Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第399号(2017.03.20発行)

東北の漁村から

[KEYWORDS]東北マリンサイエンス拠点形成事業/一次産業/地方消滅
東京大学大気海洋研究所教授、東北マリンサイエンス拠点形成事業機関代表◆木暮一啓

東北マリンサイエンス拠点形成事業を通じて見えてきたのは、単に一次産業に依存する東北地方の漁村の苦しい状況のみではない。
むしろ従来型の産業発展への過度の期待に陥ったまま、一次産業を無視し、エネルギーや食料供給を完全に外に依存している都会の脆弱性と危険性である。

東北マリンサイエンス拠点形成事業

大槌湾の蓬莱島(通称、ひょうたん島)と漁船2015年7月に盛岡にて開催された「さーもんカフェ」。サケ関連漁業者、地元研究機関、東北マリン関係者などによるサケ漁業についての意見交換の場として2012年より毎年開催。

震災からほぼ6年が経った。東北マリンサイエンス拠点形成事業(TEAMS)は東北大学を代表機関、東京大学大気海洋研究所(以下、大海研)と(国研)海洋研究開発機構とを副機関とし、文部科学省の支援による10年間の事業として2012年1月に始められた。その目的は、2011年3月の地震と津波とが東北海域に与えた影響とそこからの回復過程を明らかにし、その学術的成果を漁業復興に活かしていくことである。この事業には、全国から200名以上の研究者、大学院学生が参画し、沿岸から東北沖合にかけての水界および海底環境を調べるとともに、沿岸域では藻場、岩礁、砂州、湿地等の生態系、さらには対象生物として、浮遊性の微生物、プランクトン、魚類、底生動植物などについて研究を展開してきた。手法としては、現場設置型のセンサー、船舶による観測、ROVを用いた観察とサンプリング、ダイビングや海岸域におけるサンプリングなど、極めて多様である。物理、化学、生物、生物資源学、モデリングなどを専門とする研究者が参画し、この事業はいわば沿岸域の継続的総合研究となっている。その個々の成果をここに書き下すスペースはないが、興味のある方はTEAMSのWebサイトをご覧頂きたい
本事業で重要なのは、漁業復興への貢献である。大海研としては、これまで三つの方向から取り組みを行ってきている。第一に、大槌湾を中心とした生態系の総合調査である。大槌湾中央部に接して1973年に設置された東京大学国際沿岸海洋研究センターがあり、震災前から蓄積されてきた多くのデータと震災後とを比較することで地震・津波の影響や回復過程が見えてきた。それは東北沿岸域の水産資源の生産メカニズムを把握するための基礎データとなる。第二に、サケ、アユ、アワビなどの水産重要魚種あるいはその生育に重要な生態系を対象にした総合的な調査を展開している。第三にアウトリーチを重視し、研究成果を印刷物(例:メーユ通信)、漁民を交えた地元でのワークショップ開催などに努めてきた。無論、まだまだ十分ではないが、この事業を通じて地域社会との接点を模索する試みを続けてきた。

地方消滅?

そうした研究を続けながら気になるのは、何年か前あたりからよく聞くようになった地方消滅、という言葉である。関連する書物を見ると(例:『地方消滅 東京一極集中が招く人口急減』増田寛也編、中公新書 2014)、今後地方の多くの市町村人口が急激に減少し、消滅の危機が訪れる、ということのようだ。東北沿岸域はとりわけ危ないらしく、大槌町を例にとると、2010年から2040年にかけて若い女性の人口は1/3になり、人口も半減すると予想されている。われわれはいずれ消滅すると承知した町で漁業復興を担っているようなつもりは全くないものの、そんな状況下でどのような未来像が描けるのかは見据えておく必要があるだろう。
この書を読み進めると、地域が活きる6つのモデルとして、産業誘致、ベッドタウン、学園都市、コンパクトシティ、公共財主導、そして産業開発型が示されている。最後の産業開発型の中に一次産業として記されているのは八郎潟干拓後の大潟村での農業の例と岡山県真庭市の林業の例のみで、漁業はない。大潟村は日本では例外的な規模で行われているので、結局今のままの農業、水産業に未来はない、と宣告していると受け取れる。この書の中には農林水産業の再生の必要性が説かれた部分はあるが、今後の地域経済について具体的に論じているのは医療、福祉などであって一次産業はない。おそらくこの筆者は、一次産業には生産性向上の余地が殆どないし、食料は輸入すればよいと考えているのだろう。この書の論点からすると、数十年後、東北には荒れ放題の田畑と人気のない漁港があちこちに広がるものの、仙台とか盛岡のような中都市に人を集めてそこで産業を担って地方を活性化していくしかない、ということのようだ。そうかもしれない、あるいはそれも仕方ない、というのが多くの人々の漠然とした見方のように思う。

産業創生の可能性

私は、これまでわが国の高度成長を担ってきた工業分野の今後の発展には殆ど期待していない。理由は実質賃金の低下により国民の購買力が下がっていること、諸外国と比較すると、わが国は新たな産業を生みだす基盤となる教育と研究への国家的投資を著しく怠ってきたこと、そして、近代の爆発的な工業発展を可能にしてきたエネルギーや資源に限界が見えつつあることである。つまり、こうした現状が続く限り、大がかりな「新産業の創出」とかそれによる経済発展などは到底無理と思われる。もし、実際に事態がそのように推移し、かつ地方が消滅していくとどうなるのだろうか。わが国は海外で売れる物がなくなって行くと同時に、食料はますます輸入に依存する状況に陥る。しかも国家財政はすでにほぼ破綻状態で、今後公共的サービスの低下に拍車がかかるだろう。そんな中でわれわれはこれまで同様の暮らしを維持できるのだろうか。

地方回帰の必要性

東北の漁村に立ってそんなことに思いを巡らすと、今の東京には富が集中しているものの、実質的にほとんどのエネルギー、物資を外からの供給に頼る、きわめて危うい都市であることを再認識させられる。しかもその維持のためのコストは莫大であろう。しかし、それを維持しているメカニズムになんらかの形で亀裂が入った場合、東京と日本は大混乱に陥る。それは地震とか噴火のような自然災害によるものかもしれないし、経済的破綻のような社会的要因かもしれない。となると、われわれが今後目指すべきなのは、都市への集約ではなく、むしろ人々が自活できるような一次産業を基盤に持つ地域を中心にしたコミュニティの形成なのではないか。理想的にはエネルギーと食料とがおおむね自活でき、物とお金と人が中で回るようなシステムである。これは悲観的予想に基づくあまりに単純な発想かもしれないが、私にとってはあてのない経済発展に期待するよりは、むしろはるかに現実的で目指すべき視点と思える。残念ながら、私にはそれを進める具体的な筋道をここで提示することはできない。しかし、少なくとも、われわれには「地方の消滅」を他人事のように座視している余裕はもはやなく、むしろ「都市の崩壊」のほうが実はかなり近い将来に先に訪れるのではないか、それを想定した動きをすぐにでも始めることが必要なのではないか、その前にわれわれの意識を相当変える必要があるのではないか、これが東北の漁村で研究に携わってきた私の実感である。(了)

  1. TEAMS Webサイト(http://www.i-teams.jp/j/index.html)を参照下さい。また、得られたデータはTEAMSデータ案内所、リアス(http://www.i-teams.jp/catalog/rias/j/)に置かれています。

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