Ocean Newsletter

オーシャンニュースレター

第382号(2016.07.05発行)

漁業管理のこれまでとこれから

[KEYWORDS]漁業管理制度/沿岸漁業/漁業資源
東京大学海洋アライアンス特任研究員◆徳永佳奈恵

なぜ漁業管理が必要なのか。漁業管理にはどのような方法があるのか。
経済学分野の研究から生まれた、譲渡可能な漁業権割り当て制度(ITQ)や区画漁業権制度(TURF)について解説する。
今後、日本の沿岸漁業などに見られる漁業の共同管理を効果的に行うため、これまで漁業管理のテーマとして取り上げられていない、
地域のつながりや情報共有などの社会関係資本についての検討も必要であると考える。

なぜ漁業管理が必要なのか

人類は太古から魚を食べて生きてきました。東ティモールには2万4,000年前の漁業の痕跡を示す遺跡があり、サンゴ礁に棲む魚の骨のほか、沖合漁業の痕跡を示すマグロの骨なども見つかっています。
一般的に、漁業資源はオープン・アクセス資源と呼ばれ、誰もが漁獲することを許されています。ただ、他の誰かがその魚を漁獲してしまえば、あなたはその魚を漁獲するチャンスを失ってしまうという、競合性も持ち合わせています。そして、それぞれが漁業資源から得られる自己の利益の最大化をしようとすると、それぞれが社会全体として利益が最大となる漁獲量よりも 多くの魚を漁獲してしまい、結果として乱獲や資源枯渇を招いてしまいます。
もちろん、それほど人類の人口が多くなかった時代には、食べきれないほどの漁業資源が海にあったわけで、オープン・アクセス資源として漁獲を行っても大きな問題はなかったと考えられます。しかし、都市の人口の増加により魚への需要が増え、技術革新により漁獲能力が上がるにつれ、漁業管理を導入しなければならない状況が生まれます。江戸時代後期の文化13(1816)年には江戸内湾で漁業を行う44浦の代表者が集まり、漁業管理のための合意形成を行っています。また、同時期にはヨーロッパやアメリカでも漁業資源の枯渇が問題となっています。

ITQとTURF

1950年代以降、経済学分野において、漁業資源の管理に関しての議論が行われ、オープン・アクセス資源の「誰もが利用できる」性質を「権利を持った者のみが利用できる」資源へと変換することによって問題を解消する方策が考え出されました。それが、キャッチ・シェアと呼ばれる、漁獲する権利を付与し、権利を持っている人が資源の利用(漁獲)を行うという仕組みです。
キャッチ・シェアには、幾つか種類がありますが、最も一般的なのがITQ(Individual Transferable Quota、 譲渡可能な個人漁獲割り当て制度)、そしてTURF(Territorial Use Rights Fisheries、 区画利用権漁業)と呼ばれるものです。ITQは事前に決められた漁期ごとの漁獲量を漁業者個人や漁業者グループごとにあらかじめ配分しておき、それぞれが配分された量だけの漁獲を行う制度です。ITQでは、漁獲配分が譲渡可能であることがポイントで、例えば、自分が漁獲するよりも、他の人に権利を売った方が得であると判断した場合には、他の人に自分の配分を売ることができます。TURFは、ある漁場をグループが共同で管理する方法で、日本の沿岸漁業で行われている漁業権制度はTURFの一種であると言えます。TURFでは、複数の漁業者が共同で漁場のルールを作り、そのルールに則って漁業活動を行います。

日本の沿岸では多様な漁業が行われている

ITQが私的所有権を付与する制度と考えると、TURFは共同所有権を付与する制度と考えることができます。どちらも所有権をベースとした管理方法ですが、それぞれに強みと弱みがあります。まず、すでにオープン・アクセス漁業が行われている漁場に、ITQのような私的所有権を導入するためには、まず各個人に漁獲割り当ての配分方法を決定する必要があります。経済効率性を追求するのであれば、各漁業者個人による入札制にすれば良いのですが、そうするとある程度の資本をバックとする企業型の大規模漁業に家族経営の小規模漁業が太刀打ちできない可能性が出てきます。ですので、世界各地で現在ITQを行っている漁場では、入札制ではなく、過去の漁獲実績をもとに割り当てを配分しているところが多いようです。
しかし、過去の漁獲実績と言っても、過去3年間の実績とするのか、それとも過去20年間の実績とするのか、などといった細かな調整をする必要があり、導入は容易ではありません。他方、TURFのような共同所有権は、個人に配分をする必要がないので、比較的導入するのが容易であると考えられます。しかし、共同所有権といっても、実際の漁業活動が個人単位で行われれば、「他の人よりも多く取りたい」といった意識が働き、オープン・アクセスの場合と同様の「取りすぎ」が起こってしまい、共有地の悲劇が起こってしまう可能性もあるのです。TURFを有効に行うには、共同所有者が一体となって「取りすぎない」工夫をしていく必要があります。

漁業管理のこれから

米国メイン州のロブスター漁業でも共同管理が行われている

日本の沿岸漁業では、沿岸コミュニティーが地先の海面区画を共同で管理する、漁業権制度、つまりTURFが行われています。これは江戸時代から行われている、沿岸漁村による地先海面の共同利用を、明治期に法制度として確立したものです。現在、それぞれの漁業権区画(漁場)は一般的に漁業協同組合のメンバーである漁業者によって管理されています。世界的に見て、日本の漁業管理(特に沿岸漁業の管理)は謎に包まれているとよく言われますが、それは、それぞれの漁場がそれぞれの漁協のメンバーによって、それぞれの方法で管理されているため、総じて論じることが難しいからだと考えられます。TURFには、それぞれの漁場によって異なる環境要因や社会的要因に沿った管理をしやすいという利点があり、日本の沿岸漁業でも、積極的に管理を行えばそれぞれの漁場にあった実効性のある管理を行うことが可能であると言えます。
最近では、地域のつながり等の社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)を向上させることによって、漁業管理の効率性や収益を上げるような取り組みも、各国で行われています。例えば、アメリカ北東部の底棲魚漁業では2010年に協同漁業(cooperatives)制度を導入しましたが、そこでも漁業者間のつながりの強さと収益性との間に正の相関があることが研究結果として示されています。今後、日本の沿岸漁業等で行われている漁業の共同管理をいかにして向上させていくのかを考える上で、これまで漁業管理のテーマとしてあまり注目されなかった、地域のつながりや、漁業者間の有意義な情報共有の仕組みなどについても議論していく必要があると考えられます。また、漁協内のつながりにとどまらず、漁協の枠を超えて、漁業管理の工夫についての情報共有が図られると有意義ではないでしょうか。(了)

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