海洋に関する情報発信

【Ocean Newsletter】バックナンバー

第267号(2011.09.20 発行)

福島第一原子力発電所からの放射性物質の海洋拡散シミュレーション

[KEYWORDS]海洋環境/数値モデル/拡散予測
(独)海洋研究開発機構 地球環境変動領域 短期気候変動応用予測研究プログラム プログラムディレクター◆升本順夫

福島第一原子力発電所から海洋に排出された放射性物質の広がりはどうなっているのだろうか。数値シミュレーションを用いた分布の再現と予測の試みが進められている。その一例を紹介するとともに、今後の課題について考える。

海洋拡散シミュレーション

福島第一原子力発電所の事故発生以来、陸域での大気中および土壌の放射能観測は多く行われ、新聞やテレビ等でも空間分布図などを目にする機会が多い。その一方で、海洋へ放出された放射性物質の広がりや挙動については、事故直後から精力的にモニタリング観測活動が行われているが、観測点が限られることから全体像を把握するに至っていない。特に、事故発生後5カ月が経ち、太平洋の広い範囲に放射性物質が拡散していることが考えられる。沿岸域での放射性物質の広がりはもとより、広域での分布の状況を把握すること、さらになぜそのような分布になっているかを理解することは、今後の海洋生態系への影響評価や水産業や海洋レジャーなどへの情報提供にとっても重要な課題である。
この問題に対して有益な情報を与える一つの手法として、数値モデルを用いた放射性物質の海洋拡散シミュレーションがある。この拡散シミュレーションは、放射性物質を移動させ、また拡散させる流れの場を求める部分と、放射性物質の分布とその濃度を計算する部分から構成されている。前者には、海洋の流れや水温、塩分の変動を再現することができる海洋循環モデルが用いられている。様々な観測データを取り込みながら、可能な限り現実的な海洋の状況を再現し、その後1~2カ月程度にわたり海流や海水温の変動を予測するのである。一方、放射性物質を考慮する部分は、大きく分けて二つの方法がある。一つは、仮想の粒子を流し、その分布と粒子密度から擬似的に放射性物質の分布と濃度を計算する方法(粒子追跡法)、もう一つはある物質が流されたり拡散したりする過程を表す方程式を用いて計算する方法(移流拡散法)である。これらを合わせることにより、放射性物質が海洋でどのように流され、広がって行くかを再現および予測することが可能となる。

JCOPEによる試み

■JCOPEにより計算されたセシウム137の分布シミュレーション

(a)=4月30日および(b)=7月31日。7月14日までの観測データを取り込み、7月15日以降の予測計算を行った結果。

(独)海洋研究開発機構では、日本沿海予測可能性実験(JCOPE)として日本周辺の海況予測システムを構築して来た※1。このシステムに粒子追跡法を用いた放射性物質の拡散を計算する機能を加えることで、福島第一原子力発電所から海洋へ直接排出されたヨウ素131やセシウム137等の放射性核種の分布を再現し、予測することを実験的に行っている。これまでに得られた結果は、文部科学省を通じて計5回プレス発表されており※2、その後も継続して計算を行っている。JCOPEによる最新の計算結果を図に示す。
シミュレーションの結果から、福島沿岸域での放射性物質は局所的な風の影響を強く受けて南北に移動しながら徐々に東へと広がって行くこと、やや沖合で南へ流された放射性物質は黒潮に取り込まれて急速に東へ流されることなどが示され、モニタリング観測結果と整合的な分布となっている。その後は、黒潮と親潮に挟まれる混合水域の複雑な流れや中規模渦と呼ばれる直径数百キロメートル程度の渦に伴う流れによって希釈されながら広域に分布するようになる。数値シミュレーションの結果は、限られた観測点でしか得られていないモニタリングデータを時間的にも空間的にも補間することを可能とし、また観測されていない海域での分布に何らかの示唆を与えることができるのである。
確かにJCOPEの場合、黒潮流路や混合水域での流れの状況などは非常に現実的に捉えることができるのだが、一方でこのシミュレーションは多くの仮定や近似を伴ったものであり、結果に限界があることも知っておくべきである。例えば、放出源からいつどれだけの放射性物質が出たかの情報は不十分であり、ごく限られた他の情報から放出シナリオを作成せざるを得ない。またJCOPEの場合、流速などの値は数キロメートル間隔の格子点上でしか計算されないため、それよりも小さな規模で発生する現象は近似的に取り入れるしかない。さらに、最新の観測データや風の予測値を取り入れたとしても、観測値は時空間的に限られており、かつその値に誤差が含まれている。現段階では大気から降り注ぐ放射性物質や河川や地下水を経由して流入するもの、海水中の粒子等に付着して海底へと除かれる分を考慮していないことなど、複数の制約から、実際に観測された放射性物質の分布とシミュレーション結果が異なってしまうこともある。結果に含まれる誤差は、予測期間が長くなるほど積み重なって行くため、1カ月程度よりも先の結果には大きな誤差が伴っていることにも注意する必要がある。現実を知るためには観測が不可欠である。かなり希釈されたであろう現状を考慮すれば、今後は高精度の観測が必要となろう。

より有効に利用するために

もともとJCOPEは日本沿海域の海況変動予測のために開発されたシステムであり、今回の震災対応の計算は、3月11日に発生した津波によって海洋へ流出した様々な浮遊物がどのように流されて行くかを予測する試みから始まった。これが発展して、文部科学省から放射性物質の拡散シミュレーションの依頼を受けることになったのである。しかし電力不足の状況で多くのスーパーコンピュータが停止し、初期対応に時間がかかったことは否めない。多くの原子力発電所が海岸域に立ち並ぶ現在の状況を考えれば、普段から、有事の際に海洋へどれだけの放射性物質が排出されるかを見積もり、それが海洋内でどのように広がって行くかをシミュレーションすることのできるシステムが構築されているべきである。その対応機関や指揮系統を明確化すること、またシミュレーションの精度向上のための研究と技術開発を推進することが不可欠であろう。
今回のシミュレーション結果の提供に関してもう一つ気になる点は、提供した情報に対するフィードバックがほとんど得られないことである。シミュレーションの結果がどこでどのように使われたのか、役に立ったのかどうか、情報が役に立たない場合にはなぜ使えなかったのか、他にどのような情報が必要なのか、といった現場の声を得ることで、システム全体としての改良も行うことができるものと思われる。今後、より高精度で迅速な対応が可能となり、様々な方面での対策に役立つ情報を提供できるようになることを強く願っている。(了)

※1 JCOPEによる最新の流れや水温、塩分分布は、http://www.jamstec.go.jp/frcgc/jcope/ で見ることができる。
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