Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第417号(2017.12.20発行)

南鳥島レアアース泥の開発に基づくわが国の資源戦略

[KEYWORDS]海底鉱物資源/国産資源/資源安全保障
東京大学大学院工学系研究科エネルギー・資源フロンティアセンター教授◆加藤泰浩

日本の排他的経済水域内である南鳥島周辺海域において、「超高濃度レアアース泥」が発見された。
国産資源である南鳥島レアアース泥を最大限に活用し、日本国内において「採掘」から「ものづくり」までの一連のサプライチェーンを構築することで、わが国の持続的な経済成長と資源安全保障を同時に実現できる。

新たな海底鉱物資源「レアアース泥」

レアアースは、最先端のハイテク機器や環境技術を支える強力磁石(ハイブリッド車、電気自動車、風力発電機などに使用)や蛍光体(LED照明に使用)、さらには次世代型インフラの基盤となることが期待される新合金(Al-Sc合金)や高効率燃料電池(SOFC)他などに必須の元素群である。現在の日本におけるレアアース使用製品の市場規模は5兆円(GDPの1%)に達し、さらに将来のスマート社会・グリーン社会の実現に向けて、その規模は一層拡大することが見込まれている。その一方で、レアアースの世界生産量については依然として85%を中国が占めており、先進諸国はこの戦略的元素の供給や価格の安定性に不安を抱えている。最先端産業を基盤とするわが国の持続的な経済成長を牽引するためには、質・量ともに安定したレアアース供給源の確保が不可欠である。2011年7月、われわれの研究グループは、レアアースを豊富に含有した深海堆積物「レアアース泥」が太平洋に広範に分布していることを発見した。このレアアース泥は、(1)レアアース濃度が高い、(2)資源量が膨大、(3)探査が容易、(4)開発の障害となるトリウム、ウランなどの放射性元素を含まない、(5)希酸で容易に抽出・回収できるなど、資源として有利な特長をいくつも備えており、まさに『夢の泥』と呼べるものである。なお、太平洋広域におけるレアアース泥の発見については、既に本誌No.276(2012/2/5)において報告している。

南鳥島EEZにおける「超高濃度レアアース泥」の発見

2012年6月、われわれはレアアース泥がわが国の排他的経済水域(EEZ)である南鳥島周辺海域にも存在することを発表した。これは、わが国が独自にレアアース泥の開発に着手可能であることを意味する。続く2013年1月、(国研)海洋研究開発機構と共同で、同機構の深海調査研究船「かいれい」による南鳥島EEZ内の調査航海(KR13-02)を行い、南鳥島の南方沖(水深5,700m)において、総レアアース含有量が6,600 ppmに達する「超高濃度レアアース泥」を発見した(図1)。この超高濃度レアアース泥は、産業上特に重要な重レアアースを、中国の陸上鉱床の20倍に達する高い濃度で含んでおり、極めて優良な鉱床といえる。
さらに、この超高濃度レアアース泥は海底面に近い部分(海底面下2~4m)に分布しており、資源開発の際に有利であることも確認された。また、航海中には、試料採取と並行してサブボトムプロファイラ(SBP)による地下構造イメージの取得(音波探査)も行った。観測された海底面下の堆積構造は、採取されたコア試料のレアアース濃度や岩相の変化とよく対応しており、レアアース泥の出現深度や厚さについての情報を船上から効率的に推定できることが明らかとなった。
われわれはその後も、2017年までに南鳥島EEZ周辺海域で計7回の調査航海を行っており、総計66本のコア試料を採取した。また、SBPによる南鳥島EEZ内全域のレアアース泥分布の概略探査もほぼ完了した。
これらのデータを解析した結果、南鳥島南方沖約250kmの海域(面積315km2)が実開発の対象として有望な海域であると推定された。この315km2の有望海域に存在するレアアース資源量は膨大であり、日本の2015年の年間需要と比較すると、ネオジム(Nd)は220年分、テルビウム(Tb)は2,600年分、ジスプロシウム(Dy)は330年分、イットリウム(Y)は1,600年分にも相当する。また、わが国が目指す水素を中心とする次世代エネルギー社会(水素社会)実現の要といわれているスカンジウム(Sc)については、現在の世界需要(15トン)のおよそ1万年分にも相当する膨大な資源量が存在する。この海域の1km2を開発するだけで、10年後に予想されるScの世界需要(250トン)をすべてまかなうことができるのである。

■図1 南鳥島で発見された超高濃度レアアース泥
(レアアース濃度はIijima et al.(2016)に一部加筆)

国産資源である「南鳥島レアアース泥」を活用した資源戦略

このように極めて高いポテンシャルを持つEEZ内のレアアース泥を実際に開発できれば、レアアースに関するわが国の資源戦略は一変する。現在のレアアース原料の国内市場規模は年間500億円程度であり、ベースメタルである銅の1/40程度と非常に小さい。その一方で、小さな市場であるからこそ、供給量や価格を左右する調整弁を握りやすい資源であるともいえる。現在、この調整弁は中国によって完全に握られている。前述のように、レアアースは発電機やモーターなどのエネルギー産業に必須の元素群であるため、例えば米国エネルギー省は、レアアースを戦略的元素と捉え、その安定確保を最重要視している。レアアース資源問題は、国家の生命線ともいえるエネルギー問題と極めて密接に結びついているのである。わが国にとっても、中長期的な資源安全保障という視点に立ったレアアースの安定確保戦略が必須といえる。
こうした資源戦略の鍵を握るのが、国産レアアース資源である「南鳥島レアアース泥」の開発実現である(図2)。そのためには、南鳥島レアアース泥の揚泥実証試験の早急な実施が望まれる。レアアース泥の揚泥技術が確立されれば、世界初となる海底鉱物資源の商業的生産への道が拓け、莫大なポテンシャルを持つ海底資源の開発において日本が世界のトップランナーになれる。そして何よりも、わが国の技術によってレアアース泥を「いつでも生産可能」と国内外に示すことは、南鳥島EEZ内に膨大な量存在するレアアース泥がそのまま天然の資源備蓄となることを意味する。さらにわれわれは、単なる資源開発に留まらず、南鳥島から安定供給されるレアアースを活用する既存産業の発展と新産業の創成、さらにはその先にある次世代水素社会の構築までを見据えている。国産資源の「採掘」から日本が誇る省エネ・エコ技術やハイテク新素材を基盤とする「ものづくり」まで、一貫した国内サプライチェーンを構築することができれば、真に持続可能な日本経済の成長戦略を実現することが可能となるであろう。(了)

■図2 東京大学「レアアース泥開発推進コンソーシアム」(29企業・機関が参加)による資源開発のイメージ図

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