Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第399号(2017.03.20発行)

地学地就による次世代スペシャリスト育成~今治工業高等学校における造船教育~

[KEYWORDS]SPH/地学地就/造船教育推進委員会
愛媛県立今治工業高等学校長◆西岡 誠

平成28年度に今治工業高校は機械造船科を新設し、文部科学省のSPHの指定も受けた。
産・官・学が連携し、学びの空間を地域に広げ、地域の教育資源を効果的に活用した造船教育を実践している。
造船王国愛媛の次世代スペシャリストを育成するとともに、地域の活性化、地方創生に貢献する。

機械造船科新設とSPH指定

本校は1942(昭和17)年4月、地域社会の期待を担い、今治市立工業学校として誕生しました。以来、時代の激変する中で幾多の変遷を経ながら、「真理の探究・勤労の尊重・責任の完遂」を校訓とし、専門的な勉学を通じて社会人としての自覚と自立の精神を育て、ものづくりの技を磨き、産業界に必要とされる有為な人材を輩出してきました。特に地元今治市の地場産業である繊維・海事産業界には多くの卒業生が就職し、地域産業の維持・発展のために貢献しています。
周知の通り、日本は人口減少社会に突入し、出生率の低下に加えて若年層の都市への流出による人口減少の著しい地方では、存続が危ぶまれる自治体も続出する可能性があると言われています。一方で、地域経済を活性化する地方創生のためには、地域産業を支える若年労働者の確保と人材育成が急務となっています。今治市の基幹産業である造船業でも、団塊世代の大量離職を控え、厳しい国際競争の中で優位性を保つためには造船従事者の確保・育成が重要な課題であることから、地元造船企業や今治市は高校段階における造船教育の実施を強く望んでいました。それを受けて、県教育委員会と本校で地元企業や全国に3校ある造船教育実施校(高知県立須崎工業高校、長崎県立長崎工業高校、山口県立下関中央工業高校)を訪問し、実施に向けて検討を進めてきました。その結果、2015年10月に機械造船科の新設が決定し、平成28年度4月には一期生が入学しました。
また同年度、本校は文部科学省のスーパー・プロフェショナル・ハイスクール(SPH)の指定を受けました。SPHは、社会の第一線で活躍できる専門的職業人を育成するため、先進的な取り組みを行う専門高校を指定して研究開発を行う事業で、期間は3年です。これには毎年全国から多くの応募があり、そのうち10校が指定されているものです。提供される予算の中で特色ある取り組みを行うことが可能となることから、本校では新設した機械造船科で取り組むこととなりました※1。地域産業界との連携体制の構築方法や、実施方法等について実践的な研究を行い、専門的職業人育成メソッドを確立することを目的としています。機械造船科とSPHへの取り組みについて次にご紹介したいと思います。

造船コースの生徒育成と教育内容

機械造船科では、1年次は共通科目を履修し、2年次から機械コースと造船コースに分かれて各専門分野の内容を学習します。2年次からの造船コースでは、船舶構造、船舶計算、船舶工作で理論を学び、造船に関係する製図や実習を通して技能を身に付けます(1年次で履修する工業技術基礎でも造船模型製作を導入)。そして、造船工学の基礎・基本を身に付け、設計から組立まで総合的に考えられる、総合工学的な視点を持った生徒を育成します。
また、SPH事業の取り組みでは、1年生の段階で地域経済の中核である海事産業に夢を抱き、2年生の段階で船舶産業への理解を深め、更に3年生では船舶の最新技術にアプローチできるような人材を育成することをねらいとした課程を設置しました。これは、主に地元企業との連携によって現場技能の習得や社会人とのディスカッションを行う『Community Action』と、主に大学や研究所と連携して設計や開発分野について学ぶ『Challenge Stage』を両輪として造船教育を実施します。

学校と地域等が一体となった連携体制の構築

地域との連携では、今治市、今治地域造船技術センター、地元造船会社8社、地元舶用工業6社を県教育委員会構成メンバーとする造船教育推進委員会を設置しました。年2回開催予定で、教育内容や指導方法、教材の作成、講師派遣、教員研修などについて協議し、造船教育の充実のために支援を受けることになっています。また、SPH事業においては、県教育委員会により産・官・学からの委員で構成される運営指導委員会を年3回開催し、専門的見地から指導および助言、成果・実績に対する評価を行うことになっています。国の機関としては、国土交通省と連携して高校生用の造船教育テキストの制作、(国研)うみそら研海上技術安全研究所の協力による実験施設の活用、愛媛大学や広島大学の協力による実験・講義があります。また、前述の造船教育実施校の協力により、造船教育の研究に取り組んでいます。

船台進水式
(浅川造船株式会社)
ガス切断技術(工業技術基礎)
大学連携講座

教員研修

本県には、これまで造船教育に取り組んだ経験のある教職員がいないことから、民間企業、国の機関、造船教育実施校の協力により、2015年度より教員研修を進めています。今年度は、海上技術安全研究所(東京三鷹市)の視察、同研究所主催の「船舶海洋工学研修」や株式会社西日本流体技研(佐世保市)での流体講習会の受講、地元造船現場での視聴覚教材の製作や進水式見学、第56回全国工業高等学校造船教育研究会(下関市)への参加などを通じて、指導者の養成に取り組んでいます。
また、今年度から造船教育の経験者や造船現場経験者を指導員として配置し、教育現場で直に教職員に対して学習内容・方法の指導を行っています。

今後の展望

2015年10月に本校の機械造船科新設が決定し、短期間の準備を経て、2016年春に造船教育はスタートしました。これも、地元の造船会社・舶用工業、今治市、大学・研究機関、造船教育実施校、県教育委員会など、関係する方々の御理解と御協力のお陰によるものであり、深く感謝するとともに、これからの造船教育に対する責任の重みを自覚しているところです。今後も造船教育を進める上で、さまざまな課題に直面することが予測されますが、産・官・学の連携体制の強化を図り、地学地就※2による次世代のスペシャリストの育成を実践し、地域経済の発展、地方創生に貢献したいと考えています。(了)

  1. ※1今治工業高等学校のSPHについて http://imabari-th.esnet.ed.jp/cms/modules/tinyd1/index.php?id=18
  2. ※2地学地就=地域で学んだ若者が 地元の中堅・中小企業などに就職し、地域の経済や地場産業の発展に寄与すること。

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