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オーシャンニュースレター

第413号(2017.10.20発行)

海上自衛隊の南極地域観測協力

[KEYWORDS]南極地域観測協力/しらせ/女性自衛官
海上自衛隊砕氷艦「しらせ」航海科3等海曹◆新田千秋
海上自衛隊砕氷艦「しらせ」機関科3等海曹◆成田枝里香

私たちは、南極観測隊の輸送を担当する砕氷艦「しらせ」初の女性自衛官の乗組員として第57次と翌年の第58次南極地域観測協力に参加した。「しらせ」での砕氷航行や昭和基地での支援作業に携わり、過酷な環境下では団結した力がいかに重要であるかということが理解できた。
艦艇を動かすには、さまざまな職域の乗員による団結が必要であり、今後も女性自衛官の活躍の場を広げることに貢献したい。

海上自衛隊の南極地域観測協力

皆さん、砕氷艦「しらせ」(12,650t)をご存知ですか? 砕氷艦「しらせ」は、海上自衛隊に所属し、南極への輸送を任務とします。海上自衛隊の南極地域観測協力は、1963年に輸送担当が決定され、1970年第7次南極観測隊から協力し、現在に至っています(自衛隊法第100条)。
具体的には、観測隊員の輸送、昭和基地への食糧・燃料や建築資材等の輸送、昭和基地で発生した廃材等ゴミの日本への持ち帰りを行なっています。また、南極海での海底地形調査や海水温度計測、サンプル採取等の海洋観測、観測棟等建築物の設営・解体、周辺地域の除氷・除雪、電線の展張・修繕等の基地設営、観測隊の野外観測等多岐にわたる支援も行っています。
これまで医務官として女性自衛官の乗船はありましたが、正式な乗組員としての女性自衛官の乗艦は、2015年第57次南極地域観測協力10名(医務官1名含む)からです。私たち2名は、初の女性自衛官の乗組員として第57次と翌年の第58次南極地域観測協力に参加し、2017年4月10日に無事任務を終え帰港しました。

「しらせ」の航海

「しらせ」の航海は、通常11月上旬に東京・晴海埠頭を出港し、往路の経由地であるオーストラリアのフリーマントルへ向けて南下します。赤道付近では湿度が高くなり、「しらせ」の機関から大量のドレンが排出されます。また海水温度も上昇するため、水線下では結露が発生します。機械室の温度は45度位まで上がりますが、3~4時間毎にそれらのドレンをタンクに移動させます。フリーマントル入港後は艀船(はしけ)による燃料搭載をします。出港したら、海水の吸入口を、高位から低位に切替えます。これは、砕氷航行中に舷側に沿って氷の破片が流れ、吸入口が詰まるのを防ぐためです。これで、南極の海を進む準備が出来上がります。あとは暴風圏を突き抜けるだけですが、その間は船体が大きく揺れ続けるので、あらゆる物を太い綱で固定します。機関と船体の振動が合わさり、ナットが緩んで落下する場合もあるため、運転監視をとくに厳とします。吠える40度、狂う50度、叫ぶ60度と形容される荒海と海面が氷に変わり、いよいよ「しらせ」の本領を発揮する砕氷航行の始まりです。ラミングという氷に艦首を乗り上げ船体の重みで氷を割り進む航法や、艦首から海水を散水し、海氷に積もった雪を濡らし摩擦を軽減して氷を割りやすくする融雪散水装置を用い、乗員総員が一丸となって氷海を少しずつ進み、「しらせ」は昭和基地沖へと辿り着きます。

氷海突入前の整備にて、ネジを1本ずつ入念に整備している成田3曹

昭和基地での協力作業

南極に着くまでは、操艦作業の他、手旗や発光、旗旒(きりゅう)など視覚信号の実施、電子海図等の整備、他船舶等の見張りなど、航海中はさまざまな作業が待っていますが、停泊中も機器の整備、艦内受け持ち区画の錆打ちや塗装などの修繕等を行っています。また、礼式や儀式におけるラッパ吹奏も重要な任務のひとつです。
しかし、南極においてはそれまでとまったく異なる二つの基地設営支援作業が待っていました。まず一つ目は、昭和基地のヘリポート建設で使う生コンクリートの生成です。南極の環境保護のため南極大陸の土を使用し、土山からひたすら人力でバケツに土を入れ、バケツリレーの要領で攪拌器に投入し、水とセメントを混ぜて作成するものでした。作成途中は攪拌物が"ただの土"にしか見えず、本当にコンクリートになってくれるのか心配しましたが、翌年再度昭和基地を訪問した際、完成し立派に整備されたヘリポートを見て、自分も整備に携わったという気持ちが湧いてきました。
二つ目は太陽光発電のケーブル展張作業です。これは太陽光パネルから発電棟経由管理棟間にケーブルを、これまたひたすら人力で展張する作業なのですが、このケーブルが太い上に重く、電線のように掛けたり、地中のパイプに中通ししたり、さらに数十センチの建物の隙間に展張するため、這いずり回るという過酷な作業でした。それ故に最後のケーブルを接続し終えた時は、達成感に溢れていました。しかしその日の夕食時、腕に力が入らず、箸を握ることもままならない状況で、なかなかおかずを捕らえることができませんでした。周りを見渡すと同じような状況が繰り広げられており、お互い顔を見合わせ笑いあいました。いずれも艦船勤務では体験できない経験でした。
こうしてみると普段の勤務と基地設営支援作業がいかにかけ離れているかわかると思います。過酷な環境下では団結した力がいかに重要であるかと、南極地域観測協力行動という任務の特殊性、輸送支援のみならず国際的な科学調査の基盤支援協力であることが理解できました。

しらせ」が昭和基地沖に接岸した後、「しらせ」ゆかりの記念碑(ふじケルン)においてラッパを吹奏する新田3曹(左端)(南観班提供)

女性自衛官としての活路

艦艇を動かすには、さまざまな職域の乗員が協力することが不可欠です。運用や航海、通信、給養、飛行等、いろいろな職域がありますが、その中に機関科「ディーゼル員」という職種があります。筆者(成田3曹)が選んだのもこのディーゼル員でした。機関(ディーゼル)は艦艇の命だからです。射撃や航海等、船乗りの花形に憧れる気持ちもありますが、艦艇が動かなければそういう職域を活かすことができません。艦に命を吹き込むこと、そして、万が一故障しても乗員でディーゼルを分解して直すことが可能であることが、この仕事を選んだ理由です。
自衛隊では、すべての職域が女性自衛官に解放されているものの、2015年度より一層配置制限が解除され、海上自衛隊においては、潜水艦以外のすべてのポストに女性自衛官が就くことが可能となりました。そのような背景の中、希望が叶ってディーゼル員になったのですが、運転時や整備作業の際、男性に比べると力で劣り、不甲斐ないと思う時期もありました。しかしながら、今は小さい部品の整備や狭い箇所へ入っての作業等、手の大きさや体格の差を逆に利用して仕事をしています。男女の差別はいけませんが、区別は必要なことだと考えて仕事をしています。数年前からは当直でも責任ある立場となり、プレッシャーを感じながらの勤務ではありますが、同時にやりがいも感じています。艦の命を預かる機関科の一員として、これからも日々精進していく所存です。
まだまだ海上自衛隊における女性乗組員の数は少ないですが、南極地域観測協力の「しらせ」のような特殊な任務につく艦艇や任務を知って、興味を持って頂ければ幸いです。 今後も女性自衛官の活躍の場を広げて貢献したいと思っています。(了)

  1. 筆者らの所属は原稿執筆当時。第59次南極地域観測隊および「しらせ」は2017年11月12日出港予定

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