Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第409号(2017.08.20発行)

名古屋港水族館の繁殖研究の紹介

[KEYWORDS]名古屋港水族館/保護/繁殖研究
名古屋港水族館館長◆日登 弘

水族館は、命の大切さや「生命の神秘」を感じる場として社会的な役割を担っている。
名古屋港水族館もまたその役割を担うべく、生き物の命をつないでいく取り組みをしている。
その中で当館は、世界で初めてアカウミガメの屋内繁殖に、また日本で初めてベルーガの繁殖に成功した。
繁殖研究の成果を展示に還元することで、来館者の皆さまに命の感動を届けていきたい。

名古屋港水族館について

水族館の理念は、海に棲む生き物たちを通じて、水の惑星「地球」における海の大切さや、そこにかけがえのない多様な生命が存在することの不思議さを、多くの人たちに理解していただくことにあります。昨今では、水中生物に関する理解を一層深めるための教育活動や、水族館が独自に、または大学等の研究機関と協力して行う学術的な調査・研究活動についても、社会的な期待が高まっております。これらの活動は、飼育生物の生存や繁殖、あるいは自然界における保護活動などを根底から支える重要な使命と考えております。
名古屋港水族館は、1992年にオープンした南館と、2001年に完成した北館の2つの施設から構成されており、約500種50,000匹の生き物を飼育展示しております。
ここでは名古屋港水族館が保護・繁殖・研究活動を進めている多くの種の中からウミガメ(爬虫類)、ベルーガ(鯨類)の2種類を取り上げ、その繁殖研究成果をご紹介します。

ウミガメ類の繁殖

砂中から這い出したばかりのアカウミガメの子ども

名古屋港水族館は、世界で初めて、屋内にウミガメが産卵するための人工砂浜を備えた水族館として1992年10月にオープンしました。1995年には世界で初となる、屋内施設でのアカウミガメの繁殖に成功し、以来、ほぼ毎年産卵しています。これまでに産卵したウミガメ類3種の産卵数は約18,000個、ふ化した子ガメの数は約9,400匹にのぼり、この数はおそらく国内最多であろうと思います。
当館のウミガメ回遊水槽には、2つの大きな特徴があります。1つはドーナツ型の水槽で、自然の海と同じようにウミガメが壁にぶつかることなく泳ぎ続けることができるということです。2つ目は水槽に隣接して、幅約5m、奥行き約20m、砂の深さが1〜1.5mの人工砂浜があることです。水槽上部には高感度カメラが5台設置され、交尾行動や産卵行動を観察することが出来ます。また人工砂浜の水際には赤外線センサーが設置され、ウミガメが上陸するとセンサーが反応し、飼育係に情報が伝達されるようになっています。このシステムによって、リアルタイムでウミガメの産卵行動が観察できます。当館のウミガメの飼育設備はこれだけではありません。水族館の隣には"カメ類繁殖研究施設"が併設されています。ここには、人工ふ化場や子ガメ育成用の水槽があります。ウミガメ回遊水槽の人工砂浜で産まれた卵は、翌日、人工ふ化場に移設されます。人工ふ化場では、砂中温度を調整することができるようになっています。ウミガメ類の発生過程には温度依存性決定(TSD; Temperature-dependent Sex Determination)と呼ばれる性質があり、それは産卵後の卵の環境の温度によって、性別が決まるというものです。ウミガメ類は29℃を境にして、それより高温であればメス、低温であればオスが多く生まれる傾向にあります。当館では生まれてくる子ガメの性比を1:1にする様に、人工ふ化場の砂中温度を29℃に保っています。生まれた子ガメの育成水槽では、一個体ずつ飼育することによって、個体ごとの摂餌の有無を確認し、他個体による咬傷を防ぐことができるように飼育管理しています。
このように、名古屋港水族館は交尾から産卵、ふ化、育成までの一連のサイクルを屋内で全て完結できる水族館であるため、来館者の皆さまには、産み落とされた卵や、赤ちゃんガメに触れていただける機会を設けています。実際に触れ合うことで、小さな体に秘められたたくましさを感じていただいております。

ベルーガの繁殖

名古屋港水族館で産まれたベルーガの子ども(写真上部繁殖個体)

ベルーガは北極圏またはその周辺に生息するハクジラの仲間で、国内では4つの水族館で飼育されています。雄は体長4.5m、体重1.5トン、雌は体長4m、体重1トン近くに成長します。氷の張った海域を回遊するこの種は、寒さから体を守るために皮下脂肪が20cm近くになります。また、繁殖は春季に河口などの沿岸部に雌雄が集まって行われるため、野生下の繁殖生理に関する情報を1年通して入手することは難しい状況にあります。名古屋港水族館では、2001年に6頭(雄2、雌4)の飼育を開始し、2004年7月には日本で初めて繁殖に成功、その後4例(合計5例)の繁殖がありました。
鯨類の繁殖は、繁殖期(交尾期)・妊娠・出産・育仔と大きく4つのステージに分かれています。4月〜5月の繁殖期では雄から雌への追尾、雄のペニスの露出や腹を合わせる行動などが観察されますが、排卵直前になるまで雌は交尾を受け入れません。排卵近くなると雌からも雄に寄り添う行動が観察され、交尾を受け入れるようになります。妊娠診断は血中ホルモン濃度の上昇と超音波検査による胎仔の確認で行います。超音波検査では胎仔の成長や元気に動いている様子を確認することができます。
妊娠期間は14〜16カ月で、その間、適度な餌料・適度な運動・各種検査など健康管理に細心の注意を払います。出産が間近になり、徐々に体温が低下し、食欲の減退、水面で浮くことが増えるなど特徴的な行動が確認されると、24時間観察を開始します。出産時には飼育係はウェットスーツを着てプール周りに待機します。生まれたばかりの赤ちゃんは、まだうまく泳ぐことができず、母獣が赤ちゃんの泳ぎをサポートします。赤ちゃんが壁などに衝突してケガをしないように、出産後数時間、飼育係は母獣の手助けを行います。泳ぎが安定してくると新生仔が乳首を探す探乳行動が観察され、24時間以内に授乳が確認されると飼育係はやっと一安心できます。
現在、「ミライ」(雄:5歳)・「ナナ」(雌:10歳)の当館生まれのベルーガが元気に成長しており、公開トレーニングなどで人気者になっています。ベルーガの成長は飼育係にとっても発見の連続です。来館者とその感動を共有しながら、今後も引き続きベルーガの繁殖に力を入れていきたいと考えております。

名古屋港水族館では、これらの2種以外にも、シャチ、バンドウイルカ、南極周辺に生息するペンギン類などの繁殖に成功しています。各イベントでは飼育係がその様子を解説し、生き物の展示はもちろん、解説パネルや映像を通して来館者の皆さまにご覧いただくことで、命がつながっていく感動を感じていただいております。
これからも、子どもたち、すべての来館者に生き物の命の大切さや「生命の神秘」に触れる機会を体験していただき、素直な感動を提供する場としてきわめて大切な役割を担っていきたいと考えております。(了)

  1. ベルーガ=Delphinapterus leucas、別名シロイルカ
  2. 名古屋港水族館HP http://www.nagoyaaqua.jp/

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