水量の変動が大きく影響する。国連によると、2010年12月から2011年2月の大雨による洪水で、南アフリカで1億ドルを超える農作物の被害が報告されている。降水量の変動はまた、水不足や感染症(マラリアや肺炎、下痢など)の流行を通して人々の生活を脅かす種となる。気候変動を予測することは、気候変動のリスクに脆弱な途上国にとって極めて重要である。
アフリカ南部の気候変動はこれまで、熱帯太平洋のエルニーニョ・ラニーニャ現象による大気の遠隔影響によってもたらされると考えられてきた。エルニーニョ(ラニーニャ)現象が発生すると、雨期は乾燥(湿潤)傾向になる。しかし近年の研究で、南インド洋と南大西洋に独自の、海面水温が関係する亜熱帯ダイポール現象※1もまた、重要な役割をしていることが分かってきた(図2)。
亜熱帯ダイポール現象は数年に一度、南半球の夏(12月から翌2月)に発達する。正と負の2つの現象があり、例えば南インド洋で正の亜熱帯ダイポール現象が発生すると、南インド洋の北東部で海面水温が平年より低くなり、南西部では高くなる(図2)。水温にして僅か0.5度ほどの変動であるが、大気に比べて海洋は同じ体積あたり約4,000倍の熱量を持つため、大気に与える影響は大きい。このわずかな海面水温の変動とともに、南インド洋では亜熱帯高気圧が平年より強くなる。この結果、南インド洋からアフリカ南部に向かって吹く東風が強まり、南インド洋から水蒸気がより多く運ばれ、アフリカ南部で雨が平年より多くなる。一方で、負の亜熱帯ダイポール現象が発生すると、正の現象の時とは逆パターンとなり、アフリカ南部は乾燥する。南インド洋という広い海が、アフリカ南部の気候変動の鍵を握っているとも言える。
亜熱帯ダイポールの発生を事前に予測することができれば、アフリカ南部の気候変動を高い精度で予測することができる。そのためには、亜熱帯ダイポール現象の発生から発達、減衰まで一連のメカニズムを深く理解する必要がある。最先端の気候モデルを用いて研究を行った結果、南インド洋と南大西洋の亜熱帯ダイポール現象の発生に亜熱帯高気圧の変動が関わっていること、発達と減衰に海洋表層に存在する水温一様な層(混合層という)の変動が重要な役割をしていることなどを、明らかにすることができた※2

■図2
アフリカ南部の気候変動と亜熱帯ダイポール現象の関係(図は正の亜熱帯ダイポールが発生した場合)

アフリカ南部の気候変動予測と社会への応用

2009年より、(独)国際協力機構と(国研)科学技術振興機構が推進する地球規模課題対応国際科学技術協力プログラムの支援を受けて、日本と南アフリカの間で共同研究が行われた※3。研究の対象は、アフリカ南部の気候変動をもたらす亜熱帯ダイポール現象の予測から気候モデルの高精度化、農業や河川への応用など幅広い。これらを日本のスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」と最先端の気候モデルをもとにして行う。
翌年の2010年、ラニーニャ現象と正の亜熱帯ダイポール現象が同時に発生し、アフリカ南部で深刻な洪水が発生した。(国研)海洋研究開発機構とヨーロッパの研究機関が共同で開発した気候モデル(SINTEX-F)は、2つの現象を数カ月以上前から予測し、降水量の増加を見事に的中させた。さらに領域気候モデル(WRF) を用いて州ごとの細かい気候予測を行い、農作物の収量や河川の流量を予測することも実現した。
2013年からは感染症への応用を目的とした共同研究が新たに始まった※4。アフリカ南部で流行する感染症の1つにマラリアがある。マラリアはハマダラカを媒介として人から人へ感染する。世界保健機関によるとサハラ砂漠以南で年間約5,000万件の報告があり、約30万人が亡くなっている。ハマダラカは、池や水たまりに卵を産む習性がある。降水量の変動が蚊の発生に重要な役割をしており、マラリアの発生率にも影響する可能性がある。被害の著しい南アフリカ北東部リンポポ州を対象に研究が行われ、亜熱帯ダイポール現象に伴う降水量の変動とマラリアの発生率の関係を見出すことができた。亜熱帯ダイポールの予測を通して、降水量だけでなく、マラリアなど感染症を予測するシステムの開発を現在進めている。

ネットワークの構築と人材育成、将来の展望

南インド洋と南大西洋の気候・海洋研究を始めて、はや8年が過ぎた。2つの共同研究を通して数多くの研究成果が得られ、また現地の研究者との広いネットワークが構築された。一例として、南アフリカ気象学会(SASAS)から招待講演を依頼され、周辺国からの多数の研究者を前にして、アフリカ南部を取り囲む南インド洋と南大西洋の気候変動について講演する機会があった。また、南アフリカの大学の学生への講義や研究指導を通して、現地の人材育成にも貢献することができた。
2国間のプロジェクトが終わっても、現地の人々がアフリカ南部の気候研究を続けられるよう、日本の研究者が高度な技術を移転し、若手の人材育成を行うことは重要である。一方で、研究で得られた知見は遠く離れた日本の気候変動の理解にも役立つ。日本の夏の気温や降水量の変動には、アフリカ南部と同様に、亜熱帯高気圧の変動が大きく関わっているからだ。またシミュレーション技術の向上は、日本だけでなく世界の気候変動の予測にも繋がる。
今後は、気候予測の精度をさらに上げるため、南大西洋と南インド洋の気候変動の理解と予測に関する研究を進めていく。科学技術の面で、日本とアフリカ南部の架け橋となる研究活動を今後も続ける予定である。(了)

  1. ※1Behera,S.K.,and Yamagata,T.(2001).
  2. ※2Morioka,Y., et al.,(2010).
  3. ※3SATREPS研究課題「気候変動予測とアフリカ南部における応用」(2009-12年)
  4. ※4SATREPS研究課題「南部アフリカにおける気候予測モデルをもとにした感染症流行の早期警戒システムの構築」(2013-18年)

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