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オーシャンニュースレター

第399号(2017.03.20発行)

三陸サケ産業の復興~循環性の維持と地域漁業~

[KEYWORDS]ふ化放流/サケ漁業/サケ離れ
広島大学生物圏科学研究科教授◆山尾政博

東日本大震災によって多くの水産業が被災したが、三陸サケ産業も「サケ漁を復興の出発点に」を合言葉に、大型定置網漁とふ化場の復旧を優先させた。
しかし、復興事業によってふ化場は再建されたものの、漁獲量が減少したままであり、地域漁業から「サケ離れ」を招くなど、サケ産業が安定したわけではない。
安定した漁獲を得るには、ふ化放流事業が順調に進み、資源的に安定した状態が維持されることが期待される。

はじめに

2011年3月11日に発生した東日本大震災(以下、大震災)で被災した三陸水産業の復興が着実に進んでいる。被害を受けた北海道を含む7道県は、全国の漁業生産量の5割を占める、わが国の水産拠点地域である。被害総額は1兆2,637億円に達した。大震災から6年近い歳月が流れ、福島県以外では、漁港、漁船、養殖施設、大型定置網、加工流通施設の復旧が着実に進んでいる。以下では、岩手県のサケ漁業を事例にその復興状況や問題点、今後の方向性について述べてみたい。

サケ産業がもつ循環性

岩手県はもとより三陸の水産業において、シロザケ(Oncorhynchus keta;以下、サケ)は基幹的な魚種である。サケ産業を成り立たせるのは、ふ化放流場、大型定置網を始めとする漁獲漁業経営、加工・流通施設等である。地域によってその成り立ちは違うが、図1に岩手県をモデルにしてサケ産業の循環性を図解する。
サケの場合、その母川回帰性を利用した人工ふ化放流事業の成果を出発点に成り立っている。来遊してきたサケを親魚として主に河川捕獲し、採卵・ふ化・飼育して稚魚を放流することから始まる。サケ漁業は、資源増殖活動の成果が反映しやすいサケの特性を活かしたふ化放流技術の発展によるところが大きい。海洋で成長し母川回帰するまでに要する期間は、2年から8年、平均すると4年から5年かかると言われる。
産卵が近づき、来遊してきたサケを沿岸で漁獲するのは主に大型定置網だが、はえ縄や刺網でも漁獲される。岩手県では漁協が大型定置網を操業するケースが多い(漁協自営と呼ぶ)。水揚げされたサケは、漁協の販売事業によって選別されて産地市場に出荷される。市場では、セリなどを通して加工・流通業者に買い取られる。
サケ漁業を支えているふ化場を運営する経費は、サケを漁獲する大型定置網、はえ縄等の漁獲金額から徴収される賦課金によって賄われる。岩手県では漁獲金額の7%がさけ・ます増殖協会に対して賦課金として支払われる。これをもとに協会は各ふ化場に対して、予め計画した卵や放流稚魚に対して運営経費を支払う。つまり1尾あたり、河川放流の稚魚1.5円、海中飼育1.8円、発眼卵1.0円、受精卵0.7円、耳石放流稚魚3.2円で買い取るのである(2015年度)。なお、県内全体の賦課金の82%は大型定置網経営によるものである。
図1に示したように、岩手県内では漁協が中心になって大型定置網漁を操業し、同時に、ふ化場を運営する。ここでは定置網漁操業のための乗組員が数十人規模で雇用され、ふ化場では数人から10名程度が働いている。大震災によってふ化場、大型定置網漁、流通・加工施設のいずれも大きな損害を受けたが、それぞれの復興は、サケ資源に依存する地域社会にとって緊急の課題であった。

■図1 サケ回帰で循環する岩手県地域漁業
(資料:山尾・天野(2015)より抜粋)

復興後も続く不安定な漁獲

復興事業で再建されたさけ・ますふ化場■図2 岩手県さけ・ます漁獲高の推移
(資料:岩手県庁、岩手県水産技術センター)

被災地では、「サケ漁を復興の出発点に」を合言葉に、大型定置網漁とふ化場の復旧を優先させた。最も急いだのは、壊滅に近い被害を受けたふ化場の復旧であり、9月に始まるサケの遡上にあわせて採捕、ふ化・放流を再開することであった。稚魚の放流を中止すると4〜5年後の来遊数が減ってしまう。ただ、地震と津波によって河川環境が大きく変わり、再開は容易ではなかった。水が不足したり、零細な規模のふ化場は統廃合された。
図2には、岩手県のサケ・マスの漁獲高の推移を示しておいた。ピーク時には7万トンの漁獲量があったが、2011年には8千トンにまで落ち込んだ。最近はやや回復の兆しを見せているが、このように漁獲高が大きく減少すると、ふ化場によっては十分な数の親魚を採捕できなくなる。他のふ化場から卵や稚魚を融通してもらわなければならない。復興事業によってふ化場は再建されたが、ふ化放流事業が安定したわけではない。一方、サケを主要な漁獲対象としていた大型定置網漁では、長年にわたってサケの漁獲量が減り続けている。サケの漁獲と販売に依存する度合いが高い漁協経営に大きな打撃を与えている。漁協がふ化場の操業をこれまで通りに支えられなくなり、サケ産業がもつ循環性を維持できなくなる恐れもある。
サケ産業が不安定になっているもう一つの原因は、サケ・マス消費が国産から海外産に移っていることである。消費量の5〜6割は輸入サケ・マスによると推計される。このため、北海道や三陸の産地に水揚げされたサケの取引価格が長年にわたって低迷してきた。国内市場で処理しきれない量は冷凍ドレス(頭・内蔵を取り除いたもの)等にして中国、タイ、ベトナムの加工場に輸出される。2005年の輸出実績は66千t、金額にして147億円であった。しかし、最近は漁獲量が減少したことに加え、主な輸出相手先である中国の経済減速によって、2015年の輸出は22千t、72億円に落ち込んだ。

「サケ離れ」する地域漁業、サケ漁業の今後

岩手県では震災を前後してサケの流通・加工業に大きな変化が生じた。漁獲量が減少したため、サケをめぐる集荷競争が激しくなり、少数の中核的加工企業の力が強くなった。人手不足が深刻になり、産地市場によってはサケの選別を厳密に行わなくなった。以前のように、多様な規模の企業がサケ原魚を入手できる状態ではなくなった。小規模な加工場は、大手業者から冷凍ドレスやフィーレ(3枚におろしたもの)を仕入れて、二次加工や最終製品の生産に特化する傾向がみられる。あるいは、海外産のサケ・マスを利用する動きもある。流通・加工業において「(国産)サケ離れ」が着実に進んでいるのである。大型定置網漁、漁協の販売事業にも同様の傾向があることから、地域経済がサケ資源に依存できなくなっている。今後の復興過程では、消費市場や地域漁業における「(国産)サケ離れ」現象を分析する必要がある。
漁獲されるサケに占める「ふ化放流魚」の割合が高まっている。岩手県に回帰するサケのほとんどがふ化放流魚によって成り立っている、と表現されるほどである。しかし、野生魚に比べて環境適応力が低いと言われるふ化放流魚が過放流になって、海洋において野生魚の収容力が低下している可能性が指摘されている(永田・宮腰、孵化事業の光と影『サケ学大全』帰山他 2013)。安定した漁獲を得るには、ふ化放流事業が順調に進み、資源的に安定した状態が維持されることが望ましい。(了)

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