Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第352号(2015.04.05発行)

第352号(2015.04.05 発行)

海の健康管理は地域海の良好な環境状況」達成にはじまる

[KEYWORDS]海洋環境/海洋戦略枠組み指令(MSFD)/良好な環境状況(GES)
フランス国立海洋開発研究所(IFREMER)、笹川平和財団海洋政策研究所客員研究員◆Yves Henocque

ヨーロッパではEUにおける海洋の環境戦略として海洋戦略枠組み指令(MSFD)が発効、海の健康度を診断するための「良好な環境状況」(GES)を判定する項目が定められ、それらをどう測定して定義すべきか模索が始まっている。
MSFDは、ヨーロッパの海を、生態系を基盤として統合的に管理することをめざし、国ごとではなく、地域海のレベルでガバナンスの仕組みを作り、地域の海全体が良好な環境状況になるように取り組んでいる。


海の健康

先ごろ国連事務総長によって持続可能な開発目標(SDGs)に関する統合報告書(Synthesis Report)※1が提示された。報告書は開発目標達成のための主要素6項目について言及し、「われわれは、大洋、海、河川、そして大気を地球の遺産として守り、気候の公平性(Climate Justice)を達成しなければならない」としている。この報告書の大部分は、持続可能な開発目標に関する公開作業部会の第8回会合の中で作成され※2、「人は健康な心臓、肺なくして正常に生きていくことはできない。同様に、地球も健康な海洋なくして生存し続けていくことはできない」ことが強調された。また、開発目標達成のための具体的目標の一つとして、「海洋がもつ基本的な生命維持・調節機能を確保するために、必要に応じて地方、国、あるいは地域レベルで総合的かつ生態系に基づく管理のアプローチおよび措置を確立し、これを適用することによって健康な海洋生態系と生物多様性を実現」すべきことが強調された。
人類が自然環境に対して加える改変が地球規模にわたるものとなっている今、海洋がどのように健康であるべきか、また、よき意図を持つだけでなく目に見える成果を生み出すためにはいかなる方法が取られるべきかを明確にすることが、われわれにとっての課題である。

どれだけ健康か

生態系の健康度を示す各種の指標は、その適用を誤れば、現実の世界に起こった事象に関して情報を得る手がかりとならず、あるいはまた、実際には起こっていない事象に関して誤った警告を発することにもなり得ることが、詳細な研究によって明らかにされている(Rice,2003)。さらには、これらの指標が何らかの事実を実証するものであるためには、何を評価の条件とし、あるいは基準値とするのかについて、一定の価値判断を行うことが必要となる。しかし、Laurence Mee (2008)が述べるごとく、「基準値は、より大きな生態系における変動を検証するにあたって、一定の時間内また空間内において、それが『安定した状態』を指すものであるとの錯覚を生む」ことになる。一方で、人の記憶は短いものである。中でも世代を超えた記憶は特に短い。例えば今から200年前、イギリス海峡には広範囲にわたって牡蠣が繁殖していた。ところが19世紀に至って乱獲と汚染によってその繁殖地が次第に破壊され、代わってより移動が自由なヒラメが繁殖。以来、一帯は大規模なトロール漁の対象となって、ヒラメの数は次第に落ち込んでいってしまったのである。
Meeが同論文中で問いかける如く、基準値を牡蠣が豊かに繁殖する海床に求めるべきか、あるいはヒラメの数が豊かな海床に求めるべきなのか、という疑問が生まれる。Meeが提唱する如く「基準値」を定めるためのひとつの有効な道は、代表的な生息域を網羅して実効性を発揮できるだけの広さを持つように、海洋保護区をネットワーク化することである。「良好」な状態を数値的に定義する場合、その数値がいかに精緻であっても、そこには常に主観と価値判断が多少なりとも(大きく)介在するのである。
「良好な環境状況」(GES)とは、ヨーロッパの「海洋戦略枠組み指令」(MSFD)の中核を成すもので、11項目にわたる判定基準(表参照)が定められている。現在、科学者および利害関係者の間で各項目をどう測定すべきか、すなわち「良好な環境状況」をどう定義すべきか、模索が続いているが、これらの項目は、海洋資源を持続可能なあり方で利用しながら、海洋環境を保護し、その劣化を防ぎ、可能な側面においてその回復を図ることをめざすものである。

国の海と地域の海

■海洋戦略枠組み指令(MSFD)が定める地域海および準地域海

MSFDは、EUにおける海洋の環境戦略として2008年7月15日に発効した。この後各加盟国はこれを国内法に組み込んで一定の枠組みを作り、2020年までに自国の海洋内にGESを達成あるいは維持するために必要な施策を講じることが求められている。このようにMSFDは、ヨーロッパの海を(これが沿岸域に適用されるときには沿岸域を)、生態系を基盤として統合的に管理することをめざすものである。すなわち、MSFDは単に各加盟国に向かって個別に海洋戦略を展開するよう呼びかけるのではなく、各国が相互に協力・連携し合い、さらに必要に応じて域内の同じ海を共有する第三国とも協力・連携することを促すものである。したがってその主要課題は、地域海のレベルでガバナンスの仕組みを作り、地域に存する海全体が良好な環境状況になるようにMSFDを一貫性をもって実施することである。当然ながらいかなるガバナンス体制も、地域海条約・行動計画、地域漁業管理機関等、地域に既存の組織を活用すべきである。
現在、ヨーロッパにおける地域海のガバナンス体系は未だ、EUが掲げる諸政策、各種地域海条約、さらには地域漁業管理機関等の部門別組織の間できわめて細分化された状態にある。さらに、各地域海(バルト海、黒海、地中海、北東大西洋等)はそれぞれ特殊性をもち、また、それらの中でもさらに準地域海(図参照)に細分化される必要性をもつもの(地中海、北東大西洋)もある。すなわち、今後ガバナンスの体系やメカニズムなどのあり方は一つではなく、個別の制度的ネットワークや、保全や経済的利益に関する国際的・地域的取り決めの間での連携を必要とするものである。(了)

※1 ポスト2015年アジェンダに関する国連事務総長統合報告書『2030年尊厳達成への道―貧困を終息させ、すべての人の生活に変革をもたらし、地球を保護するために』(2014年12月、ニューヨーク)
※2 『海洋に関する持続可能な開発目標に向けての提案(2014年2月11日 グローバル・オーシャン・フォーラムにおいて作成)』
● 本稿は英語で寄稿いただいた原文を翻訳・まとめたものです。原文は笹川平和財団海洋政策研究所のホームページ(/opri/projects/information/newsletter/backnumber/2015/352_1.html)でご覧いただけます。

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