Ocean Newsletter

オーシャンニュースレター

第435号(2018.09.20発行)

環境DNAが海の未来にもたらすもの

[KEYWORDS]eDNA/潜水目視調査/海洋生物資源
京都大学フィールド科学教育研究センター准教授◆益田玲爾

環境中に残されたDNAから生物の在・不在や現存量を推定する技術を環境DNA分析と呼ぶ。
誕生してわずか10年の技術ながら、淡水域では外来種の検出等に利用されている。
環境DNAを用いた海洋生物の多様性評価や現存量推定についても方法論が確立されつつある。
環境DNA分析の検出力は絶大であることから、対象生物の保全に十分配慮するなど、適切な使い方について慎重に議論されるべきである。

環境DNAとは

環境DNA分析とは、水に含まれるごく微量のDNAを検査して、そこにいた生物を検出する技術です。動物が生きていれば糞や尿を排出したり、皮膚がはがれたりしますし、植物でも葉や茎の一部はちぎれます。これらが水中に漂った状態のものをフィルターでこしとり、DNAを抽出し、PCR※1という手法で分析可能な量まで増幅し検知します。
微生物の研究では、顕微鏡で形を見分けるよりもDNAで識別した方が確実であることから、1990年代からすでに、水を濾過してそのDNAにより種類を見分ける技術がありました。脊椎動物でも残存したDNAから種の判別が可能であることが初めて示されたのは2008年のことで、フランスへ外来種として侵入したウシガエルについて、池の水中に残されたDNAから生息状況の判定がなされました。2011年には、淡水魚を飼育する水槽の水からそれぞれの魚種のDNAが検出できることを、総合地球環境学研究所の源 利文さん(現神戸大学)らが報告しています。
環境DNA分析では、種特異的なプライマー※2か、または汎用プライマーを用います。前者では、対象種に特有なDNAの部位だけを増幅して生物種を検知できるようにします。一方、後者では、広い生物分類群のDNAをまとめて増幅し、これらを各種生物が登録されているDNAデータベースにあるDNA配列と自動的に見比べて、そこにいた生物の種類を推定します。特定の生物種の定量には種特異的プライマーの方が簡便ですが、多様な生物の在・不在を同時に捉えられる点で汎用プライマーは強力です。

環境DNAを海で試す

2012年、龍谷大学の近藤倫生さん(現東北大学)の呼びかけにより、(国研)科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業(CREST)の一環として、環境DNAのプロジェクトが立ち上がりました。近藤さんは、上記の源さんと話すうち、これを海洋生物資源の分布や多様性の評価に用いれば革命的なのではないかと考えたそうです。
私はこれまで、水槽で魚を飼育したり潜水中に見られる魚を記録したりといった研究をしてきました。職場のある舞鶴湾では過去16年以上にわたり毎月2回の潜水調査を継続しています。近藤さんのお招きにより龍谷大のセミナーで講演したことが縁で、環境DNA技術を海で試す機会に恵まれました。
最初に取り組んだことは、潜水中に見られる魚のDNAが採取した海水から検出できるかどうかという確認です。私が潜って集めた海水を源さんが種特異的プライマーを用いて調べたところ、ホンベラ、クロダイなど、潜ってみられる魚が検出されるだけでなく、潜水中には見られないけれど当地で釣れるスズキのDNAも検出されました。また、水槽実験では、魚の数を増やせばそれだけ放出されるDNAが多くなることも確認しました。
2015年、千葉県立中央博物館の宮正樹さんらにより、脊椎動物の汎用プライマーMiFishが開発されました。これを舞鶴湾の海水について試した宮さんに「こんなDNAが検出されましたよ」と見せて頂き、私は驚愕しました。夏のある日の午後に採取した海水のDNA分析の結果は、長年にわたり潜水して記録した魚の大半をカバーしているではありませんか。
MiFishを用いた環境DNAメタバーコーディングという手法では、検出されたDNAの数の多い順に動物種がリストアップできます。舞鶴湾の調査では、 1位がカタクチイワシ、2位がマアジとなっており、これらは潜水目視で記録された上位2魚種です。以下、コノシロ、ヒト、ブリ、クロダイなどが続きます。リストには舞鶴港に水揚げされる魚も多く含まれていました。全部で119種のうちリストの下位の種名を見ていて、再度驚愕しました。90位になんと、ネアンデルタール人が挙がっています。ひょっとして、私のことでしょうか。気になって宮さんに尋ねたところ、「ヒト(ホモサピエンス)とネアンデルタール人でMiFishの増幅領域に違いがないための誤検出」とのことで、少し安心しました。
環境DNAは放出源に近いほど高濃度で検出され、放出後1日で7割から9割が分解されます。したがって、比較的最近に近くにいた生物を検知できる技術ということになります。それでも、一瞬前までいたかもしれない魚や隠れている魚を見落としている潜水調査に比べて、おそるべき検出力です。潜って魚を数えることを生業としてきた私は、現世人類に居場所を奪われたネアンデルタール人のようなものです。

潜水調査をする筆者とバディーの大学院生。右手に水中カメラ、左手に水中ノートと採水バッグを持つ。採水試料はバディーの持つキャッチバッグに入れて運ぶ。(2017年3月、気仙沼市舞根湾にて、福田介人氏(フクダ海洋企画)撮影) 京都大学舞鶴水産実験所の調査船緑洋丸から環境DNA分析用の試料海水を採取する神戸大の学生および研究員。野外での作業は水を汲むだけで終了する。(2016年6月、舞鶴湾にて筆者撮影)

環境DNAの使い道

環境DNA分析にも限界はあります。まず、小さな魚が多数か大きな魚が1尾かの区別はできません。また、死んだ魚からは1尾でも多量にDNAが放出されるため、その魚がたくさんいるかのように見積もってしまいます。魚が他の魚に食べられた瞬間には大量のDNAを放出するため、餌になりやすいイワシ類は相対的に多量のDNAを放出するのでしょう。魚が産卵したり放精したりする際にも、多量のDNAを放出します。もっともこれを利用して、産卵の場所やタイミングを調べることが可能かもしれません。
外来種の侵入状況を明らかにするため、環境DNAはすでに実用化されています。また希少種の生息域を見つけて保全するのにも有用です。魚の回遊経路を明らかにする上でも使えそうです。さらに、堆積物中には比較的長期にわたってDNAが残されるので、これを用いて過去の生物群集の情報を得ることもできます。
誕生してわずか10年の技術ながら、環境DNAの持つポテンシャルは無限です。こうした技術について、正しく使われる道筋をつけるのもまた、開発に関わった研究者の使命かと思います。たとえば、魚の多い場所がこの技術でわかってしまうなら、環境DNA技術は保全とセットで考えるべきです。
2018年4月、環境DNA学会が発足しました。学会のホームページ※3にもある通り、「環境DNA学を生態系の持続的利用や環境保全など、人類全体の幸福に資する学問分野として育成、発展させること」を目指す学会で、本年9月末には、最初の大会が開催されます。海に興味のある方ならそれぞれの用途が思い浮かびそうな夢の技術について、正しい使い道を模索したいと思います。(了)

  1. ※1Polymerase Chain Reaction(PCR)=DNAに含まれる特定の配列を増幅するための原理または手法
  2. ※2DNAの合成・複製に必要となるDNAの部位・断片
  3. ※3環境DNA学会 http://ednasociety.org/

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