Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第412号(2017.10.05発行)

地域社会・経済と港湾の機能継続

[KEYWORDS]事業継続計画(BCP)/港湾物流/防災対策
前京都大学防災研究所教授、阪神国際港湾(株)取締役副社長◆小野憲司

事業継続は現代ビジネスの重要な経営課題の一つである。
グローバル物流が世界のビジネスを支える今日、港湾物流のような一企業の経営にとどまらない社会インフラにおいても、その物流機能の継続は、地域のビジネスコミュニティが共有する経営課題となりつつある。
自然災害や人為的な災害の発生リスクが高まる中で、港湾物流の分野においても機能の継続性と信頼性が強く問われる時代となっている。

事業継続計画(BCP)の起こり

自然災害やコンピュータのシステムダウン、工場火災等の産業災害、テロ等の人為的災害など現代企業の経営に対する脅威は数限りない。このような災害に遭っても企業が存続してゆけるようにあらかじめ災害に対する対応策を準備しておくための計画が事業継続計画(BCP:Business Continuity Plan)である。
BCPの起こりは1960年代のアメリカで企業活動が次第にコンピュータに依存し始めた際に立てられた災害復旧計画にあると言われる。コンピュータの導入は業務の迅速化、効率化を生んだが、コンピュータが故障すると業務が停止してしまうことから、事前にそのような事態への備えが必要となったためである。
1970年代以降コンピュータの性能が著しく高度化すると、企業はますますコンピュータに依存するようになった。一旦コンピュータシステムに異常をきたし、顧客に大きな損害が発生すると、企業は重要な顧客や市場シェアを失い、最悪の場合は倒産するといった事態に至る。このような事を背景として、単なる復旧計画ではなく、災害後の顧客離れを最小限度にとどめて企業の存続を維持するための備えとしてBCPが生まれたと言える。

■東日本大震災時の港湾被害
(写真提供:東北地方整備局港湾空港部)
■図1 災害とハザード

港湾物流にとってのBCPの意義

1995年に発生した阪神・淡路大震災においては、神戸港の港湾機能が地震によって停止し、被災した埠頭の迅速な機能復旧が図られたものの、震災以降、長期間にわたって港湾貨物の低迷が続いた。また、東日本大震災においても、港湾の復旧とその臨海部に立地する企業の生産の再開が遅れたことから、企業の市場シェアがなかなか回復せず、地域経済の衰退につながった。
災害は、地震や洪水、津波といった自然現象(ハザード)が社会の脆弱性と出会うことで起こる。発生したハザードに住民や財産等の社会、経済的な価値の集積がさらされ(エクスポージャー)、これらがハザードに耐える力を持っていない、すなわち脆弱性があると、災害が発生するという考え方である(図1参照)。
海上輸送と陸上交通網の結節点に位置し、コンテナ等の流通拠点であり、また、臨海部立地企業の生産活動を支える物流拠点である港湾は、船舶の入出や荷役を行う都合上、地震の大きな揺れや津波のリスクが高い臨海部から離れることは不可能である。このため、港湾におけるこれまでの防災施策は、防波堤の建設や岸壁等の物流施設の耐震強化、液状化対策の実施等のハードの防災対策に依拠してきた。
しかしながら、東日本大震災の発生によって、一旦大規模な地震や大津波が発生すれば、港湾機能の大幅な低下を免れることは困難であることが認識されると、港湾施設等の被災による物流機能の低下を前提とした機能継続マネジメントに正面から向き合う必要性に迫られた。また、2013(平成25)年12月4日に国土強靱化基本法が成立すると、港湾物流の分野においても、港湾の事業継続計画(港湾BCP)の策定が求められ、レジリエンシーの在り方が問われるところとなった。

BCPの方法論と意義

2012年に国際標準化機構(ISO)が作成したISO22301では、どのようなインシデントが発生しても経営の意思に沿う形で事業を継続することを目指して、BCP作成時にビジネス・インパクト分析(BIA:Business Impact Analysis)とリスクアセスメントを実施するように求めている。
ビジネスにとって、「災害」とは事業に必要な資源の全部もしくは一部が失われることを意味する。BIAでは、事業の実施に必要な資源を「たな卸し」した上で、災害時に事業活動の隘路(あいろ)となる可能性のある資源を明らかにする。BIAではまた、災害が引き起こす事業中断に対する顧客の受忍の限度を評価し、重要な顧客を失ってそれ以降の事業継続が困難とならないように、なるべく低い費用や労力のもとでサービス提供機能を的確に回復し、顧客離れのリスクを最小化しようとする。このようなBIAの概念を持ち込むことで、港湾BCPが顧客目線にたったより現実的で効果的な危機対応計画となると考えられる。
港湾はまた、国や地方の関係官署から半官半民の港湾運営会社、純民間企業である港湾運送事業者等のさまざまな主体の活動の場である。これらの企業・組織体は、それぞれが固有の業務ミッションやビジネスインタレストを有し、独自の経営、管理体制を持つため、港湾における事業継続計画は、企業のそれとは根本的に異なった様相を帯びる。
このようなことから、港湾物流の機能継続にあたっては、港湾で活動する企業・組織体が、災害等のビジネスリスクに関する情報を正しく共有し、各々のミッションやビジネスの共通基盤である港湾機能の継続に向けた協働体制を構築しなければならない。BIAなどを駆使した分析の成果は、そのための客観的、基礎的な情報を与えるという重要な役割を担う。
港湾という物流インフラがその機能を失うと、国家経済を支える流通の拠点や地域の生産と雇用の場が失われ、多様な企業のビジネス活動の場が失われることにつながる。港湾運営に係る国の官署から地域経営を担う地方自治体や港湾を場としてさまざまなビジネス活動を展開する民間企業に至るまで、港湾を活動の場とするすべての関係者は、しばしば相互に利害相反を起こす「呉越」の関係にあるとともに、港湾という船が沈むととたんに寄って立つ場所を失う、いわば「同舟」の友と言える。東日本大震災を教訓として、このような共通の基盤である港湾の機能を官民の協働でどのように継続させてゆくかについての議論が進んでいる。BCPの考えかたも、一企業の生き残りをかけた取り組みから、地域の経済コミュニティの存続をかけた取り組みへと発展してゆこうとしている。(了)

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