Ocean Newsletter

オーシャンニュースレター

第419号(2018.01.20発行)

自然に学ぶネイチャー・テクノロジーと心豊かな新しい暮らし方

[KEYWORDS]ネイチャー・テクノロジー/持続可能な自然/自然に学ぶ暮らし方
(同)地球村研究室代表社員、東北大学名誉教授◆石田秀輝

喫緊の課題である地球環境問題とは人間活動の肥大化である。
これを新しいテクノロジーやサービスを用いて、我慢することなく心豊かに暮らしていくことが求められている。
子供や孫が大人になったときにも、笑顔あふれる美しい国であって欲しいとの思いから、自然に学ぶ心豊かなものつくりと新しい暮らし方の「かたち」に、社会や生活を変えていく必要があるのではないか。

自然の中にある知恵

地球は今から約46億年前に生まれた。大気は60気圧もあり窒素、二酸化炭素と水蒸気が凝縮された分厚い雲で覆われ、地上には太陽の光が届かない暗黒の世界が長く続いた。その後、徐々に地球が冷えて、ある温度まで下がって来た時、雲が水滴に変わり豪雨が地上に降りそそぐようになり海ができ上がった。41億年ほど前のことである。生命が誕生したのは38億年ほど前で、酸素のないところでも生きられる原核単細胞生物が海中の有機物を栄養にして進化した。しかし、有機物には限りがあり、自分で栄養を作り出す手段が必要となった。およそ35億年前、光のエネルギーを利用して二酸化炭素と水から栄養と酸素を作り出すシアノバクテリア(光合成細菌)が誕生した。そして、20億年ほど前にシアノバクテリアが大量に発生したことで大気中の酸素濃度が0.2%ほどになり、それが生命体を破壊する紫外線を吸収してくれるオゾン層をつくり、光合成生命体が浅海へ、そして地上に進出するきっかけとなった。今、地球の大気中の酸素の濃度は21%だが、このような大気に近づいたのは5億年ほど前で、この時大量の生物が発生した。
一方で4億4,000万年前から6,500万年前の間に起った5回の大量絶滅の歴史のそれぞれで、すべての生物の70〜95%以上が絶滅した。このような過酷な条件の中で、生き物はそれぞれの環境に合わせて進化し生き延びてきた。そのための知恵は驚くばかりである。外敵や厳しい環境から自分を守り、高い効率で海の中を移動し、熱や超音波で獲物を探し、安全に子孫を育てるというようなメカニズムを、多くのエネルギーを使わず、当たり前のように使っている。もう一度、地球史46億年、生命史38億年の長い歴史の中で創り上げてきた生き物たちの驚くような工夫を学ぶことで、環境負荷を大きく低減できる新しい暮らし方が見えるかもしれない。

地球環境問題の本質

地球環境問題は人類にとって喫緊の課題ではあるものの、多くの努力にもかかわらずその成果はなかなか現れてこない。その結果、環境劣化はますます拡大し、現在が第6回目の大量絶滅期だとも言われている。なぜか? それは、地球環境問題の本質の議論が希薄であるということかもしれない。現在、われわれの周りには7つのリスクがある。それはエネルギー問題、資源の枯渇、生物多様性の劣化、水の分配、食料の分配、急激な人口増減、地球温暖化に代表される気候変動である。重要なことは、これら7つのリスクはわれわれが創り上げたリスクであるということである。ちょっとした快適性や利便性を求めた結果、その積み重ねが幾何級数的な負荷を地球に与え、本来リスクとならなかったものを限界にまで追い詰め、自らの首を絞めているようなものである。言い換えれば、地球環境問題とは『人間活動の肥大化』そのものであり、この肥大化を如何に停止縮小できるのか、それも我慢することによってではなく、ワクワクドキドキする心豊かな暮らしを担保しながら停止縮小させねばならない。

■図1 ネイチャー・テクノロジー創出手法

ネイチャー・テクノロジー

自然は、長い歴史の中で淘汰を繰り返し、完璧な循環をもっとも小さなエネルギーで駆動する地球上で唯一の持続可能な社会を創り上げている。われわれが18世紀後半から地下資源・エネルギーを使って自然界に存在しないものをつくり、その結果大きな負荷を地球に与え、自らが文明を維持できないところまで追いつめている今、改めて人と地球の関わりを考えてみる必要があるだろう。
ザトウクジラの胸ビレの前縁にはコブが付いていてその凸凹の谷の部分の後方にできる渦が水の抵抗を抑えつつ揚力を生む。そのため浮袋を持たないザトウクジラがゆっくりと泳いでも失速して沈むことはない。すでにこの凸凹を利用して高効率の風力発電機が検討されている。ハコフグは頑丈で低抵抗、これをヒントにベンツ社はバイオニックカーを提案した。サメの楯鱗やマグロ体表のぬめりから高速水着が生まれ、デジタル回路の入力方式であるシュミットトリガもイカの神経系の研究の成果である。
無論、今存在する機器を自然のメカニズムを使って効率化にすることは可能である。例えばエアコンのファンに小さな凸凹を付ければエコ化には大きく貢献できるが、それだけでは対処療法的で本質的ではない。
今求められている新しいテクノロジーのかたちは、自然やコミュニティから離脱してしまった個(人)をもう一度自然やコミュニティとおしゃれにつなぎ直すことではないかと思う。すなわち、低環境負荷でワクワクドキドキする心豊かなライフスタイルをバックキャスト思考で描き、それに必要なテクノロジー要素を抽出し、その要素を自然の中に探し、サステイナブルというフィルターを掛けてリ・デザインすることである。このようなテクノロジー創出手法を「ネイチャー・テクノロジー」と呼び、泡に学んだ水の要らないお風呂、土に学んだ無電源エアコン、トンボに学んだ高効率の風力発電機、カタツムリに学んだ油汚れも水で落ちる表面など、多くのものが開発され市場に投入され始めている。

■図2 ハコフグに学ぶ高強度軽量技術
(出典:Emile H.Ishida Earth Village Research Lab)

間抜けの考察

厳しい地球環境制約の中で求められる心豊かなライフスタイルに関する研究も進んできた。今、社会は自立型のライフスタイルを求めていることは明らかであるものの、市場に投入されるテクノロジーやサービスは依存型のライフスタイルを煽るものばかりで、社会が求めるものとは大きく乖離している。一方、自立型のライフスタイルといえば、自給自足、古民家、田舎暮らしなどであり、これではなかなか自足型の暮らしに憧れてはいても距離がある。自立と自足の間にすっぽりと穴が開いているのである(『間抜』け)。この『間』を埋めるテクノロジーやサービスが今求められているのである。
そしてこのテクノロジーやサービスを自然の要素を使って形にするのである、これこそが、新しい時代に求められる新しい暮らしとものつくりのかたちだと思う。(了)

■図3 間抜けの構造

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